南雲千紗の欲とその結末-sidestory-
雪村の地が紅蓮の炎に包まれ、一族が全滅。しかし、雪村の本家の子供が奇跡的にも無事であった。その情報を聞きつけた南雲家の主が急遽その地へ使いの者を行かせたのだが、その使いの者が連れて来たのは、対の中の男鬼の方だった。その子供の姿を見て愕然とする南雲の主は諦めが付かないのか、まだ女鬼の方も生存しているかもしれないと希望を持ち、雪村の地に多くの使いを散らばせていた。
無言で無表情な男鬼の子供を見た南雲千紗がニヤリと笑う。この南雲家にもこのように千紗という女鬼がいるにも関わらず、雪村の女鬼を引き取りたいと望んでいるのだ。それが何故だか千紗にも分かっていた。
雪村家――それは東国一の由緒正しき鬼の一族。そして、今目の前にいる男鬼の片割れの女鬼はその本家の子供なのである。西に属している南雲家はどうしても西の鬼の頭領である風間に相応しい嫁を差し出して懇意にしたかったのである。その為には風間家と同等の女鬼が必要であり、自分の家柄から出る女鬼では役不足なのであった。
「良かったわ……雪村家の女鬼の行方が見つからなくて……」
千紗がホウッと吐息を吐きながら安堵した表情を醸し出す。何故ならば、彼女もまた風間を狙っている女鬼の中の一人だからだった。
小さい頃から子供の為の宴会に出ていた千紗は、子供ながらにして堂々たる態度の風間に惹かれていた。惹かれたのはそれだけではない。容姿端麗、そして鬼の中の鬼と言われる程の強さや家柄にも惹かれたのである。愛やら恋やらそんなものはどうでも良い。西の頭領と契りを交わし、嫁となれば千紗の地位は安泰そのものである。しかし、南雲の主はそれを望んではいなかった。というよりも、再三千紗を勧めには行くのだが、門前払いのような扱いを受けるのである。頭領が女に興味がないやら、南雲の女鬼は役不足やら――色々な言い回しをされ、最後には追い出されていた。
雪村の地では、未だに南雲家ではなく風間、戸隠、不知火――その他大勢の有力な鬼の一族がその女鬼を探し回っていると言う。
力のある鬼に想われる雪村の女鬼などもう死んでしまっているだろう――
あの時からかなりの月日が流れている。既に見つからないと諦めた鬼たちもいるのだ。千紗は、目の前の雪村薫を見つめながら先の事を考え出していた。
「ねえ、薫……妹はあなたにそっくりだったの?」
薫の妹である女の情報を掴もうとするが、目の前の無表情な男の子供はうんともすんともものを言わない。それが千紗にとっては腹立たしい事だった。
千紗は女鬼の性質をしっかりと受け継いだ女ではなく、気長ではなく意外と血の気の多い女だった。
何も言わない薫に腸が煮え繰り返っていた千紗は、兄弟の男鬼に頼んで、薫に何かしら傷を付けさせていた。
鬼だから傷などすぐに癒える――
時には浅く、時には深く傷を付けさせ、その後には優しい微笑みを浮かべた千紗が彼を庇い手当てをして信頼を得ようとしていたのだ。しかし、薫は自分の家の事は一切話す事がなかった。
この男は頭が悪いのか――?
千紗は心の中で舌打ちをしたが、薫の前では慈善的な笑みを絶やさずに我慢をしていた。しかし、それがプツンと切れてしまったのは、千紗が薩摩の風間の元へ挨拶に行った後の事であった。
千紗が父、南雲の主に連れられて薩摩に行ったのは、雪村の地が全滅させられてから数年経ったある日の事であった。
風間が薩摩からの義理返しをする為に京に赴き、一旦帰郷するという情報が流れ、南雲の主がどうしても千紗を会わせたいと風間に申し出たのだった。
初めは断られ続けていたのだが、長老たちに口を利いてもらい、やっとの事で面会出来る事になったのだ。
千紗は浮かれていた。父が裏でそのような口利きをしていてくれていたなどとは知らない彼女は、既に風間の嫁になるつもりでいたのだ。そして、彼女が父と共に風間の屋敷へと足を踏み入れる。南雲家の屋敷も大きいが、流石は風間、西の鬼の頭領である。比べ物にならない程の立派な屋敷であった。
下座に正座しながら頭領のお出ましを待つ千紗。顔を低く下げて待つ。気配もなく頭領は千紗と南雲の主が待つ部屋に入って来た。
「この忙しい時に何用だ?」
御簾の向こうから低く艶のある声が響き渡る。この大きな屋敷ならば使用人も多勢いるはずなのに、しんとした静まりが続いていた。
「頭領にはご機嫌麗しく……」
千紗の父が堅苦しい挨拶を始めようとした時、
「そのような挨拶は要らん。何用だと聞いておるのだ。俺の言葉を聞いてはおらんかったのか?」
静かだが苛立ちのある声が投げ掛けられる。それを言われた南雲の主が、隣に正座している千紗を紹介しながら話を進めていった。
一応最後までは聞いてくれるらしい。そう思いながら南雲の主も話を続ける。しかし、嫁取りの話になった途端、御簾の向こうの男から威圧感の漂った気配が流れ出ていた。
「俺に、お前の隣にいる女を嫁にしろと言うのか?」
「い、いえ……しかし、我が南雲家で血筋の良い娘です。気立ても良いですし、頭領の嫁にいかがかと……」
「ほう……」
頭領が御簾を片手で上げてこちらに歩み寄ってくる。とうとうお目通りが叶う――。
「顔を上げてみろ……」
風間の命により千紗が顔をパッと上げる。にこやかに美しく、この目の前の男を虜にするような――そのような表情を浮かび上がらせた。しかし、千紗はそれどころではなくなってしまった。目の前にいる男の美しさに目が奪われてしまう。そして、何やら怒りを露にしたような苛立ちを隠さない表情――。
これが頭領の器というものなのか――
目を見開いて風間を見つめる千紗を中身まで射抜くように見つめていた風間は、
「無理だな……帰れ」
との一言で終わってしまう。千紗は最初何を言われたのかがよく分からなかった。
「えっ、どういう事ですか? 帰れって……」
「長老たちに上手く口利きをしてもらったようだが、生憎俺には嫁にしたい女が見つかった。お前は用無しだ」
風間は二人にそう言い残すと御簾の向こうへと姿を消し、そのままその部屋を出て行ってしまった。
「父様! 一体どういう事なのですか!?」
土佐に帰った千紗が南雲の主を攻め立てる。自分は風間の嫁になったつもりで薩摩に赴いたはずなのに、あのような恥さらしに合わされるとは――その時、父から意外な言葉が千紗の耳に突き刺さった。
「頭領が京に赴かれた所で雪村の女鬼に出会ったらしいのだ。その女を嫁にすると情報が各地に流れている」
千紗の表情が引き攣りを始める。
あの女鬼が生きていたのか!?
薫の片割れの探しても見つからず、もう死んだ者と喜んでいたものを――何故に今頃のこのこと現れるのだ!?
「そういえば……薫は何処へ行ったのですか?」
あの男に聞かねば――
何やら不吉な予感がした千紗が父に薫の居場所を尋ねるが、彼もまた首を傾げるばかりで役には立たない。
そんな時、屋敷の表が急に騒がしくなった。
「何事だ!?」
南雲の主が刀を手に取り玄関の方へと走って行く。恐ろしさを感じた千紗は部屋の隅にある屏風の陰に隠れていた。
南雲の鬼たち――
あれは兄たちの声――
千紗の耳に聞き慣れた声色の叫び声が響き渡る。
刀の交える音、叫び声、そして物が倒れ呻く声――。懇願する声までもが聞こえてきた。
一体、誰が――
何をしようとしているの!?
隅の屏風の裏の陰に隠れながら千紗が考えていた時、その部屋の襖が思い切り外れ、大量の血を纏った男が目の前に倒れこんできた。
恐ろしさにガタガタと震えながら陰から覗き見る千紗。その瞳に映ったのは――
今まで大人しく、無言、無表情の薫であった。
返り血を纏った薫は美しい鬼であった。雪村という良い血筋の男である。今までの彼とは違い、風間同様、堂々たる姿であった。
「南雲の者は皆殺しにした?」
「はい、南雲の主もその妻も全て殺しました」
父も母も死んだですって――?
カタンと千紗の所で音が鳴る。それにいち早く気付いた薫がこちらを見つめていた。
冷たく無表情の薫が笑い出す。初めて見た笑顔がこのような表情だとは――。
「ああ、お前もいたんだったね……」
哀れみもない笑みが千紗に向かって来る。
死にたくない!
そう思った千紗の口は勝手に動いていた。自分の都合の良いように――
そう――生きたいが為に――。
「ねえ……私をあなたの嫁にして頂戴。雪村と南雲の血を引く立派な子を産んでみせるわ」
震える声で懇願する千紗。しかし薫の表情は依然変わらない。
「おい、この女を欲しい奴は持っていけ。何しても構わないが……最後には息の根をしっかりと止めろよ」
千紗の周りに下品な男鬼が群がって来る。
「いや……助けてよ……薫っ!」
男鬼たちに乱暴に担がれながら涙を零す千紗が薫の方を懇願するように見つめるが、それも無駄に終わりを告げる。薫は皮肉った笑みを浮かべながら軽く手を振っていた。
私はどうなるの――?
千紗の顔には全てを諦めた色が浮かび上がっていた。
山の中で千紗は男鬼達に交互に攻められていく。身体中を弄られ、中に男の象徴を入れられ射精を何度も繰り返された。
もう、駄目なのか――
こうやって甚振られた後に、私は命を終えるのだろうか?
そのような無様な死に方はしたくはない――
そう思って舌を噛み切ろうとした時、千紗に群がっていた男たちが次々に倒れ出した。千紗の顔にその男たちの鮮血が降り掛かった瞬間に思わず両目を強く閉じて、辺りが静けさを起こした後にゆっくりと顔を上げた時、目の前には血筋の良さそうな男が一人立っていた。そして、殆ど裸体に近い千紗に向かって小瓶を黙って渡す。
「飲め、薬だ……」
そう言って山の中の暗闇へ消えていってしまった。
千紗は月の光にその小瓶を掲げてみると、妖しい紅色をした色がキラリと輝いた。
小瓶の蓋を外してその薬を飲む千紗の全身から一気に苦しさが身に纏う。しかしその後には、千紗の身体に力が漲っていた――。
「血が欲しい……」
あれから数年が過ぎる。千紗は毎夜血を欲して彷徨い歩く。彼女が殺したい相手が京にいる。そう思いながらひたすら京を練り歩く。そして、あの時と同じ――
月が光り輝いている夜。千紗は、自分の一族を皆殺しにした薫によってその最期を終えたのであった。
- 99 -
*前次#
ページ: