東海道-石部宿→草津宿
草津宿に入ってすぐの所に草津追分の道標が建っている。
「懐かしい! ここで中山道と合流するんですよね? 私、京に来た時にこの場所を通りました」
千鶴ははしゃぎながら草津宿の中を歩いている。数年前の自分はこんなにも楽しそうに歩いてはいなかったなと心の中で感じながら――。
辛い思い出の場所なのに何故に今はこんなにも楽しくて嬉しいんだろう?
自分の中にある疑問を考えながらふと隣を見てみる千鶴の中に答えはすぐに見つかった。
隣に風間がいるから楽しく、そして嬉しく感じているのだと――
千鶴の視線に気が付いたのか、風間もこちらに視線を向けてきた。
自然と千鶴の顔が赤くなり、その恥ずかしさからその顔を風間から背けてしまう。すると、
「何を照れているのだ? 俺とこの京までの道のりを楽しめたのが嬉しいのか?」
腰に回している風間の腕に力が込められた。
「この道中には色々な事があったが、俺も少しは楽しめたようだ」
「千景さん、素直に楽しくて嬉しくて堪らなかったくらい言ってくれません?」
「ほう……お前はこの道中、楽しくて嬉しくて堪らなかったのか」
千鶴が発する同じ言葉を繰り返して投げかけてくる風間の顔がまともに見られない千鶴はふいっと顔を背けながら話しを逸らした。
「もうすぐ京のお千ちゃんの所に着きますね」
「京の町に十日ほど滞在してやろう。その間に新選組と関わった場所でも見に行くが良い」
「珍しく優しいですね……何か企んでます?」
「何も企んではおらん。俺は常に心優しい男だ」
「優しい……?」
首を傾げる千鶴を時折しか出さない笑みを浮かばせながら見つめる風間。
もうすぐ西の里だ。そこでこの目の前の女は我が妻となるのだ――とはいっても、西の里に到着をするのには今少し日数がかかるのだが、風間は既に千鶴の夫気取りであった。
風間の心中も千鶴の言う通りで、今までの道中は楽しくて嬉しいものだった。言葉では伝えるのが苦手な風間は、千鶴の腰の腕に力を込める事で伝える。そして千鶴はそれを分かっている。分かっているからこそあのような言葉を発したのだ。
互いの心が一つになろうとしている。二人は寄り添うように、宿泊する旅籠【野村屋】の中に入って行った。
その夜の出来事は――
風間の細くてしなやかな指が楽器を奏でるように千鶴の中心を少しずつ刺激していくと、その指の動きに合わせて千鶴の口元からは美しい旋律が流れ出ていた――。
昨夜小さく鳴き続けた千鶴の身体は、夜が白み始めた頃になっても芯から痙攣のある熱を発しており、ふわりふわりと空を舞っている様な感覚を生じている。
風間の指による攻めにより意識を失ってしまった千鶴が再びうっとりと目覚めた時、こちらをずっと見つめている風間の腕に抱かれていた。
「やっと目覚めたか……」
身体が風間を欲しい欲しいと鳴き声を上げるが、素直に言葉を出すのは難しい。先程の行為が脳裏に映し出されると恥ずかしく思い、顔を覆い隠してしまいたくなる。
あの後、先に進んでいったならどうなっていたのだろう?
風間は優しく甘い快楽を千鶴に与えていた。きっとこの先もそうなのだろうと思わせる程に――。
言葉にするのが難しく思った千鶴は無言のままで目の前の緋色の瞳に自分の蜜色の瞳を向けてみるが、素直な気持ちの言葉が欲しい風間はそれに応える気はなさそうだ。
「まだ朝は早い。寝るぞ……」
これ以上千鶴の瞳を見続けると自分の理性がどうなってしまうか分からない――
風間は目の前の愛しくて止まない千鶴の顔を隠すようにして胸の中に押さえ込み目を閉じる。
胸の中で動く気配を見せていた小さな身体は次第に規則正しい寝息の微風を当て始め、その身体を押さえ込んでいた大きな身体も眠ったのか、強張りを緩めていった。そして二人が目覚めたのは何と、昼過ぎ。
「ちょ、ちょっと! 千景さんっ、起きて下さいよ! 寝坊をしちゃったじゃありませんか!」
布団に横たわっている風間の身体を激しく揺らす千鶴に風間が放ったひと言とは――。
「まあ、寝坊する事もある。良いではないか……今日はもう一日ここに泊まるとしよう……」
「え、ここでもう一晩過ごすんですか?」
「ふん、特に急ぐ必要もなかろう。それに急ぎたくはない」
風間がやけにのんびりと進もうとしている理由が千鶴に理解できた。
この男、やはり千姫に会いたくはないのだと――
布団の中でゴロゴロとする風間を見下ろしながら、深い溜め息を吐き出す千鶴。しかし、その溜め息が感嘆のものとなるには時間がかからなかった。
「今日は、ここの名物である【姥が餅】を食いに行くか」
「【姥が餅】って、食べ物ですよね?」
昨日に続いてまたまた甘味が食べられると千鶴は大きな音を立てて拍手をしていた――。
そう、ここ東海道と山道との分岐点の草津宿では【姥が餅】が名物である。
もち米で作った餅を甘さを抑えたこし餡でふんわりと包んであり、白餡と山芋の練り切りを乗せたあんころ餅である。
ようやく布団から出た風間と共に姥が餅屋に入った千鶴は、風間の目の前でその小さなあんころ餅をぺろりと食べてしまった。
「素朴な味で美味しいですよ!」
指に付いた餡を舐め取る千鶴の口元には小さな餡の塊が付いており、それを見た風間は一瞬のうちに顔を近付けて舐め取ってしまった。
その風間の行為は一瞬の動きだった為、千鶴には一瞬、何が起こったのかさっぱりと理解できなかった。ただ、口元には風間の舌の感触がほんのりと残っている。
「甘みも少なく、これは美味いな……」
「……」
怒ろうとは思うのだが、何故か怒る言葉が出て来ない千鶴は、顔を朱に染め黙ったまま熱いお茶を一気に喉に通してしまった。
「あ……ああ熱いっ!」
熱さに咽る千鶴。それを見た風間が店の者を呼び、冷や水を持って来させる始末。姥が餅屋での滞在は散々なものになってしまった。
その時の風間が放った言葉はこれだった――。
「あのような熱い茶を一気に喉に流すとは……全くそこら辺にいる幼子よりも世話が焼ける女だ……これが近い将来の我が妻になる女だとは……俺は選択肢を見誤ったか……」
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