二者択一されたもののいった先-sidestory-



「もう、千景さん! いい加減にして下さい!」
「何を言っている? 俺は間違った事はしておらん」
「してますって! かなり無茶をしすぎですって!」
 風間と千鶴が喧嘩をしている。傍でその喧嘩内容を聞いていた天霧が盛大な溜め息を吐き出した。
「お二人とも、そのような事で言い合いなど……」
 すると、二人が天霧の方に振り向いた。
「そのような事だと? お前は俺が侮辱されているというのに何とも思わぬのか?」
「天霧さん! そのような事だって言いますけれど、風間家の暮らしの大半を任されているのならば、重大だって事くらい理解して下さい!」
 しかし、やっちゃったもんは仕方がないでしょう――
 天霧は再び盛大な溜め息を吐き出し、喧嘩の要因となったものの方へ視線を向けた。その場所には大きな姿見が二枚置かれてある。片方は西洋のものであり、もう片方はこの国のもの。
 ひと月ほど前、不知火から千鶴へと贈り物が届けられた。それはとても大きくて一人では抱えられない程のもの。しかし力ある天霧はそれをひょいっと抱きかかえると、千鶴のいる部屋にまで持って行ったのだ。その日の風間は仕事が休みで、朝からずっと愛妻である千鶴にべったりと寄り添っていた。いや、寄り添っていたなどと美しい言葉など必要はない。べたべたと付き纏っていたと言った方がその二人の光景にはよく似合う。天霧は目の前の二人を見つめながら、その大きな贈り物を差し出した。
「不知火から贈り物だそうですよ」
「不知火さんから?」
「なぬっ?」
 千鶴が大きな贈り物を目の前に目尻を垂れさせ、その隣でべったりの風間の表情は何とも言えない程に歪みを見せている。それを見た天霧は小さな嘆息を起こした。
 何故に不知火は、こうも場を読まない男なのだ――
 このような贈り物など、風間を挑発しているとしか思えない――
 そのように考えている風間の目の前では、千鶴が不知火からの贈り物だという大きな包みを剥がしている。そしてその包みの中から出てきたものとは――
「うわぁ!」
「何なのだ、このでかいものは」
「これまた、素晴らしい彫刻のなされた……」
 それは外の国で生産されているという、周りを細かい彫刻の縁で飾られている大きな姿見であった。
 不知火の手紙には、手鏡を送ろうと思って注文をしたところ、どこでどう間違えたのか、このような大きな姿見が送られてきたのだそうだ。不知火の気持ちがまだ吹っ切れていない事を知っている風間が口元を歪める。
 ふん、このようなもので千鶴の気を引こうとするとは油断がならない男だ――
 この西の里に到着してから一週間後に、風間と千鶴はめでたく祝言を挙げた。従って、千鶴は既に風間の妻となっているというのに、その後の不知火は、何かと千鶴に贈り物をしてくるのだ。
「こうなれば、俺にも考えがある」
 風間はそう言い放つと、千鶴から離れて部屋を出て行ってしまった。




「さあ、この二枚の鏡のうち、どちらを選ぶ?」
 不知火から姿見が送られてきた一週間後、風間家に大きな荷物が届けられた。天霧が確認をすると、それを注文したのは風間。そしてその大きな荷物の前で、それが吹き飛ぶのではないかと思われるくらいの溜め息を吐き出した。
「また、あれが始まるのでしょうね……」
 千鶴に出会うまでの風間の性格といえば、自分の気持ちの赴くがままに行動をする男であり、女と付き合ったとしても、自分への気持ちを確かめたり束縛したりはしなかった。しかし、千鶴には今までの風間とは思えないほどの執着ぶりで、それを毎日見ている天霧はほぼ呆れ状態である。
 一人の女に夢中になってしまった権力者たちが身を滅ぼしたという話はよくある事であるが、この風間に至ってはそれがない。
 仕事嫌い、妻になった千鶴にデレデレ―― それなのに、この西の里は平穏であり、風間に信頼を寄せる仲間たちばかりである。
 それは何故か――
 何度も考え続けるが、その結末はいつも同じところにたどり着く。
「そうか、千鶴さまの何気ない一言であの風間はいつも動いているな」
 例えば千鶴とのある約束事が一週間前に迫りつつある時の風間の仕事ぶりは素晴らしい。何か月も溜まらせていた山積みの仕事を一週間ではなく、三日ほどで終わらせてしまうのだ。その時の風間の集中力といったら言葉にならないくらいのものであるし、里の事で千鶴が困ったと呟いていると、それに対しての判断、処理は天霧ではなく、全て風間がやり終えてしまう。それが仲間たちの信頼をより深めているのだ。
「風間の性格を見越してやっているわけではないのでしょうがね……」
 周りからは鈍感やら天然やらと言われている千鶴ではあるが、生まれつき持っていたのであろう、女にとっては必要な夫の操縦法を上手く使いこなしていると感心してしまう天霧であった――。


「私にとってこの二枚の鏡は大切ですからどちらも選べません」
 二枚の姿見の前に背中を向けて立ちはだかる千鶴が風間を睨みつける。
 不知火がこのように贈り物をしてきた時、風間は似たようなものを購入してその贈り物の隣に並べる。そして千鶴に選ばせるのだ。
 一番最初の時は何であって、どうであったか――
 天霧が過去の贈り物を思い出そうとしていると、千鶴が風間に向かって言葉を吐き出していた。
「だって、あの手鏡の時もどちらを選ぶと言って、私が千景さんのを選んだら、不知火さんが下さったそれを捨てちゃったじゃないですか!」
 それを聞いた天霧は、そうだったというように頭を左右に振った。
 西の里に着いた当初、千鶴は二枚の手鏡を大切に持っていた。それが気に入らなかった風間が二択を強要してきたのだ。
 千鶴にとって不知火の手鏡も大切ではあるが、一番は勿論、風間がくれた方の手鏡である。だから素直にそう伝えたのだが、
「手鏡は二枚も必要ではない。不知火のものよりもこの俺がくれたものの方が大事であるならば、そちらの方は捨ててしまえ」
 などと言って、千鶴の手から不知火がくれた手鏡を奪い取ったのである。そして天霧にそれを渡してこう言ってきた。
「処分しておけ」
 その時の千鶴の顔は忘れもしない。自分が安易に吐き出した言葉一つで、大切な思い出の品を奪い取られて処分されるのだ。悔しさと悲しさが入り混じった、何とも複雑な表情を浮かばせていた。それからである。千鶴は風間が二択を迫っても、どちらかを選ぶという事をしなくなったのだ。
「早く選べ」
「選びません……選べません」
 千鶴が二択をしない事に、風間の表情が歪みを見せる。
「お前は夫である俺と、不知火のどちらが大事なのだ?」
「千景さんは私の愛する夫としてもちろん一番に大切です。でも、不知火さんだって大切な仲間ですもの!」
 千鶴の最後の言葉に風間の両目が細まる。
「そうか……不知火は仲間として大切な男か……そして、この俺はお前の愛する夫として一番に大切な男という事だな?」
 両目を細めたままの風間がいきなり笑みを浮かべて、千鶴の言葉を繰り返すと、
「と、当然じゃないですか……」
 千鶴は自分の放った言葉に対して恥ずかしく思ったのか、頬を赤く染めた。が、風間の笑みが消える事がない。千鶴の言葉がよほど嬉しかったのかと思っていた天霧ではあったが、それはこの二枚の姿見の行く末が決まったという意味での笑みだったのだ。
「天霧、不知火の贈ってきた姿見を処分しろ」
 突然の言葉に天霧の両目が大きく開く。
「はっ……?」
 姿見の前では、千鶴がまたもややってしまったというような拙い表情を露わにしていて、それを楽しそうに見つめながら風間が先の言葉を紡いだ。
「こやつが今、言った事をお前も聞いていただろう? 俺が一番に大切な男だと……」
「はあ……」
「千鶴は今、一番に大切な男である俺の贈り物の方が大切だと宣言したようなものだ」
 それを聞いた天霧は、成る程と納得をせざるを得なかった。姿見の前で呆然と立ち尽くしている千鶴に天霧が頭を下げ、不知火が贈り物として届けてきた姿見をひょいと担ぎ上げる。そして黙ったまま、その部屋を後にした――。


 数年後、天霧は千鶴をある部屋に誘う。その部屋は風間家の一番奥深くに存在していて、風間家の者たちも滅多に立ち寄らない場所であった。
「天霧さん、これって……」
 部屋の中を見渡した千鶴が驚きの声を上げる。そこには、かつて風間によって処分と言い渡されていた多くの品が所狭しと置かれてあったのだ。
 不知火からの贈り物だけではない。薫や千姫からの贈り物でさえも処分されていた。
「風間に知られては困りますから、これは二人だけの秘密にしておいて下さい」
 天霧が千鶴に口止めをすると、
「もちろん、これは天霧さんと私だけの秘密です!」
 満面の笑顔で即答をしてくれた。
 暫くの時間、天霧と千鶴がその部屋で思い出の品を一つ一つ見ながら過去の思い出話に浸る。そのような中で、部屋の外で立ち聞きをしている男が一人いた。
 もちろん、それは風間――
「天霧が本気で処分をするとは考えておらんかったが、やはりここに隠していたのか……」

 天霧の性格を知り尽くしている風間はさり気なく柔らかな笑顔を放つと、その部屋の前から静かに立ち去ったのであった――。


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