12:ツンデレ鬼のお正月:三



 二人が神社の門を潜り抜けると、そこは初詣に繰り出している人々で賑っている。数台列を連ねている屋台からは、屠蘇や甘酒などの香りが鼻腔を擽らせるように漂ってきていた。


「ふむ、いい香りだ」
「本当に呑むんですか?」
「当たり前だ。年始早々から不味い酒を呑まされたのだからな」
「後ですぐに付け直したじゃないですか……」


 温めすぎた銚子五本の酒を不味いと言いながらも全て呑み尽くし、更にすぐ付け直した銚子五本の中身も全て呑んだ風間に、千鶴が非難するような渋い表情を浮かばせる。


「屠蘇は薬種だ。それにお神酒は言葉通り神の酒。これは新年には欠かせないものだからな。先程、お前の家で呑んだのは清酒であり、効き目はない」
「一体、何の効き目がないって言うんですか?」
「今年一年、病気や怪我もせずに無事に過ごす事だ」
「いつも元気じゃないですか」
「全く、俺の言う事にいちいち鶏知(けち)をつけるな。行くぞ」


 風間は講釈を垂れながら千鶴の文句も制して屋台の方へ向かおうとする。それを千鶴は慌てて引き止めた。



「風間さん、屠蘇やお神酒はお宮入りを済ませてからにしましょうよ。酔っ払った者に神様は願いごとなど聞いてはくれないはずです。真面目に願掛けをするなら素面がいいと思います。その後、ゆっくり屠蘇やお神酒を頂きましょう」


 聞いた事もないようなこじ付け論に風間は口元を一瞬歪ませたが、お参りを済ませた後には必ず呑める約束を千鶴にさせて、ようやく屋台から境内の方に顔を向かせて歩み始めた。


 境内の前で目の前の賽銭箱に少しの銭を投げ入れ、二人は目を瞑りながら手を合わせる――そういう経緯だったのだが、千鶴が目を朱て隣に立っている風間を見やれば、賽銭箱の向こうにある格子を睨み付けていてた。


「な、何しているんですか?」


 願いごとなどしておらず、格子向こうの神を敵視しているような態度に驚いた千鶴が思わず声を掛けると、


「ああ、格子向こうの奴は俺の願いを聞き入れるのか入れないのか、心の中で問うていたところだ」
「はあぁっ!?」


 何とも滅茶苦茶な言葉が返ってきた為、千鶴は素っ頓狂な返事をしてしまっていた。


 願いごとをしてすぐさま返事をくれとは何と厚かましい男だろう。千鶴はそんな風間に呆れ返るだけであった。


「あのう……願いごとっていうのはすぐに叶えられるものじゃないんですよ。知ってます?」
「知らん。人間の創り出す神などには全く興味がないからな。信じてもおらん」


 風間のその言葉に千鶴が再び呆れ返ってしまう。


「人間が創り出した神様に興味もなくて信じてもいないのに願掛けに来たんですか? それなら初詣になんか来なければ良かったのに」


 人間の行事に全くの興味もない風間は何故、初詣になんかに誘い出してきたのだろうかと考えていた千鶴は、鼻腔を再び擽ってきたあの香りでまさか――と思った。が、風間の次の言葉はそれとは全く違う内容のものであった。


「人間の信じる神という者がどういう者なのかを見たかっただけなのだが、あのような格子の中に引き籠って居られては姿も見えんからよく分からん。一応、願いごとはしてやったのだが、返事も来ぬとは全く不愉快極まりない」
「はあ、そうですか……」


 神にまで上から目線の風間が、溜め息を吐きながら項垂れていた千鶴に、


「願掛けは終わったのか?」


 と聞いてくる。


「ええ、私は終わりました」


 と告げれば、風間は神の前ではしたなく大あくびをして背伸びを始めた。


「そうか、面倒な行事も終わった事だし。では行くか」


 そう言うと、千鶴の手を引っ張りながら屋台の方へと急ぎ足で歩いて行く。 


「やっぱり……初詣に行くなんて珍しい事を言うと思ったら、真の目的は屠蘇とお神酒だったんじゃないですか……」


 千鶴は、風間が初詣に行こうと言い出した理由を納得して苦笑をせざるを得なかった。


 屋台に行く途中で、神社の神子からお神酒を貰った風間は、一つの願いが叶って機嫌がいい。


「甘酒くらいはのめるだろう? 買ってやる」


 そう言って、屋台で屠蘇と甘酒を注文すると、袂からあの重そうな巾着袋を取り出した。


 昨日、あの巾着袋を渡された時に、風間家が鬼の中でもかなり裕福な家系なのだと実感した。しかし、屠蘇と甘酒の代金を払う風間の手には出し過ぎだろうと思われる程の金額。それを屋台の主に渡した風間の一言に――


「釣りはいらん。取っておけ」


 千鶴は一瞬、眩暈を起こしそうになっていた。


 豪快というか、銭に執着がないというか、悪く言えば、金銭感覚のない、ただの金遣いの荒い男というか――そのお金を受け取った屋台の主の目も点、点、点――となっていた。




「先程の屠蘇は少なかったな」
「そうですか? かなりの量だったと思いますけど」
「あのような量は、俺から言えば微量だ」


 神社からの帰り道、屠蘇の量が多い少ないで愚痴を吐いている風間に、千鶴は銭の事について問い掛けた。


「風間さんは、お金についてどのような考えをお持ちですか?」
「どういう事だ?」


 どうやら説教でもされるのかと思っているようだ。風間の眉間に皺が寄り始めた。


「いえ、さっきの屋台で、ご主人に屠蘇と甘酒の倍以上のお金を渡していましたから気になっただけです」


 説教ではないようだと安堵したような吐息を放った風間は、先ほどの事か――と、納得したような表情に戻っていた。


「ただ数えるのが面倒だったからな。袋から取り出した分だけを主に渡しただけだ」
「へっ? か、数えるのが面倒って……」
「俺が金に無頓着なのを知っている天霧は、俺と共に行動する時はあいつが金の管理をする。しかし、このように俺が一人で行動をする時には、いつも必要以上の金の入った袋を渡してくるのだ。なくなれば要求するから少しの金でいいのだが、頻繁に金を要求され渡しに来るのがあいつも面倒なのだろう。このような重いものは邪魔なのだが、仕方なく持っていてやるのだ」
「はあ、そうなんですか……」


 無頓着などと短い言葉で片付けた風間だが、結局は金銭感覚のない男だという事が分かった千鶴は、気の抜けた返事をしたが、風間はそのような事は気にせずに話を続けていた。


「以前にもお前に言ったろう? あのような腐ったような奴らと惨めな暮らしを共にするよりも、俺と共に西に行った方がましな暮らしができるぞと……よく分かったか」


 風間が袂からあの重そうな巾着袋を取り出して、千鶴の前で振り回す。しかし、千鶴もあまり欲のない女であり、今、風間の口から新選組の仲間の悪口が放たれた為に両目尻を吊り上げた。


「もう、新選組の皆さんの事をそんなふうに言うのは止めて下さいって、何度言ったら分かってくれるんです? それにお金とかましな暮らしとかの問題じゃないんです。例え優雅な暮らしなど手に入らなくて貧しくても、心が満たされていればいいんです」
「ほう……お前はあの中で心が満たされていたのか?」
「勿論です。楽しかったですし、幸せでした」


 風間の中に再び苛立ちが宿る。既に存在しているかどうかも分からない者が千鶴の心を占領しているのが気に入らない。


「あのような雑魚のどこが良かったのだか……お前の考えは全く以て分からん」
「私の考えなんて分かって頂かなくて結構です。その話になると長くなりますからもう終わりにしましょう」


 そして千鶴がブルッと身震いを起こす。


「寒くなってきましたから早く帰りましょう」
「俺はもう少し外を歩きたいのだが……?」


 酒精を身体に取り入れた風間は今、北風の冷たさも心地好いよいようで、なかなか家に帰ろうとはしない。しかし千鶴は既に限界。その為、風間の気を引くような言葉を投げ掛けた。


「温かいお酒、用意しますよ」
「ふん、そうやって俺の機嫌を取ろうとしても無駄だ。しかし、まあ……温い部屋での酒は悪くはない。手酌は面倒だから、お前がするのだぞ」
「素直に酌をしてくれって言えないんですか?」
「そこで素直に、はいと返事をしろ。全く可愛げのない女だ」
「可愛げがなくて結構です!」



 行きも帰りも、結局二人はやいやいと言い合いをしながら、先ほど歩いて来た道を戻って行ったのであった。


- 12 -

*前次#


ページ: