西国街道-大蔵谷宿→加古川宿→御着宿→姫路宿→今宿



 大蔵谷宿を出た二人は加古川宿へと歩いて行く。


 加古川宿は宿場としての歴史が古く、倒幕に失敗をして隠岐に流される途中の後醍醐天皇が宿泊したと言われている場所である。


 加古川宿に行くまでの途中で見た明石城は、西の龍野城と並び姫路城の両翼として西国大名の押さえという意図があった。西の姫路門、東の京口門の間にあった城下町の風情は、江戸時代と同じく賑やかさを見せている。


 二人は教信寺に寄った。寺をもたず、ただひたすら念仏を唱えながら旅人や土地の農民を助け、【野口の念仏っあん】と親しまれた教信上人の草庵跡である。駅ケ池も教信上人の事績である。その後、清和天皇が教信の徳をしのんで伽藍を建てて観念寺とし、崇徳天皇が大治元年に念仏山教信寺と改めたらしい。その後の二人は、舟で加古川の渡しを越えて行った。


 街道沿いに生石神社一の鳥居が立っている。生石(おうしこ)神社とは石の宝殿ともよばれ、謎めいた巨石を神体としている。水戸の塩釜、日向の高千穂の天逆鉾とともに【日本三奇】の一つとされている。そして、二人は歩き続けて御着宿へと入って行った。


 御着宿には【弁慶地蔵堂】がある。御着は弁慶の母の生地である。姫路の書写山に預けられた弁慶が京からの帰途、この村の庄屋の娘玉若と狭いお堂の中で一夜を共にしたと言う話もあるそうだ。


「何が一夜を共にしただ……。全く腹が立つ!」


 自分で説明をしながら何故か機嫌が悪くなる風間に千鶴が驚いた顔をして振り向いた。


「隠れ偲んで一夜を共にしたって感じですよねぇ。許されぬ愛って感じだったんでしょうか? ……ところで、千景さんは何に腹が立っているんです?」


 千鶴が腹が立つよりも弁慶と玉若の儚い恋心に心は動かされないのかと風間に説いてみるが、風間の心中は別の理由で腹が立っているようだった。


「いくら気の長いこの俺でも、このような話をすると無性にやりたくなるのだ」


 祝言を挙げるまでは抱かないと約束をした風間。しかし風間にだって我慢ができなくなる時もあるのだ。千鶴は風間の言葉を聞いた途端に顔を真っ赤にさせてしまった。


「わ、私は抱いてもいいって言いましたよ…… 抱かないって最終的に決めたのは千景さんじゃないですか」


 すると、風間が千鶴の方に緋色の瞳を向けてじろりと睨んできた。


「抱いてもいいではない。抱いて欲しいとお前が言わぬからだ」
「そ、そんな…… 蝦夷での別れ際や江戸に迎えに来た時のように強引にしたら良かったじゃありませんか」


 あの強引さが嫌ではなかった千鶴がそう伝えると、風間が口を歪ませながら言葉を放った。


「ふん、あの強引さが俺の持ち味であるからな。しかし、人間の男のようにいつでもどこでも腰や尻を振るような下品な俺ではない」
「こ、腰や尻をふ、振るようなって…… 人間誰もが皆、そのような事はしていません! 一部の男の方はそうだったかもしれませんけど、私が知っている……」


 この後に千鶴が言いたい事は既に分かっている風間は、千鶴の口元を自分の片手で軽く押さえた。


「お前が言いたいのは、新選組の男たちがそうでなかったという事であろう?」


 よくぞお分かりで――


 千鶴が首を縦に振ると、風間は馬鹿にするような視線で見つめた。


「近藤勇にも妾がいた。土方も女にはもてたようだしな…… そしてあの長倉は女の尻を追いかけてばかりであったし、原田も土方同様、女にもてはやされていたと聞く。まあ、そういう噂がなかったのは沖田と藤堂くらいか…… しかし、これで分かったろう? 新選組の男たちも女の前でそういう事をしていたのだ」


 風間はそこまで話すと、千鶴の口元から自分の手を離すと次の宿に向かって歩き始める。その背後から千鶴が叫んだ。


「でも、いつでもどこでもって訳じゃないですよっ!」


 抱かないと決意した風間は、日に日にやれない苛立ちが募り始めていた。口付けだけでは足りないのだ。秘部を指で愛撫するだけでも足りない。


 ああ、女と一つになったのはいつの頃だったかと、過去を振り返るが既に記憶にない。それもそうだ。以前の風間が女を抱くのは、愛という感情などなく、ただ自分の中にある欲求を満たしていただけであったからだ。


 はっきり言うと、風間はやりたくて仕方がなかった。しかし、まだ未経験である千鶴は風間が行うそれらに対応するだけで必死である。西の鬼の里に着くまで体力、精神面が持つだろうかと不安にもなっていた。そんな二人は、御着宿を抜け姫路宿へと歩いて行った。恐らく今日の旅路はここまでになるだろう。風間はそう言いながら千鶴の手にそっと触れて握り締める。何を感じてくれたのか、千鶴の手からも握り返す力が風間の手に流れ込んできた。


「私は別に…… いいんですよ?」


 赤らませた顔を俯かせ、風間の苛立ちを宥めるような言葉を紡ぎながら歩く千鶴の態度に、風間の表情も柔らかいものになる。


「まあ、西の里へ帰ったら、毎日のように抱いてやるつもりでいるからな。焦ってはおらん」


 先ほどの会話とは真逆の言葉を放った風間に恥ずかしい言葉を紡いだ千鶴は、頬を膨らませると、少しの怒りを含んだ口調で問いかけた。


「じゃあ、何であのような言い回しをするんですか?」


 すると、風間が惚けた振りをして問い直してくる。


「どのような言い回しだ?」
「無性に抱きたくなるって言っていたじゃありませんか」


 その言葉を聞いた風間が、隣を歩く千鶴を見据えた。


 大人の女にしては色気がない。しかし、時折見せる様々な表情は、今まで風間が付き合ってきた女には全くないものであり、それが新鮮にも感じた。そのような千鶴の表情を垣間見た時、表面上は落ち着いた態度を見せる風間ではあったが、心臓は今まで鳴らした事もない大きな音を打ち鳴らす。


 そう―― 俺の心を締め付けようとするこやつが悪いのだ――


 全てを千鶴のせいにする事によって、風間は高鳴る気持ちを落ち着かせようとする。そして、それでもなかなか静まらない時は口に出してしまう。 


「お前が向けてくる表情が悪いのだ」


 と――。


 また、自分のせいにされている――


 千鶴は不平不満を風間に申し入れたが、


「本当の事だろう?」
「ほ、本当の事って…… 私は……」
「ああ、もういい。さっさと歩くぞ」


 そう言われてしまうと、その話はここで行き詰まってしまうのだった――。






 北方には姫路城――


 外装の余りの白さから白鷺城とも呼ばれているが、その城が優美な姿を浮かばせている。天守閣はひとつだけでない。五層七階の大天守と三つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)でつながっている。


 端整な美しさとその美しさの中にある強固な守りの数々。その城の姿は今、千鶴の隣にいる風間の姿と重なり合ってしまっていた。


 端正な顔立ちの風間を見た女たちの見とれるような様。しかし、その美しさの中には自分や周りの者を守ろうと、自分の目の前に強固な壁を作り上げている。緋色の瞳から放たれる睨みや有無を言わせない言葉、鬼としての強靭な技、そして腰に飾られている刀―― これら全てが表からは端整な風間の中にあるとは考えられない程の完璧な守護方法を身に付けている。これは、自身を守る為に幼い頃から培ってきたものなのだろう。しかし、千鶴の手を繋いでくれている風間のそれはとても暖かくな優しさを感じる。それは、風間が千鶴を心から信頼してくれているような気がしないでもなかった――。


 姫路宿で宿泊すると思っていた千鶴だったが、風間が先を歩いて行く。


 やはり天霧の怒りを気にしているのだろうか? と思っているとそうではなかった。加古川と姫路の間に間の宿【今宿】があり、そこに鬼が担っている旅籠があるらしかったのだ。


 旅籠の暖簾を潜った二人は、そこの主人にまたまた歓迎される。その主人の話によると、風間家と雪村家の祝言は各地の鬼たちに既に知れ渡っているらしい。それほど、二人の祝言には意味があり、日の本中の鬼たちにとっては喜ばしい出来事であるらしかった。


 今まで普通に暮らしてきた千鶴にとって、このように騒がれて喜ばれる事に慣れていない為、どのように反応すれば良いのか分からない。しかし、隣の風間を見れば動じずに普段通りである。


 私たちの祝言がこんなにも期待されているなんて知らなかった――


 東海道の時は、忍びの者と殆ど顔を合わせる事もなかった為に、あちらの今の反応はよく分からないが、西国街道に入った途端に忍びの者との接触も多く、殆どの鬼がこのように喜んだ姿をみせてくれている。しかし、何を期待されているのだろう? よく考えてみればすぐに分かる。


 そう、鬼のこの喜びは現在の事ではなく、未来に向かっての喜びなのである。


 つまりは、風間と千鶴の間に生まれてくる子の事である。


 純血同士から産まれ出る子は必ずと言って良いほど強い力を持つ。そして、今までの鬼の頭領とは違い、この二人の仲の良さを見ている周りの鬼たちは、更に完璧な鬼の子が生まれるだろうと予想しているのだ。


 風間と千鶴のように、喧嘩をしながらも仲良くしているのは鬼の世界の中でも珍しいと言われている。この世界では男鬼の出生率が高く女鬼は希少な為、自分の血筋を永らえさせる為に、女鬼の取り合いなども頻繁に起こるのだ。愛を求めず、より良い血筋を求めて女鬼を狩っているようなものだったのだ。しかしこの広い日の本の中、血筋は別として、強い鬼は数多く存在し、千鶴を狙う輩も多く目を光らせている。天霧にとってそれが悩みの種の一つであり、風間に帰郷を早めるように催促をしているらしい。そして、この今宿では久し振りに鬼の会合が開かれた。会合と言っても西の鬼たちが集まる集会である。そこで西の鬼たちの意思疎通を行う。


 未だ東の鬼は雪村の女鬼を風間が娶るという事に関して反対派が多いようだった。過去に成されようとした鬼の統一が根源である事は間違いはないが、それに関しては随時説明をしながら納得させていく結論に至っていた。


 西にも有力な鬼はいる。土佐と長州は勿論、日向、肥後、肥前、対馬、備前、出雲、伊予、高松、徳島等である。


 今は風間の力に敵う者がいない為に、殆どの鬼たちは大人しくはしているが、彼らは千鶴が将来生み出すであろう子に目を光らせているのである。


 会合から戻った風間は機嫌が頗る悪く会話もしようとはしなかった為、千鶴は知らぬ振りをして布団の中に潜り込んだ。暫くすると風間もその布団の中に入り込んでくる。背後から抱き締められた千鶴が背後に向かって静かに話しかけた。


「会合で何か問題があったんですか?」


 すると、風間の抱きしめる力が更に強さを増した。


「いや…… しかし、お前には多くの子を生んでもらわねばならん。特に女鬼を……」
「えっ……?」


 驚愕した千鶴が背後を振り返る。風間のいつもの冗談かと思っていたのだが、珍しく真面目な顔をしていた。


「ま、まさか、百人の子を生めと言っているんじゃないでしょうね?」


 千鶴の言葉に風間の顔に呆れた表情が浮かんだ。


「まさか、あれを本気にしていたのではないだろうな? 冗談に決まっておろう。しかし、他の有力な鬼どもは俺たちの間に生まれるであろう子を狙い始めている」


 やはりあれは冗談だったのかと、千鶴は考えながら問い直した。


「まだ、身篭ってもないのにですか?」


 すると、目の前の風間が静かに嘆息を吐き出した。


「ああ、今はお前の身の安全は確保されてはいるが、里に着き祝言を挙げ、お前が身篭れば、その時から新たな揉め事が起こり始めるだろう。それと、薫と千姫の間に産まれる子もその対象となり得る。何せ、八瀬の一族と雪村の血が結合するのだからな」
「で、でもそんな…… 多くって…… すぐに身篭るという確証もないのに……」
「では、西の里に着き祝言を挙げた夜から欠かさずにやるか? ならば、百人は目指せるかもしれんぞ」


 千鶴を心配させないように風間がからかいに出る。それが冗談だとは既に分かってはいるが、そのからかいには未だに動揺を起こしてしまう千鶴は朱顔させて風間を睨み付けてきた。


 風間は西の里に戻って千鶴と夫婦になっても、暫くの間は子を作るつもりがなかった。


 出会ってから二人だけで過ごした時間はほんの一握り。もっと二人の時間を持ちたい風間は、子作りだけの為に千鶴を抱くという事はしたくないのである。


 そう、風間は千鶴をすぐに母親にするのではなく、もう少し長く、自分の妻であり一人の女として愛したいのである。


「俺は、血筋の良い子が欲しいが為にお前を抱くのではないのだ。お前を抱きたいほど……」
「抱きたいほど何ですか……?」


 先の言葉が気になって尋ねた千鶴だが、そこは風間のだんまりによってあやふやにされてしまう。


 風間の性格上言いたくないという事がよく理解できた千鶴が、珍しく自分から先に風間に口付けを施した。


 長く長く――



 そして愛しむように深くなる二人の口付けと、まだ一つにはならないが、重なり合うようにして寄り添っていく身体は、徐々に短く感じ始める夜を存分に満喫していった――。


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