西国街道-藤井宿→岡山宿



 藤井宿は、片上宿と岡山宿の中継的役割をしていた宿場である。風間と千鶴はその宿場を通り過ぎ、岡山宿へと進んで行った。


 追分の茶屋で一休みをする二人。今夜は岡山宿で鬼の会合が開かれるらしい。西に向かい始めてから二度目の会合ではあるが、これからは何度かそれが開かれると風間は言う。


 鬼が担う旅籠に泊まるのもその情報を得る為らしいが、これから先、鬼たちが人間と関わらずに平穏な暮らしをするにも重要な話し合いの場になるらしい。


「我ら西の鬼が人間に恩を返したと言っても、あやつらは同じ事を繰り返す。その度に鬼に力を求めようとする。都合の悪い事は忘れ、良い事は覚えているからな」
「もう二度と人間とは関わらずに、鬼の世界だけで生きるのですか?」
「ああ、必要とあれば人間と接触も可能だが、できるだけ関わる事は避けたい。その為に鬼が隠れ住む場所を長い年月を掛けて探し続けていたのだからな」
「鬼も人間も同じですよ。お互い歩み寄れば共存も可能ではありませんか?」


 千鶴の返答に、


 人間など――


 と眉を顰める風間が溜め息を吐く。


「俺たちも人間とは諍いを起したくはない。だからこそ関わりを持たぬようにするのだ。昔から人間は鬼をいいように扱ってきた。鬼は共存しようとしても裏切られてきたのだ。東方に保護されていたお前の血族も結局は裏切られ、ほぼ全滅の状態に陥れられたではないか」
「でも、今私たちは人間の築き上げた街道を歩いていますけど、誰も何とも思っていないですよ?」


 千鶴の間抜けな返事に、風間は再び大きな溜め息を吐き出した。


「お前は馬鹿なのか? それとも鈍いのか? 俺たちは、周りの人間に【我らは鬼だ】と伝えていないからこそ何とも思ってはいないのだ。見た目は人間と同じなのだからな」
「新選組の皆は、私が鬼だと知っても平気でいてくれていましたよ。鬼だとしてもお前はお前だって……」
「人間の中にも変わった奴らが一人や二人いるものだ。普通ならば恐れて逃げたり追い出したりするのだが…… この俺にも天霧、不知火にも恐れもせずに飛び掛ってきていたからな」


 千鶴がぼんやりとしている間に、風間は串に刺さっている桜色の団子を全て抜き取り口に放り込んだが、千鶴はそれには全く気付きはしなかった。


「彼らこそが武士である前に、私たち鬼と共存してくれようとした人間だったのかもしれませんね。やっぱり彼らには生きていて欲しかったです…… さてと、団子でも……」


 茶屋が建ち並ぶ中の一軒で、千鶴の大きな叫び声が響き渡る。


 何事か!?


 旅人たちがその場所に振り向き、茶屋の主人が慌てて中から飛び出してきた。


「わ…… 私の桜色の団子が……」
「ふん、先程の仕返しだ」


 千鶴の横に置いてあった皿の上には、三色団子ではなく、二色団子となった残骸が残されているだけであった――。


 風間がこのように執念深すぎる男だとは思わなかった千鶴は、次に休憩する茶屋では絶対に桜色を取られまいと、風間と同じく執念深さを露にさせており、そんな二人は百間川の渡しを超えて、西へと進み、岡山宿へと入って行った。


 岡山宿は城下町であり、旭川のほとりにたたずむ烏城(うじょう)こと岡山城の美しさは素晴らしい。土台が不等辺五角形というのは日の本中にも例がなく、石垣の積み方には、「打込萩」という石の周辺を平に加工した割石を用い隙間に小詰を施した工法が一般的なのだが、丸い形の自然石を用いた「野面積」(のづらづみ)の方が古い形式である。しかし、ここでは両方の形式が使われている。


 岡山城は、天正元年、宇喜多直家が当時ここの城主であった金光宗高を滅ぼし、沼から移り住んだ。その子宇喜多秀家は、豊臣秀吉の信任厚く五十七万四千石の大名となったが、関が原の戦いの後、八丈島へ流された。その後関が原の日和見で有名な小早川秀秋が筑前名島から移って城主となるが、二年間で急死してお家断絶となり、池田家が十二代続いて幕末を迎えたという。そして、景勝地後楽園に足を運ぶ二人。この後楽園は池田綱政が貞享四年、津田永忠を奉行としてつくった。新緑の庭園には四季ごとに咲き誇るツツジ、藤、牡丹、花菖蒲などが植えられている。「流店」(りゅうてん)という中央に水路を通した珍しい建物は静かなせせらぎの音を響かせていた。


「宇喜多秀家は、天霧の祖先と深い関わりがある。そして風間家も途中から関わるようになったのだ」
「天霧さんの一族と……?」
「風間家の里に秀家の身柄を隠したという歴説が残っている」
「八丈島へ流されたって……」
「どちらかが正しいのかは俺にも分からん。しかし、天霧家は宇喜多秀家と懇意にしていたという歴説は事実だ」


 岡山城、後楽園を後にした風間と千鶴は今日はこの岡山宿で一泊する事になった。


 旅籠に向かう途中で、町民から岡山名物の吉備団子の有名な店を教えてもらった千鶴が、風間を引っ張りながらその場所まで歩いて行った。


【廣榮堂】と【広栄堂武田】なのだが、千鶴は二軒の店の吉備団子を買うと言う。


「どちらも一緒だ!」
「いいえっ! このような店は独自の味を持っているんです! だから食べ比べてみないと分からないんですよ!」


 そして旅籠に到着した時、千鶴の腕の中には二軒の店で買った吉備団子の包みがしっかりと抱えられていた。


「あら、頭領の奥方になる方は食べる事がお好きだと聞いて、私たちも吉備団子を用意していたんですよ」


 その旅籠の鬼女将はそう言うと、千鶴の買った吉備団子の包みの上に更に同じ二軒の店の包みの吉備団子をポンポンと乗せていた。


「沢山食べてくださいませね」


 拷問のように乗せられたその包みを見た千鶴の目、口は開かれたまま止まってしまい、その間抜けな表情を見ていた風間と女将は可笑しそうに口元を緩めていた。



 全ての団子は流石の千鶴でも食べ切る事ができなかった為に、今夜の会合の時に風間に持って行ってもらう事にしたのだが、風間はその会合に千鶴も出席する事を促してきた。


「前のように、女の事で疑われてはこちらも迷惑だからな」
「かなり前の話じゃないですか。いい加減に忘れて下さいよ」
「かなり前だと……? 二ヶ月ほど前の話だ。最近の話ではないか」
「団子の事と言い、その話と言い…… ほんっと執念深いんだから……」


 千鶴はぶつくさと文句を言いながら、京で風間に買って貰った着物を出そうと包みを広げた。


「あああぁっ!」
「どうした?」
「手土産を渡すのを忘れていました……」


 千鶴の手の中には、有松絞りが乗せられている。京では忙しい毎日を送っていた為に手土産の事などすっかり忘れていた。


「仕方あるまい。今宵は不知火と南雲薫も出席するようだ。その時に渡せばいい」


 風間はそう言うと、千鶴に着替えを促して、会合場所へと向かった。


 今夜の会合は、郷土料理を出す料亭で行われるらしい。


 千鶴の目の前には岡山の郷土料理が数多く並べられていた。


 ままかり料理―― 瀬戸内海で漁獲されるサッパを用いた料理である。ままかりとは隣の家に飯(まま)を借りに行かなければならないほど食が進むという意味があるそうだ。


 他にも刺身やばら寿司、さわら寿司などが振る舞われた。


 千鶴が部屋の中をよく見てみると、男鬼の中にちらほらと女鬼の姿もある事に気が付く。風間だけを見ていると、鬼の世界は男社会なのかと思っていたが、そうではないようだった。男女共に平等に話し合いを進めている上に、やはり女鬼は稀な存在なのだろう―― 大事に扱われているような感じも受ける。


「よう、風間。一応天霧に伝えておいたけどよ…… やっぱ、あれに取り消しはねぇってさ」
「ふん! あのような老い耄れに何ができるというのだ?」
「それがよぉ…… 出羽がすっげぇ張り切ってるらしくってよ。この前なんか、広間の畳数十枚をたった一人で外していたらしいぜ」
「な、何だと……!?」


 先に到着していた不知火が風間と千鶴に気付き、こちらへやって来ていて、風間と出羽の事についての会話をしている。薫の姿も見え、そちらに視線を向けてみると、他の鬼たちに千姫との事で祝福を受けたりされているようだが、表情は決まって迷惑そうであり、気だるい感じであった。


 男鬼に混じって座っていた女鬼が千鶴に気付き、声を掛けてくる。男たちもそれに気付いて近付いては来るが、女達によってそれが妨げられた。


「風間の奥方になる娘に声なんざ掛けたら、後が怖いから止めとく事だね」


 そう言い放つと、千鶴を守るようにして周りを囲ってくれ、楽しく話を持ち掛けてきてくれる。しかし、鋭い視線を何となく感じた千鶴がその方向を見てみると、


 やっぱり――


 女にも嫉妬をするのか? と思うほど、こちらを睨み付けている風間。確か、千姫と行動を一緒にしていた時もかなり不機嫌だったなと思い起こしてはいたが、周りにいる女鬼たちはそんな事を全く気にしてはいなかった。


「頭領さん、かなりご立腹の様子だね?」
「構いはしないよ。男たちが希少な女鬼を脅したり傷つけたりする事はできないんだから」


 頭領でさえも手が出せないという女鬼――


 その中でもあなたは特別なのよ――


 と、千鶴に囁いてくる。


 千姫以外の女とはあまり話さなかった千鶴にとって、この会合での一時はとても楽しい時間となっていた。


「楽しかったか?」


 帰り道、風間が拗ねたような様子で千鶴に問い掛けてくる。


「はい、とっても楽しかったです」
「ふん、そうか……。たまには女同士で話をするのも気分転換にもなるだろう」


 やはり――


 千鶴の心は嬉しさで溢れてくる。本当ならば、風間はあのような会合には連れて行きたくなかったのだろう。しかし、千鶴の気持ちを思ってくれていたこそ、このような事をしてくれたのだ。


「あの…… 有難うございます…… 嬉しかったです」
「俺は何もしておらん。会合に連れて行っただけだからな」


 風間は千鶴から顔を逸らしながら歩く。暗闇の中で表情を読み取る事はできないが、恐らく風間には似合わない行動をした為に気恥ずかしさのある顔をしているような気がする。


 千鶴はクスクスと笑いながら、風間の腕に自分の腕を絡ませていった瞬間――


「あああぁっ!」


 暗闇に千鶴の声が響き渡った。


「このような夜更けに大声を出すな!」
「だって…… だって……」


 千鶴が取り出した物――



 それは京で渡し忘れていた有松絞りの手土産であった――。


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