男のあれは栗の花の匂いがする-sidestory-


 道中は男女の行為をしないと決めた風間。それは勿論、子を作る行為の事で、口付けやその行為の前に行う前儀は風間曰く、それの中には含まれないらしく、重なる少し前くらいのかなり大胆な愛撫はしっかりと行っていた。しかし男にとっては最終の行為である【挿れる】が一番の快感を起こすものであり、ひと月に二、三回ほど、膨れ上がった塊の熱がなかなか治まらずに眠れない夜もあった。そして今も眠れない夜を迎えている風間。隣りでは、風間の執拗な愛撫に程よい疲れを起こして眠る千鶴の着物を乱したままの姿がある。それを見た風間の塊は、ますます熱を高まらせていた。


「隣に抱きたい女がいるというのに、抱けぬとは…… これほどに辛い拷問はないな」


 そう呟いた風間が千鶴の漆黒の髪の毛を手に取り唇に当てる。すると、女鬼特有の香りが風間の鼻孔を擽らせてきた。


「い、いかん…… この香りは俺の本能を暴走させてしまう」


 千鶴の髪の毛を手から離した風間は、布団の中で頭を大袈裟に振りながら、自分の中にある性欲の本能を抹殺しようと心がけた。


「この欲求を治めるには、こやつの姿を見ないようにして寝ればいいのだな」


 千鶴を抱きしめて眠っているからこうも悶々とするのだと考えた風間が小さな体から腕を開放して背を向ける。すると、背後から短くて細い腕が両脇腹を通過して絡まってきた。


「おい千鶴…… 離せ……」
「ん……」
「離せと言っているだろう」


 着物の上からとはいえ、千鶴の肌の感触が風間の本能を奮い立たせようとする。ますます膨れ上がり行く塊を手で押さえた風間は、一つの布団に入っているのが駄目なのだと考えた。そこで布団から抜け出して畳の上に俯せに転がった。


「これで大丈夫だ……」


 ひんやりとした畳の表面が風間の塊の熱を冷まして萎えさせていく。これで眠れると思って両瞼を閉じた途端、今度は何かが上に伸し掛かってきた。


「な、何だ……!?」


 驚いた風間が背中越しに上へと視線を向ける。すると、風間の背の上に眠っている千鶴が乗りあがっていたのだ。


「なっ……! 寝相が悪い女だ」


 上から振り落とそうとする風間だが、腰に両腕をしっかりと絡ませているせいか、足掻いても一向に落ちない。それに季節は春真っ盛りではあるが夜はまだ肌寒さが残る。風邪でも引かれては困ると考えた風間は、千鶴を背に乗せたまま、布団のところまで這いずって移動をした。


「このままでは眠れないではないか……」


 別に一日眠らずとも大丈夫ではあるのだが、それは天霧や一人で行動していた時の事であり、千鶴と旅をしている今は、軽いものではあったが疲れは風間の身体の中に生じる事が多かった。だからこそ少しでもいいから眠っておきたいのである。しかし、このような状況で少しでも眠れるわけがなく、風間の本能が、やってしまえと誘惑をしてくる。


「俺は西の里へ戻るまではやらんのだ……」


 その誘惑に対して強く頭を左右に振った風間は、どうにかしてこの欲求を解消しなければならないと考え始めた。


 このまま千鶴を寝かせておいて、遊女の所へ行って抜いてもらってもいいのだが、ばれたら後々が面倒だ。


「こやつは意外と嫉妬深い女だからな……」


 風間は、背後から締め付けるようにして眠る千鶴の肌を感じながら大袈裟な溜め息を外に吐き出した。


「こうなれば、俺としては不本意ではあるがあれをやるしかあるまい」


 風間はそう呟くと、布団の中で自分が身に纏っている着物の裾を静かにたくし上げていた――。


 背中で千鶴の息遣いを聞きながら――
 肌の感触を受けて裸体を想像する――
 愛撫をしている時の千鶴の遠慮がちな喘ぎ声を少し大胆に想像して――
 艶めかしい表情を脳裏に思い浮かべる――
 まだ挿れた事のない秘部の中に自分の塊を突きつけてみる。勿論、これも風間の中の妄想――
 塊を握った手を上下に激しく擦る。


「いい、感じだ……」


 自分は何故にこのような情けない事をしているのだろうと思いながらも、千鶴の姿を厭らしく想像するだけで気持ちよくなってしまうのにも驚いていた。手の動きが更に加速して、塊は最大限に膨らむ。


「ああ…… 懐紙がいる……」


 中から飛び出そうとする白濁色の液体を受け止める為の懐紙がどこかにないかと探していると、明日の用意を既に済ませている千鶴の畳まれてある着物の上にそれはあった。それに手を伸ばした風間が塊に被せるようにして当てると、その個所からは粘り気のある液体が多量に飛び出していた。


「ほう…… 危機一髪であったな……」


 布団を全身に被せたままでその個所に当てていた懐紙で液体を拭き取った風間は、欲求不満も解消していて気分爽快であった。


「ああ、これは処分しておかなければならん…… それに明日の朝は千鶴より早く起きて窓を開けておかなければな……」


 精液でぐっしょりと濡れた懐紙をくるくると丸めて屑籠の一番奥底に棄てた風間は、大きな吐息を一つだけ吐き出すと、千鶴を抱きしめてようやく眠りに就く事ができたのであった――。


「千景さん、起きて下さい……」
「ん……?」
「ねえ、千景さん……」


 千鶴に起こされた風間が布団から飛び上がるようにして上体を起こす。千鶴よりも早く起きようと思っていたのに、どうやら先を越されてしまったらしい。風間が千鶴の方に視線を向けると、既に着物に着替えていた。


「今日は早くに目覚めたのか?」


 布団の中で大きな伸びをした風間が小鼻をひくつかせながら顔を顰めた。


 臭い――


 掛け布団を動かす度に中にこもった空気が風間の顔の方へと押し出される。その匂いは昨夜に自慰行為をした時のものであった。それに窓を閉め切っていたせいか、部屋の中もその匂いで充満している。いくら鈍い千鶴でもその臭い匂いには気づいたようだ。


「ねえ、千景さん…… 匂いません?」


 と聞いてくる。


「何が匂うのだ?」


 風間が何にも気づかないような振りをして聞いてみると、千鶴は部屋の中で鼻をひくひくと動かした。


「まだ、栗の花が咲くような季節じゃないですよね? それなのにこの部屋…… その匂いがするんです」
「栗の花……?」
「ええ、栗の花です」


 風間がクンッと部屋の匂いを嗅ぐ。すると確かに、風間が昨夜に出した精液の匂いは栗の花が解き放つ匂いに近いものがあった。しかし、栗の花が咲くにはまだ時期早々であり、部屋は窓を閉め切っていて外界の匂いなど入り込んでは来ない。風間は、どこかで栗の花が咲いているのだろうとも言えずに頭を悩ませた。そのような風間に千鶴が更に追い打ちをかける。


「それに、朝起きたら懐紙も少なくなっていたんです…… 昨夜、何かに使ったかしら?」


 と、屑籠の方へと歩み寄ろうとしていた。それを制止する為に風間が声を掛ける。


「おい、宿の主に風呂を沸かして欲しいと伝えて来てくれ」
「えっ? こんな朝っぱらからお風呂に入るんですか?」
「ああ…… 急に入りたくなったのだ」
「そうなんですか…… じゃあ、伝えてきます」


 千鶴はそう返事をすると部屋を出て行ってしまい、その姿を見送った風間は、布団から慌ただしく身体を抜け出して屑籠の方へ駆け寄った。


「全く、こういうところは意外と敏感で困ったものだ」


 そう呟きながら屑籠の中の懐紙を手に取った風間は、それを押入れの下の段の奥深くにしまい込む。そしてその上から自分たちが使用していた布団一組を押し込んだ。


「あいつがあのような例えをするから、何やら俺の身体もその匂いが染みついているような気がする……」


 風呂を沸かすように頼んで良かったと思う風間の股間は、何となくだが湿気を帯びていて気持ちが悪かった。


 暫くして千鶴が部屋に戻ってきて、風間に風呂が沸いたと伝えてくる。早くあの箇所を洗い流したいと思っていた風間は、着替えを持っていそいそと部屋を出て行った。その時に千鶴とすれ違ったのだが――


 風間が風呂に向かっている背中を見つめていた千鶴は、クンッと鼻を動かした後に顔を顰めた。


「いつもいい匂いのする千景さんの身体から栗の花の匂いがしたような気がする……」


 と呟いていた――。




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