桜酒-sidestory-


「高貴な嫁さんが嫌なら、人間の嫁でも貰ったらどうだァ?」


 風間に一度このような言葉を言ったような覚えがある。


 風間が千鶴を嫁にすると聞いた時、不知火の心の中ではある感情が湧き起こっていた。


 その時は愛するまではいかないのであろうが、千鶴にちょっとした興味を持ち出していたのだ。しかし、一応仲の良い? 風間の想い人を奪おうとまでは思わなかったが、その想いが強くなっていた時は、やはり少しの心残りがあった。


「なぁ、高杉…… これから先の俺には好きな女ってできるんかな?」


 今不知火は高杉晋作の墓前の前で一人酒をしている。近くには桜の木が植わっており、そろそろ満開を迎えようとしていた。


 不知火が高杉に初めて会った時の感想はと言うと、


「小っせぇ男だなぁ」


 と、大きく声に出してしまい、彼を怒らせたところから始まった。


 高杉は自分の背が低い事をかなり気にしていた男であり、その後、何度か撮られた写真にも立ち姿は存在してはいない。しかし、悪気もなく素直に言葉に出す不知火の性格を気に入ったのか、二人はどんどん仲の良い友人になっていった。


 文久二年五月に藩命により、幕府使節随行員として長崎から大陸の清国(上海)へ渡航、帰国時には短銃を土産に持って帰って来てくれた。その短銃はまだ、不知火の腰に隠れるようにして差し込まれている。


「数日前によ、風間からいい酒を数本貰ったんだぜ。今、嫁さんになる女鬼と一緒に楽しそうに、ちんたらちんたらこっちに向かってやがる。あいつは幸せになるだろうな……。まっ、千鶴は確かにいい女になったよなぁ……」


 不知火は既に徳利一本を空にしてしまっていたが、それは仕方のない事―― その徳利の半分以上を高杉の墓石に並々とかけていたのだから。


 静寂な月夜の中でごくごくと酒を呑んでいると、背後から凛とした声が聞こえてきた。


「不知火さん、高杉に会いに来てくれたんですか?」


 振り向くと、そこには高杉の妻であるまさがニッコリと微笑みながら立っていた。


「ああ、まささんかぁ…… 邪魔してるぜ」
「いえいえ、不知火さんが頻繁に来て下さるから高杉もきっと喜んでいると思いますよ」


 そして、まさは手に持っていた徳利を不知火に渡して横に行儀よく座った。


「高杉はかなり呑み過ぎたみたいですね?」


 クスクスと笑いながら墓前を見つめる。不知火が勢いよくかけた為、墓石は酒塗れになっており、周りは酒精の匂いがプンプンと漂っていた。


「たくさん呑ませちまったみてぇだな」


 不知火がぼりぼりと頭を掻いてまさに謝罪するが、彼女の顔には笑みが絶えずに浮かんでいた。


 この高杉の妻まさは、防長一の別嬪と言われた山口町奉行、井上平右衛門の次女である。女は面倒臭いと思っている不知火でさえも唸る程の別嬪であった。


 最近、誰かに似ていると考え始め、その疑問が解決したのは、二条城で千鶴に初めて会い、その後の屯所襲撃の後だった。


 性格は多少違うところがあるが、全体の雰囲気がよく似ているのだった。


「まささん、俺…… ちっと興味のあった女鬼がいたんだけどよ、俺の大事な仲間の嫁さんになる為にこっちに向かってんだ」
「まあ…… そうだったんですか。不知火さんが興味を持たれる女性なのですから、きっといい娘さんなんでしょうねぇ」


 まさは、不知火の言葉に対して深くは触れずにいてくれる。不知火が悩みや愚痴を言う時にはいつも聞き役に回ってくれるのだ。


「不知火さんは、少し気分が落ち込むと高杉の墓に来てますからね。今夜は家にいらしてゆっくりとお酒を呑んで愚痴って下さいな。夜はまだ冷えますもの」


 優しい言葉と共にまさは立ち上がり、不知火に向けて手を差し伸べる。


「ああ、そうさせてもらおっかな」


 まさの手は温かい――
 千鶴の手もこのように温かいのだろうか――?


 暫くの間、この想いは自分の中から消えてはくれそうにはないが、これもまた良い思い出となって風化するだろう――。


 不知火はあの時に風間に言った言葉を再び繰り返す。


「人間の嫁でも貰ったらどうだァ?」



 不知火は月夜の光りで更に美しさを魅せるまさと微笑み合いながら、高杉の家へと向かって行った――。




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