日向の鬼姫‐sidestory-
妖しきほどに 美しく
その姿は 鬼 そのものなり
その鬼たるものに魅入られし者
桜花の如く いと可愛らしきものばかり――
これは、日向の鬼姫の物語である。
生まれた頃から美しさを全身に纏わせていた日向の鬼姫。
この鬼姫は可愛らしい女鬼や人間の女ばかりを集め、女色で有名になってしまった。
しかし、何故そうなってしまったのか――
それは彼女の辛い過去から話さなければならない――
まだ日向の鬼姫が日向の主に成り立ての頃、周りの男たちから好奇な視線を受け続けていた。しかし、鬼姫はそのような事で天狗にもならない控えめな女鬼であった。このように男鬼に人気のある鬼姫には、想いを寄せる一人の男鬼がいた。
今日もいらっしゃるわ――
既に日向の女主となっていた鬼姫は、会合の度にその男ばかりを見つめる。
裏表のない豪快な性格、笑むと子供っぽくて可愛らしい――。
その姿を見た瞬間、鬼姫の目の前がくるくると渦を巻き出す。それは眩暈であった。
美しすぎる――
格好良すぎる――
好き好き攻撃を受けているその男は、視線を感じながらも目の前の酒に集中する。
「どうした、不知火。先程から渋い顔をしているが酒が不味いのか?」
隣に座っている風間がクンッと不知火の手の中にある杯に鼻を近付けて匂っている。
「いや、酒は美味ぇんだけどよ…… 何か嫌な視線を感じんだよなぁ」
不知火がブルッと一震いをしていると、風間が小さく笑いながら顎をしゃくった。
「お前が感じる視線とはあの女のであろう」
不知火がしゃくられた方に目をやると、確かに―― 【惚】の字を思い浮かばせるような瞳を向けた女の姿が映った。
「日向の鬼姫か…… 男たちを虜にするという噂だが、確かに美しいな」
「あれは風間を見てんじゃねぇの?」
「お前も鈍感な男だ…… どう見てもお前しか見ておらんだろ。」
不知火が自分の方に振り向いてきた瞬間、鬼姫の鼓動は早鐘を打ち始め、顔は逆上せているのかと思われる程に、真っ赤に蒸気していた。
不知火様がこちらを振り向かれたわ。どうしたら良いの? えっと―― この時の場合は――
考えて出た結論は、
微笑みを浮かばせちゃえっ!
鬼姫は勇気を持って顔を不知火の方に向けて最高の笑顔を作った。
「あら……?」
鬼姫が長く考え込んでいる間に不知火は再び視線を元に戻し、風間たちと酒を呑みながら談笑をしていた。
駄目だわ―― そっぽ向かれちゃった―― ああ! 私ったらばか! ばか! ばかぁ!
鬼姫は周りの女鬼たちが呆気に取られる中、一人の世界で自分を責め続けていた。
その後の会合でも鬼姫の愛の視線攻撃は続いたが、不知火が彼女に声を掛ける事は勿論、目を合わせる事もなかった。
ある日の会合で、鬼姫が会合場所の部屋に入ろうと襖に手を掛けた時、中から不知火と他の鬼たちの声が聞こえてきた。
不知火様の声だわっ!
一体何をお話しされているのかしら?
鬼姫が襖にそっと耳を近付けて中の話を聞こうとする。
「不知火、お前もそろそろ嫁をもらわないと駄目なんじゃないか?」
「ああ、長老たちが何か煩く言ってくるけどよ。俺はまだ嫁に興味がねぇんだよなぁ……」
不知火様は嫁に興味なし――
鬼姫の脳裏にその言葉が刻み込まれる。
「しかし、長州の鬼の主になるお前には絶対に通らないといけない道だろう?」
「分かってんだよ、それは…… ただ、好みの女がいねぇんだよ」
不知火様ぁ、どうか私を嫁にして下さいな――
「そう言えばさ、日向の鬼姫がお前に惚れてるって聞いたぞ。あんな別嬪に好かれるなんて羨ましいよなぁ。いっその事鬼姫にしたらどうだ?」
「……」
その後は不知火の返事がなく、襖で耳を澄ましていた鬼姫の気持ちに焦りが出てくる。
不知火様、何とか言って――
「日向の鬼姫は確かに別嬪だと思うぜ? どんな男でも虜にするって聞いたしな。でもよ…… 俺は別嬪よりも可愛らしい方が好きなんだよなぁ……」
別嬪よりも可愛らしい方が、不知火様は好み――
襖に耳を当てて中の話を聞いていた鬼姫の肩を誰かが叩く。驚いた鬼姫が後ろを振り向くと、そこには冷ややかな視線をこちらに向けている風間がいた。
「ここで何をしているのだ?」
「あれっ! えっ!? あのっ!? あらっ!?」
驚いて後退りしようとした鬼姫の後ろは襖――。勢いを付けて後退りをしてしまった為に思い切り襖が外れて中に転がり込んでしまった。
「うわっ! 噂をすれば…… 日向の鬼姫じゃないか!?」
転がり込んだ鬼姫の後に風間がゆったりと入って来る。
「この女、先程のお前たちの話を聞いておったようだぞ」
「あっ! あのっ! そのっ!」
鬼姫は言葉にならなくて、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「何だよ…… てめぇ、盗み聞きしてたっていうのか?」
愛しいと思っていた声なのだが、その声には怒りを含んでいるのがよく分かった。
「俺は別嬪も苦手だが、盗み聞きする女はもっと苦手だ! 帰るっ!」
不知火はそう言い放つと部屋を出て行ってしまった。
ぽろぽろと涙が鬼姫の頬を伝って零れ落ちていく。
私は馬鹿だ―― 私は馬鹿――
その言葉ばかりが鬼姫の心の中を埋め尽くした。
しかし、その後も鬼姫は不知火の事ばかりを見つめ続けていた。そこで彼女は、不知火と楽しそうに話をしている女たちを見続ける。
不知火様はあのような女性が好みなのだろうか?
不知火と話をしていた女たちを自分の屋敷へ連れて帰って可愛く気飾らせると、確かに彼女たちは美しいと言うよりも愛らしい顔立ちばかりであった。
「あなた達みたいに可愛くなりたい…… どうしたら可愛くなれるのかしら?」
その女たちの前でポロポロと涙を零し続ける鬼姫に、目の前の女たちは戸惑うばかり――。
それは彼女たちの目の前にいる鬼姫こそ美しいと思われるからだ。
風間たちが連れ去られた女たちを助けて、鬼姫に注意を促してもその行為は続けられたのであった――。
そして、ある会合でまたまた不知火が可愛らしい娘と話しているのを見つけた鬼姫……。
「あの娘は確かに可愛らしいわ……」
素朴な姿をしているのに輝いている。風間の嫁になる女だとは知らされていたが、不知火と仲良く話していると奪いたい衝動が膨れ上がってきた。
それに、不知火様の表情がいつもと違う――
その後の遊女の姿をしていたその娘に不知火は見惚れていた。
別嬪、上玉だと叫びながら――
そして、その後には高杉晋作の墓前で仲良く話す不知火とその妻であったまさ。そのまさも少しだけではあったが、風間の嫁に雰囲気が似通っていた。
不知火が高杉の家を出立した後、鬼姫はまさを奪い去って行った。
後は風間の嫁になる娘だけだ――
「私は…… 私は可愛くなりたいだけなの…… どうしたらあなた達みたいに可愛くなれるの?」
鬼姫は着飾らせた高杉の妻、まさを目の前にしながら、再びポロポロと涙を流し始めるのだった――。
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