相容れぬ性格の二人-sidestory-



 風間と千姫が出会ったのは徳川幕府の内部の権力が弱まり始めた頃の数年前であった。


 互いの事は噂には聞いていたが実際に会った事はない。何故ならば、千姫が鬼の中の慣例である【子供の宴会】という行事には一切顔を出さなかったからであった。


 理由は、千姫が鈴鹿御前と言われる由緒ある鬼女の末裔であるという事と、西にも東にも属さないという、何とも腹が立つほど偉そうなものであった。しかし、西の頭領である風間と京を統べる千姫は、周りの長老たちによって、純血の子孫を残す為の道具として顔を合わせなければいけない事になってしまった。


 風間と千姫が互いに見つめ合う。暫くの無言の二人に周りの長老たちは少しだけ期待を持った。


 互いの美しさに見惚れているのか?
 もしかするとこれは上手くいくやもしれん――


 などとヒソヒソ話を始めるが、その様子を見ていた天霧と君菊が同時に嘆息を吐いた。


 あれをどう見たら見惚れていると思えるのかが不思議で堪らないと思っていた時、風間と千姫の口が同時に開いた。


「無理だな」
「無理ね」


 それは長老たちが期待するような言葉ではなく、完全なる否定の言葉であった。


「こりゃ、二人とも! 鬼の行く末を考えての儂らの気持ちを踏みにじるつもりか!?」
「このような良い縁談はないのじゃぞ!」


 長老たちの眉間に皺が寄り始める。その者たちの顔を潰してはならないと、天霧が風間に問い掛けた。


「風間、千姫のどこが無理なのですか? このように血筋も見栄えも良い女鬼は日の本中のどこを探しても見つかりませんよ」


 君菊も長老たちの機嫌を窺いながら千姫に問い掛けた。


「姫さま、風間のどこが無理なのでしょうか? 西を統べる頭領です。それに血筋も良い男鬼は日の本中を探しても見つからないと思いますが?」


 天霧の問い掛けに風間が千姫を睨み付けながら答える。


「ふん、無理に決まっているだろう。一、俺の好みの女ではない。天霧も知っている通り、俺は妖艶な女が好みだ。このような餓鬼に俺の相手が務まるか。二、女のくせに高慢な態度が気に食わん。俺は幼い頃から【子供の宴会】に顔を出してはいるが、この女の姿を一度も見た事がない。その理由が何とも腹が立つ。己を何様だと思っているのだ。その三、こやつの性格は相当に悪い、そして気が合わんと直感で分かったからだ。以上」


 君菊の問い掛けに千姫が風間を睨み付けながら言葉を吐き出した。


「無理に決まっているでしょう。一、私の好みの男ではない。君菊も知っての通り、私は可愛らしい男の子が大好きなの。それなのにこんな年上のおじさんに私の相手が務まると思う? 第二、あの偉そうな態度が気に食わないわね。私は八瀬の里の姫よ。それなのに鬼の中で己が一番偉いと思っているのが腹が立つわ。そして三、絶対に性格は捻くれていて悪いわね。そして気が合わない。以上」


 二人の同じような意見に、周りの鬼たちは一同に頭を垂れて嘆息は吐き出した。


「しかし、西の里での純血に近い女たちも全て蹴り、日の本中に散らばる鬼の一族の女にも会わせましたが、それも全て却下されたのですよ。もう後がない。風間家の後継ぎの事を考えておいでですか?」


 天霧が風間に向かって必死に嫁取りの意義を唱えている。そして君菊もまた懇願するような声音で千姫に言葉を投げ掛けている。


「姫さまいい加減になさいませ。西も東もあなた様に釣り合う男鬼を目通りさせてきましたが殆どを却下で済ませているではありませんか。もう後は風間くらいしかいないのですよ」
「風間くらいとは……この女、たかが家来のくせにこの俺を愚弄するか」
「風間、私の言っている事を理解しておられるのですか?」


 君菊の言葉を聞いていた風間が口元を歪めながら呟いたが、すぐ後に投げ掛けてきた天霧の言葉に首を横に振った。


「しつこいぞ天霧。無理だと言っておる。それに己の妻にする女は俺自身が決めるから口出しは致すな」
「私の大切な君菊をたかが家来って言わないで欲しいわね」
「姫さま、私の言っている事が分かっておいでですか・」


 風間の呟きを聞き逃さなかった千姫も口元をひん曲げて呟いたが、すぐに君菊の言葉に対して首を横に振った。


「しつこいわ君菊。無理だと言っているでしょう。それに私の夫となる男は私自身が決めますから口出ししないでちょうだい」


 そして互いに睨み付けた後、フンッと顔を逸らしていた――。




 
「このような良い縁談はないのですよ。それなのに何故に拒絶をされる?」


 天霧が宿泊している部屋の中で酒を呑んでいる風間に千姫を娶らない理由は他にもあるのではないかと問い質したが、風間はそれに対してすんなりと言葉を返してきた。


「先達て新選組の土方という男と刀を交えた事を覚えているか?」
「ええ、あの天王山の手前の橋の上でですよね」


 天霧が覚えていると頷くと、酒で喉奥を湿らせた風間がニヤリと笑んだ。


「その時に、俺が怪我を負わせた男の世話をしていた女を見たはずだ」
「ええ、私はあの少女の傍に突き刺さった刀を抜きましたから、勿論覚えていますよ」
「あれは鬼だ。それもかなり血筋がいいと見た」


 風間がそう言って再び酒で喉奥を湿らせ続ける中、天霧が納得がいったように頷いた。


「やはりそうでしたか。あの少女に鬼の雰囲気を感じ取ってはいたのですが、あの時は風間を諌める事が先決でしたのであまり気にも留めなかったのですよ」


 天霧の言葉を聞き終えた風間が盃を目の前の膳の上に置き、大きな伸びをする。そして立ち上がって窓の方に歩いて行った。それを静かに見守る天霧。窓の欄干に腰を下ろした風間が天霧の方に顔を向けた。


「俺はあの女を妻に娶るつもりだ」
「あの少女をですか?」
「そうだ、あの女を我が妻にするつもりだ。従ってあの女を調べろ、それも早急にな。分かったか?」
「しかし、あの少女はまだ若すぎはしませんか? それに風間好みの女ではないと思うのですが……」
「煩い。お前は俺に子孫を残させたいのだろう? それならば黙ってあの女の素性を調べろ」
「しかし……」


 夫婦になるには相性も――先程の千姫とのやり取りを見ていた天霧が呟くと、風間が空を見上げながら言葉を吐き出した。


「遊びには妖艶な女がいいが、妻とする女はあのような純朴な方がいい。あの女はまだ男を知らぬようだ。全身から処女の匂いが強く香った。つまりは俺好みの女に仕立て上げられるという事だ」


 風間がククッと笑う。それを見つめていた天霧は、また風間の我儘が始まったかと大きな溜め息を吐き出していた。






「姫さま、何故に風間を拒むのです? 持って来いの縁談でございますよ」


 君菊は、部屋で愛猫(あいびょう)とじゃれ合っている千姫に風間を婿にしない理由が他にあるのではないかと問い質すと、千姫はすんなりと言葉を返してきた。


「ねえ君菊。この前土佐の南雲の頭領が挨拶に来たでしょう? 確か南雲薫って言ってたわよね」
「はい、そう名乗っておりましたが、それが何か?」
「彼、千鶴ちゃんによく似ていたわね」


 千姫は千鶴と初めて出会ってから後、幾度か京の町中で待ち合わせをして団子を共に食べる仲になっている。その時には護衛として近くにいる君菊も千鶴の顔を見ていたのでよく知っていた為、千鶴とこの前に挨拶に訪れていた南雲薫の姿を重ね合わせてみた。


「確かに、似ていると思いますが……」


 すると、千姫が愛猫を抱き上げて縁側の方に歩いて行った。そしてそこに腰を下ろして日向ぼっこを始める。


「私は己の婿にするならあんな男がいいの」
「えっ、南雲薫みたいな男をですか?」


 正直に言えば、君菊は千姫の夫となる男はもう少し年上の方がいいと思っていた。幼い頃に両親がこの世を去った千姫は甘えたであったからである。


「でも……」


 もう少しお考えを――と言おうとした君菊に、千姫がニッコリと微笑む。


「ねえ、あの南雲薫についてちょっと調べてくれない?」
「し、調べるって……あの……」
「お願いね。あっ、私ちょっと出かけて来るわ。千鶴ちゃんと新しい団子屋さんを見つけてね。今度そこで食べようっていう約束をしたのが今日なのよ。急がなくちゃ!」


 千姫が愛猫を君菊に放り投げて屋敷を飛び出して行く。


「あ、あの……」


 また千姫の我儘が始まった――


 千姫の姿が消えた方を見つめながら嘆息を吐き出す君菊に、放り投げられた恐怖で全身を震わせている猫が頼りなげな鳴き声を上げていた――。




「昨夜に風間たちが二条城に現れたって本当なの?」
「うん、私があそこにいたら皆に迷惑を掛けちゃう……」


 団子を美味しく食べるはずの時間が、千姫にとって楽しくないものとさせる。


「信じられない。千鶴ちゃんが雪村家の生き残りだと知って襲ってきているんだわ」
「どうしよう……」


 千鶴がしょぼんと項垂れる。それを見ていた千姫は怒り心頭であった。


 千姫は千鶴を鬼の世界に引き込みたかった。それも自分が住む八瀬の里に――。千姫は新選組の隊士たちや千鶴にゆっくりと説明をして理解をしてもらってから鬼の世界に連れ込むつもりでいたのに、それを風間が先手を取って、あの二条城でいきなり襲うという強硬手段を起こしたのだ。


「お千ちゃん、大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫よ」


 団子を持つ手がわなわなと震えているのを見た千鶴が言葉を掛けてくる。それに対して頬を引き攣らせながら微笑んだ千姫の表情は傍目から見ても怖いものがあった。




「全く、あのじゃじゃ馬め……。俺たちが薩摩に戻っている間に千鶴を誘惑するとは許せん」


 二条城で千鶴を連れ去ろうとしていた風間は、暫く所用で薩摩に戻っていた。その間に千姫が新選組の屯所に赴き、千鶴が風間に狙われているから引き取ると言い出したのだそうだ。


 拳をギュッと強く握り締め、奥歯をギリッと噛み締めた風間が新選組の屯所のある方を睨み付けた。


「雪村千鶴は俺のものだ。誰にも渡さん」




 そんな二人の千鶴取り合い合戦が続く中、もう一度だけ会って話しをして欲しいと、長老たちの切なる願いにより、風間と千姫が再び顔を合わせる事になったのだが、既にこの二人の間には亀裂が生じ始めていた。それを知らない長老たちは、今度こそはと意気込んでいる。しかし、天霧と君菊は互いに大きな溜め息を吐いていた。


 風間と千姫が部屋に現れた瞬間、二人の間にはドロドロとした空気が漂い始めた。天霧と君菊は長老に合わせる顔もなく、ただただ項垂れ続けている。


「ああ、では、早速……」


 長老の一人が口を開いた時だった。


「おい、千鶴を匿おうとしていたようだな。姑息な手段を使いおって」
「ちょっと、千鶴ちゃんを力づくで奪おうとしたそうじゃない。下品な鬼がしそうな事よね」


 風間と千姫が同時に言葉を発し始める。その言い合いを聞いていた長老の一人が天霧と君菊に問い掛けてきた。


「おい、千鶴という女は誰なのだ?」
「そ、それは……」


 天霧と君菊が小さな声音で千鶴の説明をしている間、風間と千姫の言い合いは続いた。


「あれは我が妻になる女だ。余計な手出しをするでない」
「千鶴ちゃんはは私の大切な友達なのよ。彼女の嫌がる事はしないでちょうだい」
「何が大切な友達だ。あれは西の里に連れて行くのだからな。あれとじゃれ合いたいのならばお前が西の里に遊びに来ればいい」
「千鶴ちゃんが嫌がっているのも知らないで何が我が妻よ。いい男というものはね、引き際も肝心なのよ。それにね……」


 千姫が説教を始めようとしたが、この風間は相手の言う事を聞くような男ではない。


「そう言えば、お前はある男の事が気になっているのだろう?」


 などと急に話題を変え始める。


「な、何をいきなり……」
「先達ての会合で千鶴に似た男に会った。南雲薫といったか……。お前はああいう男が好みのようだからな。そうだと思った。天霧に調べさせてみると、お前も南雲薫の事について君菊に調べさせていたようだからな」
「何よ。あんただってこの前の会合で南雲薫に近付いていたでしょ。それも千鶴ちゃんによく似ているからっていう理由で。目の前の相手が男か女か見分けがつかなくなる程あんたの見る目も落ちぶれたものね」


「何だと……?」
「何よ……?」


 二人は顔を歪ませながら睨み合い、同時に顔を背けていた――。




 鳥羽・伏見の戦で錦旗が上がる中、風間が千鶴とある丘の上にいると天霧から聞いた千姫は、天霧に二人のいる場所へと案内をしてもらった。そこで風間に千鶴に何かをすれば日の本中の鬼に命を下すと訴えるが、風間は面倒臭そうにこれからの事を話し出す。


 それは新選組を追って江戸に向かうという事だったが、その話に千鶴が食いついた。千姫は風間を見ていた。楽しそうな顔をしている。きっと江戸に行くと言えば千鶴は付いて来るだろうという風間の先立っての考えに違いない。


 風間が千姫の方に顔を向けて、勝ち誇った表情を見せる。


 いつかきっと、千鶴は風間の妻になるのだろう。はっきりとしたものではないが、数日前にそのような夢見をしていた千姫の心中に悔しさが込み上げていた――。






「千景さん……」


 ぼんやりとしていた風間に優しい声が響いた。


「何だ?」
「いくら名前を呼んでも返事をして下さらなかったので。何かお考えの途中でした?」
「いや、過去の記憶を思い出していたのだ」


 風間はそう返事をすると、目の前の腕を優しく掴んで引き寄せて自分の両腕の中に小さな身体を包み込んだ。


「数年前に千姫と無理やり縁談をさせられた記憶を何故か思い出してな」


 女の事を話しているのに、千鶴の顔から嫉妬の感情は表れない。それはきっと千鶴と千姫が固い友情の絆で結ばれているからなのであろう。それともう一つ、風間と千姫が互いを嫌っている理由も挙げられる。


「もうすぐお千ちゃんと薫の祝言もありますから、それで思い出されたのかもしれませんね」
「ああ、そうかもしれんな」




 似た者同士は同じ血を好むのだろうか?



 相容れない関係ではある風間と千姫は、雪村家の血を継ぐ男と女を気に入り、共に人生を歩む事になったのである――。


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