4:ツンデレ鬼の大晦日:一


 家の中に入った風間は、懐かしい雰囲気に目を細めた。何とも千鶴の性格らしい、清潔感の雰囲気たっぷりの部屋が風間の視界に飛び込んできて、心安らぐ空間が心に温もりを与えてくる。


 風間の後から家の中に入った千鶴が、慌てて茶の間に上がり、座布団を持って来た。


「どうぞ、寒いですから火鉢に当たっていて下さいね。今お茶を淹れますから」


 火鉢の中で黒炭がバチッと音を鳴らす。朝からずっとつけていたのだろうか、部屋は本当に暖かい。火鉢の傍の座布団に座り、忙しなく動く千鶴を見つめる。


 文句を言っていた割には嬉しそうに竈に火を点けて湯を沸かし始めている。傍から見れば落ち着きのない女にも見えた。だから、風間は千鶴の心の中を読み取ってみた。


「俺がここにいるのがそんなに嬉しいか?」
「えっ、う、嬉しくなんて……」


 千鶴が勢いよく振り向くと、顔は真っ赤で挙動不審を露わにしていて、風間は思わず笑いそうになってしまう。


「そうか、やはり嬉しいのか」
「そ、そ、そんな事ないですって」
「何を慌てているのだ? ああ、俺の読みが的中したから焦っておるのか」
「ち、違いますっ!」
「顔が真っ赤だぞ。それに湯が吹き零れている」
「え……あっ、あああぁっ!」


 全く、感情に左右されやすい女だ――千鶴を振り回して満足した風間は、最後の駄目押しを与える。


「お前をからかうのは興があっていい。この先が楽しみだ」
「風間さん、その悪質な性格を直して下さい」


 千鶴が心底疲労感を漂わせながら、お茶を淹れた湯呑を風間の前に置いてきた。


「俺が直すのではなく、お前の性格を直せばいいのだ。そうすれば我が妻として相応しい女になるぞ」
「はあぁっ!? 何で私だけが直さないといけないんですか? それ、狡いです。風間さんが直せば良い事でしょう?」
「何故に俺が直さねばならんのだ? 俺は直す必要もないし、直すつもりもない。全てはお前の性格が悪いのだ。俺の性格は生まれつき頭領としての素質から作り上げられたものだからな。これでいいのだ」
「なっ……!」


 千鶴は唖然として風間を見つめた。


 駄目だ――この人直す気が更々ない、って言うか自覚がない――


 自分の性格がかなり悪いとも思わず、この世の中は自分中心に回っていると思っていると思っているようだ。だから、風間から見れば千鶴が悪いという見方になるらしい。


 風間が茶を啜るのを見つめながら、溜め息を吐いていると、


「千鶴、ここには酒は置いておらんのか?」


 これも風間流なのか。先程までの話などなかったようにいきなり話題を変えてくる。


「消毒用のエチルアルコールでしたらありますよ」
「え、えちるあるこおる? ……何だそれは」
「消毒用の酒精です。試してみます?」
「そんな物を俺に勧めるつもりか?」
「風間さんでしたら大丈夫ですよ、きっと……一応、酒の部類に入りますから、酒精とも呼ばれるんです。そして人体にはほぼ無害なんですけど、アルコール濃度が高くて、飲めば急性のアルコール中毒を起こすくらいなんですよ」
「いくら酒精と呼ばれると言ってもそれは酒ではない。全く、人を身体も壊さんような化け物扱いをしおって。それに何だ? お前は外国かぶれをしたのか?」
「あら、私たち鬼ですから【人】じゃありません。【人】を馬鹿にしていた風間さんの言葉とは思えないんですけど。それに私は外国かぶれなどはしていません。ただ、必要な知識だからこそ覚えただけです」
「訳の分からん言葉は放つわ、捻くれた物言いをするわ……もう少し可愛げのあるところを見せろ」
「すみませんね、可愛げがなくて。でも、風間さんはそんな私でもいいのでしょう? こんな私が嫌なら、お一人で西の里へお帰り下さい」


 千鶴が嫌味を含んだ言葉を投げ掛けると、風間は大きく鼻を鳴らしてその場に寝転がった。


「風間さん……?」
「煩い、少し寝かせろ。本当に疲れた」


 風間は千鶴に背中を見せるように体の向きを変えると、背後から軽い笑い声が聞こえてきた。


「拗ねたんですか?」
「俺の中に拗ねるなどという言葉は存在せん」
「何ですか、それ……」


 千鶴の笑い声が続く。愛想笑いではなく、心の奥底からのものである事が確信できるほど、気持ちの良い声音である。


 そう言えば、千鶴が風間に向かって笑顔を見せるようになったのはいつの頃からだったろうかと考え始めた。


 江戸に到着するまでは風間の事をよく知り得ない千鶴は、いつも不安そうな表情を浮かべていた。そして、江戸では自分の父親を亡くした事で悲しみに暮れていた。


 雪村の地では――風間が両瞼を閉じる。あの時の光景が脳裏に未だ鮮明に焼き付いていた。


 両親と一族を一度に失くしながらも、その時の記憶が自分の中から消し去られている事に辛いと言っていた。そして、風間の記憶はその先に進む。


 確か千鶴が笑顔を見せ始めたのは、雪村の地で会話をした後に、少しの間滞在した仙台からだ。あの時、千鶴は女ものの着物を身に纏い、風間が新選組の事を調べて帰って来ると、いつも笑顔で出迎えてくれていた記憶がある。


 風間がそのような事を考えていた時、背後から千鶴の手が触れてきた。その手が風間の黄金の髪の毛を優しく撫でている。


「風間さん、寝ちゃったんですか?」


 千鶴の問い掛けに答えない風間。それを寝たと勘違いした千鶴が独り言のように囁いてきた。


「迎えに来てくれて有難うございます。あなたの言う通り、本当に嬉しかったんですよ」


 千鶴の動く気配を感じた後、何かが風間の身体を覆う。それが掛布団だと知るには時間が掛からなかった。そして、瞼を閉じているのに、陰りを感じた。恐らく千鶴が自分の顔を覗き込んでいるのだろうと風間は確信した。


「本当に嬉しかったんですよ」


 千鶴が再び同じ言葉を紡いだ瞬間、風間は両瞼をしっかりと押し上げ、目の前の小さな身体に両手を絡めた。


「か、風間さん、起きていたんですか?」
「ふん、耳元で囁かれては寝ていても起きてしまうわ」
「寝ていたと思っていたのに……」
「俺の身体と意識は、何か気配があるとすぐに目覚めるようになっているのだ。ところで……」


 風間は両手を千鶴の腰辺りまで下し、引き寄せる。


「先ほど申した言葉、もう一度言え」
「ええっ! 聞いていたんならもう言いません! わ、私、お酒買って来ますから離して下さい」
「言うまで離さん」


 風間が千鶴の唇に自分のそれを近付ける。吐息が放たれているのが分かるくらいの距離まで近づいた時、


「じゃあ、今夜はお酒、我慢して下さい」


 と、千鶴から容赦のない言葉が放たれたが、それを不快とも思わなかった風間は、


「強情なところは直さず、その上、逃げ言葉まで言えるようになったか」


 ククッと笑うと、千鶴の腰から両手を離した。そして袂から重みを見せる巾着を取り出して千鶴に投げ渡した。


「酒は辛口だぞ。できるだけ良い酒を買って来い」
「重っ……!」
「落とすなよ。それは西の里へ行く為の旅費も入っているのだからな」


 別に使いきってもどうという事はない。なくなれば天霧に金を要求すれば良い事だ。しかし今、落とされて天霧に金の要求をすれば、絶対に小言を受けるに違いない。


 このような短期間で、そのような大金を何に使用していたのですか? だからあなたに大金は託せないのです――うんぬんかんぬんと――。


「お、落としませんし、それに巾着ごと持っては行きません!」


 酒を買う金くらい持っていると千鶴は言い残して家を飛び出して行ってしまった。


「ふん、素直でないな」


 千鶴が姿を消した方向を見つめながら風間が呟く。自分も素直ではないのに、千鶴に素直になれと願う厚かましい男、風間は、天井を見上げながらニヤリと一笑いした後に再び呟く。


「あいつ、金の入った巾着を持って行ったな……」


 慌てていたせいか、千鶴は風間の金を全て持って行ってしまったようだ。自分の周りを見てみたが、その巾着袋の姿が見当たらない。


「まあ、良いか……」


 バチンと火鉢の中の炭が弾く音が風間の内耳に心地好く響く。



 実際に身体は疲れていたのだろう。風間は両瞼を再び閉じた後、深い眠りに潜り込んでいた――。


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