5:ツンデレ鬼の大晦日:二



 北から流れてくる寒風はかなり冷たい。しかし、千鶴の頬はそれで赤いのか、先ほどからの風間とのやり取りで赤いのか分からなくなっていた。


「ほんと、いきなり来て……いつも突然なんだから」


 文句を垂れながらも口元は弛みがちの千鶴は、左右に建ち並ぶ店を見ながら歩き続けた。


「今日は大晦日だし、本当なら年越し蕎麦なんだけど、風間さんはお酒が好きだからお摘みも用意しないといけないし……お米はあるし、餅もご近所の方から頂いたし……」


 年末とあってか、歩いている道や全ての店の中は買い物客で埋まっている。千鶴はその人混みを掻き分けながら、野菜、魚や肉に卵、揚げや豆腐、そして酒屋などを回り、全ての買い物をし終えた後には、両手が塞がる程の大荷物となっていた。


「重い……」


 このような大荷物になるのであったら風間を連れて来れば良かったと一瞬思った千鶴だったが、いやいや――と首を左右に振る。


「疲れているみたいだったし、江戸に着いたばかりの風間さんに手伝わせるのもね……」


 と言いながら歩いていると、目の前から見覚えのある顔をした男がこちらに向かって手を振っている。よくよく見てみると、それは永倉新八であった。


「おーいっ! 千鶴ちゃん!」
「な、永倉さん!」


 永倉が千鶴の所まで駆けて来てニカッと笑う。


「千鶴ちゃん、生きてたんだなあ」
「永倉さんこそ、お元気だったんですね?」
「ああ、途中であそこを抜けてからも元気にしてたぜ」


 今、【新選組】という名を外に触れ回す訳にはいかない永倉は、【あそこ】という言葉を使ったが、千鶴にはそれがよく理解できていた。


 永倉は千鶴の両手にある大荷物を見つめて瞠目する。


「おいおい、女の子のか弱い腕でこんな大荷物を持って大変だろ? 持ってやるよ」
「あっ、有難うございます。少し困っていたんですよ」
「おう! 力はまだまだ有り余るほどあるからな……って、これ、酒だな。千鶴ちゃん酒、呑むようになったのか?」


 食料の中に酒が入っている徳利に一番先に目がいった永倉。流石は酒飲みだけの事はあると千鶴は苦笑を洩らした。


「いいえ、私は呑めないんですけど……」
「えっ? もしかして……そうだよな。千鶴ちゃんもそういう年だろうし、一人暮らしだったらこんなにもたくさんの食材なんていらねえしな」
「何、言っているんですか?」
「何って千鶴ちゃん、いい男が見つかったんだろ?」
「えっ……?」


 永倉の言ういい人とは恐らく伴侶の事であるのだが、千鶴は自由になった両手を胸の辺りまで上げて左右に勢いよく振った。


「いえいえ、違いますよ。私、まだお嫁に行ってません」
「じゃあ、この酒とか大量の食材は何なんだよ?」
「えっと……今、家にお客さまが来てて……」
「網道さんの客か? あっ、網道さんと言えば、見つかったのか?」


 ああ、そうだ。永倉は知らないのだ。千鶴の父親である網道の最期を――。風間に制裁を受け、この世からいなくなってしまったから。


「いえ、父はもう亡くなってしまいましたから……」
「えっ、そうだったのか……わりぃ……」
「いいえ、亡くなったのはかなり前ですし、もう落ち着きましたから」
「そ、そっか……あっと、これ、家まで持って行ってやるよ」
「あ、有難うございます。でも、家の近くまでで結構です」
「何で?」
「それは……」


 今、千鶴の家にいるのは新選組と対峙していた風間だ。家までこの荷物を持って来てくれる永倉とあの男が顔を合わせればどうなるのだろうと考えると不安が生じた。


「やっぱり、いい男がいるんじゃねえの?」
「いえ……まあ、いい男と言えばいい男なんでしょうけど……性格が……」
「はっ? 性格が悪いのか? ああ、だから千鶴ちゃんにこんな大量の買い物をさせてても手伝ってくれねえんだな?」


 永倉の予想は遥かに外れてはいるのだが、千鶴はふと感じた。


 風間と共に買い物に来たかったと――買い物に来ている客の多くは夫婦であったり、家族であったり、一人で歩いている者は少ない。


 一人で買い物をしている千鶴は一抹の寂しさを感じたが、それを振り切るように軽く頭を左右に振った。


「いえいえ、そうではなくて……今日、私の家に到着したばかりで疲れているんです」
「へっ? 江戸の男じゃねえの?」
「ええ……」


 荷物を持ってくれている永倉が千鶴の顔を覗き込む。その顔はかなり真剣であり、まさかばれたのか――と、一瞬動揺を起こした。


「千鶴ちゃん、あそこにいた誰かを匿ってんのか?」
「へっ……?」
「例えば……左之! いや、あいつは性格……俺には悪かったしな……それか、総司……あいつは酒も呑めるし性格も悪いし……土方さんは酒、弱いしな。でも、今はそこそこ呑めてるかもしれねえし……あ、それとも斎藤か? あいつは酒が大好きだからな」
「あ、あの、永倉さん……」


 荷物を持ち歩きながらの永倉がブツブツと独りごちている。


「安易に江戸の男だとか、名前とかは今、出せねえしな……。うん、きっとそうだろ、千鶴ちゃん!」


 永倉が勝手に納得をして千鶴に振り返る。新選組の中の男ではないとなかなか言い出せなかった千鶴だが、もういっその事、何もかもぶちまけてしまおうと考えた瞬間、永倉の背後に立ちはだかった男の姿を見て、曖昧な笑みを浮かべてしまった。


「ははっ……」
「おっ! やっぱり合ってたんじゃねえか。で、誰なんだよ? 会わせてくれよ」
「そ、それはぁ……あのぉ……」
「えっ、千鶴ちゃん、どうしたんだ?」


 永倉が目の前でキョトンとした顔を見せる。あれだけ新選組の中でも強い男だったのに、背後の気配にまで気付かないとは、平和な時代が訪れ始めた証拠だと感じた。


「番犬どもの一人ではなくて悪かったな」


 背後からの声掛けにも気付かない永倉が千鶴に尋ねてくる。


「千鶴ちゃん、何か言ったか?」
「いいえ、言ってません」
「そっか! こんな所で止まっていてもな。いやあ、でも楽しみだなぁ。昔の仲間と久し振りに再会できるなんて……う、うわっ!」


 千鶴の家に向かおうとして身体を反対の方に向けた永倉は、背後に立ちはだかっている男の姿を見た途端、驚いてしまい、手にあった大量の荷物を地に落としてしまっていた。


 ガシャン! ドサッ! パキッと多種多様の音が三人の耳に流れ聞こえ、同時に地に落ちた荷物に目が向かった。


「ああ、卵が……!」
「ああ、酒がっ!」
「永倉、貴様……俺の酒をよくも落としてくれたな」


 野菜や魚などは無事だと分かったが、卵と酒の絶望的な姿を確認してしまった三人が同時に叫ぶ。しかし、形なくなってしまったものは仕方がない。千鶴は大きな溜め息を吐きながらその場に散らばった卵の殻や酒の入った徳利が割れた後の破片を片付け始める。それに構わず、大の男二人は睨み合いながら口喧嘩を始めていた。


「風間。てめえ、まだ千鶴ちゃんを追いかけ回してたのか?」
「追いかけ回してなどおらん。千鶴は既に俺の妻だ。それよりもこの俺の酒をどうしてくれる」
「んな事、信じられるか! ……って、ん? 俺の酒って……まさか……」
「俺の酒だ。知力財力能力支配力、そして千鶴を含め、俺を見た女は全てものにする力に精力を持つ俺の酒だ」
「おいおい、それは自慢か? それとも女にもてねえ俺への嫌味か?」
「ふん、両方だ。敗北感でも味わえ」
「あん時だったら、そんな事言われちゃ、頭に血が上って戦う気も大いにあったけどよ。今となっちゃそんな気も起きねえな」


 大きな溜め息を吐いた永倉が風間と千鶴を交互に見つめる。地に落ちた残骸を全て片付けた千鶴が申し訳なさそうに顔を上げた。


「えっと、今、私の家にいるのはこの風間さんで……」
「えっ……」
「だから言ったであろう。千鶴は俺の妻だと……」
「えっ……ええ! ええええぇっ!?」


 その場の空気を読めないのは、相手の話をしっかりと聞いていないからだ。


 何度も風間が千鶴の家にいる事を確認した後、永倉の驚きの雄叫びは絶える事なくその場に響き続けた――。




「全く、俺の酒を台無しにした上に、煩く叫びおって……」
「でも、驚くのは仕方がないじゃありませんか。今までの風間さんは新選組にとっても私にとっても敵みたいな存在でしたから」


 風間のいきなりの出現に驚く永倉に長々と説明をした千鶴。ようやく納得をした永倉は、卵と酒の弁償代だと言って少しのお金を千鶴の手に握らせて姿を消した。そして、台無しになった卵と酒を買いに、今度は風間を引き連れて店を回った。


 一人で買い物していた時とは違い、千鶴の心の中はとても軽い。風間が隣を歩いてくれているだけで、こんなにも気分が違うものなのかと感じていた。千鶴の弾むような歩みに気付いた風間が声を掛けてくる。


「何だ。何か嬉しい事でもあったか?」


 しかし、風間と買い物をできるのが嬉しいなどと素直な言葉が出る千鶴ではない。


「な、永倉さんと再会できて嬉しかったんです!」


 と、どうしても嫌味っぽい返事になってしまう。


 違う、本当は――


 千鶴は嘘を吐いた自分を心の中で窘めていた――。


 卵も購入して風間の着替えなども買った後、最後に酒屋に足を踏み入れる。酒を買いにここへ来るのは今で二度目。酒屋の主人は千鶴の姿を見て驚いていた。


「あれ、千鶴ちゃんじゃないか。酒の本数が足りなかったのかい?」
「いえ、ちょっと粗相をしてしまって割っちゃったんです」
「へえ、それはお気の毒さね。それで、さっきのでいいのかい?」
「えっと……」


 千鶴が風間の方に顔を向け、


「ちょうど良かったです。私、お酒ってどれがいいか分からなかったんで、店のご主人に選んでもらったんです。だから、あのお酒がお口に合うかどうか分からないですし、風間さんが選んで下さい」


 風間の好きそうな酒を選ぶよう勧めると、


「先程の酒でいい」


 と短い返事をしてくる。


「あのお酒でいいんですか?」
「ああ……」


 永倉が地に落として割れた徳利の中から流れ出た酒の香りはかなり極上のものであった。それに、千鶴が自分の為にわざわざ酒屋の主人にまで頼んで買ってくれた酒だ。そのような千鶴の心遣いを無視してまで違う酒に変えようとは思わなかったのだ。それに、数本の徳利があったが、一本ずつ違う種類のものが入っていたのだろう。風間の鼻腔に突いた香りは、様々であったのだ。


「じゃあ、ご主人。先程頼んだものを一本ずつお願いします」
「はいはい。少しおまけしておくよ」
「うわあ! 有難うございます」
「いやいや、家の坊(ぼん)が病気の時はいつも世話になってるからね。ちょっとしたお礼さ」


 買い物のし直しをしに町を歩いている時に、千鶴は多くの人間に声を掛けられていた。酒屋の主人の今の言葉を聞いた風間は、千鶴がこの江戸で医者として暮らしている事を思い出したのだ。


 風間が酒代を払っている千鶴の横顔を見て考える。


 こいつの性格だと、患者を放っていけないと言うだろうな――



 そして無言で酒の入った徳利を持ち、千鶴と共に外に出たのであった――。


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