隠された優しさ:二-sidestory-



 風間が天霧を伴って、京の八瀬の里を訪れた。


 いきなりのそれも連絡なしの訪問に、千姫の顔には腹立ちの色がありありと浮かんでいたが、自分のやり方が正しいと思っている風間はそんな事にもお構いなし。挨拶も何もせずに用件だけを伝えてきた。


「君菊を嫁としてもらいたい」
「はっ……?」


 千姫と君菊が顔を合わせる。風間は江戸にいる千鶴を嫁に迎えるつもりでいるのに、君菊を嫁にもらいたいなどと言い出した為に驚いたのだが、昔からの風間の女の子のみを知っている千姫は君菊の容姿を見て成る程と納得をした。


「やっぱりあんたの好みは君菊みたいな女だったのね」


 千姫の返事に風間が怪訝な表情を浮かべた。


「何の事だ?」


 しかし千姫も勝手な女鬼である。自分が気に入らないような話の内容になると先走る傾向があった。


「へえ、千鶴ちゃんはあんたの好みの女ではないから諦めたのね。でも残念でした! 君菊だっていくらあんたの好みの女だとしても嫁になんてなりたくないって言ってるわ」


 千姫の最後の言葉しか聞いていなかった風間が背後に控えている天霧に顔を向けた。


「……だそうだ。天霧、お前の嫁に相応しい女鬼は他にどこにいる?」
「いや、風間……あの……」


 先ほどからの風間と千姫の会話を聞いていた天霧が戸惑い気味の言葉を返す。


「ねえ君菊。あんただって風間の嫁になんてなりたくはないでしょ?」
「あ、あのぉ……姫さま……」


 天霧と同じく、風間の最後の言葉で誰の嫁に欲しいと言われているのかが分かった君菊もまた戸惑いがちに千姫を見つめた。


「全く、君菊だと相応しいと思ったのだが、一応はあのじゃじゃ馬が主だしな。あれに反対をされると嫁として西の里に連れて行くのも難しいかもしれん」
「で、ですから風間……」


 この風間の悪い癖は、要件などを伝える時に会話の中に重要な主語を入れない場合がある事である。毎日のように風間と接している天霧ならば会話の内容で何となく何の話をしているのかを理解できるのだが、滅多に顔を合わせない、それも仲が悪く罵りあいばかりしている千姫との間にこの会話は決して成り立たない。


「んまぁ! 私の身の回りの世話をする君菊を西の里に連れて行こうなんて、よくもそのようなずうずうしい事が言えるもんだわ! 君菊は女鬼の中でも美しいから、きっと早くに連れて行って里の仲間に見せびらかしたいのよ」


 この千姫の悪いところは人の話をよく聞かずに、勝手に自分の頭の中でこうだと決め付けてしまうところである。つまり思い込みの激しい女なのだが、常日頃接している君菊にも追い付けない程の速さの先走りをする為、注意ができない事が多い。


 風間が首を横に振った後に天霧の方に再び顔を向けた。


「天霧、お前には今しばらく待たせてしまうかもしれんが、俺が千鶴を里に連れて帰った後には君菊よりももっと素晴らしく美しい女を探し出してやろう」


 千姫は千鶴という名前にかなり敏感に反応する女である。風間の口から放たれた、千鶴を西の里に連れて帰った後――という言葉を聞いた瞬間、風間の方に勢いよく顔を向けた。


「今、何とお言い?」


 千姫の低い声音に、天霧の方に向けていた顔を戻す風間。


「何を言っただと? お前は俺の話を聞いていなかったのか?」
「聞いていたわよ。あんた……千鶴ちゃんを嫁にしてもまだ飽き足らず、君菊までをも妾かなんかにするつもり?」
「お前は一体何を言っているのだ?」
「酷い男だと前々から思っていたけれど、それは事実だったようね!」
「訳の分からん事を言う女だな」
「八瀬の姫として風間、あんたに命令するわ! そうやって女を捨て駒みたいに扱うあんたのところに、私の大切な千鶴ちゃんも君菊もやれないわっ!」


 千姫が怒りに狂って叫ぶが、ここでも風間は変な勘違いをする。


「天霧は女を捨て駒のように扱う男ではないし、千鶴は天霧の嫁にはならん。俺の嫁だ」
「私は天霧の事を言ってるんじゃ! ……えっ? 天霧?」


 何故にここで天霧の名が出てくるのだろうと千姫が唖然としていると、背後から君菊の小さな声音が聞こえてきた。


「姫さま、先ほどから話を聞いておりますと、どうやら風間は天霧の嫁に私を欲しいとおっしゃっているようでございますよ」
「な、何ですって……?」


 天霧の嫁探しをしているというのに、何故にこのようなところで千鶴の名前やら妾やらの言葉が出てきて、その上に捨て駒などと怒り狂うのかよく理解できていない風間の背後で天霧が囁いてきた。


「風間、千姫はあなたが君菊を嫁に欲しがっていると思われているようですよ」
「な、何だと……?」


 二人は向かい合ったまま暫く睨み合う。そして同時に言葉を吐いた。


「俺の言葉が理解できぬほど、お前の頭はどこか弛んでおるのか?」
「あんた、ややこしい話し方をしないでちょうだい。それともう少し会話の練習でもしたらぁ……」


 そして互いにフンッと大きく鼻を鳴らして顔を背けていた。




「で、風間は天霧の嫁に君菊が欲しい。そう言うのね?」
「ああ、そうだ。何度も同じことを言わせるな」
「あんたが天霧の名を出さずにいきなり、嫁に欲しいなんて言い出すのが悪いんじゃない」


 先ほどの言い合いで疲れてしまったのか、脇息にぐったりと凭れ掛かった千姫が風間を睨み付ける。しかし、同じく目の前で脇息に身体を凭れ掛けさせている風間は余裕気な笑みを浮かべていた。自分の言葉からこの騒ぎが始まったというのに、全く反省をしていないようである。それに、君菊を嫁に欲しがっているのが天霧の方だと知った千姫が文句もなしに黙った事に、この二人の仲は許されたものだと確信もしているようだった。


「別に天霧だったら、君菊を嫁に行かせてもいいと思うわ」


 千姫は風間の思った通り、了承の言葉を吐きだしてきた。しかし、その後に、


「でもね、二人が夫婦になるなら、天霧をこちらに婿として来てもらいたいの」
「何だと? 普通ならば男の住む里に女が嫁に来るのが決まりだろう?」
「そうだけど、君菊は涼森家の跡を継いでるから、どうしても婿養子が欲しいのよね。だから、天霧がこちらに来てくれるんならこのお話は受けるわ」


 千姫はそう言うと、風間の方を見て反応を窺った。目の前の風間の緋色の瞳には怒りの色が見え、口元を大きく歪ませている。千姫がフッと吐息の笑みを漏らした。


「何? 風間は天霧がいないと何もできないの?」


 すると、風間も千姫の言葉で何かに気付いたのか、怒りの表情からいきなり不敵な笑みを浮かばせた。


「お前も君菊がおらんと何もできぬ女なのか?」
「何ですって……?」
「先程も言った通り、普通ならば女が男の許に嫁に来るのが通例。それをさせぬという事は、お前は己の世話をさせる為に君菊をこの場に残そうとしているようにしか思えん」
「そんな事はないわ。この八瀬の里に住む鬼の一族は女系だってさっきも言ったでしょ?」


 今度は千姫が口元を歪ませて反論をするが、風間は笑みを零したまま呆れたような溜め息を放った。


「全く、いくら身分が良いとは言え、己の身の回りの事が何もできんお前の夫となる男も可哀そうなものよ」
「な、何ですって……? そういうあんただって不知火までこき使って自分の仕事を手伝わせてるって言うじゃない? 自分に課せられた仕事を他の一族にやらせるっていう男が西方の最強の頭領だなんて笑えるわ」
「何だと……? 貴様、黙って聞いておれば」
「黙ってないじゃない」


 風間はグッと口元を強く閉じた後、いきなり君菊に向かって問い掛けた。


「お前は天霧の事をどう思っているのだ?」
「わ、私ですか? えっ、あの……いい方だとは思いますが……」
「性格の事を聞いているのではない。天霧と夫婦になりたいかと聞いておる」


 風間の性格は白黒はっきりしており、君菊に今求めているのは嫁になるかならないかという、どちらかの返事である。幼い頃から共に育ってきた千姫を置いて嫁に行くのも辛い、しかし天霧の嫁にならなりたい。そう思っている君菊にいきなりそのような返事を強要されてもどちらも選べずにいた。だから、最終的には、


「ご、ご縁があれば……」


 と、どちらとも取られない曖昧な返事になってしまう。それを聞いた風間が腹立たしそうに舌打ちを起こした。


「お前たちはそのような返事には品があるように思っているだろうが、相手にとってそれほど苛立つ返事はない。だから京の人間も鬼も俺は好かんのだ」


 すると千姫がいきなり凭れていた脇息から身体を起こして立ち上がった。


「西の田舎者は相手の事も考えずに下品で何でもずけずけと口にするみたいね。この品のある京に、田舎風を巻き散らかさないで欲しいわ!」


 いつの間にか風間も立ち上がり、二人は少しだけ顔の距離を狭めて睨み合う。


「八瀬の姫は艶があると聞いていたが、鬼の噂も確かではないようだな。これほど近寄っても胸も高鳴らんわ!」
「ほんと! 私もあんたの顔がこんなに近くにあったら吐き気がする程よ!」


 風間が挨拶もせずに千姫に背中を見せると部屋を出て行く。その時に、


「君菊、お前の考えが決まれば返事をくれ。ああ、そのじゃじゃ馬に遠慮はいらん。お前ならいつでも西の里に迎えてやるぞ」


 と言い残して行った。風間のあまりにも失礼な訪問、物言いに怒り狂った千姫は、天霧が八瀬の大門を潜った後すぐに、君菊に持って来させた塩を振りまく姿があり、その後ろでは、天霧に向かって苦笑をしながら小さく手を振っている君菊がいた。


「あれを見ろ。わざわざ遠くから来てやったというのに、塩を大量に巻いているぞ」


 風間も天霧と同じ方向を見ながら憎々しげそうに両目を細めていたが、いきなり帰る方向に顔を向けて静かに歩き始め、その途中途中、天霧に言葉を投げ掛けていた。


「嫌な思いをさせたな……」
「いいえ、私も嫁などはまだまだと思っておりましたから、別に気にしてはいませんよ」


 風間の素直な謝罪のような言葉に天霧が微笑んで返す。


「じきに俺は江戸に向かう」
「分かっていますよ」
「君菊との事は、千鶴を西の里に連れて来てから考えるとしよう」
「私は今、風間が千鶴さんを連れて西の里へ無事に帰って来ることを一番に願っていますし、それが叶えば、次にはあなたと千鶴さんとの間に風間家の跡取りが生まれる事を願うでしょうから、本当にまだまだ嫁取りの事は後回しになりそうです」


 天霧の言葉に風間が慣れない笑みを見せる。


「しかし、お前も幸せにならねばならん」
「ええ、それは分かっておりますとも。ただ、今の私の幸せはその二つなのです。それらが叶えば、今度は私自身の事を考えます」
「そうか……」
「君菊も今は千姫の事で精一杯でしょうし、私たち二人には多くの仕事があります。それを放ってまで己の幸せだけを求める訳にはいきません」
「ふん……勝手にしろ」


 日の本中の鬼たちには冷酷な頭領と呼ばれている風間。しかし、風間の中にある一族への想いは熱い。


 何も考えていないようであるが本当は根の深い場所で全ての考えを張り巡らして既に決断しているものもある。だから、自分の配下の者にすぐ命令を下す事ができるのだ。従って、今回の京行きもかなり前から考え、自分の中で行く日程も決めていたのだろう。


 天霧はそのような風間の隠された優しさが好きだ。頭領としての生き方しかできなかった風間。しかし、風間の幼い頃を知っている天霧は、そんな風間の不器用な優しさをいつも感じている。時には腹が立つ事もあるが、それを全て許してしまう程の情を風間に注いでしまう。


「風間にはまだまだ私が必要でしょう?」


 風間の背中に向かって小さく呟く天霧。それが風間の耳に入ったかは分からない。しかし、背中を見つめていた天霧にはよく分かった。


 風間は自分を必要と思ってくれている。だから、天霧は言葉を続けた。


「私は、風間が私を必要としなくなるまで決して離れませんよ……」


 日が西に暮れていく――



 その方向に向かって風間と天霧が歩き続ける。その二人の背後には長く細い影が寄り添うように揺れていた――。


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