風間と戸隠:一-sidestory-
半年に一度、日の本の各地に散らばる鬼たちの親交をより深める為に、鬼の子供たちが集められて【子供の宴会】なるものが行われる。そして今回は、薩摩の鬼である風間家で行われる事になっていた。
次々と各地の鬼の子供たちが集まってくる中、風間家の庭に植えられてある大木の枝の上に腰を下ろしていた風間が、冷めた視線でその光景を見つめていた。
全く以て面白くない――
鬼たちの親交を深めるといっても、外面の良い鬼たちの心の中の探り合いをする会合のようなものだ。父親の強制的な命令によって何度かこの宴会に足を運んではいるが、心から許し合えるような友などできた例がない。
「千景さま、どこにいらっしゃいますか? 頭領がお呼びですよ」
屋敷の方から風間を呼ぶ使用人の声が聞こえる。風間はフンッと鼻を鳴らすと枝から飛び降りて、鬼の子供たちが集まり始めている宴会場所へ行く前に、父親の部屋に向かって歩いて行った。
「今回は戸隠家と雪村家の子供たちもこの宴会に参加しております。特に戸隠家の嫡男である魁人(かいと)さまは千景さまと同い年であらされる。良いご友人になられると思いますよ」
風間の父親に従者の一人が話している。風間はその隣で感情のない顔を露わにしていた。
「そうか……この千景には友がいない。いや、不知火のところの匡とは知り合いではあるが、あれが仲が良いのかどうなのか……。その戸隠家の嫡男と気が合えば良いがな」
風間の母親は既にこの世を去っており、風間は父親の手によって育てられた。男手一つと西の鬼の頭領である父親に厳しく育てられたせいか、風間には子供らしいところが何一つない。父親は子育てもようやく一段落をした時の風間を見て、これではいけないと思ったのか、子供の宴会にも参加させたり、同い年の男鬼を里に招き入れたりしていたのだが、唯一気が合うというか、友とまではいかないが、長く付き合っているのは不知火家の匡だけであった。
風間と父親が子供たちが集っている宴会場所へと赴く。そしてそこでの騒がしい光景を風間は見つめていた。目の前では鬼の子供たちが賑やかな会話を繰り広げている。何度目かの交流で仲良くなった子供たちは再会を喜び、遊びの世界へと入り浸っていた。
その中で一人ポツンと座り込んでいる男子がいた。その男子の瞳は周りを警戒するように睨んでいる――というよりも周りを観察しているようにも見える。その瞳、姿からは隙というものが見つからない。その男子に少しの興味を示した風間は睨み付けるような眼差しを向けた。すると、その男子が立ち上がりどこかへ歩いて行こうとする。風間の瞳が追った先にはコロコロと仔犬のようにじゃれ合った双子の姿があった。
「あの対はどこの鬼の子供だ?」
風間が傍に控えていた天霧に問い掛けると、天霧がああ――と頷いた。
「あの対は雪村家の子供らしいですよ」
「あの東国の由緒ある雪村家の子供か? 双子だったのだな」
「はい、男子と女子だそうです。しかしあの女鬼は貴重だと日の本中の鬼たちが狙っているらしいと聞きます。何せ、純血の女鬼ですからね」
すると、天霧の隣で二人の会話を聞いていた父親の従者が満足気な笑みを浮かべた。
「あの双子に目を注がれるとは、流石に千景さまのお目は高いですな。あの雪村家の女子は将来の千景さまの奥方になるに相応しいと思われますよ」
「ふん……まだ餓鬼ではないか」
「いやいや、餓鬼だと思って油断をしているうちに他の男鬼に取られてしまいます。それ程、鬼の中での純血の女鬼の存在は貴重ですからね」
風間の父親は、日の本に散らばる鬼たちの一族の統一を強く望む一人である。その為に西の鬼の頭領という権力を使い、数年前からこのような宴会を催す事になったのである。しかし、この件に関しては賛成派と反対派に分かれ、なかなか事は上手く運ばなかったが、いずれは鬼の統一を狙う父親は各地の鬼同士の間で縁をより強くさせる為に政略結婚を推し進めていた。
雪村家の女鬼の所へ、先ほどから鬼の子供たちの宴会を観察していた男子が徐々に歩み寄って行く。赤子のように頼りない雪村家の女鬼を見つめていた風間もまた、何に興味を示したか、立ち上がってその男子を追うようにして雪村家の女鬼の傍へと向かって歩いて行った。
まだ幼い双子だ。その為に母親らしき人物が共についてここへ連れて来たようだ。我が子を愛おしむかのように目を細めて双子の動きを見つめている。風間の母親はこの世を去った。双子の母親を見た風間は、母親という者はあのように慈愛に満ち溢れたものなのかと考える。そして、自分でも気づかない間に先ほど一人でいた男子の隣まで歩いていた。
その男子の身体からは甘ったるい香りが漂ってきた。
「何か用か?」
その男子は風間に振り向きもせずにぶっきら棒な声音で問い掛けてくる。その男子に対する風間の第一印象は、
気に食わない男だ――
だった。そして風間は緋色の瞳を鋭く光らせてその男子を睨み付けた。普通の鬼の子供ならばこの瞳で睨まれただけですぐに引き下がるのだが、この男子は他の鬼とは一味も二味も違った。その異質さに興味を持った風間が低い声音で尋ねる。
「お前の名は?」
「お前から先に名乗れ」
その男子にそう言われた風間は鼻を大きく鳴らした。
「俺の名は風間千景だ。で、お前の名は?」
「戸隠魁人だ」
名前を聞いた風間は成る程と納得をした。父親の従者が良い友になれるかもしれないと言った理由も何となく理解できたような気がする。
戸隠は風間と同じ雰囲気を持った男子であった。同じような気質を持った風間には同類のような匂いを戸隠から鋭く感じ取った。
「お前には友がいないのか?」
騒がしい宴会場所では聞き取る事が難しいくらいの低い声音の風間に、戸隠は何の障害もないようにすんなりと返事をしてきた。
「このようにギャーギャーと喚いている奴らとは友にはなりたくはない。ここには父親に強制的に行けと命令されたからだ」
考え方もまるで同じだ。風間は心の中で満足気に微笑んだ。世情が変わりゆく中で自分と同じように冷めた思考を持った者がいるとは――と、喜びさえ感じていた。しかし、戸隠の灰褐色の瞳は雪村家の女鬼の子供に注がれている。まるで高い木の上から得物を捕まえようとする鷹のようにその小さな姿を見下ろしていた。
「お前はあの女子が気になるのか?」
「いや、面白いと思っただけだ」
風間が戸隠の灰褐色の瞳を見つめると、それは鋭い光を放っていた。
面白い――言葉ではそう言い表せられるかもしれない。しかし、あの瞳の色は軽い興味を持ったようなものではない。戸隠はこの雪村家の女鬼の子供に多大な利用価値があると感じ取ったのだ。何故にそう確信できるのか。何故なら、風間も今、そのようにして雪村家の女鬼の子供を見ていたのだから――。
戸隠も風間の放つ雰囲気を読み取って何かを感じたのだろう。風間の方にゆっくりと顔を向けると薄ら笑いを零した。
「お前もか……俺たちは似た者同士かもしれないな。もしかすると気が合うのではないか?」
戸隠が脇に下していた片手を風間の方に差し伸べる。
戸隠の言葉に風間も同じような薄ら笑いをすると、頷きながら片方の手を差し伸べ、戸隠の身体から匂う香りについて尋ねていた。
「お前がつけている吐き気のしそうな香の名も教えてくれ……」
やはり互いに気が合ったのだろう。風間と戸隠はその宴会を機に気の許せる仲になっていた。その後に幾度か行われた宴会では、二人が並ぶ姿がいつも見られたのである。そしてその宴会には雪村家の双子も必ず参加していた。半年に一度しか会わない為、各地の鬼の子供たちはその度に成長をしていた。雪村家の双子も初めて顔を合わせた時のような幼さはなくなり始めていた。その双子の一人、女鬼の方を戸隠はいつも目を細めながら見つめていた。その仕草が戸隠の恋なのだと風間が気付くまでにはそんなに時間は掛からなかったのである。
戸隠は暇な時間があれば雪村の地へ足を運んでいたらしい。それもあの小さな女子に会う為だけに――。風間はそんな戸隠の行動に呆れ返ったりもしていた。
「あのような幼子のどこがいいのだ?」
風間が問い掛けると、戸隠が普段見せるような薄ら笑いではなく、柔らかに頬を弛ませて答えてくる。
「千景には分からないか? 千鶴はきっといい女鬼になるぞ。俺には分かる」
この時の会話であの雪村家の女子が【千鶴】という名前を知った風間は思わず失笑をする。
「かなり執心のようだが、お前はあの女子の血が狙いか?」
「最初はそうだったんだが今は分からない……しかし千鶴は似ているんだよ」
「誰に似ているのだ?」
「俺の死んだ妹にだよ……」
戸隠の最後の言葉を聞いた風間は、そういえば――と過去の記憶を脳裏に蘇らせた。戸隠の妹は何年か前に人間に殺されたという情報があった。その時の屍は見るに見られぬものだったとも聞く。純血に近い血筋の女鬼は、卑しい女鬼とは違って格別なものらしい。大人でも子供でも関係はない。人間の男にとって女鬼は性欲を高ぶらせる妖女と言われる程の魅力を持っているのだそうだ。
この戸隠の妹は純血の上にかなりの美女だったとも言われている。それを思い出した風間が口元を弛めた。
「お前の妹が生きていたならば、この俺が嫁に貰っていたかもしれんな」
「俺の妹がお前の嫁に? それは願い下げだな」
「何故だ?」
「お前のようなふてぶてしい男のところに嫁になど行かせたら、後々が可哀想だ」
「ふん、何とでも言え。しかしお前の妹だ。性格も多少は似ていたのだろう?」
「いや、全く似ていない」
「ほう……どのような女だったのだ?」
風間の最後の問い掛けに戸隠が過去の記憶を脳裏に引き出す。そして少しずつ言葉を紡いでいった。
「明るくて頑固で、その上すぐに泣く妹だったな……」
「全く似ていないな」
「ああ……だから似てないって言っているだろう。しかし……」
戸隠は一度唇を強く噛み締めてから再びその個所をゆっくりと開いた。
「お前のところに嫁に行っていたら、お前のその性格も変わっていたかもしれないな」
「俺の性格が変わる事はない」
「ふっ、俺も妹にはそう言っていたような気がするが、実際、あいつと一緒にいると素直になれたんだよ」
「では、あの雪村の女子もお前にとってはそういう存在なのか?」
「ああ、可愛らしくて俺も千鶴の前では素直になれるんだ」
風間にとって女は性欲を満たす道具。そう教えられてきた為、一人の女に執着をする事は一度もなかった。しかし戸隠は、他の女に目もくれず、雪村の女子だけを想い、それは自分を変える存在だと言う。男女の行為もなしで男は平気でいられるものだろうか? その時の風間はそう考えていて、心の中で目の前の戸隠の考えはあり得ないと思っていた。
このような穏やかな会話があった日の数日後。雪村の地が火の海と化したという情報が西の里に届いていた――。
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