風間と戸隠:二-sidestory-
父親が人間の一部の者に鬼の統一の話をしたと聞いた風間は激怒した。関ヶ原の戦以降、鬼は人間と関わる事を極力避けて過ごしてきたのだ。だから鬼の統一を願うのは勝手ではあるが、第三者でもある人間にその計画を漏らすなど、風間にとっては考えられない事であった。しかし、父親が言うには、人間と関わっている鬼は数えきれない程あるらしい。風間家もその中の一つではある。しかし、風間は自分の代になった暁にはそれらから全て手を切ろうと考えていた。
父親は確かに信頼していた人間にその話をしたのだろう。しかし、人間の脅威となる日の本の鬼たちに統一されては自分たちの身が危険だとも感じたはずだ。その為か、風間の父親の話は人間の強者たちの間にたちまち広まっていった。
鬼たちに対する人間たちの監視が強くなり始める。風間家の領地にも時折だが人間の気配を感じた。その頃から病に伏してしまった父親の代わりに、風間と天霧が風間家の領地を見回り、仲間たちの身の安全を強化したのだが、それでも風間たちに対する人間たちの監視は続けられていたのであった。そして病を患っていた父親が死に、風間は事実上、西の鬼の頭領となる。その時に日の本の鬼たちの統一はあり得ないと日の本中の鬼たち、そして人間たちに宣言をしたのである。
程なくして西の鬼たちが人間に【義理返し】として倒幕に協力する事になった。勿論、倒幕派の人間たちは東の鬼たちにも協力を願い出たらしい。数年前にこの世を去ったが、鬼の統一を願っていた風間の父の考えを思い出して利用したのだ。それを聞いた東の鬼たちは怒り狂った。鬼の統一はあり得ないと宣言した風間は、密かに父親の意志を受け継ごうとしていたのかと――。
「俺は鬼の統一はあり得ないと人間たちに伝えたではないか。それを東の鬼たちにも同じく伝えたはずだ」
「ええ、その通りです。が、人間という者はずる賢いものです。東の鬼たちに風間がまだ鬼の統一を諦めていないというような内容の話をして、日の本の鬼たちの分裂を願っていたのかもしれません」
「だから俺は人間が嫌いなのだ!」
天霧からこの話を聞いた風間は、怒りに燃える感情を途中まで出してしまったが、それを必死に抑えつけると、静かな声音で答えた。
「関ヶ原の戦以降の恩もあるしな。今回は助力する。しかし、こちら側の人間たちの願いが叶った暁には俺たち西の鬼は人間たちと一切関わる事をしないという事だけは伝えておいてくれ。別に人間に危害を加えるつもりもない。ただ、鬼たちは静かな暮らしを切望しているとな」
この人間たちの要望を断れば、恐らく風間家の領地が襲撃をされる。風間はそれを危惧して、仲間たちを守る為に人間たちの要望に応える事にしたのである。しかし、雪村家や戸隠家がそれを辞退すると、まず雪村の地に火を放って村を襲った。鬼の力は凄まじいもの――。統一はなくとも力のある一族は根絶やしにしなければいつ人間たちに危害を加えてくるか分からない――何とも愚かな人間の言い訳であった。
戸隠家は雪村家のような襲撃を受ける前に逃げ切る事ができて無事であった。しかし、雪村家には生存者がなかった。ただ静かな暮らしを続けたいという思いで人間の要望を辞退した為に全滅に追いやられてしまったのだ。
風間が知った情報は酷いものだった。雪村の地は徳川家康から賜ったもので大自然に囲まれた美しい場所であったらしい。春には野の花が咲き乱れ、村一面を囲う桜の大木に美しい桜の花が彩ったという。夏は涼しく、夜には夏虫が鳴き乱れる。そして秋は艶やかな紅葉が幻想的な光景を作り上げた。そして冬は白い雪が覆って、外からその村の中へ入る事は困難であったのだそうだ。
冬の雪で侵入が困難な場所でもあったが、あの雪村の地に入るまでには入り組んだけもの道を歩くらしく、普段でも人間たちが侵入する事は不可能に近かったという。それなのに今回は容易く入る事ができた。つまり、人間たちはかなり前から鬼たちが暮らしている地の下調べをしていたのだ。
全滅、か――
今まではすっかりと記憶に失くしていたが、雪村家の全滅を聞いた時からあのコロコロとしていた双子の姿が風間の脳裏に現れると共に、その姿を愛おしそうに見つめていた戸隠が目を細める姿までもが映し出された。
「確か、雪村千鶴という名だったか……」
雪村家の全滅の情報を聞いた戸隠は、自分の仲間たちを安全な場所に移してからすぐに千鶴の消息があるかどうかを調べに雪村の地へ赴いたのだという。それも頻繁にその地へ赴き、村中を探し回っているらしいのだが、千鶴の消息は掴めないままであった。
諦めも肝心だと周りの長老たちに言われても、戸隠は諦めもせずに千鶴を探し回っているのだそうだ。
それ程にいい女鬼だっただろうか?
風間にとって雪村家の女鬼は血筋がいいだけの存在であり、愛すべき程の容姿ではなかったような気がした。
女鬼とは妖艶な姿をしている。それなのにあの千鶴という女はそれからは全くかけ離れた容姿をしていたのだ。
可愛らしいのは確かだ。しかし、男鬼を魅了するような妖艶さはない。その上に初めて見た時から動きも鈍そうなその千鶴に、風間は鬼らしくないものを感じていた。
「血筋を選べと言われれば、そのような女鬼はなかなかいないが、それに拘らなければいい女はいるはずなのにな。戸隠も諦めの悪い男だ」
風間はそう呟くと、その日からは既にこの世にはいないだろう千鶴の存在を脳裏の中から抹殺していた――。
あの件から音沙汰のなかった戸隠が、倒幕派の人間たちに助力をしていたが、所用により薩摩に戻っていた風間の許へやって来た。戸隠の地と雪村の地を往復していたのだろうか、表情は疲れ切っているようにも見えた。
再び京に赴くまでのんびりと過ごしていた風間の姿を見た戸隠の表情が疲れ切ったものから怒りに変わる。
「東であのような事があったのに、お前たち西の鬼は人間たちに協力をするのか?」
「仕方がないだろう。義理返しだからな……。これを拒否すれば西の鬼が根絶やしにされる。俺は己の仲間を守る為に一度きりの義理返しをするだけだ」
「俺たち戸隠家や雪村家のように、申し出を断ったがばかりに人間たちから襲撃を受けない為にか……?」
「俺一人の考えならば辞退もできたのだろうが、俺には西の鬼を守る義務がある。だから、己だけの考えの為に勝手な行動はできまい」
「お前の父親が人間などに己の望みを話さなければ、東の鬼たちがその望みの為に利用され全滅させられる事もなかったのだ」
やはりこの話題が出たかと、風間は顔を曇らせた。自分の父親は厄介な遺物を残して逝ったものだと風間はこの世にいない父親の姿を思い出して怨みながら、戸隠に強い視線を向けた。
「俺は一族の考えを優先したまでだ。父はもう死んだから関係はない。それに俺は鬼の統一など望んではいないと日の本中の鬼たちと人間たちに宣言をしたはずだ」
「お前が殺したんだ……。いや……西の鬼たちが一つの由緒ある一族を全滅させたのだ。お前の言い訳など聞きたくはない」
「言い訳ではない」
「言い訳ではなくとも、風間家の中から出た【鬼の統一】の言葉だけによって、一つの一族が全滅させられる羽目になった。お前には聞こえんのか? 雪村の地が業火に襲われ、その中で泣き叫ぶ子供、そしてそれらを守ろうとして殺された男たちの悲鳴。人間共の餌食になった女たちの苦痛の叫びが……」
戸隠はそう言い放つと風間を睨み付けてきた。その中にある瞳の色は憎悪のあるものであった。
「俺はお前を許さないからな……。この言葉をよく覚えておけ!」
戸隠はそう言い放つと、風間の前から姿を消していった。この時以来、風間と戸隠の親交は一振りした刀で斬り裂かれたように途絶えたのであった――。
戸隠と最後に会話をした数か月前、風間は京で貴重な女鬼を見つけていた。鬼を示す姓と東の鬼である事を明かす小太刀が風間の脳裏の中に確信めいた名を蘇らせる。
「雪村千鶴…… か…… そうか…… あの娘が……」
風間は京の町中で度々出会う千鶴に興味を持ち始めていた。自分が鬼とも知らずに今日まで生きてきた千鶴に好意さえも持ち始めていたのだ。しかし、千鶴が生きていたと知れば戸隠はどうするのだろう?
千鶴を奪いに来るか――?
風間の中で戸隠への対抗心が起こり始める。
いや、千鶴だけは手放したくはない――。
鬼の中でも強大な権力を持っている事で有名な風間が、今まで遊んできた女の容貌とは異なる、まるで少女のような女を連れているという噂は、日の本中の鬼たちの間でたちまち広まった。そして千鶴が雪村家の生き残りであるという事も同時に知れ渡ったのだ。だから蝦夷で別れた後も、風間は千鶴をいつ戸隠に奪われるかと気が気ではなかった。しかし、戸隠が千鶴の目の前に現れる事はなかったのである。
どうしてだろうか――?
疑問はあるが、それはそれで風間にとっては好都合であった。が、風間が江戸に向かった矢先、戸隠が行動を始めたという知らせを天霧から受けた。そして今、千鶴と共に西へ向かって旅をしている間、風間の周りを戸隠の気配が包み込んできている。
戸隠は必ず千鶴を奪いにくる。風間が新選組の前で千鶴を浚おうと思ったように、戸隠も風間の目の前から千鶴を浚うつもりなのだ。それが戸隠の風間に対する復讐である事も理解できた。何故なら、風間と戸隠はよく似た性格を持つ男だったからである。
千鶴は俺のものだ。誰にも渡さん――
風間は戸隠の気配が一番強く感じる場所に不敵な笑みを見せると、千鶴の手をしっかりと握り西へ向かって歩いて行く。
風間が笑んだ方向に一つの影――そこには風間と千鶴の仲良い後ろ姿をずっと見つめている灰褐色の瞳が鈍く光っていた。
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