東海道-掛川宿→間の宿原川→袋井宿
掛川城から先を進めて歩いていると、墓らしきものが目に付いた。千鶴があの墓は誰のものだろうと風間に尋ねてみると、その墓は平将門以下十九人の首が埋葬された所だと言う。
天慶三年、藤原秀郷が平将門を滅ぼし、将門と家臣であった十九人の首級をここまで運び、郷から勅旨の検死を受けた後ここに埋葬したと言う事だ。そして、いつの頃からかこの場所は十九首町と呼ばれるようになったのだそうだ。
「首を洗った小川は、【血洗川】と呼ばれたのだそうだぞ。そしてこの掛川の名は、洗った首を橋の欄干に掛けた事からついたと言われている」
「そうだったんですか……」
風間の物知りに千鶴はただただ感心するばかりだ。この旅を始めてからの風間は千鶴の質問を全て答えてくれているからだった。その事を褒めると、
「惚れ直したか?」
とか、
「お前も俺の妻に相応しくなるよう、この旅の中の知識をよく覚えておけ」
と、千鶴が返答に困るような言葉でからかってくる。
これさえなかったら、いい男の鬼なんだけどなぁ――
千鶴がほうっと溜息を吐きながら風間の方を見ると、驚くべき事に風間がその首塚に向かって目を閉じて手を合わせていた。人間の墓に手を合わせるなど信じられない。何故ならば、普段の風間は人間の神にも手を合わせないのだ。千鶴は驚きながらその光景を見続けていると、風間は静かに目を開いて言葉を放った。
「栄華を極めた男の墓にしては粗末なものだ。頂点に伸し上がれば後は落ちて行くだけ……。哀しいものだな……」
「本当ですね……。でも風間さんが手を合わせるなんて珍しいです。どうしたんですか?」
千鶴が疑問に思って問い掛けてみると、風間の口からは意外な言葉が出てきた。
「俺も、このようになるやもしれんと言う事だ……」
「えっ?」
風間は平将門の首塚であろう中央の石碑に片手を乗せて静かに撫でる。
「鬼の中にも権力争いというものがある。俺は風間の中でも全てにおいてかなりの能力を持つ男だったのでな。それに加えて長老たちの後押しもあって頭領になったが、俺の居座っている座を狙っている鬼も必ずいるという事だ。こういう諍い事は鬼の世界でも人間の世界でも同じように起こるのだ」
「風間さんも命を狙われた事があるんですか?」
千鶴が恐る恐る聞いてみると、風間は当前だと言うふうに頷いた。
「何度もある。だからこそ己の命を守る為に何でもしてきたのだ。剣術を独自で学び、毒を薄めた物を飲みそれを身体に慣らした。多くの知識を己の頭に叩き込み、年上の者たちを言い負かす方法も覚えた。俺の父と母も早くに死んでしまったから頼る者、信じられる者は天霧以外誰もいなかった」
風間はそこまで言うと、
「行くぞ……」
と千鶴に声を掛けて歩いて行く。その背中を見つめていた千鶴は、風間もまた辛く悲しい時代を送ってきた男なのだと感じていた。千鶴は先を歩いて行く風間の横に駆け寄ると、風間の腕に自分の腕を絡ませた。
風間が驚くように千鶴の方を振り向いた。すると、風間の目の前には優しく微笑む愛しい千鶴の姿がある。そして、千鶴が風間のお気に入りである声音で囁いてきた。
「早く西の里に行って、今までお互いに辛かった分、幸せになりましょうね」
「嬉しい事を言ってくれる……」
風間の頬に微かな緩みが作られた。
「その前に、京に行って千姫に会いますけど……」
千姫という名が千鶴の口元から漏れ出た途端に、風間の頬に作られていた微かな緩みが引き攣りを起こした。
「ふん! あの煩いじゃじゃ馬に会うのがそんなに嬉しいか?」
文句を垂れる風間だったが、千鶴が一番に囁いてくれた言葉を思い出すと、風間の顔には、再び笑みが零れ出ていた。
「では、今日は二宿ではなく、三宿辺りまで歩くか」
「早く西の里に到着したいですものね」
「ああ、そうだな……」
風間と千鶴は早足で袋井宿へと向かって歩いて行く。袋井宿は、江戸と京の丁度ど真ん中の宿場である。この宿場から見附宿まではかなりの距離があるのだが、急いで行けば夕方に着くだろうとの風間の予想に従い、二人は歩みを進めて行く。
逆川橋を渡った風間と千鶴は陰のない道をひたすら歩き続けていた。
暫く歩いて行くと、【仲道寺】と呼ばれる寺の前に到着をした。ずっと歩き続けていた二人はその場所で暫しの休憩を取った。その時に風間がこの寺の説明と、袋井が東海道の中の真ん中であるという事を教えてくれた。
「もともとここは【善光寺】という名の寺だったのだがな。延暦九年に東伐の勅命を受けた坂上田村麿と百済王が、伝教大師最澄が彫った三体の阿弥陀仏のうちの一体を授かり、奥州へ向け東に下ったところ、この場所で兵士が次々に病に倒れてしまったのだそうだ。その時に最澄から授かった阿弥陀仏に願をかけたところ、悪病を払うことがでたことから、この地に寺を建て阿弥陀仏を祀ったらしい。それが善光寺の由来と言われているのだが、天正年間に寺宝が失われ、詳しいことは分からん。そして時代下って享保十八年に善光寺境内に本堂が建立されたのだが火災により焼失した。そして享和四年に再建されたらしい。この時に江戸と京都から人足たちが測歩したところ、この寺の辺りで、ちょうど両者が出会ったことから、この寺の場所が東海道の真ん中ということになり、【仲道寺】と呼ばれるようになったそうだ」
そして風間は、自分の隣で感心して話を聞いている千鶴の手を握り直す。戸隠の気配を更に強く感じ始めていた風間は、できるだけ旅人たちの目のある場所を歩きたかったのだ。しかし千鶴を不安にさせてはならないと、風間は普段通りの態度を見せる。
「先を急ぐか」
と言って、【仲道寺】を後にして、旅人たちが行き交う道の中に紛れ込んで行った――。
掛川宿と袋井宿の間にある間の宿の原川に到着をした二人は、松並木が続く道を歩き続けた。すると、そこには【原川薬師】と呼ばれている金西寺の阿弥陀仏にお供えする【薬師餅】を売る店があった。
「この先に金西(こんさいじ)と呼ばれる寺があってな。昔、近くの三つ池で遊んでいた子供たちが泥にまみれた薬師を見つけてその寺に安置したのだそうだ。しかしある時、この東海道を通った伊予藩の三人がその薬師を見て、金でできているか木でできているかで口論になり、三人の中の一人が持っていた槍で薬師を突いてしまったのだそうだ」
「それで、そのお薬師さまがどちらでできていたのか分かったのですか?」
「金でできている事が分かったらしいが、その先の名栗という場所で、槍で突いた一人が急死してな。その死の原因は薬師を傷付けた祟りだと言われて、槍で突いた跡を白布で巻いて供養したらしい。その薬師の身体に巻かれた古い白布は岩田帯にすると安産、包帯にすると傷が早く治ると言われている」
そこまで言い終えた風間は、目の先に見える金西寺をジッと見つめる。
「どうしたんですか?」
「いや、岩田帯にすると安産だと言われているからな。薬師に巻かれている白布が欲しいと思っただけだ」
まだ腹帯にするには――違う! 身籠るどころか、風間とはそういう行為をまだしていないと、千鶴は風間に丁寧な断りの言葉を伝える。
「あ、あの……私はまだ必要ありませんから結構です」
「しかし、いつかは必要になるだろう」
「だ、だから、それは身籠って暫くしてからじゃありませんか!」
「今からでも身籠らせてやるぞ」
「け、結構です!」
風間は尻込みをしながら拒絶の言葉を吐き出す千鶴を楽しそうに見つめながらも、自分たちの背後に迫る影に警戒を弱める事はしなかった――。
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