素直でない二人-sidestory-



 千鶴が目覚めてから二日後、不知火は薫の助太刀をしなければならないと言い残して京へ旅立って行った。


 千鶴は、意識が戻らなかった途中まで薫がここにいたという事を風間から告げられた後に、少しだけ寂しそうにしていた。


「風間さん、薫も京に行ったんですか?」
「ああ、千姫が薫を京に呼んだのでな。こちらの状況を把握したかったのと他にもしなくてはならない事が起こったのだろう。薫は嫌々旅立って行ったがな」
「そうですか……また、会えますよね?」
「ああ、会えるだろう」


 鬼の回復力というものはかなり早いようで、千鶴は数日の間に見みるみると元気になっていたが、風間の見張りの下、一週間近くも布団の上に寝転がされていた。顔は退屈な色を見せ、自分をこのような状態にさせている風間をじっとりと睨み付けているが、風間は、


「俺のように、妻を案じる夫はこの世に二人とおらんだろう」


 などという言葉を紡ぎながら満足そうに笑っていた。しかし、今回の千鶴は微々たる反抗はするものの、それ以外は大人しくされるがままになっていた。千鶴が素直に言う事を聞いていれば、風間の機嫌も頗る良いからであった。そして、風間の言いなりになっているもう一つの理由――それは一週間ほど前に千鶴が目覚めてから、普段どおりに見せている風間の表情の中に暗い影を落とす瞬間が幾度となく表れていた為である。頭領としての威厳を保ちながらも、やはり唯一無二の親友を亡くしてしまった事の悲しみや苦しみはなかなか心の内から取り除けるものではないようだった。


 千鶴が目覚めて風間が抱きしめてきた時、千鶴の肩の辺りは少しだけ湿り気を帯びていた。それはきっと、風間が涙を流していたに違いないと千鶴は確信をしたのだが、決してその時の事を言葉に出して風間をからかうような事はしなかった。


 鬼の頭領を狙う輩は多く存在するのだろうが、果たしてその地位に上り詰めて権力を手に入れられたとしても、それで幸せなのだろうか? 風間は生まれながらにして頭領だったが、風間なりの苦しみや悲しみは今まで生きてきた中で、多々あったに違いない。しかし、その地位を受け継いだというだけで自分の本当の姿や感情を隠し続けているのだ。その証拠に千鶴の前でさえも涙を見せる事ができなかったのだから――。


 でも、私たちは夫婦になるんだから――
 喜びだって悲しみだって二人で半分に分かち合いたい――


 千鶴が黙ったまま布団から身体を起こして風間の瞳を見つめ始めると、風間の緋色の瞳は、自分を見つめてくる千鶴の瞳に驚きもせずに悠然と見つめ返しながら静かに問い掛けてきた。


「何か言いたい事でもあるのか?」


 私の前では、本当の風間さんの姿を見せて下さいなんて口では言えないしなぁ――


 心の中でそう考えていた千鶴は、言葉にしない分、自分の瞳の中から何を考えているのか、言いたいのかを察してもらおうと必死に風間の瞳を見続けた。


 暫く黙って見つめ合っていた二人で会ったが、風間がいきなりその静けさを打ち破った。


「何だ……お前は柏餅を食いたかったのか?」


 風間のその言葉に、千鶴は瞠目をした。


「はっ!?」


 違う、自分の瞳はそのような事を訴えているのではないと言い返そうとした千鶴が口を開きかけた時、すぐ近くで胡坐を掻いて座っていた風間がスクッと立ち上がった。


「そんなに柏餅が食いたかったのなら早く言えば良かろう。今、ここの主に頼んで来てやる」


 大人しく寝ておけ――風間はそう言い放つと部屋を出て行ってしまい、部屋に一人取り残された千鶴は大きく肩を落とした。


「何よ……目は口ほどに物を言うっていう言葉があるけど、全然伝わってないじゃない。風間さんって変なところで洞察力があるけど、肝心なところでないんだから!」


 千鶴は風間に対しての愚痴を呟くと、そのまま布団の上へ俯せに倒れた後に顔を押し付けていた。




「全く、分かりやすい性格にも難点がある。あれにどう答えれば良いのだ」


 部屋を出た風間はブツブツと文句を垂れながら屋外へと出て行く。すぐに千鶴と顔を合わせるのが気恥ずかしい為か、主には頼まずに自分が柏餅を買いに行く事にしたのだ。


「あいつ……俺が泣いていたのに気付いていたのか?」


 迂闊だった――


 と、顔を歪ませて苦笑する。肝心な所は鈍感だが、どうでもいいような所には異常な敏感さを発揮するらしい。


「姑息な真似をしおって……。しかし、何かを訴えようとするあの瞳はなかなか艶のあるものだったな」


 風間は満足気な表情をしながら柏餅を買うと、その餅を見た時の千鶴の瞳を想像しながら来た道を戻って行くと、それを持って帰った風間の前には、お腹を空かせた子犬のように嬉々として布団の上で行儀良く座っている千鶴の姿があった。


「お、美味しい!」
「全部、食うなよ」
「分かってます。腹八分目ですよね」


 しかし、風間の忠告に素直に返事をしていた千鶴の膝にあった柏餅の包みの中は一瞬のうちに何もなくなってしまっていた。


「おい……」
「はい、何ですか?」
「膝の上の包みを見ろ」
「ええ、大丈夫です。残って……」


 千鶴が目を見開いてその包みを見下ろす。そして風間の方に視線を向けた後に、頬を引き攣らせた笑みを浮かべていた――。


 その日の夜、風間の所に一人の忍びがある情報を伝えに来た。


 戸隠が雪村網道から受け取ったという変若水の行方が分からないという事だった――。


 その情報に風間の眉間は顰められ、千鶴の瞳は過去を思い出すかのような恐怖の色に染め上げていた。


「明日から旅が再開されるんですよね?」
「ああ、そうだ……」
「何か、怖いです……」
「大丈夫だ……お前は俺に守られていればいいのだ」


 風間に守られるという事は嬉しい。しかし、千鶴は自分がいる事で風間にも危険が及ぶのではないかと不安になっていた。


 楽しい旅にしたいと思っていたのに、戸隠の登場によって今までの楽しいそれが一気にぶち壊されたような気がする。というよりも、戸隠の死によって、風間が今まで持っていた雰囲気が少し変わったような気がしたのだ。



 道中は楽しい事ばかりではない。その上に素直でない二人の旅は、これからも続くのであった――。


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