東海道-二川宿→吉田宿
風間と千鶴は二川宿を出立し、吉田宿へと歩みを進めて行った。
二川宿は味噌やたまり醤油が有名であり、その中でも赤味噌は絶品であるらしい。昨夜宿泊をした【晴明屋】でも朝食の赤味噌汁はとても美味であり、千鶴はあまりの美味しさに目尻をとろんと垂らしていた。
二人が吉田宿に向かって歩いていると、【火打ち坂】と呼ばれる坂が現れた。その坂を登ると、宿場の西である二川宿を一望できる小高い山の山頂があるのだという。しかし、先を急ぐ二人はその坂を登る事なく、ひたすら前に進んで歩んで行った。
吉田宿は鎌倉時代から東海道の前身である鎌倉街道沿いの重要な町のひとつである。そして、戦国時代末期には東三河の戦略拠点の一つとして今橋城【後の吉田城】が築かれ、それ以降、城下町として発展を見せた。
「戦国時代の徳川家康は今川義元の配下に置かれていたのだが、桶狭間の戦で良知が破られると、今橋城をこうry買うし、配下の酒井忠次を城主にした。その後、豊臣秀吉によって家康は関東に移された為に、池田輝政が変わって十五万石の城主として統治する事になったのだ。その輝政が今橋城の名称を吉田城に変更し、吉田城、および城下町の大改築や豊橋(吉田大橋)の架け替えを行った者の、完了を見届ける事なく、関ヶ原の戦の後に、家康によって播磨姫路に移封されてしまった」
「関ヶ原の戦と言えば、日の本の鬼たちもその戦に加担したんですよね?」
「ああ……風間、天霧、そして不知火は西軍に。そして雪村は東軍についた。不知火の話によると、あやつの先祖は戦には直接加担せずに、助言だけをしていたらしい。根っからの人間嫌いだったと言われている」
しかし、その人間嫌いの血を受け継いだ不知火も、一人の人間だけはどうしても嫌う事ができなかったという。
それが高杉晋作という男であった。
二人のその会話はそこで終わりを告げる。風間はその時代の話をあまりしたくはないようで、
「この宿場には三河伝統手筒花火発祥の地なのだぞ」
と、違う話題に切り替えてきたのだ。
鬼の中でも辛酸をなめ続けた一族もいる。恐らく雪村の一族たちは徳川家に加担した為に、関ヶ原の戦以降の待遇は良かったのかもしれない。しかし、千鶴が覚えている限り、雪村の一族たちは贅沢な暮らしをしていなかったような気がする。西軍について負けはしたものの、風間の暮らしぶりの方がよっぽど良かったようだ。それを風間に伝えると、またその話か――と呟きながらも、少しだけそれに触れた話をしてくれた。
「雪村の一族は皆、華美を好まない者たちばかりであったらしい。質素倹約。そして、人間とはできるだけ関わらないように生きてきたとも言われている。ただ、あそこの地が人間に襲撃された時には、風間も天霧も不知火の所にも細かい情報は入って来なかった。関ヶ原の戦の時の頭領と風間や天霧、そして不知火の頭領たちは仲が良かったらしいのだが、それもいつの間にか薄れていったと言われているな」
「そうなんですか……」
日の本中の鬼の仲間たちに会えるのは子供の会合の時か、頭領たちの会合の時くらい。しかし、子供の会合の時には薫や千鶴は姿を現したものの、頭領の会合の時に雪村の頭領が出席をした事がなかった。だから、その当時の情報がなかなか伝わってこなかったのも、付き合いの薄れが原因だと風間は呟いていた。
吉田宿の豊川の畔には港町があり、江戸時代にはこの場所から伊勢への船が出ていた。そこに隣接している神明社の創建は古く、白鳳期だとも言われている。そして、吉田宿と言えば【飯盛女(飯売女)】という、江戸時代の宿場にいた奉公人――と言えば聞こえは良いが、実際は半ば黙認されていた私娼が有名であった。
【吉田通れば 二階から招く しかも鹿の子の振袖が――】
と、謳われているくらいだ。
「今夜、ここでは会合はないんですよね?」
謳われている通り、建物の二階から鹿の子の振袖が艶やかに風に靡いている。これまでに通った宿にも飯盛女はいたが、この宿場はかなり派手にやっているようだ。それを見ながら、やや不機嫌状態の千鶴が風間に問い掛けると、風間はニンマリと笑いながら空を仰ぐように建物から見える振袖を見つめていた。
「なかなか、上玉が揃っているようだな。無理矢理会合でも開くとでもするか……きっと、男鬼たちも喜ぶであろう」
「鬼の会合ってそれ目的なんですか? もう、男って人間も鬼も中身は全く一緒なんだから」
千鶴がプリプリと怒りながら先を歩いて行く。風間はそんな千鶴を面白そうに見つめながら、ゆったりと後ろを付いて行った。そして、少し歩みを速めて千鶴の隣に寄り添うと、いきなり腰に腕を絡ませると、耳元でそっと囁いた。
「ここは素通りだ。まあ、俺はあの袖を振っている場所で少しだけ休憩をしてもいいのだが……お前はどうする? 俺があの袖振る女たちと楽しんでいる間、外で待っているか?」
からかわれているのは分かっている。しかし、感情はそのからかいを柔軟に受け止める事ができない。千鶴は風間の顔をキッと睨み付けると、
「素通りで結構です!」
と、即答をしていた。すると、風間が嬉しそうに笑いながら唇を揺らす。
「そうか……残念だな。この吉田宿は鰻が有名なのだが……素通りするとなるとそれが食べられんな」
と、千鶴にとっては誘惑の言葉を投げ掛けてきた。飯盛女は嫌ではあるが、鰻は食べたい。千鶴は再び風間の顔をキッと睨み付けた。
「この宿場の雰囲気は気に入らないけれど休憩します。だから鰻は食べますからね!」
「やはり、食い気には勝てぬか……」
ククッと喉を鳴らしながら笑う風間とまさしく鬼に相応しい形相をしながら怒る千鶴は、良い香りが漂ってくる鰻の店に入って行った。
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