02



べしゃり、と船の甲板に落とされて小さく呻く。
身体が半端じゃなく重い。

よろけながらも立ち上がって……ぶるぶると体を震わせて水分を飛ばした。

横を見てみれば、まるでフランスパンのようなリーゼントをした男の人がびしょ濡れで。
どうやらこの人に助けられたらしい。

私の水しぶきに驚いたのか、“おわっ!冷てっ!!”なんて声に前を向けば……。


こちらを見やる大勢のガラの悪そうな男の人。


その多さと視線の強さに驚いて、一歩後ろへと下がった。
体制を低くして、少しばかり警戒する。
ぐるる、と喉を鳴らせば……一人の男が歩み寄ってきた。


「お前大丈夫か?」
「…グルルルル。」
「ははっ!そう怒るなって!」


にかり、と笑ったその人はやっぱりどこかで見たことがあるような気がする。
あまりにも無邪気なその笑顔に…私は唸るのを止めた。










02 海賊










ここは、一体どこだろう。
まず頭をよぎった疑問はソレだった。

私はサクヤさんのご神木の池に起きた歪みを調べようとしたはずだった。
もちろん、そこは「池」なわけで、海に繋がっているはずもない。

「池」でおぼれたと思ったら「海」だった?
意味が解らない。
でも、ただひとつ確かなこと。
それは……。


ここが、「私の元の世界」でも「大神の世界」でもないだろうと言うこと。


どうやら一度トリップしていたことで、少しばかり冷静になれているらしい。
ここは明らかに「大神の世界」とは違う。
見た目も空気も。
なら「私の元の世界」か、と聞かれれば、答えはNOだ。

私がアマテラスの姿のままだし、何より…
私の世界には、身長が成人男性の二倍もあるような人間は居なかった。

船の甲板の上で、私を取り囲むようにして見てくる男たちの中に、そんな身長の人が数人いるのだ。
まず、私の世界ではありえない体のつくりに驚くしかない。


「とりあえず、コイツどこで船に潜り込んだんだろうな。」
「前の島に上陸したときだとは思うけど……。」
「前の島から出航してもう一週間は経つぜ?今までずっとこのデカい図体どこに隠してたっつーんだよ。」
「俺に聞かれたってしらねぇよ!」
「……だろうな。」


とにかく、目の前にいる人たちを観察する。

皆が皆、正直、その……悪党みたいな顔つきで。
腰に剣を差している人だっている。
服装は何ていうか…海賊、みたいな。


「なぁ。」
「!」


再び声を掛けられて、少し体をすくめる。
警戒心バリバリに目の前の人物を見据えた。

オレンジ色のテンガロンハット。
癖のある黒髪。
意志の強そうな眼。
特徴的なそばかす。
上半身裸で……その腕には何かのタトゥー。

そこで、ふと思い出した。
私が「元の世界」で好きだった漫画。
全世界で人気を博した、海賊の漫画。

まさか

まさか、いや、そんな、でも


「俺はエース。お前どこからこの船に乗ってたんだ?わんころ。」


にかりと笑った顔に……
かちり、とピースがハマった気がした。


嗚呼、ここは、ワンピースの世界なのだ、と。


唖然と、するしかなかった。
まさか「大神」の次が「ワンピース」だなんて。
しかもトリップするなんて思ってなかったし。
トリップしても「アマテラス」のままだとか、力をそのまま引き継ぎだなんて思ってなかったし。

元の世界に帰るどころか、余計命の危機にさらされるこの状況に項垂れるしかない。


「お、どうした?体調悪ぃのか?」
「……クゥン。」


項垂れた私の顔を覗き込んでくるエース。
…ちなみに、私はワンピースの中でも一番白ひげ海賊団が好きだったりする。
個性豊かなキャラクターの中でも群を抜いて大好きな海賊団で……。

その中でも、一番エースが好きだ。

今そのエースが目の前にいる事実に感動すれば良いのか。
それとも再びトリップしたことに嘆けばいいのか。
妙な感情がぐるぐる渦巻いて、やっぱり項垂れるしかない。

はぁ、と小さくため息を吐いた私の頭に……ポン、と乗せられた手。

そちらを見やれば、困ったように苦笑したエースが居て。
(あぁ、その表情すらも格好良くて)
大きな手は、私の頭を何度か優しく撫ぜた。


「うーん、船医のヤツに診てもらうか。」
「アイツ犬は専門外だろ?」
「でも診てもらわねぇよりかマシじゃねぇ?」


エースと会話しながら近寄ってきたフランスパン頭の男の人。
もちろん、この人の事も思い出した。

4番隊隊長、サッチ…さん。

ヤミヤミの実を手にして…ティーチに殺されてしまった人。
エースが一人で白ひげを飛び出してしまった、きっかけの人。

サッチさんが居ると言うことは、まだこれは原作の前なのだろうか、なんて考える。


「にしても、面白い犬だよな!」
「んー、コイツは犬じゃなくて“狼”だな。」
「へぇ!俺白い狼って初めて見た!」


キラキラと輝くエースの眼。
エースの手は温かくて、海水で冷えた体にとても温もりを与えてくれた。


「ふはっ!良く見るととぼけた顔してんのな!」
「!」
「こらエース。ショック受けちゃってんじゃねぇか。」
「あはは!悪ぃ悪ぃ!」


と、とぼけたかお……。
「大神」の世界で何度か言われたことだったけど…。
こうして好きなキャラクターに言われるとちょっとショックというか何というか……。

エースの悪びれた様子の無い謝罪に、さらに肩を落とす。
その時だった。


「んで、サッチ。この体中に走ってる赤い線って何だ?」
「俺だって知らねぇよ。ペンキや絵の具じゃねぇみてぇだが……。」


首を傾げる二人の言葉に、目を見開いた。

……まさか、アマテラスの「赤い隈取」が二人に見えているなんて。

アマテラスの隈取が見えるのは、信仰心の強い者だけだ。
神を信じている者だけが見ることができる証。
もしや、二人は海賊だと言うのに「神様」を信じているのか、と思ったけれど……。
2人の後ろでがやがやと騒ぐ船員たちも、どうやらこの隈取りが見えているらしい。

…もしかして、この世界の人間にはアマテラスの隈取りが見えてしまうのだろうか。

なんて考え込んだ時だった。


「そりゃ、隈取りだよい。」
「マルコ!」


自然と船員たちが避け、道ができる。
そこを歩いてきたのは……特徴的な頭と喋り方をした、一番隊隊長、“不死鳥マルコ”だ。

またまた好きなキャラクターの登場に目を見開く。
あぁ、でも、ここは白ひげ海賊団の船なんだ。
私の好きなキャラクターたちが居ても、なんら可笑しくなどない。


「この赤い線は“隈取”って言って、神や神に使える者の証なんだとよい。」
「へぇ、マルコよく知ってたな!」
「古い文献に載ってたんだよい。たしかワの国や華の国あたりの文献だったはずだ。」


マルコさんの言葉に、少し驚いた。
まさかワンピースにそんな文献があったとは……。
でも、ワの国は日本の様だったし華の国も中国みたいだし。
そんな似たような話が合ってもおかしくないのだろう。

とりあえずは、いつのまにか引っ込めていた神器にホッと息を吐く。
……これで神器が出っ放しだったら、問い詰められるどころの話じゃない。


「だったらコイツはそっから来たってことか?」
「さぁねい。で?コイツは何だよい。」
「前の島でこの船に乗り込んでたらしいんだ。俺が見つけたとき丁度船から落ちたところでさ。」
「それで、俺が助けたってわけだ。」


そ、そうだったのか、と納得する。
初めに私を見つけたのはエースらしい。

おそらく、あの池の歪みはここに繋がっていたんだろう。
そして、船に乗っていたと勘違いしたエースが、自分は泳げないからとサッチさんに助けを求めた。

……今さらだけど、エースもサッチさんも私の命の恩人じゃないですか。


「とりあえず、次の島までは船に乗せててもいいだろ?」
「大人しいし、案外頭良さそうだしなぁ、コイツ。」
「……。」


ジッと、マルコさんに見据えられる。
何かを見透かすようなその眼は……少し、怖い。


「…能力者じゃねぇのかよい。」
「それはねぇな。俺が海の中に潜ったときはコイツちょっとだけど泳いでたし。」
「能力者は身体動かすどころじゃねぇもんな!」
「……それにしても、ただもんじゃない気がするよい。」


おおう…流石一番隊隊長様。
なんという洞察力。

にしても困った。

このまま捨てろと言われても、海の上じゃ死ねっていわれてるようなもんだし。
そりゃ筆しらべの桜花二の水蓮で水上に花を浮かべても良いけれど……。
どのみち、島が何処にあるか解らないこの状況じゃ同じことだ。


「……まぁ良いだろい。」
「よし!ありがとな、マルコ!」
「俺だって動物を海に放り投げるほど冷たくねぇよい。」


くくっ、と笑ったマルコさんに頭を撫でられる。
笑って私を見るその眼は、先ほどと違って優しくて……。
エースよりも少し低い体温に、何故か少し安心した。


「それじゃあ、親父にも一応言っておかねぇとな!」
「俺が報告にいってくる!」
「頼んだぞエース。あぁ、親父んとこ行く前に風呂に入れていけよい。」


―――……え?


「ははっ、海水でべとべとだもんなぁ、ついでに俺が入れてやろうか?」
「ん?いいよ別に。サッチは先に入ってこいよ。コイツは俺がいれる。」
「なんだ?ついでだから別にいいぜ?」
「いや、俺がコイツを風呂に入れる!」


ニッと、満面の笑みを浮かべたエース。


「次の島に着くまでは、俺がコイツの面倒みる!」


決めた!
と、自信満々に宣言したエース。
末っ子の言葉に困ったように、けれどどこか微笑ましく笑ったのは二人の兄で。


「いつまで続く事やら。」
「途中で投げ出すなよい。」
「子供じゃねぇんだから!わかってるよ!!」


わはは!と響いた笑い声。
微笑ましい程の家族愛、なの、だが。

いや、あの、ちょっと待って。


「なら、先に風呂行って来いよ!俺はどうせだから洗濯してからにするわ。」
「わかった!よし、風呂行くぞわんころ!」


いやいやいや待って!!

そりゃ本来のアマテラスと違って風呂は好きですよ。
えぇ大好きですともさ!

け、けど……っ

好きなキャラに風呂に入れられてたまるか―――っ!!!


「キャワン!!(恥ずかしすぎるーっ!!)」
「あ、おい、こら!!逃げるな!!」


一目散に逃げ出した私を、これまたすごいスピードで追ってくるエース。


「親父に会う前にキレーにしないと駄目なんだって!逃げるなよ!」
「キャンキャン!(逃げるよ逃げますよ!!)」


はたして、その追いかけっこの結末は。















(親父ぃ!ちょっといいか?)
(なんだぁ?白い狼とは珍しいじゃねぇか。それに赤い隈取りとはなぁ……。)
(なんか前の島から潜り込んでたみたいなんだ。次の島まで置いていいだろ?)
(グラララ、かまわねぇよ。ただし、ちゃんと面倒みてやれ。)
(おう!!)
(……キューン。)
(…どうした?やけにぐったりしてるじゃねぇか。)
(風呂入れてからこうなんだ。あ、ちなみにメスだった。)
(グラララ!そうか。)


02 END



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ゆめうつつ