07



「さて、お前らはどう思うよい。」


敵の襲撃から数日。
マルコが仕切る隊長会議。
いつも通りの議題をこなし、最後に提示されたのは……。

最近、モビーで起きる不可解な出来事。


「どう思うって言われても……ね?」
「俺は別に気にしないでいいと思うけどなぁ。」
「サッチ、真面目に考えろよい。」
「なんで俺だけ怒られるんだよ…。」


マルコにひたりと見据えられて、肩をすくめる。
ったく、マルコのヤツピリピリしやがって。

……まぁ、この船の2はアイツだからな。
その分背負う物も重い。
余計な心配してんだろう。


「……エース。」
「……。」
「お前はどう思うよい。」
「……シロは関係ねぇ。」


チラリと横目で盗み見れば……。
ジョズの隣で眉を顰めて、拗ねるようにジッと机を見る末っ子の姿。

はぁ、と吐いた息は、ちょっとばかり気まずい会議室に響いた。










07 









事の発端は、あの襲撃の時だった。
海へ投げ出されたエースの身体。
能力者は泳げないなんてことは周知の事実で。

マルコはエースを拾い上げるために。
俺は間に合わなかったときの為に、そちらへと駆けだした。
…恐らく、この距離からすればマルコは間に合わない。

仕方ねぇ、飛び込むか、と。
船の手すりに足をかけた時だった。


エースの真下の水面に現れた蓮の葉。


それも馬鹿でかく、エースが乗ってもビクともしねぇくらいのもの。
それに違和感を感じたのは俺だけじゃなかった。

なんで突然蓮の葉が現れた?
此処は海だぜ?
海のど真ん中にぽつんと一つだけ現れる筈がねぇ。

不可解なことはその直後も起きた。

敵を敵船へ押しやったとき。
突然吹いた突風。
しかもそれはモビーのマストをすり抜けて……敵船だけに直撃した。
その突風はあっという間に敵船を遥か彼方へと押しやってしまって……。
全員でポカンと間抜け面を晒したのは記憶に新しい。


しかもその不可解なことはその時だけじゃなく、その後も続いた。


海王類のせいでカームベルトへ乗り上げたとき。
そこは無風のはずなのに突然風が吹き、船をカームベルトから脱出させた。

ずっと曇り空が続いた日。
誰かが「晴れねぇかな。」と憂い顔で呟けば、次の瞬間空から太陽が差してあっという間に雲を押しやった。

嵐で、岩礁に船がぶつかりそうになった時。
隊長格がその岩礁を破壊するよりも早く、岩礁は勝手に真っ二つに壊れた。

他にも色々ありすぎる。
暑くて唸ってりゃ突然降った雨だの、壊れていた扉が次の日には勝手に直っていただの。


自然現象、で済ませるにはいささか無理がある。


それで、今回の隊長会議でも議題に上がったわけだが。
エースが不機嫌そうに眉間に皺を寄せている理由。
それは……


その全ての事案に、シロが絡んでいたからだ。


蓮の葉がエースを助けたときも。
突然の突風が吹いたときも。
風が船をカームベルトから脱出させたときも。
岩礁が真っ二つに割れたときも。

その時そこにいた共通の人物は……シロ、だった。


「シロはただの狼だろ。サッチだって能力者じゃねぇって言ってたじゃねぇか。」
「サッチよぉ。シロが海を泳いでたってのは、確かにお前さんの見間違いってわけじゃあねぇんだな?」
「うーん。俺がエースに投げ飛ばされて海に入ったとき、確かにシロは泳いでたぜ。」


イゾウに問われて、事実のみを答えた。

シロは泳いでいた、それは間違いない。
その後力尽きたかのように動きは鈍くなってしまったけれど。


「能力者なら海に落とされて、一掻きもしない間に力が抜けるだろ?だから違うと思ったんだけどな。」
「だったらシロじゃねぇ!!!確かにアイツはすっげぇ頭良いし、変な隈取りとかあるけど……っ!」
「エース、落ち着きなよ。」
「……っシロにそんな芸当できるわけねぇよ……。」


ハルタに諭されて、エースの声が少し落ち着く。

……エースの気持ちも解らないでもない。
今回、全ての原因がシロなのだとしたら……。
アイツの危険性を、俺たちはもう一度検証しなければならないからだ。

そうなると……下手すりゃ、海に放り投げることになるかも知れない。

エースはシロの面倒を見ていたし、本人も相当気に入っている。
シロもシロでエースに心を許しているようだし……。
…そんなことになるかも知れない、なんてのは考えたくもないんだろう。


「マルコだって……マルコだってわかってんだろ!?」
「わかってるよい。シロは頭が良いし、能力者でもねぇ。」
「だったら……!!!」
「それでも!…俺たちはクルーの命を預かってる隊長だよい!」
「……っ!」


ダン、と机を壊さんばかりに叩いて立ち上がったエース。
そんなエースをマルコは冷静な目で見返していた。

そう、俺たちは隊長だ。
自分の隊の隊員たちの命を預かっている。

それは、変えようのない事実だ。


「“もし”これらの事案すべてシロがやっていたとしたら?」
「……。」
「“もし”その力を俺たちに向けたとしたら?」
「……っ。」
「…感情で動いてこの船をダメにしちまっても良いのかよい?」
「……良いわけ、ない…。」


ガタリ、と力なく椅子へ戻るエース。
その表情は酷く苦しそうだ。
(嗚呼、こんなんじゃ次の島でシロを降ろしてやれねぇんじゃねぇの?)

末っ子の沈んだ表情を見て、息を吐く。
ったく、仕方ねぇなぁ。


「でもまぁ、別にいいんじゃねぇの?」
「サッチ……?」
「今のとこ、シロがやったと決まったわけじゃねぇし、シロが俺たちに敵意を向けてるわけじゃないしなぁ。」
「……サッチ、てめぇまたそんな軽いことを言ってんのかよい。」


ギロリ、と睨んできたマルコに、ヘラリと笑い返す。

…マルコも損な性分だ。
こういった集団の中じゃ、誰かが悪役になって“害”になるモノを排除しなきゃならない。
それを買って出てるのは、いつもマルコだ。

……いつもエースが見てねぇとこで、シロの事ベッタベタに甘やかしてるくせに。
今だって、シロとエースを責めることが、苦痛で仕方ねぇくせに。

こういう時、ワザと悪役になってるって、もうみんな気付いてんだからよ。
たまには、息を抜けばいいってのになぁ。


「ははっ!難しい事考えてっと頭痛くなるんだわ、俺。」
「……。」
「もし、シロがやってるなら…それはそれでいいんじゃね?…その力を俺たちに向けてきた時は、そん時だ。」


もし、シロが俺たちに敵意を向けて、その力で攻撃してきたのなら。
その時は迎え撃てば良い。


「誰も負ける気なんてしてねぇだろ?」


へらり、と笑えば次々と忍び笑いが聞こえてくる。
マルコの呆れたような……少し、安堵したようなため息も。


「…シロは俺たちに攻撃なんてしねぇよ……。」
「わーってるって!誰もシロが牙を向けるなんて思ってねぇよ。」
「だけど、さっき……!」
「誰かは可能性の話はしなくちゃならねぇだろ?…マルコの気持ちもわかってやれよ。」
「そりゃ!…マルコがいっつもワザとあんなこと言ってるのは知ってるけどよ……。」
「……お前ら、そんな話は本人が居ない所でしろよい。」


“ワザと”してる俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。
なんて、ほんの少し恥ずかしげに首を掻くマルコに笑う。
そんなマルコを見て、エースもやっと笑った。

……あぁ、やっぱり皆は笑った顔の方がいいな。


「とりあえず、各自シロの動向には目を向けといてくれよい。」
「了解。不可解な現象が起きたとき、シロが何かしらしてないか、だな。」
「あぁ。万が一、有事の際に……シロが何かしらの能力を持ってんなら把握しておいた方が安心だからねい。」
「おいエース。一番近くにいるのはお前なんだから、ちゃーんと見とけよ。」
「おう!」


ようやく笑った末っ子に、みんなの顔も和む。

今日の隊長会議はこれにて終了。
さて、と。
色んな意味で頑張ったマルコとエースにゃ、サッチ様特製のドリンクでもご馳走してやるかな!















(シロ!大人しくしてたか?)
(ワン!(エースお帰りー。))
(ははっ!……お前は俺が守ってやるから安心しろよ?)
(クゥ?(ど、どしたの急に?))

(……狼相手にあんな台詞言ってるよい。)
(ははっ!女に言う台詞だろありゃ!)
(本当に、どうしようもない末っ子だよい。)


07 END



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ゆめうつつ