08


それは突然だった。


「ははっ!やっぱシロは可愛いな!」
「隊長ばっかりシロにかまってズルイっすよー!」
「バーカ!俺が面倒みてんだから当たり前だろ!」


いつものように、甲板でアマテラスの姿の私とじゃれるエースの姿。
それを見て笑っている船員や隊長たち。

あの隊長会議から、少しエースの様子が変だったけれど……それも少しの間だけで。
いつも通り笑顔になったエースを見て、思わず笑う。

あれからも、少しでもみんなの力になれたら、と少しだけ筆神の力を使っていた。
洗濯物が早く乾く様にアマテラスの「光明」を使ったり、壊れたところに蘇神の「画龍」を使って直したり。

……恐らくは、私がこの力を使っていると、隊長格の人たちは薄々気づいているのだろう。

それでも、嬉しそうなエースや船員さん達の顔を見れば止めることが出来なくて。
害を与えているわけじゃないし、いいか、と。

今日も今日とてエースと遊んでいた時のとこだった。










08










甲板に寝そべって、暖かな太陽の元でお昼寝タイム。
もう毎日の恒例の様になっているお昼寝の時間が最近の私の楽しみでもある。


「今日も良い天気だなぁ。」
「わふ。」


寝そべったエースの隣で、同じように寝そべっている私。
顔を横へと向ければ、至近距離にエースの整った顔。

…もう、この距離に慣れてしまったなぁ、なんて苦笑した。


「次の島まで、あと五日位で着くみたいだ。」
「クゥ……。」
「……なぁ、シロ。お前次の島で降りたいか?」


ジッと、エースが澄んだ瞳で見つめてくる。

何だかんだで、この船にはもう一月ほど乗っているだろうか。
船員は良い人たちばかりだし、隊長さん達だって色々と構ってくれる。
エースだって……とても、優しくしてくれる。
(ひとえに、私が動物だから、なのだろうけれど)


「もし、お前が船に残りたいなら、俺から親父に言ってやる。」
「……。」
「……せっかくこの船に慣れたんだろ?……いればいいじゃねぇか。」


……本当は、次の島で降りるつもりだった。
人間に戻る方法を探して。
人の姿になれれば、次に「大神の世界」に帰れる方法を、と。

でも……私の気持ちは酷く揺れていて。

この船に乗っていたい、と。
エースの傍に居たいと強く望むようになった。
そのエースが、白ひげさんが、私に「船に残っても良い」と言ってくれるのなら。


……私は、この船に残りたい。


その意思が伝わる様に、エースへとすり寄る。
(流石に舐める、というのは恥ずかしすぎた。)
その首元へとすり寄れば、驚いたように目を開いたエース。


「……船に、残ってくれるのか?」
「ワン!」
「……海賊は過酷だぞ?本当にいいのか?」
「ワンワン!」
「本っっ当にいいんだな?」
「アォン!!」
「…………へへっ!」


何度も何度も私に確認するようなエースの言葉に。
何度も何度も元気よく返事を返す。
すると……。

満面の笑みを浮かべたエース。


「よっしゃぁああ!!」
「わふ!?」
「はははっ!ありがとな!シロ!!」


エースが飛びついてくる。
じゃれてくるエースがくすぐったくて、私も笑う。


その時だった。


「…これからもよろしくな!」


そう言ったエースが、私にキスをした。


正確には、私の額に。
驚いてキョトンと目を丸くする。

きっと顔も真っ赤だけれど、アマテラスの姿ならばバレないだろう。
嗚呼、心臓がバクバクいっている。

あぁくそう、これだからイケメンは心臓に悪いんだと。

そう思った時だった。



ミシリ



「!?」
「……シロ?」


ミシミシ、と体が軋む。
今まで感じた事のない、内部からの圧力。

な、に……コレ。


「……っギャウ!!」
「シロ!?」


ギシ、ミシミシ
まるで体中の骨が、筋肉が、内臓が、細胞と言う細胞が暴れ出したかのような痛み。
ブチブチと神経を引き千切られ、内から外へと圧力をかけられて破裂、してしまいそうな。

痛みに耐えきれず、その場に倒れ込み、ただ只管もがく。

痛い
痛い痛い痛い


怖い


「グゥ……っキャイン!!」
「どうした!?」
「何があったんだよい!?」
「マルコ、サッチ!シロが……っシロが急に苦しそうに暴れ始めたんだ!!」
「船医だ!誰か急いで船医を呼んで来い!!」
「へ、へい!」
「シロ!しっかりしろよい!!」


サッチさんの声がする。
マルコさんの声も聞こえる。

嗚呼、痛みで訳が分からない。

それでも、薄らと光を放つ自分の身体。
そして……


「シロ……っ!」


エースの、泣きそうな、顔。

あぁ、なんて顔してるのエース。
エースは、笑った顔の方が似合うのに。

そう言いたいのに、私の口から出る言葉は悲鳴ばかり。
その声を聴いて、更に泣きそうな顔になるエース。

自分を包む光は更に強くなって、痛みもさらにひどくなる。

遂には、声も出せない程、苦しくて、痛くて。
もう、死んだ方がマシなんじゃないかと思えるくらいの、激痛で。
その場にのた打ち回っていた身体が、動かなくなる。

一瞬、燃えるような熱さを感じた……次の瞬間。



まるで、先ほどの痛みが嘘かのように、なんにもなくなった。



痛みも、熱さも。
何にも感じなくなった。
身体を包んでいた光も消えて……。

キョトン、と目の前にいるエースの顔を見やる。

エースはそんな私を見て、これでもかと言わんばかりに目を見開いていて…。
あぁ、でも、エースの後ろにいるサッチさんやマルコさんもエースと同じように目を真ん丸にしてて……。

ふと見渡せば、甲板にいる全員が、私を見て驚愕したかのように目を丸くしていた。

いや、そりゃ、驚いたけど。
突然激痛が襲ったかと思えば、突然引いて。
そりゃ激しくのた打ち回ったけど……そこまで驚きます?

まるで時間が止まっているかのように硬直して動かないエースたち。


「……エース?」


いつものように、鳴いたつもりだった。
それでも、私の耳に届いたのは……「私の声」で。

え?と、今度は私も固まった。

今、私……喋らなかった?
「エース」って、いつもの「ワン。」じゃなくて「エース」って、言葉にしてなかった?

恐る恐る自分の手を見てみれば。
そこにあったのはアマテラスの白い前足ではなく……「私の手」。





「ミョウジナマエ」の、体に戻っていた。





「……な、んで……。」


戻れなかったはずだ。
何度試しても、この世界で私は「アマテラス」の姿から「ミョウジナマエ」の姿に戻ることはできなかった。
なのに何故、今望んでもいなかったのに、戻れたのだろう?

訳が分からない。


「……えーと?」
「っ!」


その場で最初に動いたのはサッチさんで。
落としていた視線を前に向ければ。
相変わらず目を丸くして固まったマルコさんと……。
口も目も驚愕したように開いたままのエース。
ヒクリと口元を引きつらせながらも声を出したサッチさん。


「あー……その……なんだ、えぇ、と……?」


それでも、頭の中が整理できていないのだろう。
声として出てくる言葉に意味はなく。
気まずい雰囲気が甲板を包む。

そして……


「……シ、ロ…?」


ゆっくりと、私を指さして……名を呼ぶ。
ピン、と張りつめたような空気。

次第にマルコさんの表情が元に戻っていく。
(その口元もサッチさんと同様引き攣っていたけれど)
そして……未だ、表情を崩さないエース。


「……はい。」


こくり、と頷けば。
一拍の後。

海を引き裂かんばかりの野太い悲鳴が辺りに響き渡った。















(ちょちょちょちょちょっと待て!!なに?シロが女の子で人間で!?)
(落ち着けよいサッチ。シロは元々メスだよい。)
(お前は何一周して落ち着いてんだマルコ!!こんな状況落ち着けるか!?ぇえ!?)
(とにかく、事情を聴くしかねぇよい。……話せるか?シロ……っと、これはエースがつけた名前だったない。)
(あ、の……。)
(とりあえず、名前を教えてくれるかい?)
(……はい。私は……ミョウジ、ナマエ…です。)
(ナマエ、だねい。……場所を移動するよい。ここじゃ落ち着いて話もできねぇ。)
(は、はい。)
(あー……ちょっと待てマルコ。)
(何だよい。)
(エースがピクリとも動いてねぇ。つーか瞬きすらしてねぇ。大丈夫かコイツ?)
(……引き摺ってでも連れてくよい。)


08 END



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ゆめうつつ