長男と


辺りがすっかり闇に覆われた頃。
一人部屋で書類に向っていた俺は久しぶりに並んだ文字から目を離す。


「……流石に疲れたねい。」


……目が痛い。
そこから続いて首の後ろや肩まで痛くなっているような気がして深いため息を吐いた。

すべてはエースやラクヨウたちの報告書が遅れたせいだ。
悪い悪い!なんて本人たちは軽いもんだが、それらすべてに目を通し、チェックをするのは自分なのだ。
今度の甲板掃除はあいつ等にやらせようかと思うくらいは仕方ないだろう。
若い頃はこんなの屁でもなかったのに、俺も歳くったなぁ、なんて思っていた時だった。

コンコン、と響いたノック。

……こんな時間に訪問者とは。
今はすでに夜中。
起きているのは見張りの人間くらいなもんだろうに。
誰だ?と開けた先に……

穏やかな笑顔があった。










長男と










「おふくろ……。どうしたんだよい、こんな夜中に。」
「マルコちゃんのお部屋に明かりがついてるから、まだ頑張ってるのかと思ってね。」


そう言って笑ったのはおふくろだった。
その手には……ホットミルク。


「親父は?」
「もう寝てますよ。昼間はしゃぎ過ぎちゃったのね。」
「居てやらなくて良いのかよい?」
「子供じゃないんだもの。一人でだって寝られるでしょう。」


くすくすと笑う声。
おふくろの喋り方はおっとりと言うか、ゆったりとしている。
ずっと聞いていると……安心して、眠ってしまいそうな。
まるで、子守唄のような喋り方。


「もうひと段落したんでしょう?」
「あぁ、今ようやく一区切りついたところだよい。」
「丁度よかったわ。…これ、ホットミルクに少しだけブランデーを入れてあるの。」


疲れがとれますよ。
と、おふくろはふわりと笑った。

小さな手からソレを受け取って、おふくろを部屋の中へと迎え入れる。
書類まみれの部屋を見て、おふくろは「あらまぁ。」なんて苦笑して書類を片づけ始めた。


「いいよおふくろ。後でやるから。」
「ふふっ、どうしても放っておけなくてねぇ。性分だから気にしないでね、マルコちゃん。」
「……そのマルコちゃんってのどうにかならねぇかよい。」
「あら……嫌だったならごめんなさいね。」
「や……。嫌って、わけじゃ……。」


少しばかり寂しそうな顔をされて、焦った。
嫌じゃない、と告げればにこやかな笑み。

……おふくろにそう呼ばれるのは嫌いじゃない。
ただ……無性に、照れくさいだけ。


「こんなにたくさんの書類……。マルコちゃんは頑張り屋さんね。」
「そんなんじゃねぇよい。」
「ふふっ、謙遜しちゃって……。マルコちゃんは自慢の息子だわ。」
「……やめろよい。」


手放しに褒められちゃ……嬉しくて、照れくさくて仕方ない。

くすくすと笑うおふくろを後目に、ホットミルクに口をつける。
温かなそれは甘くて、ほんの少しブランデーの香り。

……俺が徹夜をするとき、おふくろが必ず入れてくれるホットミルク。

甘いものが嫌いな俺が、唯一好きだと断言できる飲み物で。
徹夜仕事が好きなわけじゃないが……。
これを、楽しみにしてしまう自分がいることもまた事実だ。


「……おふくろのコレは美味いねい。」
「あら、ありがとう。」
「なんか……安心するよい。」


こくり、と喉に流し込みホッと息を吐く。
そうすれば……瞼が、段々と重くなってきた。

温かなミルク。
暖かい部屋。
時間がゆったりと流れるような……おふくろの雰囲気。

その全てが、俺を眠りへと誘って……。


「……。」
「ふふ……マルコちゃん、眠いなら横になりなさいな。」
「……でも、まだ書類……。」
「少しくらい遅れたってかまいませんよ。……たまにはゆっくりしないと、ね?」
「んー……。」
「ニューゲートには私から言っておくから……もう、眠りなさい。」


おふくろの声が子守唄のように。
おっとりとしたその声が好きで。

ぽすり、とベッドに体を横たわらせれば……おふくろが近寄ってくる気配。
まるで……春の陽だまりのような、そんな温かな。


「おやすみなさい、マルコちゃん。」


優しく、頭を撫でられる。
小さいけれど、温かく優しい手に。

それが止めだとでもいうように……。

俺は、眠ってしまった。















(……ナマエ、マルコは寝たか?)
(えぇ、余程疲れていたみたいですよ。)
(グラララ……。長男だからって人一倍無理しやがるからなぁ。)
(気になってたなら直接お言いになったらいいじゃありませんか。)
(“父親”から言っても息子は聞きやしねぇよ。それに、子供を寝かしつけるのは“母親”の役目だろう?)
(……アナタが一番心配してたくせに…。)
(馬鹿言え、おめぇが俺より心配してただろうが。)
(……。)
(……。)
(……ふふ。)
(……グラララ。)
(なかなか、子離れできませんねぇ。)
(心配ばかりかけやがる馬鹿息子たちだからな。)


長男と END

2015/04/03



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ゆめうつつ