おにぎり


「てめぇエースこらぁああ!!いい加減にしろマジで!!」
「仕方ねぇだろ!!腹減ってんだからよ!!」


ドカン、とマジ切れ寸前な表情を浮かべているのは白ひげ海賊団コックのサッチ。
その前で拗ねたような表情を浮かべているのは末っ子エース。
2人の何やらただならぬ言い合いに、船員たちはいつもの事かとため息すら出ない。


「だからって毎回毎回あれだけの量盗み食いされちゃこっちだって困るんだよ!!」
「それはごめんなさい!」
「潔すぎるだろ!!ああもう良い!てめぇは今晩飯抜きだ!!」
「ぇええええええ!?」


今日も今日とて食料を盗み食いしたエース。
どうやら今回ばかりは流石のサッチも堪忍袋の緒が切れたようで。

まるで死刑宣告をされたかのように顔を青くさせたエースを置いてキッチンへと足を踏み鳴らし戻っていく。
その場にポツンと残されたエースは肩を落とし、それはもう深海より深い溜息を吐いた。

そんな末っ子を見ていたのは苦笑いをするクルーたち。
サッチは飯に関してはやると言ったらやる男だ。
まぁエースの自業自得だなと笑う向こうで……。

ナマエもまた、困ったように苦笑していた。










おにぎり










ぐぎゅるるる…なんて、凄まじい音を出し始めた腹を抑える。
今頃、食堂では美味い晩飯が振舞われているんだろう。


「くそ、サッチの奴……。」


あんなに怒らなくても良いじゃねぇかとボソリと呟けば、それは星が瞬く夜空に溶けて消えて行った。

サッチから晩飯抜きという死刑宣告よりも残酷な処罰を受けた俺は甲板へと足を運んでいた。
部屋に籠ってても腹は減る一方だし。
気を紛らわせようと甲板に出たものの…飯の美味そうな匂いが漂ってきて余計に腹が減っちまった。

……釣りでもして魚を食うかと思っても、それすらサッチから禁じらちまったしなぁ。

別に黙って釣って食ってもいいんだけど。
後でサッチにバレたら飯抜きが一晩どころじゃなくなるかもしれねぇ(ゾッ
サッチの野郎、普段はへらへらしてるくせに飯に関してはシビアなんだよな。


「あー!!腹減ったぁああ!!」


ドサリ、と一人で甲板に倒れ込んで空を見上げる。
キラキラときらめく夜空は綺麗だけど、それで腹が膨れる訳じゃねぇし。
……あの星が全部金平糖だったら多少なりとも俺の腹も膨れるんだろうけど。

ぐごごご、なんてすでに腹の音とは思えない音が俺の腹から発せられて。
見張りの人間が苦笑してるのがわかった。

ちくしょう、見てんなよな。
どうせお前ら後で美味い飯食うんだろ裏切り者め。

けっ!なんてちょっと自暴自棄になりかけた、その時だった。


「エースちゃん、エースちゃん。」
「……おふくろ?」


声が聞こえた方へと振り向けば、そこには笑顔で手招きをしているおふくろの姿。
いつものホワリと笑った表情に、少しだけ荒んでいた気持ちが落ち着いたような気がする。


「どうしたんだ?俺に何か用か?」
「そうなの、エースちゃんにちょっとお願いがあってね。」


近寄っていけば、優しく手を引かれる。
連れて行かれた先は、今は使われていない部屋。
なんでまたこんなところに?なんて疑問に思っていれば……その部屋の中から飯の匂いがして。

部屋の中に入れば、案の定そこには美味そうな飯があった。

握り飯に味噌汁。
何かの煮物に、卵焼き。

だらり、と溢れそうになった涎を慌てて拭う。
そんな俺を見ながら、おふくろは笑って言った。


「実はねぇ、久々にお料理をしてみたんだけど……自信が無くて、味見してくれる人を探してたの。」
「……これ、おふくろが作ったのか?」
「えぇ、私の故郷の味付けなの。……それでね?よければエースちゃんが味見してくれないかしら?」
「お、俺が!?食っていいのか!?」
「もちろん。…ただし、他の人には内緒にしてちょうだいね?」


バレちゃうと恥ずかしいから、ね?
なんて、まるで悪戯を企む子供の様に、おふくろが笑う。
コクコクと何度も頷けば、グルルルルとまた腹が鳴った。

おふくろに促され、席に着く。
目の前の飯にかぶりつきそうになるが……。
一度思いとどまって、手を合わせて「いただきます。」と言えば、おふくろは一瞬キョトンとしたあと…。
「召し上がれ。」と笑ってくれた。

パクリ、と握り飯を口に頬張れば、ふっくらとした飯と塩気(中身はオカカだった。)。
一度口に入れちまえば、もう後はノンストップで。
バクバクと必死に頬張る俺に、おふくろは只々嬉しそうに微笑んでいた。


「エースちゃん、美味しい?」
「んぐっ!!すっげぇ美味い!!」
「ふふっ、お口に合ったようで良かったわぁ。」


……本当はわかってんだ。
味見をする人間を探してた、なんて嘘で。
本当は俺の為に作ってくれたこと。

おふくろは、そういう人なんだ。





おふくろは、いつだって優しい。

親父はまるで道しるべの様な人だと思った。
強くて、博識で、器がデカくて、いつも俺たちを導いてくれる。
……実の親父からの対抗心か、白ひげのことを「親父」と呼ぶのに抵抗はなかったし、むしろ誇らしくも思った。

だけど、俺は初め……おふくろのことを「おふくろ」と呼ばなかった。
……呼べなかった、ってのが正しいけど。

親父が道しるべのような人なら……おふくろは陽だまりの様な人だと思った。
いつでも優しくて、温かく俺を迎えてくれて……。
ダダンとは真逆の「女性」。


「母親」なんて存在を知らない俺は、無条件に優しくしてくれるその人の事を「おふくろ」と呼べなかった。


呼ぼうとすれば、胸がむずがゆくなって……。
なんだか照れくさくなって、ちゃんと、呼べなかった。
そんな俺でも……おふくろは何時だってニコニコと笑って温かく受け入れてくれた。

……それが、いつだったか。
俺がおふくろを「なぁ、あんた。」呼ぼうとした時のこと。



なにを思ったか、口からでたのは「なぁ、母ちゃん。」で。



しかも人が集まる食堂。
一瞬静まり返ったそこは、次の瞬間爆笑に包まれた。
恥ずかしさから顔を真っ赤にして「うるせぇよテメェら!!」と怒鳴る俺が見たのは……。


心から、嬉しそうに笑うおふくろの顔で。


コトリ、と。
何かが胸に落ちた。

あぁ、この人は「母ちゃん」なんだ、と。
俺の「おふくろ」なんだと。
その時初めてちゃんと理解して納得して。

それから俺は、自然と「おふくろ」と呼べるようになった。





「ぷはぁ!あー美味かった!!ごちそうさまでした!」
「ふふっ、お粗末様でした。たくさん食べたわねぇエースちゃん。」
「ははっ!でもまだ入るぞ!おふくろの料理すっげぇ美味いから!」
「まぁ。ありがとうね。」


そう言って笑うおふくろが、フと眼を細めて俺を見た。
……優しい栗色の瞳。
その眼に見られたら……なんだか、にへっと勝手に顔が緩みそうになる。


「エースちゃんは育ちざかりなのねぇ。」
「んー、この歳でも育ちざかりって言うのか?」
「私からみればまだまだ育ちざかりですよ。」


でもね、エースちゃん。
と続けられた言葉に俺は少しだけ姿勢を正した。


「厨房の食料をサッちゃんに内緒で勝手に食べちゃうのは駄目よ?」
「……ゴメンナサイ。」
「でも、お腹が減っちゃうのは仕方ないもの。」
「ん……。」
「じゃあ、お腹がすいたらお魚を獲りましょうね。」
「へ?」
「だからね……。」


おふくろから言われたのは、ごく単純な解決方法だった。

食事時以外に腹が減れば、釣りをして魚をゲットする。
……そうすれば、おふくろが料理してくれると。
つまりはそう言うことで。


「い、いいのか?でもおふくろ大変になるんじゃ……。」
「ふふ、可愛い息子の為だもの。これくらい苦じゃありませんよ。」


たまにはお料理もしないと腕が鈍っちゃうものね。
なんて笑うおふくろ。

……嗚呼、もう。


おふくろはいつだって温かくて優しくて……。

親父と同じ、途方もない愛情で包んでくれる。


「……おふくろ。」
「なぁに?エースちゃん?」
「……ありがとう。」
「……ふふ、どういたしまして。」


俺は、この人が大好きだっ!















(おふくろー…末っ子を甘やかすの止めてくれよぉ。)
(あらあら?何のこと?)
(ったく……。エースてめぇもだ!ちゃっかりおふくろの飯食いやがって!俺だって滅多に喰えねぇんだぞ!)
(お、おれはなな何も食ってねぇもん。)
(嘘下手だなお前っ!!あーもうサッチさん拗ねちゃうからな!)
(ふふ、ごめんなさいねサッちゃん。そうだわ、今度おはぎでも作りましょうか。)
(……きなこのヤツがいい。)
(はいはい、それも一緒に作りましょうねぇ。)


(サッチの奴なに小躍りしてんだよい。)
(さぁ?大方おふくろに甘やかされたんだろう。)
(……だろうねい。)


おにぎり END

2015/04/04



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ゆめうつつ