だいじな人


「は!?なんだとてめぇ!」
「なんだよやるってのか?あぁん!?」


今日も今日とて賑わしいモビーの甲板。
普通の者には震えあがるほど恐ろしい白ひげ海賊団の船員たちの喧嘩。
それも彼女……ナマエには微笑ましいもので。

もうすぐ冬島に着くのだろう。
チラリと雪がちらつく空を見上げながら、喧嘩をしている船員たちの横を通り過ぎようとした時だった。


「いい加減にしろよてめぇ!!」
「そっちこそ大概にしやがれ……。」


ドン

なんて、体を襲った衝撃。
一人の船員がもう一人の船員を突き飛ばした際、後ろにいたナマエに気付かなかったようで。

ふわり、と船から押し出された身体。


「「あ……っ!!」」
「あら?」
「お……!!」
「おふくろっ!!」


ナマエが見たのは冷たそうな海面と……顔を真っ青にした二人の船員。
2人が慌てて手を伸ばすも……時すでに遅し。

バシャン、と水飛沫が上がった。


「馬鹿野郎!!何やってんだ!!」
「な、ナミュール隊長!!」
「おふくろが!おふくろがっ!!」


丁度通りがかったナミュールがすぐさま海へと飛び込む。
冷たい氷水の様な海水が肌を刺す。
人間であればショック死してもおかしくない冷たさだ。
それを免れたとしても……この冷たさで体が固まり泳げたものじゃない。

水中を見やれば、ゴボリ、と息を零しながら沈んでいくナマエの姿。
慌ててその身体を抱え上げ、海面へと顔を出す。


「おふくろ!おふくろしっかりしろよ!!」
「げほっ……ナミュール、ちゃん……?」
「おい!!早くロープ降ろせ!!」
「「へ、へい!!」」


ナミュールに抱えられ、甲板へと戻る。
多くの船員が心配そうにナマエを覗き込んでいるのが見えて……。
それと共に聞こえる怒号。

―――早く船医を……
―――すまねぇ!すまねぇおふくろぉ!!…
―――馬鹿野郎何やってる!ナースたちを……

ゆっくりと、意識に反して瞼が閉じていく。
最後に見たのは……可愛い息子たちの泣きそうな表情だった。










だいじな人










「最っ低。何考えてるのかしら。」
「ミジンコからやり直した方が良いんじゃない?」
「ありえないわ。」
「本当に最低ね。」


暖かい部屋の中。
温かなベッドで毛布に包まれているのは、苦く笑っているナマエだった。
どうにか一命を取り留めたのものの、極寒の海の寒さに風邪をひいてしまったらしい。
山場は越えたが、まだ熱があるためベッドから降りられない状況だ。

そんなナマエの前には…土下座して泣いている船員二人。
いう間でもなく、不慮にてナマエを突き落したあの二人だった。

泣きながら何度も謝る船員に、冷たい……この海より冷たい視線を送っているのは他でもないナースたちで。
彼女らの言葉は時にどんな武器よりも鋭利に心を斬り裂くのだ。


「ナースちゃんたちもその辺にしてあげてちょうだいな。……あなたたちも、いつまでも泣いてちゃ駄目よ?」
「おぶぐろ…っひっぐ…ぼんどうにずばねぇ!!」
「おで…っおで!おぶぐろを殺じぢまうどごろだっだ……っ!!」
「もういいのよ。こうして無事だったんだし……。」
「お母さん!!」
「無事なわけないでしょう!?高熱だして一時は生死をさまよったのよ!?」


憤怒するナースたちの表情がナマエに向けられるも、それが心配から来るものだと解っているナマエは苦笑するだけだ。

実際、ナースたちの怒りもわからないでもない。
自分たちの慕う母親が真っ青な顔をして体温を無くし、目を覚まさず……。
必死に温めたかと思ったら高熱を出して生死をさまよった。

もしかすると、亡くすかもしれない。なんて。
それはどんなに恐ろしい事だっただろう。


「でも、ナースちゃんや船医ちゃんのおかげでこうして無事だったんだもの。」
「……お母さんは甘いわ。」
「ふふ……。それに、この子達もわざとじゃなかったんですもの。」
「当たり前よ!もしワザとだったら殺してやるところだわ!!」


冗談、とはいえないナースたちの気迫。
更に縮こまる船員二人の頭に落ちたのは……

ゴッ
という鈍い鉄拳だった。


「「い゛っ!?」」
「グラララ……。てめぇら、いつまでもくよくよしてんじゃねぇ。」
「親父……。」
「これでチャラだ。あとは各自隊長たちの命令に従うんだなぁ。」
「お父さんも大概甘いわ……。」
「グラララ。コイツがもう良いって言ってんだ、酌んでやれ。」
「……はい。」
「さぁ、そろそろコイツを寝かせてやりてぇんだが……。」
「わかったわ。……ほら!さっさと外にでるわよ!男共!」


そうやって薄く笑った白ひげ、エドワード・ニューゲート。
ナマエの傍らで……むしろナマエが白ひげの傍らで抱え込まれるようにしているのだが。

この一件、誰よりも肝を冷やしたのはこの男で。

ナースたちと船員がでていき……一気に静かになった部屋。
笑みを浮かべていたニューゲートの表情が……いつのまにかムスリとしたものに変わっていて。
息子や娘たちの前だからと気丈に振舞っていたらしいことがバレバレで。
ソレを見てクスクスと笑うのはナマエだった。


「ふふ……私なら大丈夫ですよ、あなた。」
「……熱がでてんのに何が大丈夫だアホンダラぁ。」


ナマエを抱え直し、自分の身体の上に乗せる白ひげ。
一見、怒っているような表情の中に……泣きそうな表情を見つけて苦笑してしまう。

まったく“世界最強”といわれる男が何に怯えているのか。


「あら、心配してくださるんですか?」
「当たり前だ。……辛ぇか?」
「いいえ。あなたがこうして傍にいてくださいますし……たまには風邪も引いてみるのもですねえ。」
「……グラララ!馬鹿野郎、こっちの身がもたねぇよ。」


ナマエの冗談に、ニューゲートもようやく心から小さく笑った。
そんなニューゲートを見て、微笑むナマエ。


「あなた。」
「ん?」
「私は簡単に死んだりしませんよ。」
「……。」
「ただでさえやんちゃな子供たちがいるのに……こんな大きくて子供みたいな人もいるんだもの。」
「グラララ……女から見りゃあ男は皆ガキみてぇなもんだろう。」
「ふふ……だからこそですよ。」


身体がつらいだろうに、ゆっくりと体を起こしニューゲートの顔へと近づくナマエ。


「あなたを残して死んだりできませんよ。」
「……グララ、なら安心だなぁ。」


嬉しそうに笑うニューゲートの頬に、軽いキスを落とす。
それすらも擽ったそうに笑うニューゲートに、ナマエも思わず笑った。


「おいおい、俺に風邪を移す気か?」
「風邪なんて引いたことないでしょう?お嫌でしたらもうしませんよ。」
「馬鹿言え。」


嫌なわけねぇだろう。
そういって、ナマエの額にキスを返すニューゲート。

ほわり、と心が温かくなって……。
ナマエの瞼が閉じていく。


「……もう寝ろ。」
「えぇ……。」
「寝て、早く元気になりやがれ。」


おめぇの苦しそうな顔なんて見たくねぇんだよ。

ニューゲートの温かい腕のなか。
そんな言葉を最後に、ナマエは眼を閉じた。















(……どうしよう、めっちゃ入り辛いんだけどこの雰囲気。)
(せっかく見舞いにきたのになぁ)
(まぁおふくろも回復したみたいで良かったじゃねぇかよい。)
(でもなんだ、この見ちゃいけねぇものを見ちゃった感は。)
(何だ何だ?おふくろ寝ちまったのか??)
(ばっ!!静かにしろエース!)

(おい、てめぇら。)
((びくっ!!))
(やぁっと寝たんだ。静かにしやがれ。)
(は、はーい。)
(……流石親父、気付いてたのかよい。)

心配性の息子約1600人


だいじな人 END

2015/04/08



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ゆめうつつ