08


なんだか今日は朝からボーっとする。

椅子に座って、テーブルに広げた新聞をそのままに宙を見ていれば……。
隣に小さな気配。

どうやら朝からどこかへ出かけていたマルコが帰ってきていたらしい。
(それすら気づかないとは……。)


「ナマエ……?」
「んー?」
「なんか…調子悪そうだよい。」


大丈夫?
なんてマルコが心配そうに私を見上げている。
(嗚呼可愛いなぁ)

そんなマルコにへらりと笑って見せれば、少し気分が落ち着いた。


「まだ頭が寝てるのかもねー。」
「眠いのかよい?」
「んー、ちょっとボーっとしてるだけだから。心配しなくても大丈夫だよ。」


心配してくれた可愛いマルコの頭をよしよしと撫でて、ふぅと小さく息を吐く。

さて、これからご飯の用意に洗濯……掃除はマルコに任せてるから買い出しに…。
なんて考えながら立ち上がった時だった。

ぐにゃり、と歪んだ視界。

あれ?なんて思う暇もなく。
脳が揺れる、視界がまわる。
ガタン!と音を立てて倒れたのは……自分の身体。


「ナマエっ!!」


最後に視界に入ったのは、顔を真っ青にして泣きそうな表情をしたマルコだった。










08










熱い、寒い。
その奇妙な感覚にゾクリと嫌な悪寒が走る。
フッと意識が戻って、ゆっくりと目を開ければ……見慣れた天井。

…あぁ、ここ、私の部屋だ。

身体がふわふわ浮いているような感覚。
体の表面は酷く熱いのに……体の内側はすごく寒いと感じる。

……熱、でちゃったか。
と思いつくのは至極当然なことで。

あー…マズイ。
体を起こすことすらできない。


「……久しぶり、だなぁ……。」


熱を出して倒れるなんて。
「現代」に居た頃は一年に一度はこうやって高熱をだしていたものだ。
ところが「HH」の世界に行ってからは一度とて熱を出したことはなかった。
(流石チート級の化け物)
それがまた「OP」の世界で熱をだそうとは……。

さて、どうしようかなぁ。
と汗で張り付いた前髪を書き上げた時だった。

キィ、と小さな音を立てて開いたのは私の部屋のドアで。
そちらへ振り向けば……水の入ったコップを持ったマルコの姿。


「……マルコ?」
「……っナマエ!!」


起きた私の姿を見た瞬間。
じわり、とその眼に涙を浮かべて突進してきた。
(ぐっ…ちょ、マルコ君、そこ、みぞおち……。)

グスグスと鼻をすする音に漏れだす嗚咽。
バッと私に向ってあげた顔は、涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃだった。


「ま、マルコ?」
「ナマエっ!!よがっだ!ナマエが眼を覚まじだよい゛っ!!」


うわぁあああん゛!!
と、声を上げて泣いたマルコに、私は軽く焦っていた。
どっどうしてマルコがこんなに泣いてるの!?
何!?何があったんだ!!

とりあえず泣き続けるマルコの背中を優しく撫でて落ち着かせる。
何があったにしろ、マルコから話を聞かなきゃ始まらない。

ポンポンと一定のリズムで優しく撫でていれば……。
少しずつ小さくなってきたマルコの泣き声。
まだ嗚咽は残っているものの、どうやら落ち着いたらしい。


「マルコ、一体どうしたの?」
「ナマエが……っ。」
「私?」
「ナマエが…っ死んじゃうかと思った!!」


急に倒れて。
物凄く熱くて。
いくら呼んでも起きなくて。
このまま目を覚まさないんじゃなかって……。


「良かった…!!」
「マルコ…。」
「ナマエがちゃんと起きた!よかったよい!」


ぎゅうと抱きしめてくるマルコ。
改めて自分の状況を見てみれば、どれだけマルコが心配してくれたかがわかった。

リビングで倒れた私をベッドまで運んで。
額に乗った冷たいタオルはこまめに変えてくれていた証拠だ。
枕は氷枕になっているし、ベッドのサイドボードの上には山積みになった薬。
(きっと薬局でかき集めてきたのだろう)


「ナマエ…っ死んじゃ嫌だよい!」
「マルコ。」
「ナマエが死んだら俺も死ぬっ!!」


だから死んじゃやだ!!

……そりゃ、怖かっただろう。
唯一頼りにしてる大人が倒れたんだ。
9歳の子供が、むしろここまで冷静に対処できたことは素直にスゴイと思う。


「……私は死んだりしないよ。」
「ほ、本当に?」
「もちろん。…マルコを守るって約束したんだから。」


簡単に死んだりしないよ。
そう言って笑って見せれば……目に見えてホッと息を吐いたマルコ。
その眼には再びジワリと涙が浮かんでいて。

嗚呼、本当に心配をかけてしまったのだと苦い気持ちになった。

さぁ、マルコの為にすぐにでも良くならないと。


「大丈夫。こんな熱すぐ治っちゃうよ。」
「でも……。」
「“絶対服従命令”……“治癒”。」


淡い光が私を包む。
消えていく悪寒。
下がっていく熱。
クリアになる思考。

少しすれば、もうすっかり元通りな私がいる訳で。
(嗚呼、念能力様様だなぁ)

ほら治った!と笑えば、マルコはキョトンとした表情を浮かべた後。
にへり、と笑った。


「……良かった…。」
「ふふ、心配かけてごめんね。」
「ほんとだよいっ!今日は動くの禁止だよい!」
「えー?もう平気だよー?」
「だめっ!!」


びしっ!と私に指を突きつけるマルコ。
小さな彼は今度は怒っているようで。

ころころと変わる表情に思わず笑ってしまうそうになる。
(ダメダメ、きっともっと怒っちゃうから。)


「でもご飯作らなきゃ……。」
「俺が作るよいっ!」
「…じゃあ、洗濯物を……。」
「俺がするっ!!」
「……買い出し…。」
「俺が行くからナマエは動いちゃダメだよいっ!」


……どうやら完治した私は今日一日ベッドから降りられないらしい。

ちょっとマルコのことは心配だけど…。
たまの休日だと思ってゆっくりさせてもらおう。


「…ごめんね。ありがとう、マルコ。」
「へへっ…。あと…その……。」
「?」


もじもじと、何やら言い辛そうにしながらも頬を赤く染めているマルコ。
一体どうしたのかと首を傾げれば……大きな瞳と視線がぶつかる。

マルコの……綺麗な深緑がかった青い目。


「ナマエは、体調が悪いから……っ!」
「いや、もう治っ……。」
「悪いよい!!」
「はい…。」
「だ、だから……!」
「?」
「き、今日は俺が一緒に寝てやるよいっ!!」


どうだ、言ってやったぞ、と言わんばかりの赤い顔。

……あぁ、なるほど。
心細くなったから一緒に寝たくなったのか。

この家に越してきてから、マルコとは別々に眠っていた。
(一人で寝られるよいっ!ってマルコが言ったからなんだけど。)

どうしよう……嬉しくて、微笑ましくて。

可愛くて仕方ない。


「……ありがとう、マルコ。じゃあお願いしようかな!」
「よいっ!!」


パァと輝いた表情に、顔がほほ笑むのを止められない。
がばりと抱き込めば、くすぐったそうにキャッキャと笑うマルコ。

……心配かけてごめんね。
そんな思いを込めて、マルコを強く抱きしめた。















(ベッド横のサイドボード)
(山積みになった薬の陰に)
(一輪の赤いカーネーション)


08 END

2015/04/05


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ゆめうつつ