07


今日は、マルコを連れて久々に街に出た。
相変わらずの治安の悪さ。
私たちが住む村のはずれから、この街の治安がマシな方まで行くためには必ず通らなければならない所がある。

……この街で最も治安の悪いスラム街の中のスラム街を。

表通りはまだマシだ。
しかし、少しでも裏道へ入ってしまえば……死体とゴロツキが転がっている。
異臭を放つそこを……マルコの手を引いて歩く。


「ナマエ!町に行ったら何買うんだよい!」
「んー…調味料の類がなくなってきたからなぁ、補充しないと。」
「俺、本屋にいきたい。」
「そうそう、新しい本入荷してるといいねー。」
「楽しみだよい!」


8歳になったマルコはもうすっかり本の虫だ。
ある程度、修行で力も身について……精神的にも余裕が出てきたのだろう。
最近はさらに幅広いジャンルの本を読むようになった。
もう本屋にある本は全部読みつくしちゃったもんなーなんて考えていれば……。


「!…ナマエ、あぶないよい。」
「あ……。ありがとう、マルコ。」


ふらりと近寄ってきた人間とぶつからない様に腕を引っ張ってくれた。
ニコリと笑ってお礼を言えば、マルコも私を見上げてにししと笑う。

……ここは治安の悪いスラム街。
ただ、マルコも小さくなって怯えているわけではない。

……そう、マルコは大人だって怯えること場所を平然と歩いているのだ。

度胸がある……というレベルではないのだろう。
生まれてから今まで生きてきた経験と……。
後は、私と修行しているからある程度相手の力量が解るのだと思う。

つまり、この街の人間はマルコにとって「怖い」と思える存在ではないのだ。

……まぁ、この歳で野生の狼狩ってくるぐらいだもんなぁ……。
街のチンピラなんて怖くないか。
なんてマルコを見守りながら足を進めていた時だった。


「よォ、ねえちゃん……金おいてけや……。」


現れたのは危ない目をした小汚い男。
その手にはギラリと光る血濡れたナイフ。
あぁもう……何もマルコと一緒の時に絡まれなくても良いじゃないかとため息を吐いた時だった。
グッと強く握られた手に、マルコを見やれば……。

眉を顰め、酷く嫌悪した顔で男を睨み付けるマルコ。
まるで「うぜぇ」と聞こえてきそうな表情に、軽く固まってしまう。

あー、マルコくん?
さっきまでのニコニコと照れた可愛らしいお顔はどこいったの?


……お姉ちゃん君のそんな凶悪な顔初めて見たんだけど。










07










「へへっ……ガキ殺されたくなけりゃ、金よこせよ、なぁ?」
「……。」


男が何か言ってナイフをちらつかせているが……。
私にとっちゃそれどころじゃない。

ちょ、あの、マルコ。
君本当にどうしたのさ。

さっきまでのほわほわした笑顔は何処へやら。
眉を顰め、男を睨み付けるその顔は……原作でよく見ていた大人のマルコを彷彿とさせた。
うん、間違いない、確実にこの子はあのマルコさんだわ。

私の天使の思わぬ表情に内心驚いていれば……マルコが私を見上げた。
……先ほどとは180度違う、にへりと笑った顔で。


「ナマエ、俺がやってもいい?」
「え、……え?」
「俺が、アレの相手してもいいかよい?」


アレ、と言って指さしたのは目の前でナイフをちらつかせる男。

……あ、あれ?ちょっと待ってホントに。
あの、マルコ君や。
君って他人に対してそんなキャラだったの?

相手を男をチラリと見やれば……風貌こそゴロツキといったものだが、力は大したものじゃない。
無論、一般人からすれば多少の力はあるのだろうけれど……。

修行をつけてきたマルコがこの程度に負けるとは思わなかった。


「……いいよ。やってみる?」
「よいっ!」
「ただし、危なくなったら加勢するからね?」
「いらない!俺一人で充分だよい!」


ニィ、と笑って、自信満々に男の前へと足を踏み出したマルコ。

……なんだか今の表情もちょっと凶悪だったぞ。
大人マルコの凶悪な顔がダブりましたよえぇ。


「なんだぁ?チビ、殺されてぇか?ああ?」


男の下卑た笑みと挑発。
それでもマルコは反応せず……その男を無表情に見つめていて。

にぃ、と口元を歪めて笑う。


「……知ってるかよい?」
「あん?」
「“弱い奴ほどよく吠える”っていうんだよい。」


その鳥頭にしっかり刻み込んどけ。と、そう言い放ったマルコ。
そんなマルコの言葉に、男はまんまと乗せられ。

ナイフを振りかざし、マルコへと切りかかる。


「黙れクソガキ!!死ね!!」
「……っよい。」


上から下へ切り付けるように振り下ろされたソレを、一歩下がって避ける。

かなりの大振りだったため、男の体制が少し崩れたところで、マルコが男の顔を足蹴にした。
真正面からのクリーンヒット。
まぁ、子供の体重だから威力は知れているけれど、鼻っ柱が曲がる程度にはダメージを受けたらしい。

「ぐはっ!」なんて後ろへ数歩よろける男。

……なんだ、思ったよりも弱いのかもしれない。
挑発に乗ってあんな疎かな攻撃をするなんて。
それはマルコも感じているのか、こんなもんかと言わんばかりの表情だ。


「てめぇ……っ!」
「……本当に口だけかよい。」
「殺す!絶対殺す!!」


確実に仕留めるために、マルコを捕えようと伸ばされた手。
だけど、そんな手に捕えられるほどマルコは鈍間ではない。
男の手を躱し、今度は懐に潜り込む。

突き上げるようにして男の鳩尾をドッ、と的確に突いた小さな拳。

…小さいと言っても、狼を仕留めたり…。
武器持ちなら大木をなぎ倒すほどの力だ。
一瞬辺りに鈍い音が響いた。

これは……そうとう痛かっただろう。
男の顔が見る間に真っ青に染まり、胃液を吐き出す。
その嘔吐物を被らない様に、マルコは男の足の間からツイッと非難した。
そのまま男の背後から屈んだその背に乗る。

チラリとこちらを見た表情は何処か誇らしげだ。


「ナマエっ!みてるかよいっ!」
「見てる見てる。強くなったねー、マルコ。」
「へへっ!森の狼共に比べたら全然弱いよい!」


にしし、と笑みを浮かべるその表情は本当に嬉しそうで。
褒めれば、余程嬉しかったのだろう。

一瞬緩んだ気配を男が見逃すはずがない。


「このガキャア!!」
「い゛っ!!」


男はマルコの足を掴み、力任せに壁へと投げた。
小さな体が古い壁に叩きつけられ、ドゴン、と脆くも崩れる。

ガラガラと崩れ落ちた瓦礫の下に見えるのは、マルコの足。


「ハァ…ハァ……っ何なんだあのガキ…っ!!」
「強いでしょう?私の自慢の家族ですから。」
「…っ何平然としてやがる!ガキがやられたんだぞ!次はてめぇの番だ!」


マルコの与えたダメージが効いてるのだろう。
満身創痍、とまではいかないが、見た目ボロボロになっている男へ視線を向ける。

……この人は何を勘違いしているのだろう?


「あの、すいません。」
「ぁあ!?今更謝っても遅ぇ……」
「いや、そういう意味じゃなくて。……あの子、まだやられてませんけど。」
「瓦礫の下敷きになって生きてるガキがいるかよ!!」


ふざけんのも大概にしやがれ!!
と、男に胸ぐらをつかまれる。

その時だった。

ガラガラ、と再び瓦礫の音。
その音にビクリと体を震わせ、男がゆっくりとそちらへ振り向く。
カランと積み重なった瓦礫の上に、小さな影。

……無論、それは他の誰でもないマルコで。

瓦礫の中から脱出したその姿は砂埃でいっぱいだ。
顔をぶつけたのか、流れている鼻血を手の甲で拭いながらも、その眼は男を見据えていた。


「そ、んな……嘘だろ、なんで生きて……。」
「だから言ったじゃないですか。やられてませんよ、って。」
「だ、黙れ!黙れ黙れ!!」


男の気持ちも解らないでもない。
10歳にも満たない子供が、自分の想像を超える程強いのだ。
絶対に勝てると踏んで売ってきた喧嘩。
それがこんな子供にすら勝てないとなれば……自棄になりたくもなるだろう。


「なら……ってめぇからだ!!女から殺してやる!!」


頭の中が矛盾だらけでパニックになっているのだろう。
私の胸ぐらをつかむ手に力を籠めはじめた男。

その瞬間、ぶわり、と広がった殺気。

冷たくも燃えるようにジリジリと焼け付くような……拙い殺気はマルコから放たれていて。
無表情にも見えるその顔は、酷く激怒していることが解った。


「触るな。」
「あ!?」


マルコの姿がゆらりと揺らめいて。
ドン、と瓦礫を蹴ったかと思えば、男のすぐ真横まで迫っている。
男の目に浮かんだのは「恐怖」。

……あぁ、勝負はついた。


「その人に触るなよい!!」
「ガッ……っ!?」


ズドン、と、嫌な音が響いた。

気が付けば流れるような動作でマルコが男の顔に蹴りを入れていて……。
その威力は最初の蹴りの比ではない。
まるで男の顔がべコリと凹んだんじゃないかと思うほど。

マルコの、本気の蹴り。

ズズン、と重い音を響かせて倒れ込んだ男。
流石に意識は無いようで、白目をむいて気絶している。


「……ナマエに触ったバツだよい。」


絶対零度の冷たい視線で男を見下すマルコ。

……なんだかお姉ちゃん今日はマルコの凶悪な面をたくさん見た気がするよ……。
男の子って、家族の知らない所で成長してるんだなぁ……(遠い眼)

10歳に満たない男の子がやったとは思えないエグイ光景。
……私、マルコの将来が楽しみダナー……。


「ナマエっ!怪我ないかよい!?」
「だ、大丈夫大丈夫。胸ぐら掴まれただけだったし……それよりも、マルコこそ大丈夫?」


大きな怪我はなさそうだが、服は汚れて所々破れ。
鼻血だけでなく、どうやら口の端も斬ってしまっていたらしい。
叩きつけられたときのものだろう、腕も多少なりと変色が見られた。


「これくらいなんともないよい。」
「んー…でも腕は湿布貼っておこうね。口も斬ってるみたいだけど……。」
「へいき!それよりも……。」


俺、強かった?
と、目を輝かせて私を見上げるマルコは、もう凶悪な顔なんてしてなくて。
いつもの見慣れたマルコに、思わずフッと笑みが漏れだした。


「……途中油断しちゃったのはいただけません。」
「う……。」
「でも、すっごく強くなってるよ。」
「ほ、ほんと!?」
「うん!」


私との修行、森での野生動物たちとの戦闘。
そして、どうやら最近はこのスラム街でも色々やらかしているらしく。
マルコには、相当の力がついてきてるのが今回まじまじと実感した。
強くなっていると言われて嬉しいのか、両手を突き上げ「やったよい!」と喜ぶマルコ。

それに……最後、私が胸ぐらをつかまれた時。
多分、マルコは私を守ろうとしてくれたのだろう。


「マルコ。」
「よい?」
「守ってくれてありがとうね。」
「!」


小さな頭を軽く撫でて、可愛らしいおでこに軽くキス。

数秒後、ボンと顔を真っ赤にさせたマルコに、私は笑った。















(ナマエっ!?)
(あはは!マルコ可愛いーっ!)
(わ、笑うのだめだよい!!)


07 END

〜2015/04/01


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ゆめうつつ