10


「ナマエっ!逃げろよい!」
「……。」


平凡な日常は、突如崩れた。
嗚呼、やっぱりあの時の予感は当たっていたんだ、なんて頭の片隅で思う。


目の前には燃える街並み。
あの店先に倒れているのは……仲良くなった本屋の店主。
悲鳴と業火が辺りを満たす。
下卑た笑いを浮かべる海賊が踏みつけた足の下には……

意気揚々と街へ繰り出していたはずの愛しい子。


「ナマエっ!!」
「ぎゃはは!まぁだ女が残ってやがったかぁ……。」


海賊に踏みつけられ、血まみれになったマルコの姿。
その光景に、ピタリと行動を止めた。

ぴりぴりと指先が痺れる。
頭の中にある……太い縄が

ミシリ
ミシミシ
ブツッ

と、音を立てて静かに捩じ切れていく。
血に伏せたマルコを、目を見開いて見つめたまま……。
動かない私にマルコが叫ぶ。


「ナマエ……っ!はやく、速く逃げろ!!」
「あー、うるせぇなっ!!」
「ぐ、あ゛……っ!!」


ドスリ、と。
海賊の刃がマルコの手に突き刺さる。
その瞬間。

ブツン

と、大きな音を立て頭の中にある緒がキレた。


それは、平穏の終わる音だった。









10










頭の中で何かがはじけた瞬間。
私は考えるよりも体が先に行動を起こしていた。

まず。

マルコを踏みつけていた男へと瞬時に近づき、その身体を薙ぎ払う。
いとも簡単に吹っ飛んだ男は……燃え盛る家の壁に激突した衝撃で首があらぬ方向へと折れ曲がっていた。


…考えるまでも無い、絶命したのだ。


シン、とその場が静まる。
倒れ込んだままポカンと私を見上げるマルコを抱き起して。
手の甲へと突き刺されたナイフを抜き取り、「絶対服従命令」で「治療」した。
瞬間的に直ってしまった傷跡に、残った海賊たちの間に動揺が走る。

ゆっくりと立ち上がり、マルコを背にその海賊たちへと向き直る。
びくり、と体を揺らして強張ったのは一人や二人ではなかった。


「……ナマエ…?」
「大丈夫だよマルコ。」


貴方は私が守るから。
マルコへと振り返り、笑う。

そんな私を見て驚いたように目を丸くさせたマルコを後目に……海賊たちへと一歩足を踏み出した。


「て、てめぇ……っ!仲間になにしやがった!!」
「くそっ!!仲間の仇だ!!」


武器を手にいきり立つ海賊たち。

……群れないと何もできない烏合の衆。
こんな奴らが……決して手を出してはいけないものに手を出した。

私の、大事な大事なマルコに。


「仲間……ね。そんなに仲間が大事?」
「貴様……っ!!」


先ほど絶命した男の方へと手をかざす。
念を練る。

許しがたい罪を犯した愚かな者に、絶対的な絶望の罰を。


「それなら、もう一度“仲間”にさせてあげるよ。」


首が圧し折れた男に向って、念を向ける。
私は今にこりと笑えているのだろうか?

強張った男達に見向きもせず、その死体へと顔を向けた。



「『私の可愛い兵隊さん(マイ・マリオネット)』。」



私の念が、絶命した男に絡みつく。
ぴくり、と動いたその指先に、息をのんだのは誰だったか。



「殺して、殺して、仲間を増やせ。」



男の死体は、ゆっくりと立ち上がる。
首があらぬ方向へと圧し折れたまま……のそりと。
瞳孔が開き、濁った眼に……光は、ない。


『私の可愛い兵隊さん(マイ・マリオネット)』は……。
死体を操る能力……いわば、ゾンビを生み出す能力だ。


ゾンビとして動き始めた死体が誰かを殺せば……その死体も私の忠実なゾンビとなる。
……ゾンビが殺せば殺すほど、鼠算式に私の“兵隊”が増えるのだ。
ゾンビたちは生きている人間に攻撃を加える……襲う相手に敵も味方も無い。
襲われないのは発動者と発動者に触れている人間だけだ。
発動の終了は……私の能力にかかって一時間後に自動的に切れるか、私が能力を解いたとき。
……もしくは、ゾンビ達から一定の範囲内に生きた人間が居なくなった時だ。


「しっ、死体が動いて……っ!!」
「仲間でしょ?受け入れてあげたら?」
「な、何しやがったんだてめぇ!!」
「だから。……もう一度仲間にさせてあげるって言ったでしょ?」


にこりと笑んで、マルコを抱き寄せる。
ビクリと大袈裟なまでに揺れた肩には気付かないふりをして。


「や、やめろ!やめてくr……ぎゃあああああ!!」
「おい!!」
「そんな……っコイツまでゾンビに……グ、ガっ!!」
「あ、あぁぁ、あぁぁあああ…っ!」


ゾンビが人間を殺し、またゾンビとなる。
殺し殺され、どんどん増えていく動く死体の“兵隊”たち。


嗚呼、なんて滑稽で安っぽいB級映画。


しかし、それを実体験している人間にとっては恐怖でしかない。
……ゾンビとなった仲間に襲われるなど……どれほどの絶望だろう。
男たちの悲鳴が響き渡り、死臭が鼻を突く。

目の前で繰り広げられる惨劇と血の匂い。
人間の焼ける匂いに「うぷっ」と、マルコが口を覆った。
その顔色は真っ青だ。


「あぁ、ごめんね?大丈夫?吐きそう?」
「う、ぐっ……!」
「吐いて。その方が楽になるから。」


その背をさすり、吐かせる。
……幼い少年には……この光景はキツいだろう。

此処にはいない方が良いかもしれないな、とマルコを抱き上げた。
(嗚呼、大きくなったなぁ。)


「ナマエ……っ。」
「家に戻ろっか。横になった方が良いみたいだから。」


心底気持ち悪そうに顔を顰めるマルコに、笑って見せた。
……ちゃんと笑えているか、わからないけれど。

ポンポンとその背を撫でて安心させる。
チラリと背後を見やれば……未だ動き続ける死体たち。

街の方は海賊の所為でもともと全滅状態だった。
例え生きている島民が居たとしても、助ける義理はないと前へと向き直る。

……HHの頃の名残なのかもしれない。
仲間さえ、家族さえ……マルコさえ無事なら、それで良いという考えは。
こんな私の考えは歪んでいるのだろう。
……これでも、自覚はしているつもりだ。

嗚呼、マルコにこの能力をみせるつもりはなかったのに。
ついキレてしまった。
残酷な最後をと考えて……マルコの前で安易に能力を使った事に、少しだけ後悔。


「……マルコ。」
「っ。」


声を掛ければビクリと強張る身体。
本当に、怖がらせてしまった。
……トラウマに、なってしまうだろうか?


マルコが私を拒絶すれば……どこか安全な島に連れて行って、傍を離れよう。


生きる術はすべて教えてきたつもりだし、マルコなら……立派に生きて行けるはずだ。
私は……遠くからマルコを見守れば良い。
白ひげの所へ行くまで、影からマルコを守れば良い。
(ははっ、まるでストーカーみたい。)

森の中を歩いて、家を目指す。

マルコと離れるだろう、その予感に胸を痛めながら。















(初めて見せた怒り)
(それは島全土を)
(恐怖へと叩き落とした)

(島民の命より)
(海賊の命より)
(彼女が優先したのは……)
(たった一人の家族の命。)


10 END
―――――
「私の可愛い兵隊さん(マイ・マリオネット)」
・操れる最初の1体は発動者が殺した人間の死体。
・能力をかけることができるのは死後10分以内に限る
・死体(ゾンビ)が殺した人間は能力に感染し、同じく動く死体(ゾンビ)となる
・死体が襲う相手に敵味方の区別はない
・発動の終了は一定の範囲内に生きた人間が居なくなるか、感染発動から一時間経つか、発動者が解除するか。
―――――



[*前] | [次#]
back


ゆめうつつ