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悪い、夢だと思った。

いつも通り町へ繰り出せば……。
そこはすでに海賊に蹂躙された後で。
本屋のおっちゃんも。
街のゴロツキたちも。
みんな海賊に殺されていて。


名の通った海賊らしく、船員は多かった。


必死に戦ったけど、あまりの数の多さに勝てなくて。
ああ、駄目だ、死ぬ。
そう思った。


その時、現れたのはナマエで……。
ナマエの姿を見て、酷く安心したのを覚えてる。


でも、俺が海賊に刺された時。
ナマエの雰囲気ががらりと変わった。
まるで、人が変わったように。
喋り方も、笑い方も、いつもと同じなのに……


その目が、酷く怖かった。


ナマエが海賊を薙ぎ払っただけで、そいつは死んだ。
人を殺しても、何の感情も浮かばないナマエの眼。
そして……


目の前で起こる、悪夢のような惨劇。


吐き気がした。
ぐるぐると頭の中がまわって、立っていられないほどに。
俺が吐いたとき、ナマエは困ったように笑っていて……。


背後で起きている惨劇は、ナマエがやったのだと。


理解したくない自分がいた。










11










「……。」


ベッドに横になって、天井を見上げる。
夜になった今でも……街の方は轟々と赤い炎を上げていた。

それが、夢じゃないのだと俺に知らせる。


「マルコ、大丈夫?」
「……。」


コンコンと軽いノックの後、部屋に入ってきたのはナマエ。

……俺を拾って、家族だと言ってくれた大切な人。
強くて
温かで
優しくて
穏やかで
いつも、笑顔で
俺の、大好きな家族。

いつもと変わらない笑みに、やっぱり夢なんじゃないかと思ったけど……。
燃え盛る街の色が本当なんだと告げた。


「はい、ホットココア。……お茶の方が良かったかな?」
「……。」


ナマエは、特別綺麗な人間と言うわけではない。
何処にでも居そうな平凡な容姿。
そんなナマエが見せた……力の片鱗。

怖いと。

素直に、ナマエが怖いと、思ってしまった。


「……ナマエ。」
「なぁに?」
「……あれ、何だよい。」
「……私の能力のひとつだよ。」


マルコには、見せるつもりはなかったんだけどね。
そう言って苦笑するナマエの顔は……酷く悲しげだった。

ナマエの能力なら……俺が知っているのは一つだけ。
ナマエが時折使う「絶対服従命令」。
壊れた物を直したり、俺が怪我をした時に使うくらいで……滅多に見ることはなかった。
……今回見せたナマエの力は、そんなもんじゃなくて。

まぶたに焼き付いたようなその光景に、目を閉じる。


「マルコ?やっぱりまだ辛いんじゃ……。」
「っ!!」


俺に向って伸ばしてきたナマエの手を、払いのける。
バシン、と強い音がして……。
ハッとしてナマエを見れば、驚愕の表情。

……その顔が、傷ついた苦笑に変わったとき、酷く後悔した。


「……ごめんね。」
「ち、違……俺こそごめ……。」
「明日、この島を出ようね。」
「え……?」
「新しい島を探しましょ。」


にこり、とナマエは笑みを浮かべる。

島……。
そりゃそうか、この島はもう駄目だ。
人が居なくなって……物資の流通も何もなくなってしまったのだから。
そこまで考えて、また気持ちが悪くなってきた時。

俺はナマエの言葉に凍りついた。


「新しい島に着いたら……マルコの自由にしてね。」
「は……?」
「人も店も多い、大きな島を選ぶから。……そこからマルコは自由だよ。」
「……ナマエ?」


まるで、ナマエのその言い方は……。
俺から、離れて行ってしまう様な……そんな、気がして。

どくりと心臓が脈打つ。
喉が、乾く。


「……ナマエ、どっか行っちまうのかよい。」
「……私はずっとマルコの傍にいるよ。」
「嘘だ!!」


髪を耳にかけながら、眉尻を下げて笑う。
……ナマエの、嘘をつくときの癖。


「……嘘、つかないでくれよい。」
「マルコ……。」


島。
新しい島に着いたら……ナマエは、俺から離れていく気だ。
わかるんだ。
だって……俺は、ずっとナマエの傍に居て、ナマエを見てきたんだから。


「なんで……。」
「……だって、怖いでしょ?」


ナマエが、笑う。
困ったような、悲しそうな表情で。


「私は、マルコを守ると約束した。……それは身体だけじゃなくて、精神面も。」
「……覚えてるよい。」


ナマエが、小さい頃約束してくれたこと。
俺を守ると言ってくれたのは、身体だけじゃなく、心も。
俺のすべてを守りたいのだと、ナマエは笑って言っていた。


「……今は、私がマルコを傷つけちゃってるでしょ?」
「な……。」
「現に、怖がってる。」


見せたくないものを見せて。
怖がらせて、怯えさせて、傷つけた。

……そんなナマエの言葉を否定できなかった。
それでも……。


ナマエが、俺から離れていくなんて、許容できなくて。


「……っ怖かったよい、怖いに決まってんだろい!!」
「マルコ……?」
「ナマエが別人みたいだったし、目の前で次々人が死んで逝くし、死んだ奴は片っ端からゾンビになるし……っ!!」
「……。」
「地獄みたいな……っあんな光景生み出してるのがナマエだと思ったらすごく怖かったよい!!」


叫ぶように、声に出す。
不安も、怒りも、困惑も、すべて吐き出す様に。

驚いたような表情をしたナマエに構わず、俺は言葉を吐き続けた。

ナマエが怖い。
それでも、俺は……


「それでも……っ!!ナマエが居なくなる方が怖いよい!!」
「!」
「ナマエがっ、俺の傍がらいなぐなる方が……っ何倍も怖い゛!!」


視界が歪む。
ボロボロと俺の目から零れ落ちたのは、涙で。
止めどなく溢れるソレに、ナマエが更に眼を見開いた。

拭っても、拭っても、止まらない。

俺は涙を拭うのを諦めて、ナマエへと抱きついた。
こんな時でも温かいナマエが……とてつもなく愛しくて。


「約束……っじろよい゛!!」
「約束……?」
「もう…っあの力は使わないって!!」


抱きついた状態でナマエを見上げれば……困惑したナマエの顔。
その眼に見えたのは……涙。


「二度と使わないって……っ約束しろよい!!」
「マルコ……。」
「俺をっ傷つけたくないんだよな!?」
「うん……。」
「だったら……っナマエが傷つくようなことするなよい!!」
「……っ。」


ついに、ナマエの目からも涙が零れ落ちた。

ナマエは優しいから、本当ならあんなことを平気でできるような人間じゃないんだ。
傷ついてない筈がない。
自覚が無くても……ナマエの心が、傷ついている。
悲鳴を、あげてる。

そんなナマエは見たくない。
ナマエの悲しく笑う顔なんて見たくない。
ナマエが傷つくなんて……俺は、嫌だから。


「俺が……っ俺が、守るから!!」
「え?」
「今よりもっとデカくなって、強くなって……っ!」
「……っマルコ。」
「俺が、ナマエを守るよい!!」


ナマエが、俺を強く抱きしめ返す。
小さく震える腕が……俺を包んだ。

今は、まだ……俺はガキだから。
でもいつか。
ナマエの身長を越して、でかくなって、ナマエよりも強くなって。
そうしたら……ナマエを、守れるから。

俺が強くなってナマエを守れるようになれば、ナマエはあんな力を使わないで済む。
だから……。

だから。


「俺の傍から、いなくなるなよい……っ。」
「うん……。」
「いつもみたいに、笑って、俺の傍に……っ。」
「約束、するから……っ。」


嗚咽を押し殺した、震える声。
ナマエが泣いた姿なんて初めて見て……。

そんなナマエに、ギュウと、胸が締め付けられて。


「約束……っあの、力は……二度と、使わない。」
「ナマエ…っ。」
「ずっと、マルコの傍にいるよ……。」


約束。
そう言って、体を離してナマエを見上げれば……。

泣きながらも、満面の笑み。

やっと見えたナマエの本当の笑みに……俺もようやく笑えた。















(窓の外には)
(相変わらず燃え上がる街並み)
(赤い光は夜の空を照らして)
(明るい空のもと)

(ナマエと一緒に眠った。)


11 END

〜2015/04/05


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ゆめうつつ