02



ゆっくりと、意識が浮上する。
顔に冷たいものが当たって……目を開く。

視界には曇った空に、シトシトと降る雨。

ハッ、と。
自分の状況を思い出して上半身を跳ねあげる。


「……生きてる?」


あの時。
空にできた割れ目にバクリと食われて。
意識がなくなって、それから……。

それから?


「……ここ、どこ?」


きょろりとあたりを見廻せば、そこは廃墟の町だった。
瓦礫やゴミばかりが広がる街。

一瞬流星街か?とも思ったが……流星街独特のスモッグもない。
ここにあるのは瓦礫や死体ばかりで流星街のような“ゴミ山”とはまた違う。
そして何より……空気が、違う。

しとしと

纏わりつくような雨に小さく舌を打つ。
流星街ではない。
ならば別の場所なのだろうか?
それにしては……“私のいた世界”とも“HHの世界”とも違う様なこの空気。

一体ここはどこなんだろう、と。
髪をかき上げたその時だった。


「……だれ。」
「?」


自分に掛けられた声。
そちらへと振り向けば……小さな子供がいた。










02










「……子供?」
「だれ……?」


冷たい雨が降る中。
振り返った先には舌足らずに喋る小さな子供。
大きさから言って……5.6歳と言ったところだろうか
……その容姿は酷いモノだった。

肌は泥や何やらで汚れ、本来美しいであろう金色の髪はくすみ、伸び放題のぼさぼさ。
身体に見合わない薄汚れた大きな服は明らかにその辺りから拾ったであろうもので。
小さな体は骨と皮と言わんばかりに痩せこけて、所々には切り傷やあざのようなものがあり……。
見ている限りでは立っているのが不思議なくらい。

大きく、深緑がかった青い目は……何の希望も持っていない、酷く、虚ろなものだった。

何故、こんな小さな子供がそんな恰好でこの場所に?
傘も差さず、靴も履かずに。


「君は……。」
「すてられたの?」
「……え?」


虚ろな瞳のまま、子供は問う。
真っ直ぐと私を見て、何の希望も映していない目で。

“すてられたのか”と。

捨てられた……ということはやはりここは流星街の何処かなのだろうか?
いや、それにしてはやはり空気と言うか雰囲気が違う。
それに……流星街を隅々まで歩いた私が断言する。

ここは流星街でもHHの世界でもない。

雨にぬれ、子供の頬から雨交じりの血が流れる。
ハッとして、慌ててその子へと手を伸ばした。


「君、怪我が……!」
「……っ!」


私がその子に触れようとすれば。
ビクリと小さく強張った身体が、一歩後ろへと退いた。


「……いつも、だから。」


“へいき”と、子供は言う。
……嗚呼、そうか、この子は今、私を警戒しているのだ。

触れられたくないのなら、触れないべきなのだろう。
そう判断して、今度は私が子供へと問いかけた。


「君、ここがどこか知ってるのかな?」
「……むかしに、はいきょになったしまだって……。」


じいちゃんが言っていた、と彼は答えた。

島……ここは島なのか。
どこの島なんだと聞いても……こんな幼い子じゃ知らないだろうなと苦笑する。


「あのね、君のおじいちゃんに会わせてくれないかな?」
「……いない。」
「え?」
「じいちゃん……おれをすてていったから。」


この島にはもういないのだと。
自分を捨てたのだと、無表情で言い切る子供。
…それで、納得した。
この子が私に何故“捨てられたのか”と尋ねた事を。


「……そっか。」


自分の置かれている状況。
どうしてこんな廃墟へと飛ばされたのか。
どうしてあの時いきなりだったのか、とか……そんなことよりも。
今、目の前にいる子供が……可哀想で仕方がなかった。

人はそれを同情と言うのだろう。

それでも、「希望」も何も目に移さないこの子が不憫で……仕方がないのだ。


「……貴方のおうちは?」
「ない……。」
「いつここに来たの?」
「わかんない…。」
「……そう。」


この子の様子から見るに……ここに捨てられたのは数か月前なのだろう。
もっと長ければこの場に成れている筈だし、最近ならばもう少しましな服を着ているはずだ。
(少なくとも、体の大きさに見合った服を。)

俯いた子供に、薄らと浮かんだ“悲しみ”の色。

それを見た瞬間。
当てもないくせに、この子を助けたくなった。
どうにかして、この子を“満足”させてあげたくなった。
……元来、子供好きな私だ。

こんな小さな子供を、このままにしておけない、したくない。


「ねぇ。」
「?」


微かに首を傾げる子供に、私は精一杯の笑顔を見せた。


「お姉ちゃんと一緒に住まない?」
「え……?」


驚いた子供の顔。
その瞳に…ほんの少しの光がともった。
死んだような目をしていたこの子に……本当に小さな光が。


「一人じゃ寂しいよ。私は寂しい。」
「……でも…。」


戸惑った子供の顔。
そりゃそうだ、ちょっと話しかけただけの大人がいきなり一緒に住もうとか提案してきているのだから。
私なら信用できない。

でも、お願い、私を信じて。
絶対に君を不幸にはさせないから。


「……いえは、どうするの?」
「私が作る。無理なら住めそうな場所を見つけて改造するわ。」
「ごはんは?ふたりぶんなんてみつからない……。」
「大丈夫。絶対に私が調達するから。」
「……ねるところも?」
「裁縫ならまっかせなさい!布団でも何でも作ってやるわ!ビバ自給自足!」


「……おれを…ひとりにしないで、くれるの?」


その一言に、酷く胸が締め付けられた。

無責任なのかもしれない。
一人の子供を養って育てていくなんてたやすい事ではない筈だ。
ひとつの命を預かることになるのだから。
でも、きっと…この子を放っておいても死んでしまうだろう。


なら、私はやりたい。


この子を、守ってあげたい。


「約束。」
「?」
「君を絶対に一人にはさせない。……私に守らせて?」
「!」
「それとも、私が一緒じゃ嫌かな?」


なんて苦笑すれば、その子は慌てて首を振った。
必死に否定する様に、何度も何度も。


「そ、そんなことない!」


微かに赤くなった顔。
照れているのだろうか?


「おれ……もう、ひとり……ヤだ。」


ふらふら、と。
怯えながらも私に近寄ってきた子供。
ギュッと服の端を掴まれて……それはまるで「捨てないで」とでも言っているようで。


「―――……大丈夫。」


守るから。
君を守ってみせるから。

ボロボロと、その大きな瞳から涙がどんどん溢れ出す。


「ずっと傍にいるよ。」
「……っう゛ん!」


優しく、怖がらせない様にゆっくりと小さな体を抱きしめる。
ビクリと身を固くした子供の背を、ぽんぽんと軽く撫でてあやす。

すると……ギュッと、抱きしめ返してくれた。

それが、嬉しくて仕方がなかったんだ。


「じゃあ、君と私は家族だね。」
「かぞく?」


“そうだよ〜、きみのお姉ちゃんだね。”
と笑えば、少年も少し笑ったのがわかった。


「私の名前はナマエだよ。君の名前教えてくれる?」


家族なのに名前知らないとおかしいでしょ?というと少年は少しだけ身を離して
私の目を見ながら微笑んで言った。


「マルコ……おれは、マルコ。」


…………うん?

一瞬脳裏に浮かんだキャラクター。
少し体を離してその少年をまじまじと見やれば……。

ぽってりとした分厚い唇。
大きいが少し眠そうな目元。

……いや、まさか、そんな。


「ごめん、もう一回言ってくれるかな?」
「?……マルコだよい。」
「Oh……。」


語尾に着いた特徴的な喋り方。
そんな喋り方とそんな名前の人物は私が知る限りたった一人で。

嗚呼、うん。理解したよ。
私がトリップした先を。


…ここ、ワンピースだわ。















(脳裏に浮かんだ大好きな漫画)
(その中に出てきた大好きなキャラクター)
(ねぇ、ちょっと神様。)
(幼少期にトリップっていったら普通エースとかじゃないんですか。)
(まさかの不死鳥様って…。)

(コテリと傾げたその姿がやけに可愛かった。)


02 END



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ゆめうつつ