出逢い 前編


夢を見た。

ニューゲートの温かな腕に抱かれて……。
ウトウトと心地良い微睡みの中で。


「……。」
「グラララ……起きちまったか。」
「あなた……。」
「まだ熱が下がってねぇんだ。もう一度寝ろ。」
「……はい。」


優しい声。
温かな眼差し。
力強い抱擁。
愛しいあなた。
全てあの時のまま。

あがらい難い睡魔に身を任せれば……。
ニューゲートの笑った気配。

あぁ、笑い声は昔の方がもっと溌剌としてたかしら?

沈んでいく意識。
見えたのは…夢の続き。

また……あなたと出会った時の夢を見る。










出逢い 前編










とある平凡な家庭に私は生まれた。
穏やかな母と優しい父の間に生まれ、数年後には可愛い妹も生まれた。
高校、大学を卒業して新社会人として働き始めたその年のこと。
家族と出掛けた旅行先で事故に遭い。


私は死んだ。


……死んだ筈だった。


気が付けば、綺麗な女性に抱かれていて。
私の手足は小さくなって。
口から発せられる言葉は「おぎゃあ」だけ。


死んだと思った私は記憶をそのままに生まれ変わってしまったらしい。


生まれ変わった家はなんと言うか、貴族の様な家で。
父も母も優しかったけれど、何処か表面だけの様に感じられた。
そもそも、生まれ変わった世界は私の元いた世界とは違う世界だったのだ。

何故、違う世界だと気付いたか?

答えは簡単。
この世界には私の世界には無いものが多々あったから。

電伝虫。
悪魔の実。
グランドライン。




そう、ここはワンピースの世界だった。




所謂トリップというやつだろう。
昔、友達から借りて読んだ人気の漫画。
その漫画だって借りたのは最初の方だけで……。
登場人物だって、ルフィの仲間くらいしかハッキリとは知らない。


私はそんな漫画の中に生まれ変わってしまったのだ。


生まれ変わってしまったものは仕方ない、と私はこの世界で生きていくことを決めた。

貴族の両親に作法を徹底的に叩き込まれた。
より良い家に嫁ぐ為に勉強も振る舞いも全て。
……それが嫌だったわけではない。
身体は子供でも頭の中身は大人なのだ。
新しい世界のことを学べるのは楽しかったし……。


何より、この世界の海はとても美しかった。


全てが順調に進んだ。
両親に蝶よ花よと育てられ、すくすく育った私はこの世界でもう18歳。
…精神年齢で言えばアラフォーに差し掛かるかもしれない。
さあ、お貴族様とお見合いだ!と両親が意気込む中。


私は重い病にかかった。


やはり、人生というのは順調にはいかないようだ。
重い流行病。
治れば二度とかかることはないが……。
回復までには命の危険が伴なった。
どうにかこうにか一命を取りとめたものの……。


私は子を宿し難い身体になってしまったらしい。


その知らせを聞いて、両親は酷く落胆した。
良い家に嫁いでも子を成せないなら意味などない。
両親いわく、私は「欠陥品」になったらしい。

今までの態度が嘘のように、私は居ないものと扱われ始めた。
両親は養子を取り、その子を育て始めたのだ。
……かつての私のように。


その日から私は酷く暇になった。
屋敷の人間すら私を居ないものと扱うのだから仕方ない。
ただ、冒険をしてみようと島を飛び出せば、警備の人間に連れ戻されてしまった。

……ここの両親は世間体を酷く気にするようだ。

外界に出ることは許されず、家の中にいても何もすることが無い。
街や浜辺には外出を許可されているから……私の唯一の楽しみは浜辺の散歩だ。
街にも仲良くなった人たちはいるし……。
不自由はない。
不自由は無いのだけれど……酷く、息が詰まる。


「……今日も綺麗ねー。」


海はいつだって綺麗だ。
キラキラと太陽の光を反射して。
少し残念なのは、この島が春島で海水浴には肌寒いことだろうか。
ただ、森の中へ行けば綺麗な花達がいつだって迎えてくれる。

環境は恵まれているのだ。
物凄く、何もかも。

ただ……何かが物足りなくて。


「ん?」


今日も今日とて浜辺の散策に勤しんでいれば、普段では見慣れぬものを見つけてしまった。
浜辺に倒れるようにしているのは……。

人?


「た、大変!」


慌てて駆け寄る。
もしや、遭難者なのだろうか?
このグランドラインでは天候は気まぐれだ。
船が沈没することも珍しくない。

大きな男の人。
身長は2メートル近いんじゃないだろうか?
手拭いを頭に巻いて、金色の髪は少し癖がある。
物凄く体格が良い。
しかしその格好は……この世界では珍しくない、海賊というやつではなかろうか?

一瞬、海軍を呼ぼうか迷う。

あの主人公であるルフィなら問題はないだろう。
しかし、この人が良い海賊であると言う保証はないのだ。
さあ、どうしようかと迷っていれば……


「……う…。」
「!」


男の人が、目を覚ました。
ゆっくりと目が開かれる。
切れ長の鋭い目付き、その目から覗いたのは……。

力強い、深い青色の瞳。

その眼を見た瞬間。
バチリと何かが爆ぜた。


嗚呼……この人だ、と。
私の中の何かが告げる。


男の人も、私を見て目を見開いた。

お互いを見つめ合ったまま、しばしの沈黙。
私と彼の間を春の暖かな風が吹き抜けて……。
先にハッと我に返ったのは私だった。


「……あ、の…。大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……。」


むくりと、身体を起こす彼。
低いテノールの声が鼓膜に響く。


「ここは……?」
「春島のスリグ島です。遭難、されたのですか?」
「……どうやらそうみたいだ。」


表情を歪ませ、頭をかく彼。
何処か困ったようなその仕草が少し可愛らしく見えて。
ふふ、と笑い声を漏らせば、ギロリと睨まれた。
でも……何故だろう、怖くない。

「何が可笑しい?」
「いえ、何だか迷子みたいで……。」
「……迷子?俺が?」
「ごめんなさい。大人の方に向かって……。」
「……いや、まぁ、あながち間違っちゃいねぇな。」
「え?」
「仲間が俺のビブルカードを持ってるが……迷子みてぇなもんだ。」
「ふふっ。」


くすくす、笑えば彼もフッと表情を緩めた。
見た目とは裏腹に、優しげな表情。

…なんて、優しい眼をする人なんだろう。

トクリ、と心臓が高鳴った。


「……えっと、私はミョウジナマエと申します。……あなたは?」
「……俺ぁ、エドワード・ニューゲート。」


海賊だ。

そう言って笑うその顔は。
まるで無邪気な子供のようだった。















(それが、彼と私の出会い。)
(白ひげのフルネームなんて知らない私は)
(目の前の彼が)
(将来の「白ひげ」だなんて)
(知る由もなかったのだ。)


出逢い 前編 END

2015/04/13


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ゆめうつつ