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「ありがとうございましたー!」
「今日も美味かったよ!マスターによろしくな!」
「はい!またのご来店お待ちしてます!」


綺麗にぺろりと食べられた皿を片づける。
カフェが忙しいランチ時をどうにか乗り切り、ふぅと一息吐いた。

この島の人たちは皆優しい。
明るくて、他人を気遣えて……。
子供を育てるとしたら、理想的な環境なのだろう。

……もっとも、あのスラム街で育ったマルコからしてみれば、少しばかり退屈の様だけれど。


「ナマエ!仕事落ち着いたかよい?」
「マルコ。うん、今落ち着いたところ。……本屋さんの帰り?」
「今日面白い本を見つけたんだよい!」


駆け寄ってきたのは、見慣れた姿。
ニカリと笑ったその顔は愛しい家族。
どうやら本屋で新しい本を見つけたマルコはご機嫌な様だ。


「何か食べていく?今日はベーグルサンドがおすすめだけど。」
「じゃあそれ食べる!」
「はいはい、そこに座って待っててね。」
「よいっ!」


嬉しそうにはにかみながら、いそいそと席に着くマルコ。

……この島に来て数か月。
新しい生活は順調に進んでいた。










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「はーい、お待ちどう様!」
「わ!美味そうだよい!」
「ふふ、マルコの好きなエビもたくさん入ってるから、いっぱい食べてね!」
「いただきます!」


このカフェ自慢の大きなベーグルサンドにガブリと齧り付くマルコ。
もぐもぐと何度か咀嚼した後、パァと目が輝いたので好みの味だったのだろうと笑った。

私も私で、オーナーから少しばかり遅い休憩時間を頂いたので、マルコと一緒の席に着く。
店内には私たちの他に二組しかいないから慌てるようなことも無いだろう。

オーナーに作ってもらった今日の賄はサンドウィッチ。
シャキシャキのレタスとハムのサンド、卵サンド、それからこの店自慢の白身魚のフライを使ったサンドだ。
フライのサンドに使われている特製ソースがこれまた美味しい。


「んん?ナマエが食べてるのは何だよい?」
「白身魚のフライのサンドだよ。食べてみる?」
「うん、一口欲しいよい!」


食べかけだけど、はい、と差し出せばパクリと素直に口を開いて食べるマルコ。
いわゆる「あーん。」状態。

……11歳といえば小学校5.6年と言ったところだろうか?
普通は反抗期やら何やらで恥ずかしがるものだと思ってたんだけど……どうやらマルコはそうじゃないらしい。
美味しそうに口を動かすマルコは本当に素直で良い子だ。


「んむ、それも美味いよい!」
「あはは!お口に合って何よりです。……今度オーナーに作り方教わるから、家でも作るね。」
「やった!」


片手でガッツポーズ。
その時ふと気付いたのは、その袖の汚れ。


「……マルコ、それどうしたの?」
「え?……あ。」


マルコ自身も気付いていなかったのか、袖についていた汚れは……血。
眉を顰め、あちゃー…といった表情のマルコに、こちらとしてはため息しか出なかった。


「また裏通りに行ってきたんだね。」
「あっちが絡んできたんだよい。」


マルコはここ最近頻繁に裏通りへと行くようになった。
私も何度か行った事はあったけれど……マルコの脅威になるような人間はいない。
正直、あのスラム街の方がヤバイ人間が多かったようにも思う。
そりゃ、裏通りの人間すべてを見たわけじゃないから断言はできないけど。

それでも、マルコだってドンドン強くなっているのだ。

深くまで入らなければ問題ないだろう、と放任していたのだが……。
こうやって、体のどこかに血を付けて返ってくることが多くなった。

私が働き始めて、修行つけてあげられる機会が少なくなったからか。
マルコは裏通りへ足を運び、“修行”と称してチンピラたちを相手に派手にやらかしているらしい。


「今日は何人と“修行”してきたの?」
「んー…20人は超えてたと思うよい。全員大人だったけど、途中で数えるの面倒になったから。」


ケロリ、と。何でもないような表情でいう様な台詞ではないだろう。
本当に世間話をするかのように話すマルコ。
11歳の子供が大の大人20人以上相手に怪我一つなく圧勝。
それがどれだけの事なのか、この小さな彼はわかっていない。

話の内容が聞こえていたのだろう。
オーナーはひたすら口の端をヒクリと引き攣らせていた。


「……相変わらずナマエんとこのマルコはスゴイねぇ…。あのチンピラ共に圧勝してんだから。」
「あれくらい当たり前だよい!」
「あはは……なんか毎度すみません、店先でこんな物騒な話……。」
「いいんだよ!あのチンピラ共にゃ、私らだって迷惑してんだ。マルコの話聞いてたら胸がスッキリするってもんだ!」


カラカラと笑うオーナーにマルコがニシシと自慢げに笑みを浮かべる。
うん……豪快なオーナーで良かったとつくづく思うよ。


「でもマルコ、あんた頭も良いんだろう?」
「良いかどうかは知らねぇけど、勉強はしてるよい。」
「喧嘩も今より強くなって、頭ももっと良くなりたいって……あんた将来何になりたいんだい?」


不思議そうに首を傾げるオーナー。
そんなオーナーをキョトンと見上げたのはマルコで……。

……そういや、マルコの夢とか聞いたことなかったなぁ。
なんて思いながらジュースを口にした時だった。


「夢……。」
「そうだよ、夢さ。あんたにも一つくらいあるだろう?」
「……俺の夢はずっと前から決まってるよい。」


眼を細めて、ニッと笑う。
純粋さの中に垣間見えた……チロチロと燻る野心。


「俺は海賊になりたいんだよい。」
「は!?」


オーナーが眼を見開いて、素っ頓狂な声を出す。
そんなオーナーにケラケラと笑うのはマルコで……。
マルコの「夢」とやらに、まぁそうだろうな、と妙に納得しているのは私だ。


「海賊って……あんたお尋ね者になりたいのかい!?」
「だって、この海で一番自由なのは海賊なんだろい?」
「そりゃ……。」


そうだ。と小さく呟いたオーナー。
そんなオーナーから目を離して、再びベーグルへと齧り付く。
咀嚼し、ごくりと飲み込む音。


「俺、昔ナマエから教えてもらったんだよい。」
「え?私?」
「ん。……空に浮かぶ島に、海の底にある人魚の楽園。島よりでかい亀とか丸い虹。」


マルコの言葉に数年前を思い出す。
あれは「うそつきノーランド」の絵本の話をしていた時だっただろうか。
確かにそんな話をしたけど……マルコ、あんな小さい時の事を覚えてたんだ。


「俺がナマエに見せてやるって約束したんだよい。」
「見せるって……その亀とか虹とかかい?」
「うん。……ナマエがお尋ね者は嫌だって言うなら冒険家でも良い。」


冒険家だろうが海賊だろうが、そんなことはどうでも良い。
サラリ、と言った言葉に目を見開く。


「誰よりも賢くなって、海を渡る術を手に入れる。誰よりも自由な海賊になって、ナマエと一緒にいろんなものを見に行く。」
「……。」
「でも、俺の一番の夢は……誰よりも強くなって、ナマエを守れる男になることだよい!」
「っ!!」


今日一番の笑顔で、それが俺の夢だと言い切ったマルコ。
私はひたすら眼を見開いて、オーナーは驚いた様子だったけど、半ばあきれたような笑い顔。

嗚呼、もう……。
こんな……こんな嬉しい事があるだろうか。

少しだけ顔を伏せれば、ポンポン、とオーナーが私の頭を撫でた。


「……よかったねぇ、大事な家族にこんなにも想われて。」
「……っほんと、私果報者ですよ……。」
「あはははは!マルコ!あんた将来良い男になるよ!私が保証してやる!」
「へへっ!保証してもらわなくてもそのつもりだよい!」


オーナーとマルコの笑い声。

本当に私は、誰よりも幸せ者だ。















(最近知り合ったナマエとマルコ。)
(まるで親子の様な、姉弟のような二人)
(仲睦まじい家族)
(でも、ね?)
(……ナマエ、あんたわかってんのかい?)
(マルコがあんたを見る目。)
(まだマルコに自覚はなさそうだが……)
(時折、あんたを見る目が違うんだ。)
(家族に向けるソレとは違う視線。)
(……。)
(…さて、どうなるのかねえ?)


13 END
2015/04/17


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ゆめうつつ