14


ぽかりと浮かんだ満月。
ザザンと聞こえるは海の音。

船の甲板の上で夜空を見上げれば……満天の星たちが落ちてきそうだ。

潮風を浴びながら、ぐぐっと伸びをして隣にいる人物に声をかける。


「あー……良い夜ですねー。」
「あぁ、月見酒にゃもってこいじゃねぇか。」
「いいなぁ、私お酒苦手なんですよ。」
「グララララ!そりゃあ残念だったな!」


ぐびりと酒を傾ける大きな男に、ナマエは笑う。
静かな夜。
船べりに腰を掛けて笑う二人。


「海賊っていつもお酒飲んでるんですね。」
「酔うには酒か戦いだ。戦いがなけりゃ飲むしかねぇだろう。」
「いや、飲まないっていう選択肢はないんですか?」
「ねぇな。」
「うわ、即答ですか。」


くすくす
グララララ

静寂の中聞こえる笑い声。
ぐびり、と酒を喉へ流し込んだ男……エドワード・ニューゲートがその視線をナマエへと向ける。
その視線の奥にある本意は見えず。
だが、少しばかり楽しそうな色をしていることは確かで。


「ところで……。」
「はい?」
「てめぇは誰だ?」
「あはは、やっと聞かれました。」


このままスルーされるんじゃないかと思ってましたよ。
なんて苦笑するナマエの目も、楽しげな色を浮かべていた。










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ぐびりと酒を傾ける白ひげの隣には、小さな女……といっても平均サイズなのだが、ナマエの姿があった。
満天の空を見上げていた視線を、隣の男へと移す。

バチリ、と視線が合って…互いにニッと笑む。

白ひげ、エドワード・ニューゲートはナマエたちが暮らしている島の近くへと来ていた。
ログの示す島ではなかったが、補給などもしておきたかったというのもある、が。
何よりも、何故かその島に「寄らなければならない」と、白ひげが思ったから。
島の近くまで来たところで夜になり、上陸は明日だと碇を降ろした……その日の事。

甲板へでて月見酒としゃれこんでいれば、不意に隣に現れた女。

殺気も無く、敵意も無く。
まるで世間話をするかのように喋りかけてきた女に、不思議と笑みが浮かんでいた。


「はじめまして、私はナマエと申します。」
「ナマエか、どうしてこの船に来た?」
「いやぁ、ご高名な白ひげさんに一度お会いしてみたいなぁ、なんて思いまして。」


にこり、と笑みを浮かべたナマエに、白ひげもニッと笑う。
少し肌寒い風が吹き抜け、二人の髪を揺らした。


「あ、安心してくださいね、別に首を獲ろうとか海軍に突き出そうとか思ってませんから。」
「グラララララ!そんなもん言われなくても解ってる。お前強ぇ癖に敵意がまったくねぇからなぁ。」
「あはは!天下の白ひげさんに強いと言われるなんて、光栄ですねー。」
「グララララ!面白ぇ女だ!」


手に持っていた酒を突きだせば、苦笑しながらも受け取ったナマエ。
どうやら礼儀は多少なりとも知っているらしいな、なんて薄く笑う。
受け取った酒に口をつけるナマエを見て、その口が弧を描いた。


「で?何しにきた?」
「あらら、白ひげさんに会いに来ただけですよ。」
「それだけじゃあねぇだろう?」
「……うーん、流石。お見通しですか。」


酒を口に含み、苦い顔をしながらも笑ったナマエ。
それなら話は早いと言わんばかりに、酒を白ひげへと返す。


「ちょっとお願いがあってきました。」
「海賊に“お願い”たぁ度胸があるじゃねぇか。」
「褒め過ぎですよー。」


言葉で遊ぶかのようなやり取り。
不思議と心地良いその雰囲気。


「……この島に、私の家族がいます。」
「荒らすな、とでも言いてぇか?」
「いいえ、白ひげさんなら言わなくても無駄に荒らしたりしないでしょう?」
「グラララ、そりゃ買いかぶり過ぎだ。」
「ふふ。……その私の家族なんですけどね。」


“近い将来、あなたの息子になるでしょう。”

そう言って海を見つめたナマエに、目を見開く。


「“家族”が欲しいんでしょう?白ひげさん。」
「……てめぇ……一体……。」
「私の家族が、恐らくあなたの最初の息子になります。」


昔、仲間に一度だけ言ったことのある「自分の欲しいもの」。
無論、仲間にしかいった事が無く、ましてや初めて会った女が知っているはずもない。
なのに、言い当てたナマエにひたすら驚くだけだ。

驚く白ひげを知ってか知らずか、ナマエは言葉を紡ぐ。


「とっても良い子なんですよ。」
「……。」
「意地っ張りで、見栄っ張りだけど。……本当はすごく素直で、優しくて、真っ直ぐで。」
「……。」
「ちょっと無理をすることもあるんだけど、それでも責任感があって面倒見がとても良くて。」
「……。」
「頭も良くて、しかも強い!…………あなたの最初の息子には最適だと思いません?」
「……グラララ、そりゃあ良いな。」


まるでセールスの様な口上に、口の端を上げた白ひげ。
そんな白ひげに、満足そうな表情を浮かべたのはナマエだ。


「きっとあの子も貴方を“親父”と慕うでしょう。」
「親父か。呼ばれてみてぇもんだなぁ。」
「私の自慢の家族です。……大切にしてくださいね。」
「お前の息子か?」
「息子で、弟で、家族です。」
「…わけありか。」
「珍しくも無いでしょう?」


互いにクスクスと笑いあう。

船べりへと立ち上がったナマエを見て、目を細める。


「ソイツの名は?」
「秘密です。自分で見つけてくださいね。」
「グラララ!つれねぇなぁ。」
「あはは!……それじゃあこの辺で失礼します。」


ペコリ、と頭を下げたナマエ。
その頭に手を乗せて、軽く撫ぜた。

見上げてきた顔は、目を見開いて心底驚いたようで。
その顔を見て満足げに笑った白ひげ。


「……びっくりしました。」
「グラララ!本当に面白い奴だ。……いつでも来い。歓迎するぜ。」
「ふふっ!ありがとうございます!」


ほんのりと、頬を赤く染めて。
照れたような表情を浮かべたナマエは……。
次の瞬間、ふわりと消えた。

まるで、最初からそこには何もなかったかのように。


「……息子か。」


突然現れ、突然消えた女。
そんな怪しい女が言い放った“予言”ともいえる言葉。

でも、何故か……信じたいとおもう自分がいて。


「……楽しみじゃねぇか。」


まぁるい月を見上げ、再び酒を流し込んだ。















(……ナマエ?…どこいってたんだよい……。)
(あぁ、ごめんねマルコ。起こしちゃった?)
(ううん、水飲もうと思って降りてきたら……ナマエがいなかったから……。)
(そっか。……ちょっと海辺に散歩に行ってたの。)
(……こんな時間に?)
(うん。……とっても綺麗な満月だったから。“お願い”してきちゃった。)
(お願い?)
(……マルコが立派な海賊になれますように、ってね。)


14 END
2015/04/17



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ゆめうつつ