出逢い 後編


「この……っいい加減に言わんか!ナマエ!!」
「……っ。」


バシン、と殴りつけられる拳。
頬に鋭い痛みが走って柔らかな絨毯の上に倒れ込んだ。

目に映るのは……目を吊り上げ顔を真っ赤にした父親の姿。


「落ち着いてください。」
「これが落ち着いていられるか!!さぁナマエ!話すんだ!!」


なだめる海兵の声。
激昂した父親の声。
隣の部屋では母親が泣いているのだろう。

母親に対しては申し訳ないと思いながらも、口を閉ざす。
言わない、言いたくない。

彼だけだったのだ。

自分の身の上を知った上で、同情の眼差しを向けなかったのは。
何もなかった自分に、楽しいと思える時間をくれたのは。
……こんな私に、暖かな気持ちをくれたのは。
両親でも街の皆でもない。

彼、エドワード・ニューゲートだけだったのだ。


「さぁ言え!!海賊はどこにいる!!」
「……。」


もはや叫び声にしか聞こえなくなった父の声。
再び、腹部や顔などに鋭い痛みを感じながら……窓から見える空を見上げた。

太陽はすでに真上にのぼっている。
時刻は昼過ぎ。

彼は、もう海へでただろう。

こうして尋問を受けているのだから、捕まってはいないはずだと。
無事に、海へでられたんだ。

……良かった、と。

心の中で、安堵の息を漏らした。










出逢い 後編










「はぁ……はぁ……。」
「もうそのくらいで。これ以上はお嬢さんも喋れなくなってしまう。」
「……っ何て娘だ!!こんなモノが私の娘だなんて!!」


仕方なさそうに息を吐いた海兵に抑えられ、父親が忌々しげに手を引く。

あぁ、体中が痛い。
それもそうか。
昨日の夜からずっと、殴る蹴るの尋問を受けていたのだから。
それも、実の父親に。


「仕方がない、支部へ連絡して虱潰しに島を探ろう。」
「…っ!!どうか、どうかこのことは……っ!!」
「もちろん、貴方の家が関わっていることは口外いたしません。」
「あぁ良かった……。……っこの親不孝者めが!!」
「ぐ……っ!!」


倒れ込んでいる私の腹部に蹴り。
固い革靴で蹴られたせいか、息がつまり咳き込む。
そんな私を同情するような視線で見てくる海兵と冷たい視線で見下ろす父。


「街や浜辺の外出を許したのが間違いだった!!お前はもうこの部屋から一切外には出さん!!」
「……。」
「死ぬまでここにいろ!!」


眼を閉じる。
あぁ、もう街にも行けないのか。
あの綺麗な海を眺めながら散歩もできない。

……けど、いいや。

エドワードさんが海に出られたのなら。
私には……彼から聞いた、冒険話があるから。
彼を、彼の話を何度も思い出そう。
ここから彼の無事を祈ろう。

それで良い。

そう心に決めて、フッと笑った時だった。



ドゴォオン!!



突然の破壊音。
グラグラと揺れた屋敷。
使用人たちの悲鳴。

……何?

眼を見開く私に、狼狽える父。
海兵だけは、表情を厳しくさせて音が聞こえた方を睨み付けるようにしている。

そんな時、部屋に駆け込んできたのは父に長く使えている執事で。


「だ、旦那様!大変です!!」
「な、なんだ今のは!?一体どうしたというのだ!!」
「か、かかかか……。」
「落ち着け!!何があったんだ!!」
「……っ海賊です!!」


数十名の海賊が、屋敷へ乗り込んできました!!

その言葉に、一瞬、周りの音が消えた。

……海賊が、乗り込んできた。
思い浮かんだのは、この一週間共に過ごした優しく笑う海賊の姿。

いや、あり得ない。
だって彼は海へ出たのだから。
海へ出て、自由になったのだから。
そうだ、きっと違う海賊だ。
だって、そうじゃないと……。

ぐるぐると思考がまわる。
その瞬間。


ドォオン!!


と、爆音。
私たちが居る部屋の壁がいとも簡単に破壊され、ガラガラと瓦礫が崩れる。
砂埃が舞い、小さな瓦礫の破片が身体へと降り注いだ。

ぎゅう、と閉じていた目を開けば……視界に入った、一人の男。


「グラララ……ここにいやがったか。」
「あ……。」


大きな体格。
金色のくせっ毛。
鋭い目つきの癖に、視線はとても優しくて。


「……っエドワード、さん……。」
「どうした?見送りに来てくれるんじゃなかったのか?」


そういって、豪快に笑う人。
じわり、と視界が歪む。

だって、なんで……。


「もう……海に、出られたんじゃ……。」
「誰かさんが、いくら待っても来ねぇからなぁ、探しにきちまった。」


瓦礫を踏みしめ、エドワードさんが私へと近寄ってくる。
倒れ込んでいた身体を抱き上げられて……また、エドワードさんが笑った。

瞬きをすれば、ポロリと零れ落ちた涙。


「グラララ、随分と美人な面構えになっちまったなぁ。」
「ど、して……っどうして、早く海に出なかったんですか……。」
「……お前のせいだアホンダラ。」


“お前が来ないせいで、予定が狂っちまったんだよ。”
父に打たれ、腫れているであろう頬を優しく撫ぜてくれるエドワードさん。
優しい瞳の中に、ほんの少し悲しみを混ぜて。

そんな私とエドワードさんに、ジャキリと向けられたのは銃口。


「貴様……っエドワード・ニューゲートだな!!」
「……邪魔すんじゃねぇよ海軍。今いいところなんだぜ?」


にやり、と笑ったエドワードさんに対し、海軍は冷や汗を流して険しい表情を浮かべていた。
それだけでわかってしまう実力の差。
私を抱きかかえ、立っているだけのエドワードさんに……海兵二人が動けない。

……エドワードさんって強かったんだ……。


「海賊風情が!!貴様、私の娘を離せ!!」
「あん?……てめぇがナマエの父親か。」
「それは私の娘だ!!離せ!!ソレはこの部屋から二度と外には出さん!!」
「……。」


父の言葉に、歯を食いしばる。
ぎゅう、と。拳を握りしめたのを、エドワードさんは気付いたのだろう。
一拍おいて、ジロリとその強い視線を父へと向けていた。


「……ナマエの怪我はてめぇがやったのか。」
「それがどうした!!私のモノだ!どう扱おうと海賊に文句を言われる筋合いはない!!」
「ナマエは物じゃねぇ。」


それは、聞いたことのない低く冷たい声。
驚いて目を見張れば、エドワードさんが険しい表情で父を見据えていた。
それはもう……恐ろしい表情で。


「ナマエは物じゃねぇ、人間だ。」
「エドワードさん……。」
「実の娘がこんなになるまで手を上げるたぁ……俺たちならず者よりてめぇの方が余程“人”じゃねぇな。」
「な……っ!!」
「ナマエ。」
「は、はい。」


エドワードさんに抱き上げられたまま。
バチリと合った視線。
それは父を見るような冷たいモノではなく、心の中が温かくなるような、くすぐったくなるような……穏やかな眼で。


「知っての通り、俺は海賊だ。」
「?」
「欲しいもんは奪う。だからな。」


ニィ、と釣り上げられた口角。
自信に満ちた目。
そんな顔をしたエドワードさんに、ドキリと大きく跳ねた心臓。


「お前を奪いに来た!!」
「……っ。」


目を、丸く見開く。
視界には満面の笑みを浮かべた人。

部屋の隅では驚愕の表情を見せている父や、海兵に使用人たち。
でも今の私にはそれすら目に入らなくて。


「え……え!?で、でも、なんで……っ。」
「理由なら解りきってんだろう。……俺はお前に惚れた。」


初めて目が合ったあの瞬間から。
海へ出る時、お前を奪うと決めていた。

そう言って、エドワードさんは私を抱きしめた。


「え、エドワードさん……?」
「俺の嫁になれ。」
「えっ!?」
「海は過酷だ。“幸せにする”なんざ俺には言えねぇ。……けどな。」
「……。」
「絶対に、後悔はさせねぇ。それだけは約束する。」


エドワードさんのセリフに、目を見開く。
ポロポロと溢れだした涙が止まらない。

それでも、私の表情は笑っていて。

嗚呼、どうしよう。
私、今……嬉しくて仕方がない。

ぎゅう、とエドワードさんの逞しい首元に抱きついて、震えそうになる声を叱咤して小さく告げる。


「……はい。」
「グラララ、いいんだな?海賊だぜ?」
「えぇ、今、覚悟を決めました。……それに……。」


私だって、貴方を一目見たときから好きになってしまってましたから。
そう告げれば、グラララと嬉しそうに笑う人。


「私を、攫ってくださいますか?」
「グララララ!!断られても攫うつもりだったさ!」


海賊だからなぁ!
エドワードさんが私を抱え直し、壊れた壁から外へ足を踏み出す。

唖然と私たちを見ていた父たちがハッと我に返り動き出した。


「ま、待て!!ソレは渡さんぞ!!」
「止まれ!エドワード・ニューゲート!!」
「……うるせぇなぁ。」


ちらり、と後ろを見たエドワードさんが心底面倒臭そうに呟いたその瞬間。

ドン、と。
まるで宙を殴るかのような仕草。
すると、宙にビシリと亀裂が入り……海兵がマズイ!と表情を歪めたその時。
ドォオン!!と激しい音と共に激しい地鳴りと地震。

まるで衝撃波。

吹き飛ばされるようにして壁に叩きつけられた父の姿に「あっ!」と身を捩ろうとした時。


「ナマエ。」
「……エドワードさん。」
「お前は俺に奪われると決めただろう。……なら捨てろ。」


陸に何も残さず、一切のしがらみを捨てやがれ。
……その言葉は、エドワードさんの優しさだったのだろう。
私がこの先、この島に、この家に、この両親に縛られぬように。
彼の、厳しい優しさ。


「……はい。」
「よし。……野郎共!“お宝”は手に入れた!!海へ帰るぞ!!」
「遅ぇよエドワード!!」
「“お宝”っつってもお前だけのだろ!!」
「当たり前だ!俺の宝だからな、誰にもやらねぇよ!!」
「ずるいぞ船長!!」
「グラララ!!お前らだってちゃっかり奪ってきてんじゃねぇか!!」


エドワードさんの号令と共に、屋敷のあちらこちらから海賊さん達がわらわらと集まってくる。
その手には、屋敷にあった宝がどっさりと。


「悪いなお嬢さん!屋敷の宝は貰っていくぜ!」
「……っはい!海賊ですもの、好きなだけ!!」
「よっしゃ!お嬢……いや、奥方の許可もでたぞ!!」
「根こそぎ持ってけ!!」


手に持った宝を抱え直し、海賊さん達が海へと駆けだす。
もちろん、私を抱えたエドワードさんも。


「……っナマエ!!」
「お父様、お母様!私幸せになります!!」


後ろで私の名を呼んだ父に向って大きく手を振る。

さようなら私の家
さようなら私の家族
さようなら私の故郷


島を走り。
船に乗り。
大きな船は海へと漕ぎ出す。

どんどん小さくなっていく島を見ていれば……。
温かな逞しい腕が、私を抱きしめた。


「……辛いか?」
「いいえ。……これからの冒険が楽しみなんです!」
「グラララ!それでこそ俺の惚れた女だ!!」


見上げれば、優しく笑う人。
優しい声。
温かな眼差し
力強い抱擁。

……愛しいあなた。


「エドワードさん。」
「ニューゲートだ。……俺の妻になったんだろう?水臭ぇじゃねぇか。」
「ふふ、そうですね。じゃあ……ニューゲート。」
「ん?」
「愛してます。」


“だから、ずっと傍にいさせてくださいね。”
そう微笑めば……。

“当たり前だ、アホンダラ。”
そんな言葉と共に、おとされた優しいキス。

心が満たされるようなそれに、私は眼を閉じた。










「……。」
「……起きたか?」
「……えぇ。」
「熱は下がってきたみてぇだなぁ。……気分はどうだ?」
「……あなた。」
「ん?」
「愛してます。」


目を覚ませば、私を抱きしめてくれていたのは……夢の中よりも随分と歳をとった人。
突然の私の言葉に、キョトリと眼を開いて……。
次の瞬間、くしゃりと笑う。

嗚呼……その笑顔はいつになっても変わらない。


「どうした?随分と夢見が良かったみてぇじゃねぇか。」
「あなたと……出会った時の夢を見てました。」
「嗚呼、そりゃあ懐かしいなぁ。」
「ふふ……そうしたら、どうしても言いたくなってしまって……。」
「グラララ、こっちからすりゃあ嬉しい限りだがなぁ。」


顔を見合わせ、じゃれる様に笑う。

フと、ニューゲートの優しい視線が私をジッと見つめていて……。
それに、微笑み返す。


「愛してるぜ、ナマエ。」
「私も、愛しています。ニューゲート。」


あの時と同じ、優しいキス。

きっと。
私は死ぬまで……死んでも。
この人を愛し続けるのだろう。

それは何と幸せなことなのだろう、と。

目の前の人をぎゅうと抱きしめた。















(私に幸せをくれた人)
(私に自由をくれた人)
(私に愛をくれた人)
(あなたを、永遠に愛します)

微睡の中に見た夢。
それはあなたとの出逢いの物語。


出逢い 後編 END
2015/04/18


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ゆめうつつ