髪結い


暖かな日差しが降り注ぐ甲板。
マストの木陰で海を眺めているのはこの船の「おふくろ」ことナマエ。
爽やかな風に目を閉じれば、ウトウトと春の陽気に眠ってしまいそうだ。


「おふくろ、動かないでくれよ。」
「あぁ、ごめんなさいねイゾウちゃん。暖かくてつい……。」
「ははっ、今日は一段と気持ち良い風が吹いてるからなぁ。」


穏やかに笑うナマエの後ろ。
その白髪混じりの髪を弄っているのは16番隊隊長であるイゾウだ。

手先が器用なイゾウは時折、こうやってナマエの髪をいじる。
櫛でとくだけだったり、それこそ美容師並みに結い上げてみたり。
イゾウの気の向くままにセットされるナマエの髪。


「おふくろの髪は相変わらず柔らかいな。」
「寝癖が付きやすいから困っちゃってねぇ。私はイゾウちゃんみたいなサラサラした髪が羨ましいわ。」
「おふくろにゃこの髪が似合ってるよ。」


おふくろの穏やかな雰囲気にぴったりだ。
そう言ってくつりと笑ったイゾウに、ナマエもはにかむように笑う。

春島近くの、とある日のお話。










髪結い










「さて、今日はどんな髪にしようか。」


ナマエの髪を解きながら、イゾウは少しばかりワクワクしたような表情を浮かべていた。

意外と多趣味である彼。
そんな彼の楽しみの一つがナマエの髪結いだ。
ほんの手遊び程度だけれど、綺麗に仕上がった時、ナマエが本当に嬉しそうに笑うから。
その顔が見たくてイゾウは今日も髪を結う。


「そうねぇ、この前髪を上げたでしょう?」
「あぁ、エースから貰ったバレッタをあしらった奴か。」
「あれはナースちゃん達に好評でねぇ。イゾウちゃんにして貰いたい子がたくさんいましたよ。」
「ははっ!そう言って貰えるのはありがたいが、俺が髪を結うのはおふくろだけだよ。」
「勿体無いわねぇ、こんなに綺麗に結ってくれるのに。」


もっと若い子を結ってあげた方が良いんじゃないかしら。
そう言って穏やかに笑うナマエに苦笑する。

自分が髪を結いたいと思うのはナマエだけ。
結い上げた時のナマエの笑顔が見たいのだから。
他の人間を結っても意味がない。

その事に気付いてねぇんだろうなぁ、と。
ナマエの髪に櫛を通した。


「なら、その時の髪にアレンジを加えようか。」
「あら、可愛くなりそうねぇ。」


ほんのりと頬を染めてナマエが微笑む。
その顔を見て、俄然とやる気が湧き上がったのは気のせいでは無いだろう。

ふわりとした癖のある髪を梳く。
手に心地よいそれに、イゾウの口角が自然と上がる。
穏やかな時間が流れる中、特に会話などはなかったが気まずい訳でもない。

髪を結い、ピンで留め。
さぁ、ここまではこの間と同じ。
どうアレンジしようかと思案していれば……船内から歩いてきた影。


「よお!イゾウに髪やってもらってんのか、おふくろ!」
「おう、サッチ。」
「あらまぁサッちゃん。お仕事はもう良いの?」
「仕込みは終わり。あーもう、俺くったくた。おふくろ、癒して〜。」
「あらあら、お疲れ様ねぇ。」


にへり、と笑った気の抜けるような顔。
ナマエの元へとかけより、その膝元へとしゃがみこむ。
その頭を撫でれば、輪をかけてへにゃりと緩んだ表情。
そんな笑顔を見てナマエは微笑み、イゾウは苦笑する。

4番隊の隊長であるサッチ。
この船の、エースと並ぶムードメーカーだ。


「へぇ、その髪型いいな。おふくろに似合ってるぜ!」
「ふふ、ありがとう。どうなってるのか楽しみだわ。」


にこにこと笑みを崩さないサッチ。
そんなサッチを見てイゾウは再び内心苦笑を漏らした。

サッチは面白い男だ。
態度が軽く、この船の代表的なムードメーカー。
本気で怒ることは少ないし、戦闘でも気の抜ける笑顔を見せることが多い。

ただ……だからと言って抜けているわけではない。

恐らくはこの船で一番の観察眼を持っているのはこの男だろう。
場の空気を読むことにも長け、その発言は結果的に良い方向へと持って行く。
どんな小さなことでも見落とすことが無い。
流石はマルコと並ぶ白ひげ海賊団の古株と言ったところか。

そんな、意外と抜け目のない男、サッチ。


その彼が、この船で一番の母ちゃんっ子だと知っている人間はほんの一握りだけだろう。


「おふくろ、今度おふくろの故郷の味教えてくれよ。」
「あら、またレパートリーを増やしたいの?」
「まぁな!あれ何ていったっけ?あの葉野菜をカラシとミソで……。」
「あぁ、あれはねぇ……。」


ナマエが説明する横で、本当に心から嬉しそうな笑みを浮かべているサッチ。
純粋に、ナマエと話が出来る事が嬉しくて仕方ないのだろう。

きっと、こんな表情に気付けるのは隊長格の人間だけ。
それもイゾウやマルコのように観察眼に長けた人間か、感の良い人間だけ。


この船に乗っているならず者たちは皆、何かしらの過去を背負っている。


サッチは、“母親”という存在に対して、何かしらあったのかもしれねぇな。
なんて、イゾウは二人を見ながら小さく息を吐く。
だとしても、今が幸せそうならそれで良いじゃないか、と。
フッと笑った顔は、きっと誰にも気づかれていないだろう。

サッチとナマエの声をBGMに、再び髪結いを再開させる。
ふわりとした髪に触れ。
柔らかな髪を解いて、編み込み、アップにしてバレッタを使う。


「ん。上出来だ。」


出来上がった髪を見て、ナマエが嬉しそうに微笑む。
そんなナマエを見て、イゾウも満足げに破顔した。


イゾウは知らない。
サッチから、同じように“コイツ母ちゃんっ子だよなぁ”と思われていることを。


穏やかな気候。
柔らかな風が吹く。


そんな、とある一日の風景。















(ん?ナマエ、また手の込んだ髪形してるじゃねぇか。)
(ふふ、イゾウちゃんがしてくれたんですよ。似合いますか?)
(嗚呼、似合ってるぜ。……あいつもお前の髪を触るのが好きだなぁ。)
(本当に、私は幸せ者ですねえ。)
(グラララ!サッチの野郎も随分と上機嫌だったみてぇだが?)
(レシピを一つ教えたんですよ。前から作ってみたかったらしくて……。)
(グララ!どうにもこの船にゃ、母親が好きでたまらねぇ奴が多いらしいなぁ!)


髪結い END
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サッチとイゾウがお母さんっ子だったら可愛い。
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2015/04/18


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ゆめうつつ