16


ナマエの言葉は、まるで魔法の様だ。


「ふふっ、マルコは本当に可愛いねー。」
「……もう俺だって12歳なんだから、いい加減恥ずかしいよい……。」


くすくすと、溶けるようなあったかい笑み。
するりと伸ばされた手は、俺の頭を優しく撫でて……。
気恥ずかしさから、顔が熱くなる。
あぁ、きっと俺の顔は今赤く染まっているのだろう。

そんな俺を見て、ナマエは更にへにゃりと表情を緩めて笑う。

そこからは溢れ出して零れんばかりの“愛情”が感じられて……。
恥ずかしい
照れる
あたたかい
嬉しい

心地良い


「マルコ、だぁい好きだよ。」


嗚呼、ほら。
ナマエの言葉一つで心があたたかくなる。
嬉しくて、幸せで満たされる。

ナマエの言葉は、まるで魔法の言葉だ。










16










ナマエが仕事に出ている間。
俺はいつものように裏道へ繰り出していた。

前の島では、ナマエが修行をつけてくれていたけど……。
働き始めた今じゃ、なかなかそうはいかない。
休みの日に相手をしてくれるけれど、俺はもっと早く強くなりたい。
だから、ナマエが仕事の平日は裏道のチンピラたちを相手にすることに決めていた。

今日も今日とて裏道を歩く。

……この辺りの奴らは全員伸してしまった。
今じゃ俺の顔を見ただけで姿を隠してしまう奴らが大勢いる。
これじゃあ修行にならねぇな、なんて軽く舌を打った時だった。

ざっと、俺の前に現れた十数人の男。


「よぉ、マルコ。」
「……。」


ニヤニヤと笑う男の顔を思い出す。
嗚呼、こいつら数日前に叩きつぶした奴らだったな、なんてその程度の記憶。
……そう言えば、こいつ等は意外と根性があって、何度も叩きのめしたのに次に会う時は必ずからんできたっけ。
なんて思い出した。

にやにや。
今日はその嫌な笑みがやけに目につく。


「今日は良い天気だなぁ、マルコ。」
「……殴られ過ぎて頭可笑しくなったかよい?」
「はっ!生意気言えるのも今の内だぜ?」


思わず、眉を顰める。
いつもは臨戦態勢になると言うのに……今日はやけに余裕な態度が目立つ。

仲間が増えたか。
何かしら武器を手に入れたか。
……それとも、本当に頭がおかしくなったのだろうか?

訝しげに男を見据える俺に気付いたのか。
ニィ、と更に笑みを濃くした男が口を開く。

それはもう、“弱みを握った”といわんばかりに。


「“ナマエ”チャン。」
「……は?」


男の口から零れた名前に、目を見開いた。
なんで……この男がナマエの名前を知ってんだ?


「てめぇの家族らしいなぁ?」
「………それがどうしたってんだよい。」
「これ以上俺たちに舐めた口聞くと、その家族とやらを殺すぞ。」
「……。」
「あぁそうだ!思ったより可愛い子だったからなぁ、ここに居る全員でマワしてやっても良いぜ?」


ざわり、と。
全身の毛が逆立つような感覚。

わかってる。
ナマエがこんな奴らに負けないことくらい。
だってナマエは俺の何倍も、何十倍も強いのだ。
俺にすら勝てないこんな奴らがナマエに勝てる筈がない。

それでも、そうだと解っていても……。

“ナマエを殺す”と……。
“ナマエを嬲る”と口にした男に不快感が募る。
あふれ出る殺気を止められない。


「ははっ!その表情からすると、相当大切らしいなぁ?」
「……。」
「今、何人かその“ナマエ”チャンの所に向かわせてる。大切な家族を酷ぇ目に遭わせたくなかったら大人しく……。」


ガヤガヤと騒がしい音が消える。
聞こえるのは自分の鼓動と、男の声だけ。

不快

不快だ

ナマエを馬鹿にした。
ナマエを乏した。
ナマエを侮辱しやがった。

それだけで、もう俺の理性をブチ切るには充分。


「おい、聞いてんのk……。」
「……だ……。」
「あ?」


ぼそり、と呟いた言葉はほぼ無意識で。
俺の声が聞こえなかったのだろう。
馬鹿な男は自分が優勢だと疑わず、俺へと近寄った。

ナマエは……あの人は、俺にとって特別なんだ。


「……あの人は……俺の、命より大切な人だよい……。」
「あん?」


あの人は、俺の傍に居てくれる。


「あの人が居てくれたから、今……俺は生きていられる……。」
「……なんだ、コイツ……。」


あの人がいなければ、今の俺はいなかった。


「あの人は、俺の一番欲しかったものをくれた……。」
「何の話……。」


あの人は、いつだって優しくしてくれた。


「おい、何を言って……。」
「あの人に指一本触れてみろい。」


あの人は……。



「全員、原型がなくなるまで蹴り殺してやるよい。」



俺が守ると、決めたんだ。



顔を上げ、男たちを睨みあげる。
きっと、その時の視線に熱は無く。
冷たく、感情が見えない眼をしていたのだろう。

男たちの目に映る自分の顔があまりにも無表情で。

クッと笑ってみせれば、酷く歪だった。





・・・ ・・・ ・・・





数分後。
その場所に出来上がったのは……男共の山。
死屍累々と言わんばかりに積み上がる気絶した男達。

いつも以上に、丁寧に、念入りに“遊んで”やった。

恐らくは、もう二度とナマエに手を出そうとは考えないだろう。
その身体に痛みを刻み込むと同時に、そう教え込んだから。

さて、一応念のためにナマエの様子を見に行ってみよう。
ナマエが負けるとはつゆほども思っていないけど……。
ナマエが働いているのは一般のカフェ。
いきなりチンピラに襲われでもしたら、きっと店の迷惑になる。
そうなれば……ナマエが、気に病んでしまうかもしれないから。

足早にその場を去ろうとしたその時。


伸した男の懐から零れ落ちたのは……一つの果物。


ぐるぐると渦巻き模様の変な果物。
どっかで見たことがあるような気がするけれど……。
今はナマエの方が気になって仕方ない。

もし美味い果物とかなら、後でナマエと一緒に食べるか。

なんて、その果物を懐に入れて走り出す。


角を曲がり、表通りに出る。
花屋を横切ってまっすぐ進む。
肉屋の角を曲がって、その先へと突っ切れば……。

ナマエが働く、雰囲気の良いカフェ。

そのカフェの中に、いつも通り働くナマエの姿を見つけて、思わず顔がほころんだ。


「ナマエっ!」
「あら、マルコ。今日もお出掛けしてたの?」
「うん。……ナマエ、今日変な客こなかったかよい?」
「??今日は常連さんだけだったけど……どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよいっ!」


にへり、と笑う。

……あの男の言葉はハッタリだったのだろう。
ナマエが嘘を言っている様子はないし……店もなんの変りも無い。

ナマエに害がなかったのなら、良かった。


「変なマルコねー。何か食べていく?」
「んー、今日は止めとく。家に帰って飯の準備しておくよい。」
「え、いいの?」
「へへっ!今日はマルコスペシャルだよい!」
「わー!楽しみ!」


嬉しそうに、ナマエが笑う。
そんなナマエの表情に、俺の顔も自然と笑む。

嗚呼、やっぱり。
ナマエの傍は温かくて心地良い。

ほら


「ありがとうマルコ!大好きだよ!」


こんなにも、幸せになれる。

やっぱり、ナマエの言葉は魔法の言葉だ。















(さて、ナマエがびっくりするような料理を作るよい!)
(……あ、そういえば……。)
(これ、何の実かナマエに聞くの忘れちまったねい。)
(うーん……一口食べてみて美味かったら食後のデザートに出そうかねい。)

ばくり
もぐもぐ

(……っぐっ!!)
(おえぇえ!!ま、マズッ!!)
(何だよいコレ!?腐ってたのか!?)
(……ん?)

ボボッ

(……っ!?)


16 END
2015/05/02


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ゆめうつつ