03


雄叫びが上がる。

エースと白ひげを取り囲み、海の男たちが両手を天に突き上げた。
喜びを全身で表さんとする、力強いガッツポーズ。

かつて鬼の子と言われた彼は、ボロボロと涙を流して笑い。
世界最強と恐れられる男すらも、そんな息子を愛しげに見守って。

白ひげの船が歓声に包まれる中……甲板の片隅で佇む私。

そして……私の目の前に立つのは、一人の男。


「……。」
「……。」


特徴的な頭。
それでも、眠そうな眼や厚い唇なんかは変わっていない。
変わっていない、けど……。
体格も、顔つきも、すっかりと“大人”に成ってしまった彼は別人のようだ。


ぐっと拳を握りしめ、俯いたまま動こうとしない彼……マルコ。


ジッと互いに向き合って、無言の時が流れる。
……正直なんて言ったら良いのかわからない。
私にとっては一ヶ月しか離れていなかったけれど……。
マルコからすれば、20年以上は離れていたことになる。

……突然消えてしまった私をどう思っているだろうか?

恨んでる?それとも怒ってる?
……どう考えても良い方向にはいかなくて。
なんで今更現れたんだとか、二度と会いたくなかったとか。
そう、思われていないだろうか?

……急に、怖くなる。
嗚呼どうしよう。このままどこかへ去った方が良いのかな?
それとも一発殴られるくらいは覚悟しておいた方が……。

なんて、考えていた時だった。


「……。」
「……?」


小さく、震えるマルコの肩に気付いた。

まるで何かに耐える様に。
何かを堪える様に。
力が入り過ぎているのか、小刻みに震える肩。

……一体どうしたのか。

例えどれ程怖くても、マルコの異常事態とあれば放っておけなくて。
恐る恐る一歩近づいて、その顔を覗き込む。
見えたマルコの表情は、きつく唇が結ばれ、眉間に深い皺。

一見怒ってるようにも見えるけど……なんだか、違うような気がして。


「……マルコ?」


名前を、呼んでみた。

一言、彼の名前を呼んでみただけだった。
たった、それだけで。


「……っ。」
「…え?……えっ!?」


ボロボロ、と。
マルコの目から零れ落ちた透明の雫。
それは次々に溢れだして……止まらない。

唖然と、目を見開いたのは私だった。










03










……泣いた。
あのマルコが、泣いてしまった。

いや、まぁ、マルコは意外と泣き虫だったけど……っていやいやいやいやいや!!

もう大人だよ?
あの白ひげ海賊団の一番隊隊長様だよ!?
なんでこんなボロ泣きしてんですか!?

まるで子供の様なその泣き方に、小さかったころのマルコの姿が重なる。

可愛い可愛い……って言ってももう良い歳した大人だけど。
私の可愛いマルコの一大事。

あわあわと、軽くパニックになるのは仕方ないと思ってほしい。


「ま、マルコ?ど、どうしたの?大丈夫?」
「……っ。」


幸いなことに。
周りの人間は未だ、喜びの中に居てこの異常事態に気付いてはいないらしい。

それでも、マルコを泣かせたままになんてできなくて。
取り出したハンカチをマルコの目元にあてる。
……抵抗なんて一切ない。
されるがままのマルコに、困惑するのはこちらの方だ。
止まる気配のない涙に、どうしようかと軽く焦っていれば……。

ゆるり、と持ち上げられたマルコの手。

その手は…ゆっくりと、何か壊れ物に触るかのように。
ソッと、私の頬に触れた。


「……ナマエ…?」
「……。」


震える声。
か細くて、周りの歓声にかき消されるような小さなその声は、不思議と私の耳にはっきりと届いて。

酷く、胸が痛んだ。


「……うん。ナマエだよ。」
「……本当、に……ナマエ、だねい……?」
「正真正銘、ナマエです。」


まるで、熱に浮かされたうわ言の様だ。

私の存在を確かめるかのように、何度も、何度も。


「……ナマエ。」
「はい。」
「……っナマエ……。」
「はーい。」
「ナマエ……っ!」
「はいはーい。」
「ナマエっ!」
「はい。……ちゃんと、ここにいるよ。マルコ。」


頬に触れるその手に、ソッと手を重ねる。
涙で濡れた目が見開かれて……。

次の瞬間、私を襲ったのは苦しい程の抱擁。


「……っ!!」
「あはは……。痛いよ、マルコ。」
「ナマエ……っナマエ、ナマエ、ナマエ……っ!」
「うん。……突然いなくなってごめんなさい。」
「……っ。」
「ずっと、戻ってこれなくてごめんなさい。」
「ナマエ……。」
「……マルコ、ただいま。」
「……っおがえ、り゛……っ遅ぇよ゛い……!!」
「うん、ごめんなさい。」


まるで抱き潰されるかのような……力加減など一切無い抱擁。
痛いくらいのソレに、体より心の方が痛くなった。

……マルコは、恨んでなんかいなかった。
怒ってもいなかった。

ただ……。

悲しかったのだと。
寂しかったのだと。

そう、伝わってきて。

マルコの背へと手を回す。
大きく……私より背も歳も大きくなってしまった彼を抱き込むことはもうできないけれど。
それでも、少しでも安心してほしくて。
背へ回した手で、背中を撫でる。
ポンポン、と。
小さい頃、泣いた彼を宥めていた様に。
何度も、何度も。

そうすれば……聞こえてきた嗚咽。
私の肩口に顔を埋めて。
必死で声を殺しても、抑えきれなくて。

思わず苦笑。


「……ねぇ、マルコ。」
「……よい。」
「話したいことがいっぱいあるんだ。……聞きたいこともいっぱい。」
「……俺、だって……あり過ぎて、何から話して良いかわかんねぇよい……。」


じわりと濡れていく肩口。
ぐすっ、と鼻をすする音。
こんなところも昔と変わらないなぁなんて苦笑していれば……。
感じた、強い視線。

そちらへと振り向けば、こちらを見やる白ひげの姿。
ニッと笑ったその男に苦笑する様に微笑み返す。
あぁ、隊長格の人も何人かこちらに気付いているようだ。

でも……ごめんなさい。

もう少し、もう少しだけこのままでいさせてください。


「マルコ、大好きだよ。」
「……っ。」


この青い鳥が、泣き終えるまで。


もう少しだけ……。















(泣いた青い鳥)
(彼の幸せは)
(ようやく)
(その腕の中に)


03 END
2015/05/18


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ゆめうつつ