04


ずびっ、と鼻をすする音。
少しばかり体を離せば……マルコの顔はどこもかしこも真っ赤に染まっていた。
泣きはらした眼も、鼻も、耳も、頬も。
いかにも“泣きました”という顔に苦笑する。

そろり、と腕を伸ばして、目尻に残った涙を拭ってやれば……少し気恥ずかしそうに、にへりと緩んだその表情。
(またじわりと涙が浮かぶからキリがない。)

その表情を見て、フと思う。
嗚呼……やはり、どれだけ成長して大人になっても、マルコはマルコなのだと。


「大丈夫?」
「あぁ……取り乱して悪かったねい。」
「全然。……なんだかむしろ安心したから。」
「何だよい、ソレ。」


くつり、とマルコが笑う。
そんなマルコに私も自然と笑んだ……その時だった。

喉に感じた、変な圧迫感。


「あ……。」
「……どうしたんだよい?」
「ヤバ……もう声がでな……っ。」
「ナマエ?」


あぁ、しまった、タイムリミットだ。

……私が使う「絶対服従命令」という念能力は何でもアリの無敵の念能力と思われがちだけど……。
これにだってちゃんと制約がある。

使用した“威力”の大きさによっては……“声”を失うことがあるのだ。

今回はあの戦争を一時停止させるほどの威力を行使してしまった。
故に……私は“声”を失うことを覚悟していたのだけれど。
どうやら、その時が来てしまったらしい。
この、喉にかかる圧迫感がその証拠。


「ナマエ、どうしたんだよい?」
「……。」


マルコが不思議そうな顔で覗き込んでくるけれど……。
答えられるはずもない。
はくはくと口を開閉させるだけの私に、次第にマルコの表情が不安気なものへと変わっていく。


「……声が、でないのか?」
「……。」
「なんで…こんな急に……。」


そこで、ハッとした表情。
……どうやら、昔念能力に関して話したことを覚えていたようだ。
(流石マルコ。)


「“能力”を使ったから、声がでなくなったんだねい?」
「……(コクコク)」
「………そうか。」


……嗚呼、もう。
なんでマルコがそんな苦しそうな表情するの。

眉間に寄った深い皺。
それを人差し指でぐりぐりとほぐしてやれば……キョトンとした表情。
(あぁ、こんな顔は小さい頃と変わらないなぁ)
こちらを見やるマルコに、にっこりと笑う。
そうすれば……苦笑だとしても笑ってくれた。


「……すぐ、元に戻るんだろい?」
「……(コクリ)」
「なら……良かった。」


念能力によって声を失ったとしても……それは永遠ではない。
あれだけの戦争を止めたのだから、多少時間はかかるかもしれないが……。
恐らくは、一週間もかからない内に元に戻るだろう。

ホッと、安心したように息を吐いたマルコに思わず笑う。


「……ナマエは、変わらないねい。」
「?」
「年もとってねぇし、昔のまま……。」
「……。」
「あの日、ナマエが消えたときのままだよい。」


再び、マルコの掌が私の頬に触れる。
酷く、安堵したような表情で。
幸せだと言わんばかりに。

……その時、マルコの眼の奥にチロリと燻った光

それは何だったのか。
一体何を意味するのか。
……その時、私には解らなかった。


「とりあえず、何にも心配はいらねぇよい。」
「?」
「声が出るようになるまでは俺がサポートするし、この船の上で不自由はさせねぇ。」
「……。」
「ナマエは俺の家族だよい。それに……。」


フイッと、マルコが視線を右へと向ける。
釣られてそちらを見やれば……。

こちらを見る、白ひげ海賊団の姿。

思わず、ビクリと体を跳ねさせる。
いや、あの、マルコに集中しすぎて気付かなかったけど……。
何時の間にみなさんコチラに注目してたんスか。


「ナマエは、白ひげ海賊団の恩人だ。」
「……!」
「恩人に不自由させたとあっちゃ、白ひげ海賊団の名が廃るってもんだよい!」


ニッ、と笑みを浮かべたマルコに、次々に騒ぎ出す船員さん達。

“エースを助けてくれたのはアンタなんだってな!”
“俺たちの傷を治したのもアンタだろ?”
“ありがとよ!おかげで綺麗さっぱり傷が消えちまった!”
“アンタすげぇな!時間を止めるなんて!”
“あぁ、ありゃあすごかった!一体何の実を食ったんだ?”

まるで、声の津波。
次から次へと繰り出される質問や感謝の声に対応ができない。
グイグイと近づいてくる集団に、思わず身を固くさせていれば……。

グイッと力強く引っ張られて、気が付けば誰かの腕の中。
言わずもがな、もちろんマルコで。


「お前ら落ち着けよい。そんないっぺんに言ってもわからねぇだろい。」
「マルコ隊長……。」
「それに、ナマエは今能力の反動で声がでねぇ。……質問なら俺が答えるよい。」


後ろから抱き込まれているから、マルコの表情はうかがえないけど……。
ほんの少しばかり、船員さんの顔色が悪いような気がする。
……まさか、あの極悪な表情を浮かべているんじゃないだろうな。


「じ、じゃあ……その、ひとつだけ……。」
「なんだよい。」
「マルコ隊長とその人とのご関係は?」


“何やら他人ではないようですけど”
と、顔をひきつらせた船員さんが問う。

クッ、と。
私の頭上で、マルコが喉を鳴らして笑った。


「……嗚呼、ナマエは俺の家族だ。」


マルコ隊長の!?
なんて、騒いでいたのも束の間。

ビクリ、と。船員さん達が体を跳ねさせ、行動を停止させる。
……彼等には、一体何が見えているのか。


「言っておくが……。」
「ま、マルコ隊長……?」
「この人に手ぇだしてみろい。」


“海に叩き落す仕置きだけじゃ、済まねぇぞ?”

くつりと、笑う声が言う。
ザッと顔を青ざめさせたのは船員さんと……私で。

うん。いや……うん。
あのね、確かに小さい頃から私に対して過保護だなぁ、と思った事は何度もあったよ。
チンピラに絡まれた時だとか、ナンパ野郎に声かけられた時だとか。
マルコはとにかく……なんというか、過激、だった。
顔を引きつらせることも多かったが、守ろうとしてくれているのが解っていたし、微笑ましさの方が勝っていたのだけれど。


……その過保護が、更に強くなってません?


カチン、と固まった私に、少しばかり青褪めた船員さん達がマルコから視線を逸らしながら離れていく。

あああああこれって第一印象最悪になったんじゃないか?
この船でお邪魔する間船員さん達とコミュニケーションとれるのか私。
下手にさけられたら物凄く居辛いんだけど。

そんなことを思って、これからの生活に若干の憂いを感じていれば……。
頭上からかけられた小さく優しげな声。


「……なぁ、ナマエ。」
「?」
「俺が、連れてってやるよい。」
「……?」


マルコの言いたいことが分からずに首を傾げれば……。
もぞりと、マルコがほんの少し腕の拘束を緩める気配。
少しばかり動けるようになったその腕の中で、首をひねらせて後ろにいるマルコを見上げる。

視界に入ったのは、緑がかった青い瞳。


「丸い虹に島よりでかい亀、人魚のいる魚人島に空島……。」
「!」


それは、小さい頃マルコに聞かせたお話。
マルコが、連れて行ってくれると語った将来の夢。


「……今度は一緒に見に行こう。」
「……(コクリ)」
「そこだけじゃねぇ。氷の大陸に砂漠の国や雷の降る島……ナマエのいない間に色々見て回ったよい。」
「……。」
「だから全部、俺が案内するよい。」


俺が、ナマエに色んな面白いモノを見せてやるよい。
そう言って、優しくゆるんだ眼が笑う。

ああ、もう、本当に……。


「……(ありがとう、マルコ。)」
「ははっ!今は何ていったか解ったよい。……どういたしまして。」















(おいマルコ。そろそろソイツと話がしてぇんだがなぁ。)
(親父……。)
(……(ペコリ))
(……どうやら声がでなくなっちまったみてぇだな?)
(……(コクコク))
(グララララ!心配すんな、いくら海の荒くれと言われようが受けた恩はきっちり返すぜ。)
(!)
(今回お前に受けた恩は返しきれるかわかったもんじゃねぇがな。まずは声が出る様になるまでゆっくりすりゃあ良い。)
(……(ありがとうございます。))
(グラララ!礼なんざいらねぇよ!……声がでるようになりゃあ詳しい話を聞かせてもらう。お前とは話したいことが山ほどあるからな。)
(……(コクン))


04 END
2015/05/27


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ゆめうつつ