05


まるで、夢を見ているようだと。
マルコはベッドの上で眠る人物を見て目を細めた。

辺りは暗い闇に覆われ、いつもより多い見張り番を残して各自が部屋へと戻って体を休めている時間帯。
マルコも例外ではなく。
まるで糸が切れるように眠ってしまったナマエを抱きかかえて部屋へと戻ったのは数十分前の事だ。


エースを奪還した宴はまた落ち着いてから。


無論、エースを奪い返せたことは嬉しいことこの上ない。
エースとてマルコからしてみれば大事な家族で、可愛い弟の一人なのだから。
しかし、彼にとっての喜びはそれだけではなかった。


「……ナマエ…。」


ベッドの上ですやすやと眠る人物へと声をかける。

それは、酷く愛しげな声だった。










05










マルコには、ずっと探し求めていた人物がいた。

幼い自分を拾い育ててくれた人。
戦い方、生きる知恵……そして一番欲しかった愛情を惜しみなく与えてくれた人。


ナマエ。


突然消えた彼女に対し“捨てられた”とは微塵も思わなかった。
あれだけ自分を大切にしてくれて。
一緒に居ると、守ると約束してくれていた。
そしてナマエが消える直前も、自分の方へと駆け寄ろうとするそぶりが見えていたから。


ただ、ナマエを消したこの世界を恨んだことは確かだった。


この世界がナマエを消したのだと。
この世の全てを恨み、目に入るモノ全てを壊して消してしまいたかった。


そんな自分を掬い上げたのは白ひげで。


初めは腐っていた。
ナマエと一緒に見るはずだった世界。
それをどうして自分一人で見なければならないのだと。

……それでも、ナマエが語ってくれた“この世界”は。
実際に見てみれば、途方もなく綺麗で、面白くて。

ナマエが見たいと言っていたひとつひとつが美しく、楽しく、わくわくして……。
……恨むことなんてできなかったんだと。
そう悟るのに時間はかからなかった。
白ひげの息子になって
古い仲間が引退していく中、新しい仲間……“弟”達が次々できて。

次第に、寂しさは薄れて……代わりに騒がしさや楽しさが心を埋めはじめた。

尊敬できる偉大な父。
手はかかるが大事な兄弟たち。
どんどんマルコの心は満たされていったものの……。


一か所だけ、ポカンと開いた穴。


空が曇り、雨が降りそうな日は決まって思い出す。
幼い頃の、大事な記憶。
少しも薄れない、愛しい人。


「……本当に、驚いたよい。」


大事な末っ子を失いそうになって。
偉大な父すら亡くしてしまいそうになって。
失う覚悟を胸に抱いた瞬間の事。
空に見えたのは、見覚えのある歪な割れ目。

ドクリと、心臓が大きく脈打ったのを覚えている。


その合間から現れたのは……
記憶の中と少しも違わない、大事で、大切で、愛しいあの人で。


船の上で、名前を呼ばれた瞬間……自分の中の何かが決壊した。


溢れた感情は涙となって零れ落ちて。

悲しかった
嬉しい
寂しかった
懐かしい

色んな感情がごちゃ混ぜになった。
何かを言葉にしようと思っても、彼女の名前を呼ぶのが精いっぱいで。
まるで子供の様に泣きじゃくる自分を、ナマエは優しく撫ぜてくれた。

温かな体温を感じて、フと浮き上がってきた一つの感情。


嗚呼……

やっと

やっと

……やっと、この手に帰ってきたのだ、と。


懐かしくも思えるその薄暗い感情は、もしかすると幼い頃から抱いていたのかもしれない。
そう思うほどしっくりと自分の中で落ち着いて。
チロチロと、燻り始める。


「……ナマエ。」


ベッドの上で眠るナマエの頬をするりと撫でる。
記憶の中の姿となんら変わりないその姿。

きっと、ナマエにはナマエの事情があるのだろう。
そうだとしても、今、この手で触れられる喜びからしてみれば、とても些細なことで。


「……。」


その柔らかな手を取る。
昔は大きく感じたその手……今はもう自分より小さくて、とても女性らしい。
親指で手の甲を撫ぜれば、するりとした感触に薄く笑う。


今、確かに、ナマエはここに居る。


それは、マルコにとって何にも代えがたい“奇跡”で。


「……なぁ、ナマエ。」


小さな声で、起こさない様に語りかける。
くつりと上がった口角は幸せを滲み出していて。

その小さな手を、ほんの少しだけ強く握る。


「……もう、二度と離さねぇよい。」


この手を、二度と離してなるモノか。
もう、あんな思いはたくさんだ、と。

あんな“絶望”など……味わいたくはない。


「もう……どこにもやらねぇ。」


絶対に。

そう言って笑う顔は幸せに満たされていて……。
その眼の奥には、チロチロと燻る“何か”。

くすくすと、小さな声が部屋に響く。


“お宝”は、大事にしないといけない。
大切に大切にしなければ……またいつか、突然なくなってしまうかもしれないから。

絶対になくしたくない“お宝”は、この腕の中でがんじがらめにして、大事にしまいこんでしまわなければ。


「ずっと、一緒だよい。」


愛しくてたまらないとでも言いたげな眼は、穏やかに眠っているナマエへと向けられていて。
まるで子供の様なその台詞は、無邪気に発せられ……

静かな空気に消えて行った。















(……?)
(起きたかよい?)
(!!)
(くくっ、そんな驚くことねぇだろい。おはよう、ナマエ。)
(……(おはよう))
(昨日は糸が切れたみてぇに眠っちまったが……大丈夫かよい?)
(……(うん、平気。ありがとう))
(どういたしまして。…さぁ、腹減ったろい、朝飯食いに行くよい。)
(……(コクン))


05 END
2015/05/27


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ゆめうつつ