06


目の前には美味しそうな料理
香ばしい焼き立てのパンの匂いに、香り深いコーヒー。

そして……これは本当に朝食なのかと疑うほどのヘビーな料理の数々。


「むぐむぐ…っ!!」
「……。」
「がつがつ!!」
「……。」


ひくり、と。
表情を引きつらせたのは仕方ないと思ってほしい。
朝食には重いと思われる料理が次々と消えていくのだ。

……目の前の人間の胃袋に。


「んぐっ……おかわり!!」
「お前……まだ食う気かよい。」
「まだ六分目もいってねぇ。」
「……。」
「飯ほとんど食ってなかったしよ、やっぱこの船の飯は美味ぇな!」


けろり、と言い放ったのはそばかすの青年。
火拳のエース。
つい最近まで捕えられていた彼は、どうやら相当にお腹が減っているらしい。


「馬鹿野郎エース!俺たちの分まで食ってんじゃねぇよ!!」
「あああ!それ俺の肉だぞこの野郎!!」
「早い者勝ちだっての!あっ!ちょっとまてソレは俺んだ!!」
「よそ見してんのが悪いんだよバーカ!!」


……訂正。
どうやら相当にお腹が減っているのは彼だけではないらしい。

まるで戦争状態の食堂に唖然としているのは私だけで。
はぁ、と小さくため息を吐いたマルコからしてみれば日常茶飯事のようだ。


「ったく……昨日の今日だってのに変わらないねい。」
「……。」
「ナマエ、ちょっと待ってろよい。コックに貰ってくるからねい。」


飛び交う皿やら拳やらをひょいひょいと避けながら、慣れた様子で厨房へと向かうマルコ。

私はただただヒクリと口の端を引きつらせているだけだった。










06










「んぐ……あー……よう。」
「……!」


茫然と周りを見渡していれば、掛けられた声に少しばかり驚いた。
振り向けば……ちらり、とこちらを見ているエースの姿。
(あぁ…口の端に食べかすが……。)


「その……よく眠れたか?」


歯切れ悪くも問いかけられた質問に、コクリと頷く。
次いで、「おはよう」とゆっくりと口を動かせば、どうやら伝わったらしく。
「ん、おはよ。」と返事が聞こえて思わず表情が緩んでしまった。

そんな私を見て、エースは持っていた肉を一度降ろし、ちゃんと私へと向き合う。
その瞳は真っ直ぐで……真剣な表情にどぎまぎしてしまったのは内緒にしたい。


「その、さ……。えっと……“ありがとうございました”!!」
「!」
「俺……礼、言ってなかったから。」


少しばかり気まずそうに、それでも何処か気恥ずかしげに。
不器用ながらも表情を崩して笑ったエースに、目を見開く。


「親父も仲間も……俺も、助かった。……約束、守ってくれてありがとうな。」
「……(コクン)」
「ルフィ……弟は違う船で逃げたけどよ、ジンベエからちゃんと無事だって連絡もあったんだ。」


だから、ありがとうございました!
そう言ってぺこりと頭を下げたエースに、慌ててこちらも頭を下げる。
(嗚呼、典型的な日本人気質よ……。)

そんな私を見て、ぶはっと噴出したのはエースで。


「ははっ!なんでアンタまで頭下げてんだよ。」
「……(さ、さぁ?)」


くつくつと笑うエースは再び肉を手にかぶりつく。
おふぅ……よく朝からそんなにはいるなぁ……。
見ていて気持ちの良いくらいの食いっぷりに感嘆の息を漏らせば……ふと、その視線がまた私へと向けられた。


「そういやちゃんと言ってなかったよな。」
「?」
「俺はポートガス・D・エース。白ひげ二番隊隊長。“火拳のエース”とも呼ばれてんだ。よろしくな!」
「……(コクコク)」
「あんたは……“ナマエ”って名前なのか?」
「?」
「あぁ、マルコがそう呼んでたの聞いてたからな。」


何故私の名前を知ってるんだと首を傾げれば、もっともな返答に納得する。
そうだよね、マルコが私の事何度も呼んでたし、知っててもおかしくないか。
よろしくねという意味を込めてニコリと笑えば、「おう!」と元気よく返されて気持ちが良い。
(若いっていいなぁ……。)
エースの若さとイケメンさにうんうんと一人内心頷いていれば、ポツリ、とエースが呟いた声。


「……そっか…アンタが“ナマエ”なんだな…。」
「?」
「ん、なんでもねぇ!こっちの話だ!」


ニカリ、と笑みを浮かべられてしまえば、問い詰める気にもならない。
(イケメンって怖い)
そんなこんなで、エースと楽しくおしゃべりをしていれば……。

ことり、と目の前に置かれたパンとスープ。


「……何だか楽しそうだねい。」
「マルコ!なんだそれそんなスープ俺食ってねぇ!」
「うるせぇよい。今ならあるからコックに貰って来い。」
「コック!!俺にもスープ!!」
「テメェで取りに来い馬鹿野郎!」


“ケチな野郎め”なんてブツブツと言いながらも席を立って厨房へと足を向けたエースを見送れば……。
ガタリ、と隣に腰かけたのはマルコ。
マルコの前にもパンとスープが置かれていて、「ありがとう。」と微笑めば……。
視界に入ったのは、少しばかりムスッとしたマルコの顔。

え?あれ?
なんでそんな急に機嫌悪くなってんの……?


「……(ま、マルコ?)」
「……随分と盛り上がってたみたいだねい。」
「?」
「エースとだよい。」
「……(まぁね、お礼言われたんだ。)」
「……嗚呼、そういや言ってねぇって騒いでたねい。」


ほんの少し和らいだ雰囲気に悟る。

……もしかしてマルコさんや。
あなた拗ねてたんですかい?


「……なんだよい、ニヤニヤして。」
「……(クスクス)」
「笑うなよい……。久々に会った家族が他の奴と楽しげに話してれば仕方ねぇだろい。」


どうやら私の笑った意味が解ったらしい。
まさか…大人になったマルコに拗ねてもらえるとは。
嬉しいやら気恥ずかしいやらで誤魔化す様に笑ってしまう。

マルコもマルコで大人げないという自覚はあったのだろう。
ほんの少し顔を赤くしてバツが悪そうにパンを口の中へと放り込んだ。
それに見習って、私もスープを口へと運ぶ。

コロッとした野菜に優しいコンソメの味。
……非常に美味しいですはい。
ちょっとなにこれ絶品なんだけど。
あああああパンも外はパリッとしてるのに中はふんわりでめっちゃ私好みです!!


「……!……!!」
「そんなに美味いかよい?」
「……(コクコク)!!」


何度も頷く私にマルコが苦笑する。
だって本当においしいんだから仕方ない。
もぐもぐと味わいながら食べていれば、厨房の方でエースとコックさんの大声が聞こえ始めた。
……どうやらエースが他の料理にも手を出してしまったらしい。

本当に賑やかだなぁと思わず笑っていれば……。
マルコから聞こえた、小さな声。


「……俺はナマエの料理が食べたいよい。」
「…、……?」
「久々に、ナマエの手料理が食べたい。」


聞き間違いかと思って首を傾げれば、同じ言葉を繰り返される。
うん、どうやら聞き間違いではなかったらしい……って、ちょっとまった。

マルコ、君……っこんな美味しい料理を食べた後でそんなこと言うかね!?
え?何?それはこの20余年で昔の私の料理が美化されているのかい?
これよりも美味しいご飯とか作れる自信皆無なんですけど!?


「……っ!!(ブンブン)」
「食べたい。」
「……!」
「……駄目かよい…?」
「……っ。」


ちょ、お願い、待って。
そんな寂しげな眼しないでください本当お願いしますよマルコさん。
なんで自分より年上になった男の人のそんな顔見て可愛いとか思わなくちゃいけないんですか。
あああああ子犬のような目でこっちを見ないでホント無理だから……

無理……

……無理、でした、はい。


「……………(コクリ)」
「作ってくれるのかよい?」
「…………………(コクリ)」
「ん……ありがとよい。」


にへっと。
小さく表情を緩めたマルコの顔を見て苦笑しながらも大きくため息を吐く。

……前からそうだったんだ。

マルコの「お願い」は断れない。
特に、あんな寂しげな顔で言われちゃったら……。
私に、断る術などない。


「……(また今度、時間があるときにね。)」
「約束だよい。」
「……(こ、コックさんほど美味しく作れないからね!?)」
「ナマエが作ってくれるってだけで、俺は嬉しいよい。」
「……っ。」


ああ、ほら。
「お願い」を聞いてあげたとき。

マルコは本当に嬉しそうに笑うから。

小さい頃からあまりなかったマルコからの「お願い」。
マルコは……我儘なんて、ほとんど言わなかったから。
だから、マルコの「お願い」は出来る限り聞いてあげたいと。

昔から、ずっとそう思ってた。


「……(頑張ります……。)」
「ん。楽しみにしてるよい。」


嬉しそうに笑う君に、つられて笑う。

騒がしい食堂。
賑やかな船員さんたち。
そんな中での楽しい食事。

私と、マルコの一歩が始まった。















(あぁ、リクエストも良いかよい?)
(?)
(ホットケーキとミルクココア。)
(!)
(……ナマエが作ったの食べたいんだよい。)
(……(コクリ))

君の小さなお願いに
思わず微笑んだ朝の風景


06 END
2015/05/27


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ゆめうつつ