08


ゆらゆらり
甲板に出れば聞こえるのは波と風の音。

船内からでてきた私に気付いたのだろう。
甲板で前を見据えていたエースが「よっ!」なんて手を挙げて挨拶をしてくるから答える様にナマエも手を挙げた。


「もう起きて大丈夫なのか?」
「……(コクコク)」
「ははっ!お前顔真っ青でフラッフラだったもんな!無理すんなよ!」


ニカリと笑って気遣ってくれたエースに感謝しながらも苦笑を漏らす。
まぁ、あんな情けない所を見られて恥ずかしい気持ち半分、エースの優しさが嬉しいという気持ちが半分と言ったところだろう。
酔い止めのおかげで気持ち悪さも無くなったし、船の揺れにも慣れてきたのか船酔いもそれほど酷くはなくなった。

太陽の眩しさに目を細めながらも、気持ちの良い風に……ぐっと伸びをすれば、後ろから喉を鳴らして笑う声。


「随分と気持ちよさそうだねい。」
「……(コクコク)」


もちろん、それは他でもないマルコで。
もう自分よりもはるかに大きくなったマルコを見上げるようにして微笑んで見せた。
ナマエからしてみれば、どれだけ大きくなろうとマルコはマルコ。
自分が手塩にかけて、愛情を込めて育てていた可愛い家族なのだ。

そんなマルコと共に甲板を見渡せば……。
船員は溌剌と動いているものの、船体に刻まれた生々しい戦いの痕が目立つ。
“頂上戦争”が終結したのは数日前。

つまりはナマエが白ひげの船に乗って数日が経っていた。

少しずつではあるが、戦いの傷が癒え始める頃のこと。


「ナマエ。」
「?」
「今日は島に上陸するよい。」


薄く笑うマルコの表情は穏やかだけど……。
少しばかり、その中に見えた悲しい色。


「……(どんな島?)」
「……家族がいる島。」


ぱくぱくとゆっくり口を動かしてマルコに問う。
ナマエの問いがわかったのだろう、苦い笑いを浮かべながらマルコは答える。

家族?
家族って……白ひげ海賊団、ということなのだろうか?

家族という言葉とマルコの表情にひたすら首を傾げて見せれば……。
遠くに、ポツリと島が見え始めた。










08










家族がいる島とはどういう意味なのか。
何故マルコがそんな苦い表情をしているのか。
訳が分からずに軽く困惑する私に、マルコは再び笑って見せる。

天気の良い日。

薄らと見え始めた島の輪郭を眺めながら、マルコはまるで呟くように喋り始めた。


「うちの船には船医の他にナースたちが乗ってたんだよい。」
「……。」


あぁ、そうだった。
と、思い出したのは原作で見た白ひげを取り囲む美人ナース軍団。
そういえば美しい彼女らをこの数日間一人も見てないな、なんて今更になって気付いたのだ。

きっと美人さんばかりなんだろうね。なんて口パクで伝えれば……。
それに答えたのは近くにいたエースで。


「あー……美人だけど、オヤジの娘だぜ?怒らせたらおっかねぇのなんの。」


何かを思い出す様に、エースはほんの少し顔を青ざめさせてブルリと震えた。
まぁ、美人は怒ると怖いっていうけれど。
エース君や。君は一体何をしてナースさん達の琴線に触れたのかね。

顔を青くさせたエースを見てくすくすと笑っていれば、同じようにくっと口を釣り上げたマルコが続きを話し始める。


「頂上戦争が始まる前に、非戦闘員……オヤジを診てたナース達は全員その島に降ろしてきたんだよい。」


“戦えない奴らは足手まといになるからねい。”
なんてマルコは言うが、本当は戦えない彼女らを戦争に巻き込まない様に。
万が一のことを考えて、苦渋の決断で船から降ろしたのだろう。


「ナマエのおかげでオヤジの傷は癒えたが……内の病気が治ってるかはわからないからねい。」
「……。」
「俺と船医の判断で、船の修理より先にナースたちを迎えに行くことにしたんだよい。」


確かに。
私が完全治癒したのは戦いで負った傷だけだ。
内側まで治っているかどうかは……正直解らない。
ならば、ナースたちを先に迎えに行くと言う判断はただしいのだろう。

マルコからすれば、あのナースさんたちも可愛い妹分。
ほんわりと表情が緩むのを見て、思わずこちらも顔が緩みそうになってくる。

だけど……何故、あんな苦い笑みなど浮かべたのか。


「……。」
「ん?あぁ……その島にいるのはナースだけじゃねぇんだよい。」
「?」
「……あいつにも色々と報告しないとねい。」
「……そう、だな。」


マルコが遠くを見て懐かしむように目を細め。
近くにいたエースがぐっと眉根を寄せる。
再び首をひねる私に、エースが静かに答えてくれた。

ナース達と一緒に、置いてきた兄弟がいるのだと。

寂しげな二人の顔に、何も言えなくなる。
兄弟……白ひげの船には男性の非戦闘員もいたのだろうか?
そんな私の疑問をよそに、島がどんどん近づいてくる。
船員達が嬉しげな表情を浮かべ、彼女らを迎え入れる準備を始めた。





とある島。
気候穏やかなその島に船を寄せれば……。

港で待っていたのは、それはもう目の保養になる美人ナースたち。
美しいお顔に、文句のつけようのない曲線美。
船から降りて間近に彼女らを見てみれば、その美しさは更に際立って見えて。

ははっ。ストンと真っ直ぐな私と正反対じゃないですかやだー。

なんて一人密かに傷心しながら挨拶をすれば……。
がばり、と。突然抱きしめられた。
誰にって?
もちろん目の前にいたナースさん達ですよ。
(胸!豊満な胸が当たってますけど!?)


「……?」
「貴女でしょう?エース隊長と船長を助けてくれたの。」
「ずっと映像で見てたのよ!」


ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら……気付いた。
彼女たちの目が、涙ぐんでいたこと。
今にも泣きそうに、それでも笑顔を浮かべて。
零れ落ちそうなほど幕を張った涙。

―――あぁ、そうか。

彼女たちだって、本当は着いて行きたかったに違いない。
白ひげさんの傍に居たかったに違いない。
病に膝をつく白ひげさんの傍に、すぐにでも駆けつけたかっただろう。
ずっと、映像を見ながら我慢して……。


「本当に……ありがとう!」


きらり、と目じりに涙を光らせて。
心から嬉しそうに笑む彼女たちは……。

本当に綺麗だと、そう思った。





ナースさん達の荷物を船へと積み込む。

海の荒くれたちをあご一つで扱う彼女たちは確かに逞しい。
いくら白ひげ海賊団の船員と言えど、彼女たちには逆らえないのだろう。
それに、悪態をつきながらもどこか嬉しそうに荷物を運ぶ彼等は同じ“兄妹”が可愛くて仕方ないと見える。

甲板へと上がれば、ナースさん達は他の男たちには目もくれず。
一斉に白ひげさんの元へと駆け寄った。
ついには泣きだしたナースさんも居たようで。
オヤジさんは「すまなかったな。」と言いつつも、嬉しそうに彼女たちの頭を一人一人撫でている。

なんと微笑ましい光景だろうか。


「どいつもこいつも、だらしない顔してるよい。」
「……。」


いつの間にか隣にいたマルコ。
見上げれば、その表情は嬉しそうに緩んでいて。
嗚呼、人の事言えないじゃないかなんて笑う。

エースも、「おっかねぇ」なんて言ってたけど、本当は嬉しくて仕方ないんだろうなぁ、なんて。
彼をきょろきょろと探してみれば……どうやらこの甲板にはいないらしい。


「……(ねぇマルコ。エース君は?)」
「ん?あぁ…エースなら“アイツ”を迎えに行ってるよい。」


マルコの口から再び出た“アイツ”。
島に着く前に聞いた「置いてきた兄弟」なのだろう。

……白ひげの非戦闘員ってどんな人なんだろうか?
お医者様?……はちゃんと船医さんが居たし。
コックさん?……も、ちゃんと居たしなぁ。
まぁ、お会いした時にちゃんと挨拶しようか、なんて考えていれば……。


ドゴォ、と。


マルコの腰にタックルしてきた何かが物凄い音を立てた。

吹っ飛ぶマルコ。
唖然とする私。
倒れ込んだマルコの腰には……ガッチリと張り付いたエースの姿。
(嗚呼…タックルしてきたのエースだったのか。)
シン、とピクリとも動かないマルコは相当なダメージを受けたらしい。

……っておいおいおいおいおい!
ちょっとエース君!?
君なに突然マルコにタックルしてんだい!?
今の弾丸の如き速さでしたけど!?
マルコの腰折ってない!?いやむしろ死んでない!?


「…!……っ!!(ま、マルコー!!)」
「ぐ……って、め……エース!!何すんだよい!!」


慌てふためく私を後目に、マルコがプルプルと震えながらもゆっくり体を起こす。
……多少涙目なところを見ると本当に痛かったらしい。

いや、今はそれよりもエースだ。

マルコの腰に張り付いたままエースはピクリとも動いていない。
い、一体どうしたというのだろうか?
確かエースは兄弟を迎えに行ったんじゃなかったっけ?
迎えに行った先で何かあったのか?


「おい!なんとか言えよい!!」
「……っ。」
「……エース?」


何度問いかけても答えない末っ子を不審に思ったのだろう。
眉を顰めたマルコがベリィっと無理矢理エースを腰から剥がす。
見えたその顔は……


涙でぐしゃぐしゃだった。


「お、おい、エース?」
「……っよがっだ……!!」
「あ?」
「起きた……本当に、っよがっだ!!」


嗚咽を漏らしながら、ボロボロと涙を流しているエース。
そんな彼に困惑するのは当然だろう。

よかった
本当によかった

そう繰り返す彼の発言に真意は解らず。
何を伝えたいのかもわからずに、私とマルコは首を傾げて?マークを飛ばすばかりだ。
とりあえず、泣きやんで落ち着いてもらわない事にはどうしようもないと。
エースを宥めようとした……


その時だった。


“誰か”が甲板へと上がり込んでくる気配

シン、と。
一瞬にして静まり返る甲板。

不思議に思い振り向けば……眼を見開いた私と、マルコ。




「おーおー、随分派手にやられちまったじゃねーの。」




けらけらと、“その人”が笑う。
その人物の登場に、軽く頭が混乱した。

え、待って、なんで……これは、どういうこと?


「……っ。」
「お前ら俺が居ない間、ちゃーんと飯食ってたんだろうな?」


“特にマルコは全然食わねぇときがあるからなぁ”
なんて、気の抜けたような笑い顔。

それをみて、マルコが片手で目元を覆う。
歯を食いしばり、何かに耐える様に俯いた。


「何なに?久々の再会で感動しちゃってんの?」
「……っ馬鹿野郎……!!」


マルコの、震えた声。
私はただただ、目の前の人物を見て眼を見開くだけで。

目の前の人は仕方なさそうにくしゃりと笑う。


軽い声、軽い態度。
左目近くの傷に白いコックコート。
そして……


特徴的な、リーゼント


「久しぶりだな!マルコ!」
「……っ起きるのが遅ぇよい……サッチ。」


私の目の前に。

4番隊隊長……死んだはずの彼が、いた。















それは、夢や幻でもなく

(……サッチ。)
(オヤジ……。)
(……よく、帰ってきた。)

目尻に薄らと涙を光らせて、それは優しい表情で白ひげは言った。
無骨な大きな手がサッチの頭を撫でる。

その瞬間、サッチの眼にジワリと浮かんだ涙。

グッと耐えるように唇を噛んで……泣き出しそうなのを耐えるように。
一呼吸おいて、バッと白ひげを見上げたとき。

(っおう!ただいま!)

もうその顔は、心から嬉しそうにくしゃりと笑っていた。


08 END
2015/06/20


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ゆめうつつ