09


喉に感じた違和感に眉を顰める。


「?……ん、んん……あ、あー、あー、あー。」


ずっと喉にかかっていた圧迫感が退いて行く感覚。
試しに声を出してみれば、多少引っ掛かりは残るもののちゃんと声が出た。

どうやら制約の期限が終わったらしい。

今回、戦争を止めた威力に対して声を失った期間は数日ほど。
……だいたい制約がかかるときは2.3日で元に戻るんだけどな。
流石に威力の範囲が大きすぎたから元に戻るのも時間がかかってしまったようだ。


「ナマエ!?声が……っ!」
「う、ん……もう、大丈夫、みたい。」


隣にいたマルコが驚いたように目を丸くさせる。
へらり、と笑って見せれば、その表情は心底安心したと言わんばかりに泣きそうに歪められた。


「よかった……本当に良かったよい。」
「うん。心配かけちゃってごめんね。」


声が出ない間、マルコには本当に迷惑ばかりかけてしまったから。
ごめんね、と謝ればゆるく首を横に振るマルコ。
そんなマルコに笑いかけていれば……。


「グラララ……。丁度よかったじゃねぇか。」


豪快に笑う声が聞こえて、そちらへと視線を向ける。
正面には白ひげさんの姿。
その傍らには隊長格の面々がずらりと並ぶ、なんとも圧巻な光景。


私は今、白ひげ海賊団の隊長会議へと顔を出していた。










09










あの衝撃から数十分後。
……あの四番隊隊長・サッチが目の前に現れると言う衝撃から数十分後。
私はマルコに連れられて、隊長会議が行われると言う部屋に来ていた。

テーブルを囲むようにしてズラリと並ぶは白ひげ海賊団の隊長達。

……なんて圧巻なのだろうか。
一番奥には白ひげが鎮座していて……。
もし、一般人がここに来ようものならすぐに気絶してしまうのだろう。


「お!ナマエ声が戻ったのか!?」
「はい。今まで迷惑かけてごめんなさい。えーと……エース隊長。」
「ははっ!エースでかまわねぇよ!それに誰も迷惑だなんて思ってねぇから気にすんな!」
「ふふ……ありがとう、エース君。」


にしし、と嬉しそうに満面の笑みを浮かべるエースにこちらもつい顔が綻びてしまう。
マルコに次いで、彼にはたくさん迷惑をかけてしまった。
マルコが仕事やら何やらで手が離せない時、面倒を見てくれていたのはエースなのだから。

そして……
そんなエースの隣に腰を下ろしているのは、私が最も驚くことになった原因。





四番隊隊長・サッチ。





原作では死していた彼。
ティーチに殺されたはずの彼。
そんな彼が何故、体に害も無く健康な状態で私の目の前に現れたのか。
そして、何故元気なはずの彼が“頂上戦争”には参加せず、ナースたちと同じ島に降ろされたのか。

マルコからその答えを聞き、私は酷く安堵することになる。


結論から言うならば、小さい頃より行っていたマルコに対する修行が功を成したということなのだろう。


サッチさんが悪魔の実……ヤミヤミの実を手に入れた日の事。
マルコはやけに嫌な気配を感じたそうだ。
その嫌な予感ともいえるソレはずっと止むことはなく……。
寝つけもしなかったので、食堂へと寝酒を取りにいった時の事。
ひょっこりと食堂へ足を踏み入れれば、そこにいたのは……。

無防備に背中を向けたサッチさんに対し、今にも凶刃を振り下ろさんとするティーチの姿。

マルコはその光景に、反射的に怒鳴り声を出したらしい。
それに驚いたことによりティーチが振り下ろす刃にブレが生じ、とっさにサッチさんが振り向いたことも良かったのだろう。
その刃はサッチさんの身体を深く刺したものの……急所を逸れた。
結果、ティーチはマルコの攻撃で深手を負いながらも悪魔の実を手に逃げ遂せ。
急所を逸れたものの、傷の深さと出血の多さで……サッチさんはずっと、眠ったままだったという。

恐らくは、マルコが小さい頃から“念”を使って修行相手をしていたから、そういった事に対しての感覚が鋭くなっていたのだろう。
無駄ではなかった修行にホッと胸を撫で下ろしたのは先ほどの事だ。


そして、何故その眠ったまま……植物人間状態だったサッチさんが突然目を覚ましたのか。


その答えは簡単。
私が「絶対服従命令」で白ひげ海賊団とエース奪還に関わった人物の完全治癒を発動したから。
サッチさんは白ひげ海賊団の一員。
死んでいない限り、私の能力の効果が及ぶ。
戦いに参加しておらずとも、深手を負ったその傷は癒え、目を覚ました。

まさか、あの能力がこんなところで思わぬ効果を発揮していたとは夢にも思わず。
ただただ、発動した私ですら驚くばかりだ。

じっと、サッチさんを見つめていれば、そんな私に気付いたのだろう。
へらりと笑って手を振るサッチさんに、私もへらりと笑みを返した。


「改めて、初めましてだな!俺は四番隊隊長・サッチってんだ。よろしくな!」
「ナマエです。こちらこそよろしくお願いします。」
「そっかそっかぁ、“ナマエ”ちゃんかぁ。」
「?」
「ははっ!大したことじゃないから気にしないでくれな!」
「は、はぁ。」


サッチさんが、ニカリと笑う。

……サッチさんの笑みは……なんというか、人を安心させる笑みだと思う。
気の抜ける、と言うのは少々聞こえが悪いかもしれないけれど。
ホッと肩の力を抜かせてくれるような……そんな、笑み。


「さて、ナマエ。サッチの事情についちゃあ理解した。次はオメェの番だ。」
「あ、はい。」
「さっきのマルコの話に間違いはねぇな?」
「……はい、間違いありません。」


サッチさんが登場して、白ひげの船は軽くパニック状態に陥った。
そして詳しい話を聞くために隊長会議が行われたのだけれど……。

ついでに、私の事も説明することになったのだ。

声がずっと戻らない状態だったし、いつ戻るかも目途が立たなかったから……。
丁度よい機会だろう、と。
私に代わってマルコに軽く事情を説明してもらったところだったのだ。


「グララララ……ただ者じゃねぇとは思っていたが、まさか別の世界の人間とはな。」
「まぁ、私も初めは世界を超えただなんて、信じられませんでしたし。」


マルコが説明してくれたのは3つ。
私が別の世界の人間だと言うこと。
悪魔の実とは違う別の力…“念能力”を使うこと。
マルコを育てていたけれど、時を超えてこの時代にタイムスリップしてしまったこと。
(まぁ詳しくは違うんだけど、割愛すればそういうことだ。)

正直、他の人たちにバレてややこしくなるのは嫌なんだけど……。
隊長格の人間だけでも事情を知っておいた方がいいだろうと言うマルコの判断。
……白ひげさんの“息子”なら、マルコの信頼する“兄弟”なら、と。
私はその判断を信じて、彼らに話すことを許可したのだ。

……彼らが、その説明を信じるか否かは別として。


「いきなり別の世界だと言われてもなぁ?」
「俺ぁ想像もつかねぇよ。」
「……かなり突飛した話ですし、信じられなくて当たり前で……。」
「俺は信じるぜ。」


私の声を遮ったのはエース君。
ニッとした笑みを浮かべつつも……その視線は酷く真っ直ぐで真剣だ。


「エース君?」
「ナマエはあの戦争の時を止めた。それだけじゃなく、俺やオヤジ達の傷も治した。」
「……。」
「遠く離れたサッチまで治しちまったんだぜ?そんな悪魔の実の能力なんて聞いたことねぇよ。」
「……まぁ、確かになぁ。」


エース君の言葉に、イゾウさんが同意する。
その口の端は楽しげに上げられていて、艶やかだ。


「いくら不可思議な悪魔の実とは言え、そんなデタラメな能力の実は聞いたことがねぇし、“別の世界の人間”だという方が余程納得できるってもんだろう。」
「イゾウ……。」
「それに、マルコの家族なんだろう?疑う余地はねぇわなぁ。」


愉快気な声が部屋に響く。
くつりと笑う声が一つ一つ増えていく。

ついには、白ひげさんまでくつりくつりと笑っていて……。


「グラララ……どうやら俺の船にゃ随分と面白ぇ客人が来たらしい……。」
「オヤジ……。」
「愛する息子の言うことだ。信じるに決まってんだろうが。」


ぐびりと酒を傾ける。
その飲みっぷりは以前出会った時のままで。
思わず苦笑すれば、白ひげさんはニッと笑ってその盃を高く掲げた。


「テメェら!エースを取り戻し、サッチが起きた!……これほど嬉しい日は無えじゃねぇか!」


びりびりと、大きな声が部屋に響く。
突然の宣言に驚いて目を丸くすれば、マルコにポンポンと背を軽く叩かれた。
見上げれば……ニッと嬉しげに笑う顔。


「大事な客分の声も戻ったってぇのに、何もしねぇとは“白ひげ”の名が廃るってもんだろう?」
「え?え?」
「おうともよ!」
「その通りだぜ!オヤジィ!!」
「グララララ!腹を満たせ、酒を浴びろ!……今夜は宴だ!!」
「「「おおおおおお!!」」」


拳を突き上げ、雄叫びともとれる歓声を上げる面々。
それは扉の向こうからも聞こえていて……。
きっと、白ひげさんの声が聞こえていたのだろう。

船が、歓声に沸く。


「ナマエ。」
「ま、マルコ。えっと、これは……。」
「今夜は宴だよい。……酔い潰されねぇように気を付けないとねい。」
「おぉう……マジですか。」


くつりと笑うマルコに、口元を引きつらせながら苦笑する。

……それでも。
嬉しそうに笑うマルコや白ひげ海賊団を見ていれば……。
自然と、私もわくわくと胸が高鳴る。
上がる口角を止められない。


「……ねぇ、マルコ。」
「ん?」
「宴、楽しみだね。」


にへりと笑って見せれば、「おう。」とマルコも満面の笑みを見せた。















(やんややんや)
(宴だ宴だ)
(大口開けて歌い出せ)
(心のままに踊り出せ)
(なんと嬉しき日だろうか)
(やんややんや)
(さぁさ皆で飲み明かせ!)


09 END
2015/06/20


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ゆめうつつ