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辺りが暗闇へと染まり、満天の星が輝き始める頃。

大きな船の上で行われる宴は、それはもう賑やかなものだった。

皆が自然と歌い出し、好きなように踊る。
当たり前のように喧嘩が行われて
浴びる様に酒を飲み、美味い料理に舌鼓を打つ。

時折、ボボッと赤い炎が火柱を上げ、夜空を焦がした。


「エースの奴はしゃいでるねい。」
「あはは!楽しそうで良いじゃない。」


この船の末っ子が浮かれてか酔ってか、余興として能力を使っているらしい。
呆れたように、でもどこか優しげにエース君を見守るマルコ。
楽しげに踊るエース君に私も顔がほころんでしまう。

本日は宴。

無礼講の、なんでもありの楽しい祭りだ。










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やんややんやと、どんちゃん騒ぎな船の上。
皆お酒が入って顔を真っ赤にしながらも楽しそうに笑っている。

かくいう私もお酒を飲んでいたりするわけですが。
私はそれほど酒に強い訳じゃない、むしろ弱い部類に入るのだと思う。
飲んで、缶チューハイを2.3缶と言ったところだ。
HHの世界で何度か旅団の皆と飲んだことがあるけど、一番最初に潰れてしまうのはもちろん私だった。
(まぁ、旅団の皆が強すぎるんだよ、うん。)
この世界に来てからは小さなマルコが傍にいたからお酒を買う機会も飲む機会もなかったわけだから……。
更に、弱くなってしまっている可能性は十二分にあるわけで。


「ナマエ、大丈夫かい?」
「うん、まだ平気。」
「無理すんなよい。酔ってナマエに暴れられでもしたら、どうしようもないからねい。」
「あはは、たぶん大丈夫だよ。暴れる前に気絶する様に眠ると思うから。」
「それはそれで心配だよい。」


くつり、と隣でマルコがラム酒をあおりながら笑う。
生来のものかそれともこの船で鍛えられたのか。
マルコは相当に酒が強いらしい。
それでも、その顔がほんのりと赤く染まる程度には酒がまわってきているのだろう。

……それもそうか。
マルコは先ほどから私に注がれる酒を代わりにほとんど飲み干してくれているのだから。

私がこの船に乗ってから……エースを救出してから初めての宴。
声が出るようになって、ようやくコミュニケーションが取れるようになった私に声をかけてくれる船員さんは少なくなかった。
「ありがとう!」や「恩に着る!」など感謝の言葉と共に注がれる酒。
白ひげ海賊団1600人。
その大家族に注がれるすべての酒を飲み干すなんて私には到底無理な話で。
申し訳ないけれど、私が口をつけるのは注がれて最初の一口だけ。
あとはすべてマルコの中へと消えているのだ。


「マルコこそ大丈夫?結構な量飲んでると思うけど……。」
「ん。ペースは早いが、まぁいつもこんなもんだからねい。」
「そ、そうなんだ……。」


流石は海賊の宴、何もかもが規格外らしい。
マルコ本人が大丈夫と言っているのでその言葉を信じることにしよう。

美味しい料理を口に運び、色鮮やかなカクテルで喉を潤す。


「よぉ、飲んでるかい?」
「イゾウさん!」
「ほう、名前を覚えててくれたようで何よりだ。」


ふらり、と私とマルコの前に現れたのは、お酒が入っているからかいつもより艶やかなイゾウさんだった。
……この人って本当に下手な女性より色気あるんだもんなぁ……。
その滲み出る色気を分けて欲しいもんだ、うん。


「どうだい?うちの宴は。」
「すごく楽しいですよ!部外者の私にも皆さん優しくしてくれて……。」
「そりゃあオヤジと末っ子の命の恩人だ。優しくしないわけがねぇな。」


くくっ、と喉を鳴らしてイゾウさんが笑いながら私の隣へと腰を下ろした。
そんなイゾウさんの言葉にマルコも口の端を上げて笑っている。
右隣にはマルコ、左隣にはイゾウさん。
……両手に花ってこの事なんだろうか。なんて真剣に考えてしまうあたり、本当に酔いが回って来てるのかもしれない。


「で?どうしたんだよい?イゾウ。さっきまでオヤジと話してたような気がしたが……。」
「そうだ、オヤジが御呼びだぜ。話したいことがあるってよ。」
「進路のことかねい……?ナマエ、悪いけどちょっとオヤジのところに行ってく……。」
「嗚呼、違う違う、お前さんじゃねぇよマルコ。」
「は?」
「オヤジが呼んでんのはナマエだ。」
「わ、私ですか?」


どうやら私をご指名らしく、驚いて目を見開く。
これにはマルコも少しばかり驚いたようでイゾウさんを凝視していた。


「……なんでオヤジがナマエを呼んでんだよい。」
「さぁな、話がしてぇっつってたぜ?」
「お話、ですか。」
「……。」
「マルコ、着いて行くなよ?ナマエと二人だけで話がしてぇらしいからな。」


イゾウさんの言葉を聞いて、マルコの眉間に深い皺が刻まれる。
白ひげさんに対してマイナスの感情を抱く事なんて皆無だろうけど……。
恐らくは、心配してくれているのだろう。
マルコから白ひげさんの話を聞く限り、白ひげさんが二人で話をしたいという時は決まって大事なことについてだから。


「大丈夫だよ、マルコ。」
「ナマエ……。」
「白ひげさんも私の世界について色々聞きたいんじゃないかな。」


にへり、と笑いかけてその背を軽く叩く。
難しい表情だったその顔が、フッと苦笑する様に緩んだのを見て私は立ち上がった。
視線を上げれば……こちらを見やる白ひげさんの姿。


「んじゃ、ちょっと行ってくるね。」
「……ん。」
「おう、ゆっくり話してきな。」


ニッと笑ったイゾウさんと、先ほどよりも表情を緩めたマルコに手を振って歩き出す。
途中、なんどか酔っぱらった船員さんに絡まれながらも、ゆるりと躱して白ひげさんの元へ。
……どうやら人払いをしてくれていたらしく、賑やかな喧噪に包まれた甲板で、そこだけが少しばかり静かだった。
その配慮にただただ感謝する。
これなら……私も気兼ねなく白ひげさんと話ができるというものだから。


「……グララ、随分と久しいじゃねぇか、ナマエ。もう20余年ぶりになるか。」
「改めて、お久しぶりです白ひげさん。覚えて頂けたようで光栄です。」


少し歩いて、見上げた先には大きな体。
彼が若かりし頃に出会った時となんら変わりないその存在感。
にやりと笑ったその表情に、私も自然と笑みを返していた。


「驚いたぜ、まさかお前が昔のまんま現れるとはなぁ。」
「いやー、こんなことになるとは私も正直驚いてます。」
「グラララ!……オメェには聞きたいことが山ほどあるんだがな。」
「まぁ、私に答えられることでしたら、なんなりと。」


グビリと酒を傾ける白ひげさんのすぐ横へと腰を下ろす。
宴会騒ぎの甲板を見渡せば、マルコがサッチさんに絡まれ…それを見たイゾウさんが爆笑しているのが見えて苦笑した。

……正直、白ひげさんから何かしら問いただされるだろうなーとは思っていたから、特に驚くことも無く落ち着いている。
それに、白ひげさんにはマルコを救ってくれたという恩があるから……。
私に答えられることなら出来る限り答えるつもりだ。


「なら、そうだな……。あのとき、どうしてマルコが俺の息子になると知っていた?」
「それは……。」
「気付いてたか?マルコの説明じゃあお前は20余年前からこの時代に時を超えて来たことになる……だとしたらオカシイじゃねぇか。どうして現れた瞬間にエースの名を呼んだ?」
「え……?」
「マルコが俺の船に乗った後……つまり、お前がこの世から消えちまった後にエースは生まれた。なのに何故かお前はエースの事を知っていやがったな。“火拳”という二つ名も、俺の息子の一人であることも。」
「……。」


今更ながらに問い詰められてハッと気付いた。
やっちゃった。それが今の私の正直な感想だ。
そうだ、私は二十年前からタイムスリップしてきたようなもの。
あの頃エース君は生まれてもいないし、本来なら私が知っている人間ではないのだ。
なのに、私はこの世界に出てきた瞬間、エース君の名前を叫んでしまった。


「もしかすると、エースがあの戦争の引き金だったことも知ってたんじゃねぇのか?……20年前、俺の船に現れたあの夜にはすでに。」
「……。」
「……。」


シンとした空気が流れ、少しばかりぴんと糸が張りつめたような気配が漂う。
嗚呼、しまった。
こんな単純なミスをしてしまうなんて。
ハァ、と吐き出したため息は思ったよりも重く、それを聞いた白ひげさんがニヤリと口角を上げた。


「…………私がエース君の存在を知ってたこと、他の人たちも気付いてますよねー……。」
「少なくとも会議室でお前とマルコの事情を聞いた隊長格はな。これくらいの矛盾に気付かねぇ奴らじゃねぇよ。」
「……完璧ミスりました。」
「みてぇだなぁ。」


くつりと笑う声が聞こえて、私も諦めたように苦笑して息を吐いた。


「……そうですね、知ってましたよ。」
「……。」
「マルコが白ひげさんの船に乗ることも、エース君がとある事情で海軍に捕まることも、それによって起きる戦争の事も。」
「……。」
「全部、知ってました。……詳しくは話せませんけど。」
「グラララ、その答えで充分だ。……これから先の未来も知ってんのか。」
「そうですね……白ひげではない、とある海賊団の未来をある程度は。でも正直ここから“先のお話”は完全に私の知らない領域です。」


私が捻じ曲げた物語。
死ぬはずだった人間を生かし、大きく話の本筋を書き換えてしまった。
それによって……もう、どうなるか私に予想などつくはずもない。
今は、それが酷く恐ろしく感じているのだ。


「知らねぇ、か。……嗚呼、その方が良いだろう。」
「え?」
「未来を知ってて何が楽しいんだ?知らねぇからこそ面白いんじゃねぇか!」


グララララと豪快に笑う人。
これから何が起こるのかという不安も、恐怖も、すべて吹き飛ばしてしまうほどに大きな声で。

そんな白ひげさんを見ていると……なんだか、うじうじと悩んでいた自分が馬鹿らしくなってきた。


「……そうですね、知らないからこそ楽しいんですよね。」
「そうだ。離れそうなら意地でも掴めば良い、失いそうになれば死んでも守れば良い、それだけのことじゃねぇか。」


“それだけのこと”が、出来る人間がこの世にどれだけいるだろう。
それでも、この人は笑ってそう言いのけることができる人で。


「……やっぱり大きいですね、白ひげさんって。」
「年季が違うってことだろうよ。」


グララと笑う声に合わせて、私も笑った。















(オヤジとナマエ、何を話してんのかねい……。)
(それはそうと、ナマエちゃんって不思議な子だよなぁ。)
(サッチ?)
(嗚呼、そうだなぁ……。)
(イゾウ……お前まで何だよい。)
(……時を超えて来たってのにエースの事は知ってたろう?今回の戦争のことだってもしかしたら……。)
(……イゾウ、サッチ。)
(んー?)
(ナマエはナマエだ。)
(……。)
(ナマエは俺の、大事な家族なんだよい。)
(……そーだな。)


10 END
2015/08/05


実はオヤジさんに一番似ているのはサッチなんじゃないかと思い始めた今日この頃。



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ゆめうつつ