とある子供たちの話


自室にて。
本へと目を通していれば……部屋へと帰ってきた人の気配。
ドカリ、とベッドへ腰かけたのは少しばかり難しそうな顔をした白ひげで。
ふぅ、と吐かれたため息にナマエは本を閉じた。


「どうかなさったんですか?」
「あん?」
「お顔。随分と怖くなってますよ?」
「グラララ……。大したことじゃねぇよ。」
「……。」
「……ちーっとな。娘に泣かれちまった。」


そんな白ひげのセリフに目を見開いたのはナマエ。
まさか、と内心疑ったのは仕方がないだろう。
血は繋がっておらずとも、白ひげはナースたちを本当の娘の様に可愛がっている。
そんな娘を泣かしてしまっただなんて。

驚いた様子のナマエに、白ひげは苦笑する。


「……マークを、入れたいといってきやがった。」
「―――……あぁ…そういうことですか。」
「そういうことだ。」


困ったような白ひげの笑みに、ナマエも同じように苦笑する。
ベッドへと腰を下ろした白ひげに寄り添うように腰を降ろせば、大きな手が肩を抱く。


「こればかりは、仕方ありませんねぇ……。」
「嗚呼、これも俺の信念の一つだからなぁ。」


困ったように笑う親二人。
小さく笑ったため息は静かな部屋に溶けた。










とある子供たちの話










白ひげ海賊団の“ジョリー・ロジャー”。
そのマークは彼らにとって……息子たちにとって、言葉では言い表せない程特別な意味を持っていた。

ある者は、その誇りを己が背に背負い。
ある者は、誇りを守ると胸に刻み誓う。
ある者は、この誇りは命だと左の背に印し。
ある者は、誇りと共にあるのだと首に示した。

自由の象徴だと足首に刻む者。
強さの証なのだと腕に刻む者。

理由や場所、大きさは違えど皆がそのマークをその身に刻んでいる。
全ては誇りそのものである白ひげを慕うが故。


ただ、その誇りを体に刻まぬ例外もいた。


この船に乗る、ナマエ以外の女性。
ナースたちである。

彼女らは色んな島で白ひげとナマエに拾われた子らだった。
ゴミ溜めに捨てられていた子。
スラムで死にかけていた子。
奴隷として扱われていた子。
幼くも春を売らされていた子。
それぞれ境遇は違えど、白ひげに救われた子ら。

だからこそ、彼女らは白ひげに請うた。
誇りを我が身に刻みたい、と。何度も何度も白ひげに請うた。

しかし、白ひげはそれを許さなかった。

彼女らは戦えない。
いずれ陸に幸せを見つけ船を降りることもあるだろう。
その時、海賊であった事が障害になってはならぬと。
それは娘を思う白ひげの愛だった。

例え誇りを身に刻まずとも、心は皆同じ誇りを持っているのだと。
大きく武骨な手は、彼女らの頭を優しく撫でて諭した。


それでも、そのマークを身に刻みたいと言う娘たちは必ずしもいるもので。


「最近入ったばかりのナースがいただろう?」
「あぁ、あの子ですか……。」
「駄目だと言ったら泣かれちまった。」
「……あの子は……。」
「心配するな。ナース長が話をしてる。……下手なこたぁしねぇだろう。」
「そう、ですか。」


少しばかり不安そうな顔をしたナマエをみて、白ひげも眉を顰める。

これは船長命令。
それを無視して身体にマークを刻もうものなら……そのマークを消して、船を降ろさなくてはならない。
恐らくはその事態を案じているのだろう。


「……こればかりは、私は何も言えませんからねぇ……。」
「……。」


そう言って苦く笑ったナマエ。
白ひげからすれば小さな身体。
その身体には……己が背負う誇りと同じマークが刻まれている。


「納得してくれれば良いのですけど……。」
「大丈夫だ。何せ俺の娘だからなぁ。」
「ふふ…あなたの娘だから、無茶しないか心配なんじゃないですか。」
「グラララ!お前の娘でもあるんだ、馬鹿はやらねぇさ。」


そうだろう?
と、にやりと笑って言われれば、ナマエにはもう何も言えなくて。
ただただそんな白ひげに苦笑するだけだ。


「そういえば、エースちゃんはあなたと同じ場所にマークを入れましたねぇ。」
「俺の名を背負って暴れてみろとは言ったが……まさか本当に背に入れちまうとはなぁ。」
「ふふっ……エースちゃんはあなたの事が大好きですものね。」
「そういうサッチだってお前と同じ場所にマークをいれてるじゃねぇか。」
「あら、ご存じだったんですか?」
「馬鹿野郎、俺が知らねぇ訳がねぇだろう。」


楽しげにグララと笑う白ひげを見てナマエも笑う。
ナマエの身体に刻まれたマークは……左の背にある。
丁度心臓の裏側あたり。
サッチも、知ってか知らずか同じ場所へとマークを入れていたのである。


「エースちゃんは背中。マルコちゃんは胸。イゾウちゃんは首でしたねぇ。」
「入れろと強制したわけじゃねぇんだがなぁ。」
「皆、あなたを……あなたの誇りと共にありたいんですよ。」
「グララララ!俺ぁ幸せ者じゃねぇか。」


白ひげの元へと来る“息子”たちにも。皆、何かしらの過去がある。
だからこそ、「息子」と呼んでくれる白ひげを慕い、「親父」と呼ぶ。
この荒くれの海において、それはどれほど幸せなことだろうか。

くすくすと互いに笑っていれば、コンコンとノック。

ひょっこりと顔を出したのはサッチ。


「親父、今ちょっと良いか?」
「どうした?サッチ。」
「いや、ちょっと新人のナースのことで。」


困ったように笑うサッチの表情に、ナマエの顔が曇る。
白ひげの表情にも少しばかりの硬さが見えた。


「……どうだった?」
「なんとか納得したらしいぜ。我儘言ってすみません、だとよ。」
「グラララ、そうか。」


心底ホッとしたような親二人に、サッチが笑う。


「親父もおふくろも心配するこたぁねぇよ!」
「サッちゃん?」
「ナースたちも親父達の娘だぜ?親父やおふくろが悲しむようなことはしねぇよ。」


サッチの言葉に、白ひげとナマエは顔を見合わせ……笑う。
困ったように、照れたように。
小さく笑いを漏らす両親に、サッチも表情を綻ばせた。


「……なぁ、親父、おふくろ!今晩何か食べたいものあるか?」
「んん?どうした急に。」
「いや、献立決まらなくてよぉ。ついでだから何か食いたいもんあるかなーと思ってな!」


ニシシ、と笑うサッチに白ひげが苦笑する。
まったく、気ぃ使いやがって、と。


「……お前は何かあるか?」
「そうですねぇ、久々にお鍋なんていかがですか?」
「グララララ!そりゃあ良いじゃねぇか!」
「そういや海王類の良い肉が……よし!じゃあ今夜は鍋に決まりだな!」


準備してくるから楽しみに待っててくれよ!
なんて意気揚々と部屋を飛び出したサッチを見て苦笑する。


「……本当に、良い子達に恵まれましたねぇ。」
「グラララ、気ぃ使い過ぎるところが玉に傷だがなぁ。」


互いに顔を見合わせ笑う。

数十分後、ふわりと香ってきた良い匂い。
エースが満面の笑みで呼びに来るまであと数秒。















(親父っ!おふくろーっ!飯だってよ飯!)
(グラララ!そんなでけぇ声出さなくても聞こえてるぜエース。)
(ふふ、美味しそうな匂いですねぇ。)
(今夜は鍋だってよ!なんかサッチが張り切っててさ!すんげぇ美味そうな肉入ってたんだぜ!)
(グラララ!そりゃあ楽しみだ。)
(エースちゃんが我慢できなくなる前に行きましょうか、あなた。)
(あぁ、そうだなぁ。)


とある子供たちの話 END
2015/07/01



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ゆめうつつ