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「まぁるこぉ〜!」
「……。」
「よいよい!まぁるこよいよいっ!」


少し、目を離した隙の出来事だった。
オヤジがナマエと話がしたいって言うから少しだけそばを離れた。
イゾウと話し、サッチに絡まれ……。
もうそろそろ良いだろうとナマエの所へ歩いて行けば……。


「あはははは!まるこだまるこーっ!」
「……随分と出来上がっちまってるねい。」
「グラララ!俺の酒はちーときつかったらしいなぁ!」


グビリと酒を流し込むオヤジをジトリと見上げる。
オヤジの膝元では、顔を真っ赤にして焦点が合ってない目の座ったナマエの姿。
……オヤジが飲む酒はこの船でもトップクラスの度数を誇る。
ナマエが酒に弱いと言っていた事も事前に話していた。
つまり、オヤジは確信犯と言うわけだ。


「ったく……万が一、ナマエが泥酔して暴れたらどうすんだよい。」
「その心配はねぇだろう。」
「なんでそんなキッパリ……。」
「オメェがいるからな。」
「……は?」
「マルコ。お前が居る限りコイツは暴れたりしねぇよ。」


オヤジがくっと喉を鳴らして笑う。
少し意地悪実に細められた目にポカンと間抜け面を晒す。
オヤジの言葉を理解した瞬間、じわりじわりと顔が赤くなるのを自覚した。


「……オヤジ、ナマエから何を聞いたんだよい。」
「グララララ!酒飲んでる間散々聞かされたぜ、お前がどれだけ大好きで大事な存在なのか。」


“よかったじゃねぇか、マルコ。”
そう言ってオヤジは笑う。
俺は片手で目元を多い、深いため息を吐いてみるものの……。
きっと、オヤジからは真っ赤になった耳が丸見えだろう。


「あー……騒がせて悪かったねい。今引き上げる。」
「もうその様子じゃ今日は無理だろう、部屋に連れて行ってやれ。」
「そうするよい。」


にへらと上機嫌に笑っているナマエの腕を引っ張って、抱き上げる。
ガキの頃とは逆に、俺がナマエを子供の様に軽々と。
…予想よりも軽いその身体に少し驚く。
次いでフワリと香るナマエの香りに体が疼いた。

嗚呼、やっぱりナマエは柔らかくて温かいな。


「じゃあオヤジ、飲み過ぎねぇようにねい。」
「グララララ。」


笑ってごまかす親父に苦笑を残して、その場を背にした。










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「んん?ナマエどうしたんだ?」
「オヤジの酒を飲んじまったみたいでねい。」
「あははは、えーす君だぁ!」
「うわ、顔真っ赤じゃねぇか!大丈夫なのか?」
「見ての通りだよい。」


部屋に戻る途中、俺とナマエに気付いたエースが声をかけてきた。
先ほどまで俺に絡んでいたサッチやイゾウ達もいるらしく、皆が一様に俺たちを見ている。
皆が同じように驚いた顔をしているのが面白かったのか、ナマエはまだ上機嫌にケタケタと笑っていた。


「こりゃあ、随分と出来上がっちまってるなぁ。」
「オヤジの酒はキッツイもんよ……明日の朝、二日酔い用の飯準備しとくわ。」
「ん、頼むよい。」


よいしょと抱え直せば、ナマエの柔らかな体がピタリと密着する。
なるべく意識をしない様に意識を逸らしていれば……。
あろうことか、ナマエはぎゅうと俺の頭を抱え込んできた。
……子供の様に抱え上げていたのが仇となったのか、ナマエの胸が俺の顔へと押し付けられる。
ムニっと顔半分に当たる感触が柔らかくて気持ち良……。

って、ちょ、待てよい!!


「ナマエっ……前、見えねぇだろい!」
「あはははは!」
「おま……っ!なんて羨ましい体制になってんだマルコ!!サッチさんと変わりなさい!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよい蹴り飛ばすぞフランスパン。」


ガタタッと立ち上がろうとしたサッチを唯一見える片目でギロリと睨み付けて牽制する。
寝言言ってんじゃねぇよい、誰がこの場所を譲るかこの野郎。

予想よりも低く冷え切った俺の声が聞こえたのだろう。
ナマエがもぞりと動いたかと思えば、ほんの少しだけ体を離して俺をじっと見てきた。
完璧に酔いが回って真っ赤になった顔に、とろんとした眼。
……ゴクリと喉を鳴らしたのは誰にも気づかれなかったと思いたい。


「まるこ……?」
「な、なんだよい。」
「まるこぉ、怒っちゃダメだよー?」


……どうやら声のトーンから俺が怒ったと勘違いしたらしい。
しょぼんと肩を落として悲しそうな表情をしたナマエに内心かなり焦った。
嗚呼、違う、ナマエにそんな顔をさせたいわけじゃない。


「……大丈夫だよい、怒ってないからねい。」
「ほんと……?」
「本当だよい。」
「えへへー……まるこは良い子だねぇー。良い子はぎゅーしないとねぇー。」


嬉しそうにふにゃりと笑みを浮かべたかと思えば、再びぎゅうと頭を抱き込まれた。
……もうこれはナマエの癖なのだろう。
小さい頃から“良い事”をすればこうやってよく抱きしめられていた。
“この酔っぱらいめ”と思いながらも思いがけないご褒美に、気を抜けば口角が上がりそうになってしまう。


「ナマエ、くすぐったいよい。」
「んー?うふふ……。」
「ダメだ、聞いてねぇな。」
「今にも夢ん中に入っちまいそうだなぁ。」


他の野郎共からはナマエの気の抜けた顔が見えているのだろう。
少しばかりムッとしながらも、部屋に急ごうとしたその時だった。

ちぅ

……なんて聞こえたのは拙いリップ音。
その瞬間、感じた額への柔らかな感触。
それとほぼ同時に驚愕に目を見開いたサッチ達の顔。

いま……なにが。


「えへへー……まるこは良い子ぉー。」
「……。」


眼を、見開いて固まる。
突然額に振ったのは……ナマエの唇だった。
それは、母親が子供にするような、軽いキス。
今のナマエからすれば、子供時代の俺とダブってした行為なのだろう。

だけど……嗚呼、クソ。

ぎゅうとナマエを抱き上げる腕に力を籠めた。
チッと舌を打ち、ダンと足音を鳴らして歩きだす。
足早に向かったのは……俺の部屋。
背後に視線を感じながらも……今の俺に声をかけてくるような馬鹿は一人もいなかった。



・・・ ・・・



ドアをけ破る様にして部屋の中に入る。
ドサリとベッドへ横たえたナマエは……すでに夢の中だった。

幸せそうな寝顔に、今だけは苛立ちが募る。


「なぁ、ナマエ……頼むから煽るようなことは止めてくれよい……。」


ナマエの顔の横に手をつけばギシリとベッドが鳴く。
上からナマエの顔を覗き込み、もう片方の手でその頬を撫ぜれば……ほんのりと温かな体温が俺の手へと移った。


「ナマエ……。」
「……。」
「俺はもう……餓鬼じゃねぇんだよい……。」


もう一度その柔らかな頬を撫ぜる。
この船に乗って少し日に焼けた肌。

ナマエは……家族だ。
俺の母親代わりで、姉の様な人で……。
……でも


「……好きなんだよい。」


聞こえていないからこそ。
聞かれていないと解ってるからこそ言える言葉。

好きだ。
ナマエが好きだ。
もちろん、家族として、息子として、弟としてもナマエが好きだ。

でも、今はそれ以上に……。


「……愛してる。」


そっと、ナマエにキスをする。

……ナマエが眠っている時に告げることも
キスをした先が唇ではなく頬だったことも。

全ては……俺が臆病者だから。

好きだと……言える、はずがない。
ナマエの眼には俺が“家族”にしか映っていないのだから。
もしこの想いを告げて……拒絶されでもしたら?
ナマエが本気で逃げれば俺は恐らく見つけることができない。
再び目の前からナマエが消えてしまうことを思えば……
告げない方が断然マシなのだろう

嗚呼……
俺はいつからこんなチキン野郎になったのか。


「……俺は、馬鹿だねい。」


くっと自嘲する様に喉を鳴らす。
俺が想いを告げた事も、キスをしたことも。
何にも知らないで、幸せそうに眠るナマエが……。

今ばかりは憎いと思った。















(……なぁ、マルコの顔見たか?)
(……見た。ナマエがマルコの額にキスしたときだろ?)
(……ウチの長男があんな間抜けな顔するなんざ思っても見なかったねぇ。)
(ナマエちゃん、明日ちゃんと起きて来れると思うか?)
(……。)
(……。)
(ちょ、黙らないでくれる!?俺ちょー不安なんですけど!?)


11 END
2015/08/05


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ゆめうつつ