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フッと意識が浮上する。
ゆっくりと眼を開けば小さな窓から日差しが注ぎ込んでいて、その眩しさに少し眉を顰めた。
次いで襲ったのは激しい頭痛。


「……ったた…。」


頭を押さえ、悶えながらも起き上ればその頭痛はさらに酷くなった

うん……これ絶対二日酔いだよね。
昨日白ひげさんのお酒を口にした辺りから記憶がないんだけど。
え、ちょ、いたたたたた
あれ!?二日酔いってこんなに頭痛くなるんだっけ!?
しかも……ぐっ、気持ち悪っ!!

きっと今の私の顔は真っ青に青褪めているんだろう。
口元を抑え、せり上がってきたものをグッと堪えて呑み込む。
おふ……こんなになるまで飲んだのって久々ってか初めてかもしれない……。

そのとき、クッと押し殺すような笑い声が聞こえてそちらへと視線を向ける。
そこにいたのは……椅子に座り、腕を組んでこちらを見ながら笑っているマルコの姿。


「マルコ……オハヨウゴザイマス。」
「くくっ……おはようナマエ。随分と酷い顔だねい。」
「本当だよー……。こんなに酷い二日酔い初めて……うぷっ。」


ズキズキと痛む頭を押さえ、吐いてしまわない様に口も覆う。
そんな私を見てマルコが苦笑するのが見て取れた。
……絶対呆れられてるなぁ……。


「うー、頭がガンガンするぅ……。」
「サッチが胃に優しい朝飯作ってまってるよい。」
「ありがたいけど……ちょっと今は……。」
「ダメだ。船医から薬も預かってるからねい。ちょっとだけでも食べて薬飲んだ方が早くマシになるよい。」
「うぅ・……はーい。」


マルコに手を差し出され、その手を取る。
ふと見上げて……感じたのは違和感。
視線の先には仕方なさそうに薄く笑みを浮かべているマルコの顔。

でも……あれ?
笑ってるはずなのに……なんでそんなに寂しそうなの……?


「……マルコ?」
「ん?」
「……ううん、ごめん。なんでもないよ。」
「変なナマエだねい。ほら、行くよい。」
「…うん。」


声を掛ければ、いつもの笑みに戻ったマルコ。

私の気のせいかもしれない。
けど……さっき一瞬見えた笑みは……。
寂しそうな……何かを諦めたような笑みは何だったんだろう。

なんだかそれを問うのは躊躇われて……。
結局、何も聞けないまま私はマルコに手を引かれていた。










12










「お、ナマエちゃん起きれたんだ?おはようさん!」
「サッチさん、おはようございます。」
「俺には挨拶無しかよい。」
「野郎にそんなサービスありまっせーん。」


がやがやと賑わう食堂に入った瞬間、声をかけてくれたのはサッチさん。
ニカリと笑ったその顔はどこか人を安心させる笑みだ。
マルコと軽口をたたく姿に苦笑しながらテーブルへと着けば、数十秒もしないうちに美味しそうなスープが目の前に提供される。
……私の好きなコロコロ野菜が入った優しい味付けのコンソメスープだ。


「昨日かなり酔っぱらってたから軽いもんにしてみたぜ。ご賞味あれ!」
「わ……ありがとうございます!」


これは……かなり有難い。
いつも通りの朝食なら残してしまってたかもしれないけど、これならどうにか完食できそう。
……ちなみに、食堂の片隅を陣取って、朝から肉に食らいついているエース君は見て見ぬふりだ。
よくもまぁ、朝からあんなに重いモノ食べれるなぁ……お姉さん感心しちゃうよ、うん。

マルコは私と同じスープにホットサンドと目玉焼きやらベーコンのソテーやらを追加でパクリ。
流石のマルコも宴の翌朝に骨付き肉を齧り付く勇気はないようだ。

サッチさんを含め、三人で雑談をしながら朝食を食べていれば……。
次いで声をかけてきたのはハルタ君だった。


「二人ともおはよー。」
「あ、おはようハルタ君。」
「珍しいねい、寝坊助のハルタが朝食に間に合うなんて。」
「なんだか眼が冴えちゃってね。……ちょっとマルコに見てもらいたいものがあるんだけど。」


そう言ってハルタ君がクイッと親指で示したのが、何やら船員さん達が集まって何かを覗き込んでいる場所。
中にはラクヨウさんやイゾウさんもいるらしく、皆が揃って難しい……というか微妙な表情を浮かべていた。


「?……あれは何してんだよい?」
「いや、今日久々にニュースクーから新聞貰ってさ。」
「あー、そういや最近新聞とか見てねぇわ。」


色々あったからなぁとのんびりしたサッチさんとは逆に、歯切れの悪いハルタ君の言葉。
どうやらみんなが覗き込んでいるのは新聞らしいけど……この間の戦争の事について何か書かれているのだろうか。


「海軍が何かしら行動を起こしたのかねい……。ちょっと行ってくるよい。」
「うん。」


ガタリと席を立ち、ハルタ君と一緒にそちらへと歩いて行くマルコ。

……うん、今がチャンスかな。


「あの、サッチさん。」
「なーに?ナマエちゃん。」
「その、少しお聞きしたいんですけど……私昨日、酔っぱらってから何かやらかしましたか?」


そう、マルコのいない所でサッチさんに聞きたいことがあったのだ。
もちろんそれは昨日の宴の事。
酔ってからの記憶がないから、皆さんに対して何か失礼をしてないかと正直気が気でなかったんです。
そして……マルコの、あの笑みも。


「んー……いや、別になぁんにも?ずーっとにこにこ笑ってただけだったぜ?」
「そ、そうですか……。」
「……何かあった?」


少し小首を傾げて、笑みを浮かべたサッチさんが問うてくる。
……不思議な人だ。


「……マルコの様子が、少しおかしかったんです。」


この人にこうやって問いかけられると……するりと答えてしまう。


「マルコが?」
「はい。……朝起きたら、なんだか……何か諦めたような笑みを浮かべてて……。」


それはほんの一瞬だったから、自分の気のせいかも知れないけれど。
と付け加えてポツリと答えた。

マルコには笑っていてほしい。
ずっと笑顔でいてほしい。
けれど……あんな寂しそうな笑顔なんて望んでいない。


「だから、私酔っぱらった時に何かしちゃったのかなー、なんて。」


思ったりしちゃったわけです。
そう言い終われば、サッチさんが小さく息を吐いた。
仕方なさそうに苦笑するその顔は少しレアな気がして……。
思わず見入ってしまったのは内緒にしたい。


「んー、それに関してはナマエちゃんが気にすることじゃないと思うけどなぁ。」
「そう、ですか?」
「うん。酔った時別に変なことしてなかったし。……気のせい、かもしれないんだろ?」
「……はい。」
「まぁ、何かあったにしろマルコ自身の問題だと思うからさ。」


ゆっくり長い目で見守ってやればいいんじゃね?
なんて、バチッと軽いウィンク。
それを真正面から受けた私は一瞬キョトリとしたものの……思わず、笑ってしまった。


「ふふ……はい、そうします!」
「お、やっぱり女の子は笑った顔の方が可愛いなぁ!」
「あはは!やだサッチさんったら、もう女の子って言われる年じゃないですよー。」
「まだまだ!サッチさんからすりゃナマエちゃんは可愛い可愛い女の子だってんだよ!」


キラーンとポーズを決めたサッチさんと笑いあう。
嗚呼、本当に……サッチさんは不思議で温かい人だ。
スープの残りもあと僅か。
少し冷めてしまったが、美味しいままのそれに舌鼓を打っていれば……。

チッ、と大きな舌打ちが聞こえた。


「?」
「……マルコの奴どうしたんだ?」


どうやらその出所はマルコらしい。
怪訝そうに眉を顰めるサッチさんの視線の先には、一枚の紙を手にしたマルコの姿。
どうやらかなり機嫌が悪いらしく……その紙を睨み付ける様に握りしめていた。
あのマルコがこれほどまでに不機嫌さを表に出すなんて…と、私は席を立つ。


「マルコ?どうしたの?」
「……ナマエ…。」


思わず駆け寄れば、私を見て更に眉を顰めたマルコ。
え、あの、私なにかしましたか?


「あの……?」
「……ナマエ、すまねぇ。」
「え?」
「落ち着いてこれを見てくれよい。」
「?」


マルコが差し出したのは、先ほどまで睨み付けていた紙。
どうやら手配書の様で……。
それを覗き込んだ私は、目を見開き、声を失った。

その手配書に写っていたのは……一人の人間の姿。
手配書の写真にしてはかなり遠くから撮影されたようで、はっきりとは分からないが、これは……。


「……これ、私?」


写真の中に小さく写っているのは、私、だった。

あの戦争中に撮影されたのだろう。
大きな写真の中に小指くらいの大きさで全身が写っていて。
…ピンボケしているので私かどうかの判断は危ういけれど……。
髪形も服装もあのときの私のものだし……空の割れ目から出てきたところを激写されていて、疑う余地はない。


「……私の、手配書?」
「どうやらその様だねい。」


苦虫を噛み潰したような顔をしたマルコ。
少々唖然としながらも、その写真の下を見やれば……記載されていたのは二つ名と賞金額。


“禍津日(マガツヒ)” 2億ベリー


……いや、もう、なんていうか……。
禍津日ってもしかして神道の“禍津日神(マガツヒノカミ)”のこと?……災いの神様じゃないですかヤダー。
何で日本神話の神様がワンピースの世界に知れ渡ってんだとか、どうしてそれが私の二つ名につけられたんだとか、私はそんな大層なもんじゃないとか、賞金額に物申したいとか、よくこんな米粒みたいな写真で手配書作ったなとかツッコミどころは多々あるものの……。

嗚呼、私もついにお尋ね者になっちゃったよ。

というのが一番のショックで。


「……あはは……名前が知られてないだけマシ、かな?」
「悠長なこと言ってる場合じゃないよい……。」
「いやでも、この写真ぼやけてるし、顔までははっきりわからないでしょ?」


ニヘリと情けない笑みを浮かべて見せる。
そうやって振舞ってみるものの……。
お尋ね者…お尋ね者かぁ……。
そりゃまぁ…HHに居たときはクロロというお尋ね者の傍にいたわけだから、多少なりともそういう心構えはあったわけだし。
この世界で戦争に割り込んだ時点でこうなることは予想していた。
けど、いざ自分自身がなってみると、ちょっと、うん。

重いなぁ。


「ナマエ……。」
「あはは!なーに暗い顔してるのマルコ!私なら大丈夫だよ!」
「でも、戦争に巻き込んじまったせいでナマエまで賞金首に……。」
「だーから、名前は知られてないしこんな豆粒みたいな写真じゃちゃんとわからないって!……それに、私が自分から巻き込まれに行ったんだよ。」


平気だよ、と笑って見せる。
うん、重いとは思うけど……正直、そこまで危機感があるわけではない。

自惚れる訳ではないけれど、私はこの世界において比較的強い部類に入るだろう。
念能力を使えばどんな時どんな状況だって逃げられる自信がある。
身体能力だってHHの世界にトリップした時点で化け物レベル。
能力を使えなくたって、念を纏うだけでもこの世界の人間にとっては脅威なのだから。


「後悔はしてません。……私なら平気だよ、マルコ。」
「……よい。」


眉間に皺をよせ、難しい顔をしていたマルコの表情が少しだけ解けた。
マルコだってわかっているはずだ。
私がどれだけの強さなのか、なんて。


「あの戦争の事、その新聞に書かれてるんですか?」
「あぁ、随分と好き勝手に書いてくれちまってるねぇ。」


クッ、とイゾウさんが自嘲気味た笑みを浮かべる。
内容を聞いてみれば……

エースが海賊王の息子であることや麦わらのルフィとの関係性。
取り逃がしはしたが、かの白ひげ海賊団を壊滅にまで追い込んだだの。
白ひげの時代は終わったなどなど……色々と調子よく書かれているらしい。
その中には、私の事も。


「聞きたいかい?」
「ああああ…聞きたいような聞きたくないような…。」
「戦争中に突然現れその場にいた全員の行動を止めた。時間操作に関する能力者と思われる。女であること、白ひげ海賊団の味方であること。それ以外の詳細は不明。世界政府は“災厄”そのものであると発言、“禍津日”と命名し……だとさ。」
「うわぁあ…やっぱり聞かなきゃ良かった……。」


もう、項垂れる他ない。
後悔はしてない、それは本当だけど……うん、やっぱり吃驚するのは吃驚するんだよ。
そんな私を見て皆は苦笑し……マルコも苦笑を浮かべていた。


「さて、これからどうするかねぇ。ナマエが一人にならねぇように護衛でもつけるかい?」
「そうだねー、ナマエがウチにいることくらいはバレてるだろうしさ。」
「船の中なら大丈夫だろ、問題は島に出た時だな。」
「でも、時間を止める能力使えば大丈夫なんじゃないか?」
「あの時は不意打ちも良いとこだったろ。今度は能力も知られちまってるしなぁ。」
「さすがに大将クラスにでてこられちゃヤベェと思うぜ。」
「そうだよ。それに、また声を失っちゃったらどうすんのさ。」


と、イゾウさんたちの言葉に慌てる。
いやいやいや、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですから!
そう言って慌てて否定しようとした私の声に被る様にして聞こえたのはマルコの声だった。


「大丈夫だよい。ナマエに護衛はいらねぇ。」
「大丈夫って……確かにナマエは不思議な力は使うが万が一のことが……。」
「俺が傍にいるよい。」
「そうは言うが、常に一緒に居る訳じゃねぇだろう?」
「まぁねい。……でも。」


先ほどの苦笑も、眉根を寄せた難しい顔もすべて吹き飛ばして。
マルコが自信満々の顔でニヤリと笑う。


「ナマエは能力抜きにしても……充分強いからねい。」
「……テメェさっきまで苦虫噛み潰したような面ぁしてたくせによ。」
「俺はナマエを札付きにしちまったことに腹立ててたんだよい。……ナマエの強さに関しちゃ疑う余地は無いねい。」
「とは言ってもなぁ……。」


その場にいた全員の視線が私へと向けられる。
まぁ……うん。
身体能力や強さはデタラメだけど、見た目は普通の平凡な体系だからね。
それに戦争のときだって、能力を使って時間を止めただけ。
直接的に戦ったわけではないから、戦えないと思われても仕方ないのだろう。

皆の「心配です」と言わんばかりの視線がくすぐったい。


「……仕方ないねい。なぁナマエ。」
「なぁに?」
「俺と手合せ、してくれよい。」


マルコが、笑う。
ニッと笑みを浮かべる。
それは……どこか自信あり気に、どこか挑発する様に。
緑がかった青い目の奥に燻るのは……闘争心か。


「約束、してたろい。声出る様になったら手合せしてくれるって。」
「それは、そうだけど。」
「な?」


恐らくは、他の皆に私がどれだけの力を持っているのか示すため。
一番隊隊長であるマルコが相手なら、申し分ないだろう。

ジッとマルコの目を見据えて、意見が変わらないことを確認して……息を、吐いた。


「……能力無しでいいんだよね?」
「あぁ。」
「ハンデは?」
「いらねぇよい。」


全力で。

不死鳥が笑う。
待ちきれないと喉を鳴らす。

さて。
腕試しのお時間です。















(おいおい、マルコの奴本気かよ。)
(そりゃ…ナマエがある程度強いことくらいはわかるけどよぉ。)
(能力無しならマルコに軍配が上がるんじゃない?)
(……。)
(どうしたんだよエース。やけに神妙な顔してんじゃねーの。)
(……前にさ、マルコがナマエと手合せするって言ってたから俺もって言ったんだけど…。)
(?)
(俺じゃナマエの肩慣らしにもならねぇって断られた。)
(……。)
(……。)

彼らが見やるは鬼かはたまた化け物か。


12 END
2015/08/27


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ゆめうつつ