花の思い出


それは、とある日の事だった。


「おふくろ、買い忘れとかねぇか?」
「そうねぇ……必要な物も買ったし、もう大丈夫ですよ。」
「んじゃあ一旦荷物置きに船に戻ろうぜ。」


白ひげ海賊団が補給のため、とある島に立ち寄ったときの事。


「おーい!ハルタ!エース!一旦船戻るぞー!」
「ちょっと待ってよサッチ!これ見てこれ!」
「めっちゃ親父に似合いそうなの見つけた!!」
「何っ!?どれだ!?」


おふくろことナマエは、サッチ・ハルタ・エースと共に買い出しに街へと繰り出していた。
その島唯一の街は、穏やかな気候にゆったりとした雰囲気が売りの長閑な街。
大きくはあるが、どこか懐かしさを思わせる街でもあった。

買い出し、と言っても航海に必要な物は別部隊が買い出しに行っている。
あくまでナマエたちは私用の買い出し。
急ぐものでもなく、のんびりと街を散策しつつのお買いものだった。

島の名産は、美しい刺繍の施された布。
そして、色とりどりの花。

近くの店で白ひげに似合いそうな布をエースとハルタが見つけたらしく。
サッチが慌ててそちらへと駆け寄った。

“これはどうだ”、“こっちの方が”。
あーでもないこーでもないと真剣に吟味している息子たちの微笑ましい姿を見て目を細めるのはナマエで。
可愛い子供たちの姿に微笑んでいれば……ふわりと、鼻をくすぐる香りに気付いた。


「……あら?」










花の思い出










「これなんか良いんじゃねぇか?色違いで親父とおふくろでペア!どうよサッチさんコーディネート!」
「うーん、色は悪くはないけど…もうちょっと他の模様なかったの?」
「ははっ!悪趣味だなサッチ!」
「んだとコラァア!!ならおふくろに決めてもらおうじゃねぇか!なぁ、おふくろ…………。」


父と母にプレゼントを贈るため、真剣に布を選んでいた三人。
ふと、サッチが振り返りナマエへと問いかけようとして……ピタリ、とその行動を止めた。


「……おふくろ?」


突然動きを止めたサッチを不思議に思ったのだろう。
ハルタが「どうしたの?」と問いかければ、返ってきたのは小さな声。


「ちょっとサッチ、どうしたのさ。」
「………いねぇ……。」
「いねぇって、何が?」
「……っおふくろが居なくなった!!」
「「……はぁ!?」」


バッと、二人も後ろを振り向くも……そこでにこやかに見守ってくれていた人はおらず。
ザーッと血の気が引いたのは言うまでもないだろう。

近くの店で何かを覗いてるんじゃないかとあたりを見廻しても、見慣れたその姿は見つけられない。

チッ、と。盛大に舌を打つ。
油断した、と後悔しても遅い。


「探すぞ!まだ近くにいる筈だ!!」
「おう!」


……ナマエは、かの四皇・白ひげの妻だ。
白ひげの首を狙うものは少なくなく。
その妻であるナマエは絶好の獲物。
故に、船を降りる時は必ず隊長格が護衛としてその身を守るのだ。

ギリリと歯を食いしばる。
まさか、自分たちが気付かぬうちに連れ去られてしまうとは。
隊長格が三人もいて、気配に気づかないなんてありえない。
相手は相当の手練れなのだろう。

気を引き締め、街を駆け巡る。
それでも

ナマエの姿は見つけられなかった。





・・・ ・・・





「すまねぇ!親父!!」
「……。」
「何やってんだよい!テメェらは!!」
「……っ本当に、すまねぇ……っ!!」


あれから、どれほど探しても情報の一つも得られず。
加えて怪しい人間などいなかった。
ハルタがそのまま街に残り捜索を続ける中、応援を呼ぶために船へと戻ってきたのはエースとサッチだった。

がばり、と頭を下げた二人に大声を張り上げたのはマルコ。
一大事だということで隊長格全員が白ひげの部屋へと集まっていた。


「穏やかな島だからって油断して、おふくろを掻っ攫われるなんて……っどう責任とるつもりだよい!!」
「……っ。」
「落ち着けよマルコ。それよりも今はおふくろを探す方が先じゃねぇのかい?」
「……チッ。」


イゾウの言葉に、苛立ったようにマルコは舌を打つ。
あぁそうだ、まずはナマエを探さなくては。
そう頭では理解していても、焦燥感が湧き上がるのを止められない。
それでも、自分が冷静を欠いてしまえばますますナマエを救出する確率が下がるのだと、己に言い聞かせた。


「……各隊で捜索班を作るよい、島をエリアに分けてその場所を……。」


マルコの指示に、一気に部屋が騒がしくなる。
“島の地図を持ってこい!”
“各隊で見聞色の覇気を使える奴は……”
などと、切羽詰った息子達を後目に……ゆっくりと動いたのは白ひげだった。

何かを考え込む様にトントンと指で机を軽く叩く音に、隊長達が動きを止めて白ひげへと振り返る。


「……マルコ。」
「なんだよい、親父。」
「この島は随分と花の匂いがするじゃねぇか。」
「?……あぁ、確かこの島は気候やら環境が良いってんで花が育てやすいらしいからねい。品種改良とか新種とかもこの島で作られてる事が多いらしいよい。」
「あぁ、成る程なぁ……。」


少しばかり何かに納得したように頷く白ひげに、首を傾げるのは息子達だ。


「サッチ、エース。テメェらナマエが居なくなった時、殺気も何も感じなかったんだろう?」
「あ、あぁ。全然……。」
「俺たちが三人もいて気付かなかったんだぜ!?相当強ぇ奴に決まってる!!」
「フフ……グララララ!!そうか、強ぇ奴か!」
「親父!笑ってる場合じゃねぇんだって!」


慌てたようなラクヨウの声に、笑い声をかみ殺す。
それでも、その顔にはエースの発言がおかしいと言わんばかりに笑みが浮かべられていて。
ますます混乱する息子達。

そんな息子達を見て、また笑い出しそうになるのを堪えながら、白ひげは声を出す。


「グラララ……心配いらねぇよ。」
「は!?親父何言って……。」
「だが……そうだなぁ、散歩がてら迎えに行くとするか。」
「お、親父?」


ゆっくりと、立ち上がる白ひげにポカンと口を開けるエース。
ニッと笑った顔はマルコへと向けられて


「マルコ。」
「な、なんだよい。」
「この島で海の見える花畑はどこにある?」


問いかけられた質問に、全員がキョトリとした顔を浮かべた。





・・・ ・・・





十数分後。
白ひげたちは船を降り、木々の生い茂った道なき道を進んでいた。
海の見える花畑はモビーを止めた丁度逆側の位置。
街中を通って行けば近いのだが、何せこの男は“白ひげ”。
無駄に島の人間を驚かせることはないだろう、と森の中を突っ切っている。


「それにしても親父。その花畑とやらに心当たりでもあるのかよい?」
「あぁ、まぁおおよそで俺の考えは外れちゃいねぇだろう。」
「……親父が言うなら間違いはないだろうけどねい。そろそろ教えてくれても良いだろい?」


前を歩きながら振り返ったマルコに、にやりと笑みを浮かべる。
後ろに続く息子達も皆が皆不思議そうな表情を浮かべていて……。
肩を落としながら隣を歩くハルタの頭をワシワシと撫で、白ひげは笑いながら答えた。


「考えてもみろ。サッチやエース、ハルタが三人もいて気付かねぇ敵なんているわけねぇだろう。」
「親父……。」
「なら、考えられるのはナマエが自分の意思でそこから離れたってことだ。」


ナマエ相手ならテメェらも油断してるだろうからなぁ。
と、軽快に笑う白ひげに唖然。

サッチ達は腐っても白ひげ海賊団の隊長格。
例えどんな敵であろうとも、隊長格が三人もいて気付かないわけがない。
改めて白ひげにそう言われれば、妙に納得するしかなくて。


「それに……この島の気候は随分と似てやがる。」
「え?」


白ひげの言葉に首を傾げたとき、視界が開けた。
がさり、と小道を抜ければ……見えたのは色とりどりの花畑。
海が見えるその場所で、見惚れる程美しい花々が咲き誇っていて……。

そこに、花畑の真ん中に座り込み、海を眺めるナマエの姿があった。


「おふくろ!?」
「?……あらあら、皆揃ってどうしたの?」


コチラに気付き、微笑を浮かべながらも不思議そうに首を傾げたナマエの姿に脱力する。
無事だったナマエの姿に全員がハアァと深いため息を吐き、その場に崩れる様に膝をついた。
そんな中、グララと笑っているのは白ひげで。


「こんなところで何してやがんだ。」
「お買い物の途中で花の香りに誘われましてねぇ。……ここ、とても綺麗でしょう?」


ふふっ、と嬉しそうな笑みを浮かべるナマエ。
そんなナマエに少しだけ苦笑して、その隣へと腰を下ろす。


「グラララ!確かに綺麗だがなぁ。……ナマエ、サッチの傍を離れる時に声はかけたか?」
「……あらあらまぁまぁ、私ったら言ってなかったのかしら……。」
「聞いてねぇよおふくろぉ!!」


滂沱しながら詰め寄るサッチに苦笑を浮かべる。
相当心配をかけたこと理解したのだろう。
ぽんぽん、とその頭を軽く撫ぜた。


「あらあら、心配かけちゃったわねぇ……ごめんなさいね、サッちゃん。」
「ほんとだよおふくろ!どれだけ僕たちが心配したと思ってるのさ!」
「俺……っ心臓、止まるかと……っ!」
「ハルタちゃんにエースちゃんも、本当にごめんなさい。」


よしよし、と。
エースとハルタの頭も優しく撫ぜる。
困ったように微笑まれてしまえば、それ以上は何も言えなくなる。
もう脱力するしかない状況に笑ったのは白ひげだった。


「ここは随分と穏やかだなぁ。」
「えぇ、とても。」
「似てるじゃねぇか。」
「え?」


白ひげがちらりと視線を向けたのは花畑。
色とりどりの花、穏やかに凪いだ海。
春島にしては……ほんの少し肌寒い気候。

すべてが、似ているのだ。


「お前の故郷の島に。」
「……。」


ナマエが、目を細める。
遠くを見つめているようなその視線は、懐かしき故郷を思い出しているのだろうか。


「……そうですねぇ、とても似ていますよ。」
「懐かしいじゃねぇか。……俺が流れ着いた時にゃずぶ濡れで、お前に起こされた時はちーと寒かったもんだ。」
「ふふっ、春島にしては少し肌寒い気候でしたからねぇ。……慌てて家からタオルやら着替えやらを持ってきたのに、あなたったら勝手に火を起こして裸になってるんですもの。」
「あぁ、あの時ぁ顔を真っ赤にして慌てていやがったなぁ。」


くすくすと、笑い声が響く。
両親の、懐かしい昔の話。
白ひげとナマエが穏やかに話し始めたのを見て……息子たちは互いに視線を合わせ、ほんの少しその場から下がった。
2人の思い出の邪魔をしないように。


「いつだったか……いい年した大人に花冠被せてきやがったな?」
「似合ってましたよ?あなたの金色の髪と良く映えて。」
「グララララ!あの時は流石に恥ずかしいと思ったぜ。綺麗だの何だのと連呼しやがって。」
「ふふ、そんなこと思ってらしたんですねぇ。嫌だと言ってくだされば良かったのに。」
「匿ってくれてる人間に言えるわけねぇだろう。」


呆れたような笑みを浮かべる白ひげに笑う。
ナマエは視線を落とし……手元にあった花を一つ一つ、摘み取り始めた。
昔を思い出しながら、丁寧に。


「今思えば、よくもまぁ海賊を匿おうと思ったもんだ。」
「そうですねぇ。倒れているあなたを見つけたとき、海軍に通報しようか迷ったんですよ?」
「ほぉ?」
「でも……あなたの眼を見たら、そんな気が無くなってしまって。」


あなたの眼が、とても強くて真っ直ぐで……通報しようなんて考えを吹き飛ばしてしまいましたから。

そう答えれば、白ひげは黙って頭を掻いた。
照れたときの癖。
それを熟知しているナマエは、そんな白ひげを見てクスリと笑う。


「あなたが屋敷に来たときは本当に驚きましたねぇ。」
「ボロボロになったお前を見た時ぁ屋敷の人間全員殺してやろうかと思ったもんだ。」
「まぁ。」
「お前の実の父親だろうが何だろうが……惚れた女に手ぇあげたんだ。」


それで黙ってるなんざ、男じゃねぇよ。

そういってくつりと笑う。
恐らくは、あのとき能力を使って吹き飛ばしただけで終わらせたのはナマエへの配慮。
きっと、もっと深手を負わせたかったのだろうと、あわよくばこの世から消してしまおうと思っていたことも充分わかっていて。
ナマエの目の前でそれをしなかった白ひげに、ナマエは眩しそうに眼を細めた。


「……あなたは本当に優しいですね。」
「グララララ!そんなこと言うのはお前くらいだなぁ!」


天下の白ひげにそんな台詞を吐けるのはごく一部の人間のみ。
鬼より怖いと称される白ひげに“優しい”などと、それも正面切って言えるのは一人だけ。


「あなた。」
「ん?」


立ち上がったナマエに、頭に乗せられたのは……花冠。
先ほどから花を摘んで作っていたのはコレだったのだろう。
白ひげの頭に巻いた手拭の上にかぶせられた……色とりどりの花の冠。


「……やっぱり、似合ってらしゃいますよ。」
「グラララ、馬鹿言うんじゃねぇよ。」


ほわりと微笑めば……。
白ひげが困ったように……照れくさそうに笑う。

それは懐かしい、思い出のお話。















(……親父でもあんな顔して笑うんだなぁ。)
(おふくろの前だけだろうけどねい。)
(やべぇ、彼女欲しくなってきた。)
(そんなこと言って、この前また新人ナースにフラれたんだろサッチ。)
(言うなってんだよ!!)


END
2015/08/17



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ゆめうつつ