宴に花咲かせ


とある島でのことだった。


「チッ」
「どうしたマルコ、随分と険しい顔してるじゃあねぇか」


部屋の中でバサリと海図を広げていれば、入ってきたのはイゾウ。
グビリと飲んでいるのは恐らくナマエが作ったという梅酒だろう。
(イゾウがそれを知った瞬間、彼の好きな酒の上位にランクインしたことは言うまでも無い)
普段から度数の強い酒を好んで飲むイゾウからしてみればジュースと何ら変わりないそれで喉を潤しながら、先ほどから険しい顔を崩さないマルコへと近づきその手元を覗き込む。
少しばかり航海士としての心得があるイゾウが見たソレは……


「なんだ?この先立ち寄れるような島は一つだけなのかい?」
「あぁ、周りに島と呼べるような島が無くてねい。色々補給できるのはこの島だけだよい」


ただ、マルコの話によればその島も町などがあるわけではなく無人島の類らしい。
それでも資源は豊富でその次の島までの補給には充分。


「この島に寄れるなら、その次の島までは充分食料も確保できるだろう」
「……そうなんだけどねい」


ハァ、と深いため息を吐いたマルコに、首を傾げる。
大きな港町があるその次の島まで、今蓄えている食料では心許ない。
だからこそ、間の島で補給をと考えていたのだろう。
それにはこの島が打ってつけ……というよりこの島しかないのだ。
だというのにこの長男のしかめっ面。

……何かがあるな、と想像に難しくなく。


「何だ?一体その島にどんな“オタカラ”があるってんだ?」
「……俺だって普通の状態ならこの島に即決だよい。だが今は……できるなら寄りたくないねい」


心底嫌そうな顔、げっそりとやつれたようなマルコがイゾウへと視線を移す。
あぁ心底疲れてやがる、というより心底嫌がってる。
そんなマルコへと首を傾げて見せれば……彼の口から紡がれた言葉に目を見開いた。


「……今あの島には…………赤髪が来てんだよい」
「は……」


その島にて補給をしなければ危うい状況
しかしその島には、出来る事なら会いたくはない赤髪。

彼等に、選択肢などなかった。










宴に花咲かせ










「よぉ、久しいじゃないか。元気そうで何よりだ、白ひげ」
「グララララ。ハナタレ小僧が随分と成りあがったもんだ」


とある島のとある浜辺では………四皇と呼ばれる勢力の二大海賊団が対峙していた。
ドン、と対面する両者
片や赤髪海賊団大頭、“赤髪”のシャンクス。
片や白ひげ海賊団船長、“白ひげ”エドワード・ニューゲート。
この両者の真っ向からの対峙など異例であり、本来ならば海軍が絶対的に避けたい事態なのだ。


「まさかテメェ等もこの島に来てやがったとはなぁ」
「この辺りで補給のできる島はこの島だけだからな。俺たちは明日には引き上げる予定だ。できるならここで争い事は起こしたくはない、一時休戦といかないか?」
「グラララ……。この海域で唯一補給のできる島だ、そんな島をたかがテメェらとのドンパチで消しちまうわけにはいかねぇだろう」


ニッと微笑を浮かべている両者の間には多少なりとも緊張感があるものの、そこに殺気や闘志はない。
比較的穏やかに事が進みそうだと胸を撫で下ろしているのは幹部や隊長達で……。
あからさまに殺気を垂れ流しているのは船員たちだ。
そんなピンと張りつめた空気に内心呆れたように苦笑するのは各海賊団のトップたち。


「馬鹿息子共、今回は休戦だ。手ぇ出すような真似するんじゃねぇぞ」
「でもよぉ、親父……」
「親父の決定だよい。いいか?あっちに手ぇ出したら隊長格直々の仕置きがあると思えよい」
「よぉ!マルコじゃないか、どうだ?うちの船に乗らないか?」
「赤髪ぃ!乗らねぇって何度言ったら解るんだよいテメェは!!」
「た、隊長!おさえておさえて!!」
「だーっはははははは!」


ふぅ、と息を吐きだしたマルコの額には青筋。
慌ててマルコを取り押さえる船員たちを見て苦笑を漏らしたのはサッチだった。
どうやらマルコにとってシャンクスとの相性は悪いらしい。
さて、何はともあれ赤髪海賊団とはやりあわないと取り決めが交わされた。
なら食料や他諸々の補給が最優先だと、それに合わせて各隊長達が動きはじめようとした……

その時だった。


「あらあら、みんなここにいたのねぇ」
「おふくろ……っ!」


船から降りてきたのはおふくろことナマエ。
久々の島への上陸。散歩へとでも思ったのだろうか?
無防備にもトコトコと歩いてきた自分たちの母親の姿にぎょっと眼を剥く。
今は、まずい。
まだ赤髪たちは去っておらず、場に緊張感が漂っているのだ。
敵対勢力の頭に姿を見せるなど以ての外。
……それでなくとも、ただでさえ息子たちは大事な母親を赤髪に合わせるのが嫌だった。
何故ならば……


「ナマエさん!!ナマエさんじゃないか!」
「まぁまぁ、シャンクス君。お久しぶりねぇ」
「いやぁ!ナマエさんも元気そうで何よりだ!」


……何故か、シャンクスとナマエは妙に仲が良いのだから。


「そちらはシャンクス君のお仲間さんね?あらあら、みんな随分立派になって……」
「ナマエさんは変わらないな。相変わらず綺麗で可愛いままだ!」
「ふふっ口も上手くなっちゃって……お世辞を言っても何も出ませんよ?」
「だっはっは!世辞なんかじゃねぇよ!」


場にそぐわぬ和やかな空気がシャンクスとナマエ、二人の間を流れていた。
シャンクスがナマエに話しかけても白ひげが怒りを見せていない所を見るに、シャンクスの人柄や力を認めている証拠なのだろう。
懐かしい再会となった二人に口をはさむことも無く、その瞳はジッとその光景を見守っていた。


「それにしても懐かしいな!幾度か白ひげとは合うことがあったがナマエさんには会わせてもらえなかったからな」
「グララララ。戦争中の敵船の船長に自分の宝を見せる馬鹿がどこにいるってんだアホンダラァ」
「ケチだな白ひげ。……なぁナマエさん、少しだけでもウチの船に乗らないか?」
「ふふ、お誘いありがとうねシャンクス君。お気持ちだけ頂くわ」


俺の船を見てもらいたかったんだがな。と、ブーと頬を膨らませて不貞腐れるシャンクスにナマエがクスクスと笑う。
昔から、何かとロジャー海賊団とやりあっていた白ひげは、その船の下っ端だったシャンクスとも顔を合わせる機会が多かった。
それこそ、桜舞い散る島で飲み交わしたこともある。
そんな中で……シャンクスはナマエと話をしたことが何度かあった。
まるで母の様な……そんなナマエの雰囲気に懐いたのも必然。

そして、それが大層面白くないのが白ひげの息子達である。

気に喰わぬ敵船の船長が大事な母に誘いをかけた、そんな光景を目にして白ひげの息子達からブワリと湧き上がったのは怒気。
その中で、殺気ともいえる一番の怒気を発している出所はマルコだ。
今にも飛びかからんとするマルコを必死で抑えている船員たちはもはや顔面蒼白としている。

先ほどまで一時休戦とあって少しばかり緩んだその場の空気が、少しずつまた緊張感を増していた。


「あぁ、そういえば……シャンクス君、梅酒は好きかしらねぇ?」
「ウメシュ?梅をつけた酒か……酒はみんな好きだが」
「久々に作ったんだけど上手にできたの。お一ついかがかしら?」
「いいのか!?ありがとう!ナマエさんの酒は美味いからなぁ!楽しみだ!」


その瞬間、フォッサは右隣にいたイゾウの拳がミシリと悲鳴を上げるのを聞いた。
イゾウはナマエの作る梅酒などの酒が好きだ。
自分の慕う母が作った美味い酒。
それを気に喰わない敵船の……しかも馴れ馴れしい船長に掠め取られたとなるとキレそうになるのも頷ける。
今イゾウの顔は怖くて見えない、とでも言いたげにフォッサは視線を左へと逸らす。
すると


「その美味い梅酒を堪能しつつ、久々にナマエさんの美味い肴も食いたいもんだ!」
「あらまぁ、本当にお世辞が上手になっちゃって……」
「俺は本当の事しか言わねぇよ。なぁ白ひげ!」
「……仕方ねぇ野郎だ。ナマエ、適当に作ってやれ」
「ふふっ、はいはい」


今度はフォッサの左隣からビキィと青筋が浮かぶ音が聞こえたような気がした。
そろりと視線を向ければ……サッチが笑顔を固まらせたまま赤髪をジッと見やり、今にもキレそうなほど血管を浮かび上がらせている。
……それもそうだ、おふくろの手料理など自分たちは滅多に口にすることができない。
それは1600人の大家族であるがゆえに仕方のない事なのだが……。
月に何度かあるナマエの手料理を一番楽しみにしているのは実はサッチだったりもする。

己の両隣からゴッと立ち上る殺気に勘弁してくれと言わんばかりにフォッサが小さく息を吐いたその時


「おい、赤髪!おふくろの酒も手料理もって……ずりぃぞ!!」


俺だって滅多に食えねぇんだからな!
と大声を張り上げたのはこの船が誇る食いしん坊。
ザッと飛び出したテンガロンハットの男がナマエの隣へと並び、ジトーッとシャンクスを見やる。


「エースじゃないか!久しいな!お前また強くなったんじゃないか?」
「おう!まぁな……って話逸らすんじゃねーよ!」
「まぁまぁ落ち着け、さっきこの島で獲った肉があるんだ。食べるか?」
「食う!」
「「「釣られてんじゃねぇ(よい)!!」」」


先ほどの不機嫌顔はどこへやら。
キラキラと眼を輝かせたエースを見て、遠い日の子供を思い出し、シャンクスが笑う。
ギャアギャアと騒ぎ始めた白ひげ海賊団をみてケラケラと笑っていれば、ゴンと鈍い音が赤い頭に響いた。


「お頭、悪ふざけが過ぎるぞ」
「ってぇな!……いいじゃないかベン、久々の白ひげとの宴だぞ?」
「ったく……。すまねぇな白ひげ」
「グララララ、相変わらずオメェは苦労してるみてぇじゃねぇか」
「ベン君もお久しぶりねぇ、元気そうで安心しましたよ」
「ナマエさんも変わりないようで、何よりだ」


ガヤガヤザワザワと騒がしくなり始めた周囲に白ひげが楽しげに笑う。
赤髪海賊団副船長であるベックマンも諦めたように紫煙を吐き出した。
嬉しそうに笑んだナマエが酒と料理をふるまうために、サッチと共に船へと踵を返す。
どんな理由であれ、休戦中の海賊が気分を高めたのならすることは一つ。


「野郎共宴だぁああ!!」
「グララララ!今夜は存分に飲みやがれ!」


白ひげ海賊団、そして赤髪海賊団。
敵味方入り乱れ、酒を酌み交わし肩を組んで歌い踊り明かす。
ルウとエースは食べ物を奪い合うように早食いを始め。
イゾウとヤソップは酒を片手に飲み比べ競い合う。
そんな光景を呆れたように見ながら言葉を交わしているのはマルコとベン。
ナマエに注がれた酒を手に、盃を交わして笑いあうは白ひげと赤髪。


「なぁナマエさん、一週間!一週間だけで良いからウチの船に乗らないか?立派になったところを見てほしいんだよ」
「そうねぇ、ニューゲートが良しと言ったらいいですよ」
「言うわけがねぇだろう、アホンダラぁ」
「だよなぁ……。じゃあマルコうちの船に乗らないか?」
「いい加減しつけぇよい!!ってかおふくろに絡むのもやめろい!!……ベン・ベックマン、あんたも自分のとこの船長の面倒くらい見てろよい……」
「いや、ナマエさんがくればお頭はその間だけでも大人しくなるだろうし、お前が乗れば俺の負担も減ると思ったんだがな」
「……っ!!」

「がつがつ!!」
「むぐむぐ!!」
「や、やべぇ、この周りだけ料理が段違いに無くなってやがる……!」
「あの二人の腹ん中ブラックホールかってんだよ!?」
「ね、ねぇ、こっちだけじゃないって、あっちもやばいって!」
「へへっ、随分といける口じゃねぇか若造」
「そういうお前さんも随分強いねぇ、だが勝ちは譲れねぇなぁ」
「周りに転がってる酒樽の数尋常じゃねぇ……!!」
「あれだけ飲んで平気とか……化け物かあの二人!」


どんちゃん騒ぎの盛大な宴
無人島に流れるは陽気な音楽に明るい歌声

奇妙な組み合わせのこの宴はこうして朝方まで続いた。















翌日
(じゃーなー!白ひげ海賊団!また会おうぜー!)
(シャンクス君達も元気でねー!無理はしちゃ駄目ですよー!)
(だっはっは!そりゃ無理な約束だ!ナマエさんも元気でなー!)
(グラララ、騒がしい野郎だ。)
(ふふっ、シャンクス君らしいですねぇ)

(ようやくいきやがったなぁ……)
(……なんかどっと疲れたよい)
(あっ!!)
(ん?どうしたサッチ?)
(あの野郎ちゃっかりおふくろの梅酒、全部持って行きやがった!!)
(((何ぃーーーっ!?)))


宴に花咲かせ  END
2016/02/28



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ゆめうつつ