13


普通の船と比べれば断然広い船の甲板。
そこで、いちにっさんし……と準備運動をする私を見やるのは、対戦相手であるマルコ。
そして……私たちを取り囲むかのように野次馬と化した隊長格の面々と船員さん達。

ちょ、これは見世物じゃ……いや、うん、もういいや。

ここまで注目されると手合せしづらいなー、なんて苦笑しつつストレッチを続行する。
そのとき、視界の端で見えたものと聞こえてきた声に再び苦笑するしかなかった。


「……ねぇ、マルコ。なんだか賭けが始まってるみたいなんだけど……。」
「だろうねい。いつものことだよい。」
「いつもなんだ……。」


誰かが喧嘩を始めたり、こうやって手合せをするときはだいたい誰かが賭けはじめるらしい。
マルコと私、どちらが勝つか。なんて賭け。
聞こえてくるのはだいたいマルコに賭ける声で……。
時折私に賭ける声が聞こえてくるけど、きっと大穴狙いってやつなのだろう。


「お祭り騒ぎだねー。」
「……ナマエ。」
「ん?」
「もうそろそろ良いかよい?」


チリチリと、マルコの殺気が肌を焼く。
薄く笑みを浮かべたその表情は……表面上こそ余裕を見せているけれど。

早く戦いたいのだと、切実に語っていて。

私はまた苦く笑う。


「うん。はじめようか。」


最後にグッと伸びをして……空を見る。
嗚呼、今日も快晴だ。










13










「それじゃあルール説明だ。互いに能力の使用は無し、使うのは体術のみ。どちらかが降参するか気絶、戦闘不能と判断されりゃあそこで手合せ終了だ。審判は俺が務める。……質問は?」
「ねぇよい。」
「大丈夫です。」


私とマルコの間に立って場を仕切り始めたのはイゾウさん。
私とマルコを囲む様に各隊長さんと野次馬の船員さん達が嬉々とした表情でこちらを見ていた。
その多数の視線も気になるけれど……今一番気になるのはマルコの視線。

チリチリと、私を見やる眼が熱を帯びていく。
闘志、とでも言うのだろうか。
クロロ達と手合せをしていた頃と同じ……懐かしいソレに目を細めた。


「……ナマエと手合せなんて何年振りだろうねい。」
「私にとっては数か月前のことなんだけどなぁ……。」
「俺にとっちゃもう二十余年ぶりだよい。」


くつりと、マルコが口の端を上げる。
……どこか自嘲気味たそれに再び違和感。
なんで、今日はそんなに寂しげに笑うことが多いのだろう……。

内心首を傾げつつも、戦う姿勢を見せたマルコに合わせ、私も構える。


「用意はいいな?」
「いつでも。」
「……はい。」


イゾウさんが腕を上げる。
ピリリと空気が張りつめ、騒がしかった甲板が静寂に包まれた。
シンとした空間の中で……チャプンと聞こえる波の音が滑稽だ、なんて頭の片隅で思う。
目の前のマルコは、私から視線を離さない。
私も、マルコを見据え……頭を切り替える。

これからは……


「用意……。」


戦いだ。


「はじめっ!!」


ザッと、振り下ろされたイゾウさんの手。
それと同時にマルコが地を蹴った。

まばたきした瞬間、眼前にマルコの足。


「!」
「先手必勝だよい!!」


繰り出された蹴りを後ろへ下がり、紙一重で避ける。
チリッと髪をかすり空を切ったマルコの蹴り。

早い。
予想よりもずっと。

能力を使っていない分、機動力は落ちているはずだ。
それでも、十分な速さを誇るマルコに……思わず冷や汗。


「あ、ぶなっ!!」
「ボーっとしてると怪我するよい!!」
「わ!ちょ、待っ…っわわっ!!」


トン、とマルコが着地したかと思えば振り向きざまに回し蹴り。
それもギリギリの所で避ければ、にやりと笑ったマルコ。

あ、マズイ。


「隙あり!」
「う、わっ!!」


回し蹴りも避けられると予測していたのだろう。
その蹴りの勢いで、もう片方の足で私の頭を狙う。
二段構えの蹴り。
……なんて軽やかなのだろう、その体制から繰り出しますか。


「っ!」
「あたたた……。」


これは避けられないと判断し、腕でガード。
ドッと音を立てた腕がびりびりと痺れた。
うん……一見軽やかに見える蹴りだけど、重い。
やはり、子供の頃とは比べ物にならない。

私がその蹴りを防いだことに一瞬驚いたのか、マルコが眼を見開いた。


「……流石だねい。」
「あはは、ありがとう。……強くなったねーマルコ。」
「その台詞はまだ早いよい。」


私が防いだことにより、更にやる気が増したのだろうか。
ニヤリと笑ったその顔がやけに恐ろしいのですが。


「まだまだ、どれだけ強くなったか見てもらわないとねい。」
「……うん、そうだね。」


私も、マルコがどこまで強くなったか見てみたい。

マルコの足を弾き、後ろへと飛んで体制を整える。
もう一度構え直せば……マルコはペロリと唇を舐めていた。
(うわぁ…獲物を狙う動物の顔ってあんなのなんだろうなぁ)


「逃がさねぇよい!!」
「うわ!早っ!!」


ドン、と地を蹴ったかと思えば一瞬で間合いを詰められる。
また蹴りが来る……かと思えば今度繰り出されたのは拳。
って、ちょ……ここでフェイントいれますか!?

慌ててそれを流す様に弾いて跳躍し、マルコの肩を蹴ってその背後へと逃げる。
息もつかず、ぐるりと振り返ったマルコが再び攻撃を仕掛けてくる。

拳を繰り出されては弾き、蹴りがくれば避ける。
その一撃一撃すべてが重く……まるで一撃必殺。
まともに喰らえば大ダメージだ。

それを繰り返しばんばん繰り出されているこちらの身にもなってほしい。
時折フェイントを入れられて少しヒヤリとしてしまう。

慣れてる……戦い慣れている。
子供の頃とはもう全然比べ物にならない。
今までの実戦経験が違うのだから。


「考え事、なんて、余裕だ、ねい!!」
「余裕、なんて、ありま、せん、よいっ!」
「余裕だ、ろい!」


ああもう、ニィと笑っているマルコ方が余裕じゃないか。

……なら、こちらも反撃してみよう。
私だってクロロと共に居て、戦闘経験なら嫌と言うほど積んでいる。
年数は違えど、内容の濃さでは負けていないつもりだ。

マルコの攻撃の合間を縫って、その首目掛けて手刀を繰り出す。
ハッと私の攻撃に気付いたマルコが後ろへ下がった。

まさに間一髪。
少しでも遅ければ……その首に痣を残していただろう。

「うおっ!」なんて焦った声が聞こえて、周りのギャラリーもどよめく。
今度はマルコが後ろへと退き……驚いたようにこちらを見た。
そして……再びニヤリと笑う。


「……ようやくやる気になったのかよい?」
「手加減は無しでいいんでしょう?」


互いに笑い、再び距離を詰めた。

ドッ
メキ
ドゴォ
ガッ

マルコが攻撃を繰り出す音。
私がそれを防ぐ音。
その音が段々と大きさを増し、なんともえげつない音へと変わっていく。
互いに攻撃を繰り出してはギリギリで避ける。
ギャラリーが次第に息をのむほどの速さに発展し……その衝撃音は激しさを増した。
その衝撃により、ミシリミシリと船が軋み始める。

嗚呼、流石一番隊隊長。
強さも早さも申し分ない。
成長したマルコの戦いぶりに、半ば感心しかけた……その時だった。


ヂッ、と私の米神をかすったマルコの拳。


少しばかり殺気を纏ったソレに、思わず反応してしまった。
反射的に、体全体に念を纏ってマルコの攻撃を弾く。
驚いたようなマルコを後目に、手に強く念を纏わせて……マルコの身体目掛けてズバンと揮ってしまう。
すべては、HHで培った防衛本能による無意識の結果。
「しまった。」なんて思った時にはすでに遅く。
マルコの右横腹から左肩にかけて大きく斬り裂いてしまった。

マルコを傷つけてしまった。
一瞬ヒヤリとしたものの……ボボッと青い炎が揺らめいて傷口が消えていくのを確認し、ホッと息を吐く。


「あー……ごめん。」


スッと、先ほどまでのピリピリしたものが抜けていくのがわかる。
それはマルコも同じだったのか、戦闘態勢を解き、苦笑していた。


「今、能力使っただろい。」
「うん、つい反射的に。」


今回の手合せは能力無しの体術勝負。
私が念を纏わせた時点でそれは私の負けとなる。


「うわー…負けちゃった。」
「勝った実感なんて欠片もねぇよい。斬られちまったしねい。……それに、本気じゃなかっただろい。」
「え?そんなことないよ、本気本気。」
「嘘吐け。」


はぁ、と深いため息を吐いたマルコ。
あれ?どうして勝ったマルコの方がそんなに悔しそうなんですか。


「……これでもナマエには敵わねぇか。」
「いやいや、マルコが勝ったじゃない。」
「勝ったが……試合に勝って勝負に負けたって気分だよい。」


少しばかり落ち込んだ様子のマルコに苦笑。
またいつでも手合せするよ、と約束して周りを見渡せば……。
ギャラリーたちが、唖然と眼を見開いているのが見えた。

え、あの……あれ?


「イゾウさん?えっと、勝負ありで良いですか?」
「あ、あぁ、この勝負マルコの勝ちだな。」


そうイゾウさんが宣言しても、周りの人たちは微動だにせず私とマルコを凝視していた。
マルコが勝ったんだから、マルコに賭けた人たちが喜ぶと思ったんだけど……そんな気配は微塵も無い。
どうしたのだろうと首を傾げれば、声を上げたのはマルコだった。


「これで解っただろい。ナマエに護衛は必要ないよい。」


マルコの言葉に、そういえばそう言う意図もあったんだっけと思い出す。
コクリと頷いた面々に満足そうに息を吐き……こちらへと振り向いたマルコ。


「用は済んだし、俺は仕事してくるよい。」
「あ、もういいのかな?」
「あぁ。……ナマエが前に読みたいって言ってた本もあるから一緒に来るかい?」
「わ!行く行く!」


フッと笑い、歩き出したマルコのあとへと続く。
残されたギャラリーたちが動き出したのは……それから数分後の事だった。















(……見たか、今の。)
(強ぇな……あのマルコを手玉に取ってたぞ。)
(ナマエは手ぇ抜いてるようには見えなかったが……本気ってわけでもなかったな。)
(少なくともマルコは半分本気だったろ。途中から眼がマジだったぞ。)
(手遊び程度であの強さか。)
(マルコが遊ばれるって……本気だしたらどれだけ強いんだ?)
(……。)
(……。)
(俺……なんでマルコが強ぇか、今その理由を見た気がするわ。)
(そりゃあ、あんな奴に手ほどきされてりゃあ嫌でも強くなるだろうよ。)
(これじゃあ確かに……エースじゃ肩慣らしにもならねぇな。)
(くそーっ!)


13 END
2015/08/27


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ゆめうつつ