15


マルコと手合せをした日から数日。
私はそれなりに充実した日々を送っていた。

マルコと私の手合せを見た船員さん達から、俺も俺もと手合せの申し込みがあり。
一日数人ずつお相手することになったり。
(特にエース君は気合十分だった。)
お酒に弱いのを何とかしようと、白ひげさんの晩酌にちょくちょく付き合ったり。
(やっぱり白ひげさんのお酒は強すぎて駄目だった。)
こんな客分の身である私に温かく接してくれる白ひげ海賊団に胸がきゅーとなる。
(嗚呼もう本当に大好きだ!)


そんな私の目下の悩みと言えば……マルコの事。
……最近、マルコの様子が変なのだ。


話をしていてもボーっと遠くを見ていたり。
急に苦い顔を浮かべてみたり。
諦めたような、でもどこか物欲しげな眼をしていたり。
サッチさんジョズさん、エース君と話をしては、何か迷うような表情を浮かべてた。
……仕事にまで影響しているのか、些細なミスも多くなっているようだ


「……何かあったのかな。」


気になって軽く訊ねてみても、返ってくるのは苦笑と「なんでもないよい。」の一言だけ。
マルコとて、もう大人だ。
私が深く首を突っ込むのも迷惑だろうとそれ以上は聞けなかった。

けど……。


「……心配なものは心配なんだよね。」
「……ん?何か言ったかよい?」


ほら。
今でさえもボーっとしつつ悩むような顔。
一応、それが原因かどうかはわからないが……漠然とした理由と思わしきことなら、つい最近エース君から教えられた。

耳打ちする様に、エース君が教えてくれたこと。
……マルコには、「どうしても欲しいモノ」があるらしいのだ。


「……ねぇ、マルコ。」
「ん?」
「何か、欲しいものがあるの?」


殆ど人の来ない船の後方部。
その船べりにて立って海を見やれば、船が描いた白い波の軌跡が見えた。
ザザンと波を掻き分け、船が進む。
帆がパタパタと鳴る音を聞きながら隣にいるマルコを見上げた。

その顔は、酷く驚いていて。

どうして、そんなに驚くことがあるのだろう。
私はただ「欲しいものがあるのか」と聞いただけだ。
目を丸くさせているマルコの真意がわからず、首を傾げる。

クーと頭上でカモメが鳴いた。










15










なんとなく。
その日はなんとなく、マルコと談笑しながら船の後方へとたどり着いた。
昔の話をしていたこともあり、あまり人に邪魔をされたくなかったということもあるのだろう。
サッチさんに作ってもらった特製ドリンクを片手に船べりの手すりに体を預け談笑する。

そんな時……私が聞いた「欲しいものがあるのか」という問いかけ。
それに対して、過剰なまでに驚いたマルコ。


「マルコ?」
「…、……それ、誰から聞いたんだよい?」


眉間に皺をよせ、表情をゆがませたマルコが低い声を出す。
その形相に若干ひっと肩をすくめてしまったのは仕方ないと思いたい。


「え?あ、えっと…エース君がそんなこと言ってたような気がして……。」
「…………あの餓鬼……。」


……怖っ、怖いよマルコさん。
それはそれはもうひっくい声で唸る様にして呟かれた言葉に、私はエース君に向け心の中で合唱した。
(この様子だと後で一発位は殴られそうだ。)
けれど、マルコのこの様子からするに欲しいものがあるのには違いないようで。


「欲しいモノ、あるんだね。」
「……。」


苦虫を噛み潰したような顔。
あ、あれ?そんなに人に言うのは嫌なものなのだろうか??


「ま、マルコ?」
「あー……いや、悪いねい。」
「いや!こっちこそ……なんだか聞いちゃいけない事だった?」
「そういう訳じゃねぇよい。」


次いで向けられたのは……あの何か諦めたような苦笑。
なんで、またその顔なんだろう?


「ナマエの言うとおり。……欲しいものがあるんだよい。」
「……。」
「欲しい。何をしても手に入れたい。……けどねい。」


手を出すわけにはいかないのだと。
マルコはそう言って自嘲した。


欲しい
欲しくてたまらない。
けど……決して手を出してはいけなくて。

それは自分のモノにはならないから。
恐らく、自分の思うような形で自分のモノにはならないから。

ただただ、マルコは遠くの海を見てそうつぶやいた。


「……そっか。」
「そうだよい。」


マルコから視線を外し、マルコと同じように海を見る。

青く広がる海に、澄み渡った青い空。
その中で白波と雲のコントラストが美しい。
キラキラと水面が太陽の光を浴びて反射していた。

フッと息を吐いた後……


「とーぅ!」
「いっ!」


私はベシっとマルコの頭をチョップした。
対して痛くもないだろうに、反射的に声が出たのだろう。
“なんすんだよい”なんて文句を言うマルコに苦笑。


「……ねぇ、マルコ。」
「?」
「マルコってさ、何だっけ?」
「は?」


ポツリと呟いた言葉に、マルコがキョトンと不思議そうな顔を浮かべる。
そりゃあ、誰だってこんな質問されればそんな顔になるだろう。
けど、私はあえてその質問を進めた。


「マルコって何者だっけ?」
「ナマエ?質問の意味が……。」
「マルコは漁師?」
「は?何言ってんだよい……違うに決まってんだろい。」


不思議そうな顔が、だんだんと怪訝そうな表情へと変わっていく。
それでも、律儀に答えようとするマルコ。


「マルコは大工?」
「違ぇよい。」
「店員さん?」
「…違う。」
「コックだっけ?」
「……違う。」

「じゃあ、何?」


マルコの目を見て、問う。
深い…緑がかった青い眼。
私の好きな眼だ。
マルコはしばし戸惑った後……


「……海賊。」


ポツリと、呟くように答えたその言葉に、笑う。
そう、マルコは海賊でしょう?


「あはは、だよねぇ。」
「……。」
「その海賊はさ、欲しいものがあったらどうするの?」


私は…マルコの欲しいモノなんて知らない。
世界一の宝石か、それともマルコの事だから歴史的に価値のあるモノかもしれない。
それを手に入れることがどれだけ難しいかなんてことも知らない。
けど、ソレをマルコが渇望していることくらいは解るから。
諦めた顔をしながらも、本当は求めて止まないのだということくらいは、解るから。

だから……諦めてほしくない。


「天下の白ひげ海賊団一番隊隊長様は、欲しいものがあっても指を咥えてみてるだけ?」


そう言って、挑発する。
負けず嫌いのマルコ。
小さい頃修行で諦めそうなときは、よくこうやって煽ったものだ。
大人のマルコにどこまで通用するかわからないけど……なんて、私の心配は杞憂だったらしい。

マルコの眼に、ほんの小さな力が入る。


「……欲しいモノは……奪う。」
「ほら!」


答えはでてるじゃないかと、笑った。

海賊なら欲しいモノは奪ってしまえば良い。
略奪上等、それでこそ海賊なのだから。
ニカリと笑ってそう言い切れば、肩の力が抜けたようにマルコが笑う。


「……そうだねい、俺は海賊だ。欲しいものがあれば奪うのが道理だよい。」
「あはは!それでこそ海賊!」


嗚呼、やっぱりマルコは海賊だ。
ギラリと、その眼に力強さが戻った。

ケラケラと、表情が明るくなったマルコを見て安心したように笑う。
吹っ切れたようなマルコの表情に、ようやく胸がスッキリした気がした。

……きっと、サッチさんやエース君もマルコにアドバイスをしていたのだろう。
マルコは諦めたふりをしていても……心のどこかで諦めていなかった。
だからこそ、迷い悩み戸惑っていたのだ。

何かを諦めているマルコなんて見たくはない。

何もせず諦めるなんてそんなのマルコらしくないのだ。
彼らの助言があり、私が最後の一押しをできたのなら……良かった、と。
そう言って、微かに笑った……

その時だった。

目の前に、ふと影ができる。
何かと思えば、至近距離にマルコの顔。
ん?なんて思う暇もなく。



唇に、柔らかな感触



ちゅ、と。
軽い音を立てて離れて行ったのは……紛れもなく、マルコの厚い唇で。


……あ、れ?
私、今……


マルコに、キス……された?


「…………え?」
「欲しいものがあれば、奪って良いんだろい?」


頭の中が、真っ白になる。

マルコを見上げ、ただただ茫然とする私。
そんな私を見て……ククッと低く笑ったのはマルコ。
うん、やっぱりマルコはそうやって自信たっぷりの表情の方が……って違う。
え、あの……あれ?


「あの、いや、え?……あれ?」
「嗚呼、何を馬鹿みたいに怖がってたんだろうねい。」
「え?え??」
「もう遠慮はしねぇ。」


煽ったのは、ナマエだろい?

そう言ってクッと笑う声。
にやりと笑ったその顔。
マルコの綺麗なその眼は……真っ直ぐに私を射抜いていて……。
冗談なんかじゃない、真剣そのもの。

って、待って。


「ちょ、あの、いやいやいやいやいや待って!ねぇ、あの、マルコの欲しいモノって……!!」
「ナマエに決まってんだろい。」
「は、……はぁ!?」
「安心しろよい。勘違いしてるわけじゃないからねい。……ちゃんとナマエを女として好きなんだよい。」
「なっ……いやっ!でもっ!!」
「さっきみたいにキスしてぇし抱きしめたい。風呂上りなんかを見れば興奮もするしヤりてぇとも思う。」
「……っ!!」


聞いてない
そんなこと聞いてないよっ!!

欲しいモノ、欲しいモノって宝石じゃなかったのか、何か物じゃなかったのか。
モノって、者って、私、だったのか。
ぐるぐる、思考がまわる。
いやいやいや待って、駄目だ、頭が、突然のこの状況についていかない。
茫然と固まっていれば……また、マルコの笑う声。

……男の、声だ。

穏やかなはずの眼は、その奥でギラリと鈍い光が見えて。
艶やかな、色のある声が耳に入り込む。
フッと視界がクリアになる感覚。

……そうだ、マルコはもう子供じゃない。

大人、なんだ。
私よりも年上の、大人なんだ。
ニヒルに笑うその顔は「男」のもの。
そこには……私の「可愛いマルコ」の姿なんて微塵もなくて。

解っていたはずなのに……改めて自覚したような感覚に体が動かない。


「……。」
「クク……固まっちまってるねい。…まぁ、当たり前か。」
「……。」
「驚いただろうが、俺は本気だよい。」
「……。」
「本気で落としにかかるから……覚悟しとけよい。」


ちゅ、と。
まったくの無防備だった私の口元に、再び軽く触れるだけのキスが落とされる。
…ビクリと小さく跳ねた肩に、マルコは気付いただろうか?

しばらく私をジッと見つめた後……。
空になったグラスを私の手から抜き取り、船内へ向けて歩きだした。


「先に中に戻るよい。」
「……。」
「じゃあ、また後でねい。」


ひらりと手を振るその姿は……まるで知らない人間の様で。

パタンとドアが閉まり…マルコの姿が見えなくなったと同時に、へたりとその場に座り込んだ。
腰が、抜けてしまった。
ははっ、人間って驚きすぎたら本当に腰が抜けるんだなぁ、なんて頭の片隅で思う。
でも、まだ脳内は酷く混乱していて。


「ねぇ、待ってよ……。」


片手で、口元を抑える。
マルコに触れられた場所が、熱を持ったかのように熱い。


「……嘘でしょ……。」


これは、夢か。
マルコに告白されたのも、マルコにキスをされたのも、マルコに宣戦布告されたのも。
ぜんぶ夢だよね、夢だと思いたい。

夢……。


「……いたっ……。」


典型的に自分の頬を抓って見れば、じわりと痛みが広がる。
痛い……夢、じゃ、ない。


「……う、ああぁぁぁ……っマジかぁ……。」


両手で顔を覆う。
夢じゃない、幻でもない。
すべて、現実。

突然の、欠片も想像していなかった展開に蹲る。
嗚呼……


どうしろってんだ。


その場に蹲り、動けなくなった私。
通りがかったエース君に救出されるまであと十数分















(大丈夫か?)
(あ、ありがとうエース君。)
(にしてもなんであんなところで腰抜かしてたんだよ。)
(いや、あはは……。)
(マルコの奴がやけに機嫌がいいかと思えば、ナマエは腰抜かして動けなくなってるしよ。)
(……。)
(……ナマエ?)
(えっ!?あっ、な、なにかな!?)
(お前、顔真っ赤だぞ?本当に大丈夫か?)
(っだ、だだだ大丈夫ダヨ!!)


15 END
2015/09/01


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ゆめうつつ