06
気が付けば、俺とじいちゃんの二人だった。
じいちゃんに連れて行かれた先は……壊れた家や死体ばかりの場所。
「じいちゃん、ここは?」
「……数年前、廃墟になった島さ。」
俺の手を引っ張って、じいちゃんは前へ進む。
じいちゃんは、物凄く苦しそうな顔をしてて。
俺は、ソレを見ているしかできなくて。
そんな廃墟の町のど真ん中で、じいちゃんはピタリと歩みを止めた。
「じいちゃん?」
「……すまねぇ、すまねぇなぁマルコ。」
頭を、撫でてくれたかと思ったら……強い衝撃。
ほっぺたを、殴られた。
どしゃり、と倒れ込んだ俺を見て、じいちゃんは一気に駆けだした。
来た道を戻り、船にのり……海へ。
俺も慌てて追ったけど、追い付くはずも無くて。
捨てられたんだ、と。
そう理解するのに時間はかからなかった。
遠くに、じいちゃんを乗せた船が見える。
その船の下には大きな影……海王類。
海王類はざばりと姿を現して……じいちゃんの乗った船をごくりと飲み込んだ。
涙はでなかった。
いつも俺を殴ってばかりのじいちゃんだったし。
それよりも、人間ってあっけなく死ぬんだなと思った。
殴られた時口の中を切ったのか、ジワリと広がる血の味。
歯を食いしばった。
……少しでも泣いたら、負けたような気がして。
曇った空を見上げた。
06
「マルコーっ!ホットケーキ作ったよー!」
「ホットケーキ!」
ナマエの柔らかな声に呼ばれて、その傍へと走り寄る。
俺が近くに行けば、ナマエは満面の笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
その手には、湯気が上がるホットケーキ。
「わぁ……っ!」
「ふふっ……マルコはホットケーキが本当に好きだねー。」
「甘くてふわふわで大好きだよい!」
ナマエがクスリと笑って、ホットケーキが乗った皿をテーブルに置くから。
俺も慌てて椅子へとよじ登った。
ホットケーキにはたっぷりのシロップと溶けだしたバター。
それに釘付けになっていれば、ホットケーキの横に置かれたカップ。
「ミルクココアだよ。……頑張って修行してるから、今日はご褒美ね!」
「!!」
俺の大好きなミルクココアとホットケーキ。
それが両方同時におやつとして出てくるなんて。
俺は嬉しくて嬉しくて、ナマエに“ありがとう”とお礼を言っていた。
ナマエに拾われたのは2年前。
5歳だった俺は、じいちゃんに捨てられた瓦礫の町で、一人で生きていた。
森に入って果物を食べて、雨水を飲み……。
それでも、みるみる衰弱していってたんだと思う。
どれくらい月日が流れたかなんてわからない。
いつものように、雨の降る中ボーっと海を眺めていれば……。
ぱっくりと、空に切れ目が入って割れた。
其処から落ちてきたのは人間で……かなり、驚いた。
それが……ナマエだった。
ナマエは俺と約束をしてくれた。
俺を絶対に、一人にしないと。
私に守らせてくれ、と。
……ずっと、傍にいると約束してくれた。
俺の、家族になると言ってくれた。
はじめて、涙があふれた。
ナマエは……俺に食べ物をくれた。
住む家をくれた。
綺麗な服をくれた。
俺を抱きしめて、笑って。
たくさんの“愛情”をくれた。
時折なにか欲しいものはないかと聞かれるけど……
俺は、ナマエさえいてくれたら、それで充分だった。
ナマエと一緒に笑って、泣いて。
時々喧嘩して。
それでもまた仲直りして笑って。
あっという間に2年が過ぎた。
俺も7歳になって、今は奏に修行をつけてもらっている。
修行は、何にも苦じゃなかった。
色んな本で勉強するのは楽しいし。
ナマエを守れるくらい強くなりたかったから。
ナマエ相手に戦ったり、森の中の猛獣と戦ったり。
……俺は、強くなりたかった。
ナマエは俺を守ってくれている。
温かくて甘い愛情で包んで。
でも……ナマエを守る人間はいない。
ナマエは俺を守ってくれるけど、ナマエを守ってくれる人間はいなかった。
……もちろん、ナマエはすっごく強いし守られる必要なんてないのかもしれない。
けど……そんなの、なんだか嫌で。
俺が、守るんだと決めた。
今よりもっともっと強くなって。
ナマエよりも強くなって、俺がナマエを守るんだ。
このことはナマエには言ってない。
誰にも言ってない、俺の目標。
「マルコ?どうしたの?ボーっとしちゃって。」
「な、なんでもないよい!」
「ならいいけど……。ホットケーキもココアも冷めちゃうよ?」
ハッと気づけば、目の前に不思議そうなナマエの顔。
おやつが冷めるという言葉に、慌ててホットケーキにかぶりついた。
甘い、幸せの味が広がる。
「あはは!すっごく幸せそうな顔だねー?」
「しあわせだよい!」
ナマエが、傍に居てくれるから。
それだけで、幸せになれるから。
優しい目で俺を見るナマエは……とてもキレイで。
「マルコ、また背が伸びたね。」
「!…俺、大きくなってるかよい!?」
「うん。……男の子だもんねー。成長早いなぁ。」
新しい服買いに行こうか。
と笑うナマエに、俺は大きく“うん!”と返事をした。
早く、もっと早く大きくなりたい。
賢く、強く、大きくなって……ナマエを守りたいから。
「ナマエ!はい、あーん!」
「えっ、ホットケーキくれるの?」
「ナマエだけ、特別だよいっ!」
一瞬キョトリとしたナマエが……くしゃりと幸せそうに笑って。
小さく口を開けるから、そこへホットケーキを運ぶ。
もぐもぐと口を動かしたナマエが“美味しいねー。”って笑うから……。
俺も、満面の笑みで頷いた。
(俺がホットケーキあげるのはナマエだけだよい!)
(んん?お友達にはあげないの?)
(絶対やらない!)
(そ、そっか。ありがとうね、マルコ。)
(よい!)
06 END
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ゆめうつつ